地獄へ誘う大神官
――クリムト!!
開放されている扉めがけ、クリムトが大量の魔物を引き連れて、走ってきていた。
現状は理解できんが、これは好機。
アークデーモンの意識も、そちらへと注がれている。
「おい! クリムト、聞こえてるか!」
「ああ、今そっちに向かってる! それよりとにかく、この魔物どもをどうにかしてくれ!」
「いいか! 転職の間の扉をくぐるとき、その上枠を思いきりつかめ!! ガッと、思いっきりだ!」
「はあ!? いや……ああ、わかった!!」
「キ、キサマラ、ナニヲ……!?」
クリムトは俺の言う通り、走っている勢いのまま飛び上がり、扉の上枠をガシッと掴んだ。
「『瞬間筋力強化』!!」
クリムトの腕周りが赤い光に包まれる。
その瞬間、クリムトの指が、上枠に突き刺さった。
扉の上枠は亀裂が入るようにして、ビキビキとひび割れていく。
「クリムト! そのまま、下へおもいきり引っ張れ!」
「ヌゥゥゥゥゥォォオオルァァッ!!」
ガラガラガラ!!
神殿の天井が、上枠に引っ張られるようにして崩れ落ちてくる。
それはまるでドミノ倒しのように、転職の間以外の天井を崩落させていった。
思った通り。
転職の間だけは、他の部屋から独立したような造りとなっていたため、崩落は免れたのだ。見事に俺とクリムト、そしてアークデーモン以外の魔物は、神殿の崩落に巻き込まれ、瓦礫に押し潰されてしまった。
さらに幸運なことに、屋根の上にあったはずの十字架も、瓦礫の山の上へと落ちていた。
「コ、コンナコトガ……!」
「おい、クリムト!」
俺は顎で十字架を指す。
クリムトは小さくうなずくと、そのまま腕力だけで十字架をたたき割ってみせた。
「アアッ!?」
「……ふぅ、当初の計画とは全然違ったものになったけど、なんとか計画通りだな」
「バカか? 計画通りってのは、物事が思い通りに運ぶから計画通りなんだよ」
「こまかいな!? ……けど、残ったのは、親玉一人だ。いけるだろ」
「気を抜くなよ。そいつは、この神殿のどの有象無象よりも強力な有象無象だ。……いけんのか? 死にかけのエンチャンターさん」
「……おまえな、だれに向かって口訊いてんだよ。おまえが蟻んこでも、ぶっ潰せるわ」
「ちっ……、じゃあせめて、蟻んこ以上には働いてやるとしますかね……!」
「ヌ、抜カセ! 虫ケラドモ! 転職ガ使エナクトモ、オマエタチナド、私ヒトリデ充分ダ! 現実トイウモノヲ思イ知ラセテヤルワ!」
「やってみろよ……。透視眼!!」
アークデーモンは……まあ、啖呵を切れるくらい体力は満タンだが……クリムトの体力消費はかなりだな。
普段やらないことを二回連続でやらせたんだ。
――疾風迅雷と、瞬間筋力強化。
とくに後者。瞬間筋力強化のせいで、あいつの腕にはかなりの負担がかかっている。
これは短期決戦で行くしかないな……、仕留め切れれば俺たちの勝ち。
そうじゃなければ――
「やれるか? クリムト」
「いいから、さっさと付与魔法を使え、ウスノロ」
「口の減らない生臭坊主だ。受け取れ、魔法力強化! 異常治癒! いいか? 魔力はバリバリ使え! 余力を残そうなんて馬鹿なこと考えるんじゃねえぞ? 足りなくなったら、あとで補充してやる! だから、最初から全力でいけ!」
「ああ! わかってるよ!」
「カカッテコイ! 虫ケラドモ! 叩キ潰ス!」
「オラァッ!!」
クリムトはそう吠えると、付かず離れずの距離で応戦を始めた。
……うまいな。
あの立ち回りは手元の槍を警戒しつつ、咄嗟の魔法にも対応できる距離だ。
クリムトには、それなりの戦闘経験があるのだろう。
……だけど、まだまだ発展途上……。
押し切れていない。
それにここだけの話だが、俺は魔力をバリバリ使えと言ったけど、俺に他人に魔力を分け与えるといった魔法は使えない。
ハッタリだ。
でも……、そうでもしないと、力の出し渋りでもされたら勝機は皆無になってしまう。
さきほど使った透視眼で、クリムトとアークデーモンの力量の差は理解できた。
タイマンだと、まずクリムトは勝利できない。
両者には、それほど明確な力の差がある。
ま、それを埋めてやれるのが、俺の付与魔法なんだけど。
でも、それでやっと五分といったところ。
……それにしても、破戒僧の戦闘なんて初めて見るが、面白い武器を使うんだな。
俺や大抵の魔法使いが使う杖とは異なり、あれは……杖の先端に丸い金属を括りつけている、おもしろい形の杖だ。
……聞いたことがあったな。
たしか錫杖といったか。
どこかの僧侶が使う得物だと聞いたことがあるが……なるほど、あれはあれで、よく皮肉が効いている。
クリムトはその錫杖を使い、ときに近接で。
そしてときに回復魔法で上手く対応している。
戦闘は今のところ、ガンガン押しているクリムトが有利。
ただ、相手はまだ余力を残しており、早めに決着をつけないとクリムトの魔力が底をついてしまう。
付与魔法の重ねがけは有用ではあるが、それこそ、最終手段だ。
あまりにも過ぎた力は、本人がそれに耐え切れなくなる。
だからエンチャンターは透視眼を使って、仲間の体調に、常時気を遣っていなくてはならない。
……しかし、妙だな。
あの、クリムトの足さばき。
無駄が多すぎる。
なにかを誘っているわけでもなさそうだし、かといって別の意図を感じられるかと聞かれれば……どうだろう?
なにかを狙っている……?
「ク……ッ! チョコマカト動キオッテ! コノ羽虫メガ! コウナッタラ、サキニアチラノ男カラ倒シテクレル……! ユクゾ! 覚悟シロ!!」
「お?」
そんなことを考えていると、アークデーモンが真っ直ぐに俺に突っ込んできた。
「きゃー! いやーん、こわーい! 近づかないでー!」
「グハハハハハハハハッ! モラッタ! 死ネェ!」
「……なんてな」
「ハ?」
俺は腕を組み、仁王立ちでアークデーモンを睨みつけている。
脚が震えて動けないわけではない。
……ほんとだよ。
むしろ、相手のアークデーモンの、戦闘経験値のなさに呆れているのだ。
おまえは機転を利かせて、俺に照準を変えてきたのかもしれんが、さっきから戦ってるクリムトはどうなる?
ボケーッとその場に突っ立っているのか?
――んなわけないだろ!
「俺を無視するなんて、ツレねえじゃねえか……アークデーモンさんよ!」
クリムトはアークデーモンに追いすがると、そのガラガラの横っ腹を、錫杖で切り裂いた。
ブシューッと腹部から、噴水のように鮮血が噴き出る。
普通なら、つぎにドロリと腸なんかが出てくるのだが、アークデーモンは片腕で必死に横っ腹をおさえていた。
「コノ……虫ケラ……ドモガァ……ッ! 虫ケラドモガァ!!」
終わりだな。
片腕を使えないとなると、余計に不利になる。
その状態で、戦闘力が拮抗している、いまのクリムトに敵うものか。
勝負あり――
「許サァァァァン! 許サン許サン許サン許サン許サン許サン許サン許サン!! ……ブォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアア!!」
「ッ!?」
咆哮。
アークデーモンの眼がさらに赤くなり、周囲に闘気を纏っている。
凄まじいその闘気に、あたりの風は渦巻き、逆巻き、周囲の瓦礫を持ち上げている。
ここにきてまだ強くなるか。
これはジマハリで戦ったアークデーモンとはまた違うな……。
「――ユウト!」
不意に俺の名を呼ばれ、ハッとする。
俺を呼んでいたのは、クリムト。
心なしか、クリムトの顔はこの状況の中、晴れ晴れとしているように見てとれた。
――チョンチョン。
俺の視線に気がつくと、クリムトは自らの足元を指さしてきた。
どうやら『俺の足元を見てみろ』ということらしい。
俺は眉を顰めながら足元を見る。
「おお、これは……!」
俺は顔を上げて、クリムトの顔を見る。
クリムトはドヤ顔で俺を見ていた。
すこしムカつくけど、これであいつが妙なステップを踏みながら、踊るようにしながら戦っていたことに説明がつく。
やるじゃん。
とは言わない。口に出していったら図に乗りそうだからな。
って、これやってたってことは、俺が魔力を与えられないってことも気づいてたってことか。
……たく、まったくもって食えねえ奴だ。
ほんじゃま、最後はおまえのお望み通り、手のひらの上で踊ってやろうじゃねえか!!
「コレデ終ワリダ! コノ姿ヲ見タモノデ、生キ残ッテイルモノハ、イナイ――」
「バーカ、終わりはお前だよ!!」
「……ハ?」
クリムトはそう叫ぶと、錫杖を地面に突き刺し、片手で印を結んでみせた。
「ユウトォ!」
ああ、わかってるよ――
「魔法力強化! 極大治癒補助!!」
「はっはっは、力が湧いてきやがるぜ! いくぞ、俺の死の回復魔法を食らって果てなァ!」
俺の付与魔法に呼応するように、クリムトの足元――六芒星の魔法陣から、漆黒の、禍々しい瘴気が漏れ出す。
「ナ――ナンダコレハ……!? イツノ間ニィ!?」
「……じゃあな。悪魔なら悪魔らしく、地獄に帰っとけェ!」
「クソォ! クソ、クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソ……ガァ……ッ!!」
「『無間地獄』!!」
六芒星から噴き出す瘴気はやがて、大量のガイコツへと姿を変えていった。
大量のガイコツたちは、わらわらとアークデーモンに纏わりついていく。
「アアアアア……アア、ア、ア……アアアアア……!!」
アークデーモンはそのまま、底なし沼に引きずり込まれるようにして、ズブズブと六芒星の中へ沈んでいった。
必死に暴れて抵抗を試みるが、ガイコツはアークデーモンが触れた途端に霧散するため、触ることすらできない。
やがて、悲鳴すら聞こえなくなると、六芒星は次第に小さくなり、ビー玉ほどの黒い玉になり、ピチョンと、露と消えた。
「や、やったか……!?」
「おまえなあ、そういうのは言うなって……っとと」
俺は今までの疲れがどっと溢れたのか、足元がおぼつかなくなり、その場に倒れ込んでしまった。
それと同時に、近くでドサッと何かが倒れる音がした。
「んだよ、体力ねえな? ヘナチョコエンチャンターさんよ?」
「うるせーよ、おまえもだろうが。この生臭坊主」
俺たちはそれからしばらく、互いの悪口を言い合った。




