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感動の対面……?


 俺たちが招き入れられたのは、あの巨大な扉からは想像できないほどの、こじんまりとした個室だった。俺とユウ、アーニャちゃんにヴィクトーリア、それと親父と(おぼ)しき男の計五人が、ギリギリ入るほどの個室。

 男は慣れた手つきで茶を淹れると、赤褐色のティーカップ……と呼べるのかどうか怪しいほど劣化したカップに注いで、きちんと人数分を出してきた。

 俺たちが互いに顔を見合わせ、狼狽えていると、男は何かを期待するように俺のほうを見てきた。

 飲んでほしいのだろう。

 頑として『飲まない』という態度を貫くのも(やぶさ)かではないが、その期待を裏切るのもそれはそれで(いささ)か忍びない。

 俺は意を決すると、ティーカップの取っ手ではなく、渕の周りをガッと掴んで口へと近づけた。

 だが──



「う……」



 漂ってくるのは芳醇なまでに熟成された茶葉の香り……ではなく、長年使い続けた雑巾のような悪臭。俺はそのまま、その茶を飲むことなくティーカップをソーサーの上に戻した。



「なんだなんだ。遠慮しなくてもいいんだぞ。おかわりならいくらでもあるからな」


「……普段こんなの飲んでんのか、あんたは……」



 今の問答でようやくわかった。俺たちの目の前にいるのは間違いなく、幼き日、遠い記憶の中で見た親父の姿だった。元気そうで何よりなんだが……ただ、やっぱりその姿にすこし違和感を覚えてしまう。

 具体的にどこが変わっているのかというと、頭には立派な、羊のような角が二本生えており、肌は青紫に変色してことくらいか。

 ……うん、すこしどころか全然違うな。

 なんというか、生きて親父に会えた嬉しさよりも、豹変してしまった悲しさと、その他いろいろなよくわからない感情が、波のように寄せては返したりしているので……。



「ごめん、なんか吐きそう」


「おい、ちょっと待て。そんなに茶が不味かったか? この姿になってから味覚を感じなくなってはいたが……まさかそこまでとは……」


「ちがう。なんか気持ち悪い……」


「自分でもそれなりに姿は変わっていると自覚はしていたが……実の息子にそこまで言われるとさすがに傷つくな」


「……なにが実の息子だよ、白々しい。俺の両親はあんたのパーティの一員だったんだろ?」


「ほう。なんだ、そこまで知ってたのか」


「まあな」


「まあ……その通りだ。おまえの両親は俺の大事なパーティの一員……だった」


「だった……てことは、もう……いないんだな? 俺の両親は」


「ああ。これを言ってもいいかどうかはわからんが……俺が殺した」


「……なッ!?」



 なぜか一気に血が頭へ昇る。

 本当の両親については、さっきユウから聞いたばかりなのに。特に思い入れなんてないはずなのに、この矛盾した感情は一体何なんだろう。

 いや、とにかく落ち着け。



「……その──その姿となんか関係があるのか? というか、親父はやっぱり魔王なのか?」


「……俺を責めないのか?」


「責めて……俺があんたを責めたら、どうにかなるのかよ」


「どうにもならんが……楽にはなるだろうな」


「……あんただって、何か事情があったったんだってわかってる。それも、元仲間を殺すほどの何かだ。そんな、何も知らない俺があんたを責めて……、俺はそんなんで楽になりたくねえよ」


「……ああ、すまん。軽口が過ぎたな」


「いや……」


「ユウト、おまえさっき俺が魔王かと訊いたな。……単刀直入に言おう。俺が魔王だ」


「……だろうな。角の生えた経緯は聞けるのか?」


「もちろん話してやるとも。そのためにおまえを……おまえたちを……うう……ここまで……ううう……」



 親父はそこまで言うと、急に青紫色の人差し指と親指で目頭を押さえだした。



「な、なんだよ。泣いてんのか?」


「いやーあっはっはっは! 立派になったなと思ってな! おまえも、ユウも!」


「情緒不安定かよ!」


「ひさしぶり、お父さん」


「おまえは生まれてから一度も会ってねえだろうが! はじめまして、だろ!」


「今日はお父さんに紹介したい人を連れてきたの」


「お父さんに紹介したい人って……ユウ、まさか、そんな……! 嘘だと言ってくれ!」



 なぜか口を手で押さえて狼狽え始める親父。



「おにいちゃんだよ、お父さん。今度結婚するんだ」


「ええッ!? あ、いや、でも、ほら、おまえたちは仮にも兄妹なんだからさ……」


「あたしたち、もう一線越えてるよ」


「あばばばばばばばばば……ブクブクブクブク……」


「やめろってユウ! いきなりワケわかんねえ事言うの! 泡吹いて目ぇ回してんじゃねえか! てか、一線も何も越えてねえだろ!」


「そうだね。二線も三線も越えちゃってるね」


「殺人という名の一線を越えてやろうか」


「まあ、いいだろう。ユウを幸せにしろよ、ユウト」


「うるせえよ! 早く質問に答えろ!」


「角が生えた理由……というより、魔王になった理由だろ? 話すのはいいけど、すこしばかり長くはなるぞ。それでも聞いてくか?」


「もちろんだ。目的はいろいろあったが、いまはそれを聞くのが目的みたいなもんだからな」


「な、なあユウト……」



 ヴィクトーリアの声。

 見ると、ヴィクトーリアとアーニャちゃんが居心地悪そうに俺のほうを見ていた。



「ユウト、私とアーニャはどうすればいい? 席を外したほうがいいか? ……さっきから蚊帳の外だし……」



 もちろん居てくれて構わないし、むしろ居てほしいくらいだが……確かによく考えてみると、この状況って捻じれに捻じれた親と子が再開する場面だ。いたたまれなくなるのも、色々と気を遣わせてしまっているのもあるだろう。それに、これからの話はたぶんもっと重くなる。話し合いは当人同士に任せておいて、部外者は同席しないほうがいいんじゃないか、と考えてしまうのもわかる。


 けど、俺としては、やっぱり二人はこの場に居てもらいたいワケで──



「……なんだヴィッキー、拗ねてんのか?」



 こうやって、からかってしまうのだ。



「す、拗ねてないし、ヴィッキーって呼ぶな!」


「まあ、二人はここにいてくれ。……というか、いまさら他人行儀に気を遣う必要もないだろ」



 俺がそう言うと、二人は互いに顔を見合わせて頷いてくれた。



「それもそうだな。すまないユウト。なんというか……」


「わかってる。というか、謝るのはこっちのほうだ。いまさらだけど、ここまで付き合わせてすまん」


「……顔を上げてください、ユウトさん。わたしたちはそれも承知の上で、付いて行きたいとわがままを言ったのです。ユウトさんがよろしいのでしたら、もちろん最後まで、すべて見届けさせていただきますよ」


「アーニャちゃん……」


「良いパーティじゃないか、ユウト」


「……だろ」


「ま、俺のパーティほどじゃないがな」


「どこで張り合ってんだよ」


「では、そろそろ本題に移らせてもらう。そして、俺の話を見て(・・)から、おまえたちが決めるんだ」


「見る……?」


「そうだ。あいにく、俺はベラベラと自分の事を喋るのが得意じゃないからな。おまえたちに見せるのは、俺の記憶の断片。現在(いま)へと至る道筋と軌跡だ。ただちょっと頭へ干渉するから、気分が悪くなるかもしれない……けど、ここまで来れたんだ。問題ないよな」


「本人の記憶を他人に植え付ける投影魔法の一種か……。わかった。たぶん大丈夫だ」


「呑み込みが早くて助かる。じゃあ行くぞ」


「あ、ちょっと待ってくれ」


「ん、なんだ?」


「さっき決めろって言ったよな? いったい何をだよ」


「あっはっはっは! そりゃおまえ! ……俺を殺すか、世界を殺すかの選択だろ」


「……は?」


「時間は……まあ、それほどねえから、さっさと行くぞ」


「は? おい、ちょっと待──」

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