魔物に支配された村
「やられた……」
キバト村民宿寝室。
昨日三人と別れて、寝室に戻って、ものすごい眠気に襲われて、起きてみたらこれだ。
――杖がない。
というか、金目のものが全てなくなっている。
あからさま過ぎやしませんかね、あのおじいさんとおばあさん。こんなことしちゃ、自分たちが犯人ですよ……と言ってるようなもんだ。
それか、アレですかね。宿賃とか言って、持ってっちゃった感じですかね。
高いわ。無茶苦茶だわ。
怒るよ? そんなこと言われると、流石のぼくちんもおこだよ?
……まあ、いいか。
とにもかくにも、今日の探索はあの老人ふたりをこってりと絞ってからだな。
あんなよぼよぼな体に、絞って出る何かがあるかはわからないけど、老人だからといって容赦はしない。
というか、逆にあの皺ひとつひとつを、丁寧に伸ばしていってやろうか。
俺はそんな残虐非道なことを考えながら寝室の扉を開け、階下へと降りていった。
「……え?」
しかし、そこで俺の目に飛び込んできたのは、予想外の光景だった。
老人二人は額を木目調のフローリングにこすりつけ、深々と土下座をしている。
俺がその光景を前に固まっていると、上階からアーニャたちの、パタパタと慌てふためく声が聞こえてきた。
「ああ、いたいた、いましたっ。ユウトさん、わたしの荷物が、朝起きたら――え?」
アーニャもこの光景を見て固まってしまった。
続いて降りてきたヴィクトーリアも……。
「ユウト! わたしが錬成していた拳銃や銃弾が――え?」
「おにいちゃんおはよう。今日もいい朝だね」
約一名を除く、俺たちパーティ全四名が、土下座をしている老夫婦の前で凍り付いた。
そんな中、口火を切ったのは、やはりユウだった。
しかし、その内容は衝撃的なもので――
「このふたりが盗んだんだよね?」
何か知っているような口ぶり。
俺はあくまで消去法でふたりが怪しいと睨んでいるのに対し、ユウは何か、確信を持って言っている。
俺は何が何だかわからず、ユウに知っていることを話すよう促した。
しかし――
「よいのじゃ……。話は、わしらのほうから話させていただきますじゃ……」
口を開いたのは、土下座をしているおばあさんだった。
いい度胸だ。
それか、情状酌量を狙っての事か……、どちらにせよ、聞かなければ始まらないので、俺は老夫婦に促した。
「最初に、謝りますじゃ。あなた方には、大変申し訳ないことをしてしまいました。許されることではないのですが、そのうえで、どうか話を聞いてはいただけますか」
「……いや、それはいいんだけど、まずはさっさと返してくれますか、装備やらなんやらを。失くしたら失くしたで、気分悪いんで。大事にはしませんから」
「それは出来ないのですじゃ……」
「……な、なんで……?」
「あなた方が昨晩仰っておられた話なのですが……じつは、この村には魔物が住み着いておりまして……」
俺たち四人が互いに顔を見合わせる。
クリムトが話していた噂の件だ。
やっぱり、ここには……この村には魔物はいた。
……でも、なんで昨日は特にそれに対して何も反応しなかったんだ?
「ある日、村にそれはそれは恐ろしい魔物が現れたのですじゃ。その魔物はこちらに危害を加えない代わりに、トマトを要求してきたのじゃ。はじめはわしらもそれに対して、きちんとトマトを納めていたのじゃが、次第に要求は多くなっていった。……その魔物は大変、金目のものに目が無いようでして……、宝石、貴金属類、果ては高価な装備品など、それを納めるよう、わしらに強制してきたのですじゃ。当然、トマトを売って日銭を稼いでいたわしらにそのようなモノは持ってない。断れば、なにをされるかわからぬ。もはやわしらには、どうすることもできんのじゃ……」
「だから俺たちの物を盗んだってわけですか? ……いや、その口ぶりだと、以前にもあったみたいですね。それに、もしその話が本当なら、俺たちの持ち物は今、魔物のところにあると?」
「は、はいですじゃ……」
「お気の毒に……。まさか、本当に村がそんなことになっていたとは……」
「でも、それで強盗紛いな真似までして、冒険者たちから金品を奪って、その魔物さんに奉納してるわけですか?」
「お、おい、ユウト」
「いえ、お構いなく。わしらが責められるのは当然のことですじゃ。わしらはこの身可愛さに、見ず知らずの冒険者さんたちの貴重品を奪っておったのじゃからな。それにあれは元々村の名産品。以前は、あれを他の町や国へ輸出して、生計を立てていました。しかし、それができない今、村はもう衰退するばかり……。こうでもしないと、わしらにはどうすることも……」
「な、なんという……ことでしょう……」
「……あの、ポセミトールって知ってますよね?」
「は、はい。わしらのトマトの主な輸出先ですので……」
「前にそこで結成された一団が、ここへ魔物討伐に来たってのは、本当なんですか?」
「はい。……しかし結果は、あの魔物を前にして惨敗。命こそ取られませんでしたが、それ以降、討伐隊はキバト村を訪れなくなってしまったのです」
「なるほど。それで、外へは助けを求めに行ったんですか? たとえば……勇者の酒場に連絡なりなんなりして、その魔物を賞金首指定したりとか……」
「はい。勇者の酒場にて、今も賞金首リストに載っておるらしいのですが……」
「賞金目当ての冒険者も、悉くやられていってるってことですか……。やがて、何も知らない冒険者以外――つまり、我々のような者以外はこの村に寄りつくことすらなくなってしまったと」
「そう、その通りですじゃ」
「唯一の救いとしては、その魔物が有無を言わさず、無差別な殺しをしないという事。しかし、これまた放っておいても村は衰退していくだけ……なるほど、まさに八方塞がりってわけですな」
「……いえ、そうではありませんのじゃ」
「……? どういう意味ですか?」
「たしかにその魔物は、冒険者こそ殺しはしておりませんが、現状を愉しんでいるみたいでして……」
「愉しんで、いる……?」
「はいですじゃ。あの様子はどうも、わしら人間から何から何まで取り上げて、わしらを困らせて、愉しんでいるように見えるのですじゃ」
「生かさず殺さず。飼い殺しってわけかですか……なかなか、えげつない魔物さんですな。これは困った」
「あの……、あなた方の金品を盗んだわしらが、こういうことを言うのはお門違いですが、何卒、あの魔物を退治してはもらえんじゃろうか?」
「はあ? ……あのですね。この際だから言わせていただきますが――」
「ユウトさん、お気持ちはわかりますが、このおふたりは……いえ、ここの村にいる人たちは、こうすることでしか生きていけない方たちなのです。きっと、こうしてわたしたちに話してくれているだけでも、かなりのリスクを孕んでいると思うのです。ですから、ここは……、そうですね。一時的に協力関係を結ぶ、ということでいかがでしょうか? わたしたちがこの村を救う、その代わりに……この村で一番おいしいトマトをいただく。それでどうでしょう? これなら、みんなが微笑み合えると思いませんか?」
「あ、ありがとうございますですじゃ……! ほんに、ありがとうですじゃ!」
「……おっとと」
あまりの出来事に眩暈が起き、足元がおぼつかなくなる。
はぁ……まったく、アーニャちゃんってば――天使かな?
エンジェルなのかな?
私たちのアーニャ様は?
この溢れ出んばかりの慈愛心、この留まることの知らない博愛精神。
まるで、本物の聖母のような少女。
嗚呼、いまこの瞬間にも、俺のこの胸に沈殿している、薄汚れた猜疑心の塊が浄化されていっているのがわかる。
よいでしょう。
アーニャ様がそう仰るのでしたら、私も従うことにしましょう。
「ど、どうかいたしましたか? ユウトさん?」
「いえ、なんでもありません。アーニャ様」
「アーニャ……様!? お、おい……ユウト、大丈夫か? おまえ……」
「ああ、なにも問題ないさ。私はいつだって、私なのだからね。……さて、其処な老夫婦よ、あなた方に、地母神の祝福あれ。私の仕えるアーニャ様より、天啓が与えられました。私たちは現在、此の時より、不浄なる魔物の元へと赴き、成敗して参ります。ですので、せめて、あなた方は祈っていてください。我らが女神さまに……!」
「は……ははー! ありがたき幸せ!」
「まーかーはんにゃーはーらーみーたーしんぎょうかんじーざいぼーさーつー……」
「そ、それはちょっと違くないか?」
「では、行くとしましょうか。ヴィクトーリアに、我が愚妹よ」
「あ、ああ……うん。まあ、うん」
「はい。おにいちゃん様」
「うん。なんだかもう、わたしひとりではツッコめなくなってきたぞ」
「あ、え、えと……はい、ガンバりましょうねっ。ユウトさん」
「う、うおおおおおおおお!? なんという後光、なんという威光。私はもはや貴女様を肉眼で捉えられる術を持ってはおらず! どうぞ、ご慈悲を!」
「……まあ、とりあえず、さっさと行こうな、ユウト」




