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親子喧嘩


 ふよふよと緩やかに落下していく感覚が全身を包む。さきほどまで聞こえていた間の抜けた警告音も、すっかり聞こえなくなっていた。

 それもそのはず。

 ネトリールそのものの錬金は成功しており、その姿を超巨大なパラシュートのような物に変えていたからだ。

 これでひとまず、魔王城とぶつかって粉々になるような事はなくなった。

 他の心配事といえば、この風任せ運任せの超巨大なパラシュートがどこへ着地するか。

 それと――

 俺はそこまで思考して、目の前で繰り広げられている戦闘に意識を向けた。

 戦っているのはヴィクトーリアとガンマ。

 防戦一方のヴィクトーリアに対し、鬼神が如く連続で斬りかかるガンマ。

 おそらくこの二人の、最初で最後の親子喧嘩(・・・・)だ。


 そして、そんな二人を挟んで向こう側――そこには、今にも泣きだしそうな顔で二人の戦いを見つめているアーニャと、それを励ましているパトリシアがいた。

 国王はというと、神妙な面持ちで二人の戦いを見つめていた。

 もぞもぞもぞ……。

 突然、俺のケツの下に敷いていた座布団(ジョン)が蠢きだした。



「……申し訳ない。俺の頭の理解が追い付いていないのですが、なぜあの二人は戦っているのでしょうか?」


「座布団のくせに知りたがるな。尻だけに」


「面白くも上手くもありません。それに陣を描くのを手伝ったのですから、これくらい説明してください。気になるじゃないですか」


「別におまえに説明する責任もないだろ。黙って見とけ」


「ははは、俺たち仲間じゃないですか」


「……自分で言ってて恥ずかしくないのか?」


「どうするおにいちゃん? そいつ黙らせる? あたしが代わりに座布団になるよ?」



 ユウは低い声で言いながら、ジョンの喉をガシッと強く掴んだ。



「ぐえー! 暴力反対! 暴力反対!」



 元仲間ながら辟易してしまうほどの情けない声に、俺は「放してやれ」とだけ言った。ユウは即座にジョンの首から手を放したが、警戒態勢は微塵も解いていなかった。

 ジョンが先ほどから俺の座布団に甘んじているのはこういった理由だ。



「……はぁ、しょうがない。ユウも気になっているだろうし、簡潔に説明してやろう。ケツだけに」


「そのバカみたいにつまらないダジャレを挟まないと、死んでしまうのですか? あなたは」


「すごく面白いよ、おにいちゃん」


「……あなたの妹は正気なのですか?」


「いいから黙って聞け。座布団だけに」


「……なにひとつかかってませんでしたけど?」


「あれは俺が子供の時の話だ――」


「遡りすぎじゃありませんか?」


「それでヴィクトーリアとガンマが喧嘩を始めたのだ」


「いろいろと端折りすぎでしょう」


「冗談はこれくらいにして……あのふたり、じつは親子だったんだよ」


「はぁ……」


「驚かないのかよ」


「まあ、今までの流れでなんとなく察しはついてましたからね。それに、ガンマさんはご自身を地上人だと仰っていましたし。それを事実だと仮定すると、ネトリール人であるヴィクトーリアさんが錬金術を使えることに説明がつきますからね。それに何より、心臓が暴走していた時に正気を保ったままだった。本来の……純粋のネトリール人ならば、王族を除いて正気を保つのが難しいはずですからね」


「……もう説明しなくていいか?」


「なぜですか急に!?」


「なんか俺より詳しくないか、おまえ? ちょっと引く」


「えぇ……」


「まあいいや。話を戻すけど、お前の言う通り、ヴィクトーリアはガンマとネトリール人女性の間に生まれた子供だった……ぽい」


「ずいぶんと曖昧なんですね」


「俺もさっき知ったからな。ちなみに、ガンマが親だと名乗り出なかったのは、自分と同じように迫害されてほしくなかったかららしい」


「ああ、なるほど」



 ジョンはこの説明で納得しているみたいだが、ユウは相変わらずよくわかっていない様子だ。



「……補足するとだな、ネトリールには近年まで……というか今でもほとんどの人間に選民思想が根付いている。ネトリール人は自分たちの血を誇り、それ以外の人間──俺たちみたいなのを蛮族だと忌み嫌っていた」


「そうなんだね。じゃあガンマさんが騎士団長になれたのって……」


「ああ。それこそ並大抵の努力や苦労じゃなかったはずだ」


「……実際俺もネトリールにはいろいろと、技術協力という形で関わらせていただきましたが、そこまで露骨ではないにしろ、それとなくその片鱗(・・)みたいなのは感じていましたね。表面上ではよくしてもらっているけど、本心では見下されているような、軽蔑されているような……。ネトリールを救った俺ですらこうなのですから、一般の地上人だとかなりの居心地の悪さを感じていたのではありませんかね?」


「それは、ただ単にジョンさんが嫌われていただけじゃないですか?」



 ユウが素早く、淡々とツッコミを入れた。



「うん。まあ、それは俺も思った」


「なぜここで、俺が傷つかないといけないのでしょうね」


「娘のヴィクトーリアにそんな苦労をしてほしくなかったガンマは、自分の正体を隠し、恩人である国王に託した。こうしてガンマは自分の身分を明かさず、娘であるヴィクトーリアの事を常に憂いていた」


「そんな父親が、なぜ娘を殺すような勢いで戦っているんですか」


「二人とも騎士だからだ」


「騎士……」


「ヴィクトーリアは落ちこぼれといっても、騎士は騎士。そしてガンマはその上官にあたる。不可抗力とはいえ、現状ヴィクトーリアにはアーニャをさらって地上に逃げたという罪状を背負っている」


「しかし、それは事実とは異なっているのでは?」


「ああ。それはここにいる全員が知っている。……でも、それとこれとは別なんだよ」


「どういうことですか」


「さっきも言ったけど、ヴィクトーリアは腐っても落ちこぼれてても騎士は騎士。こんな事が起こっている時点で、ヴィクトーリアに騎士としての落ち度があるんだ。アーニャを連れ出したのがユウキの策略だったとしても、その事実は消えない」


「……だから騎士団長が直々に決闘を申し込むことで、ヴィクトーリアさんの罪を(そそ)いでいるのですね」


「それともうひとつ。アーニャは今後も俺のパーティの一員として同行することになった。……まあ、ひとつの区切りとしておまえんとこのバカ(ユウキ)をぶっ飛ばして、魔王をしばき終えるまでだけどな。……これに関しては国王も承諾してくれている」


「承諾するも何もあの国王、まともに話せるほどの精神状態じゃなかったはずですけど……?」


「錬金が終わった後に話した」


「何か仰っておられたのですか?」


「……さぁな」


「フム、それに関してはまあいいでしょう。……という事は、これからネトリール側から正式にアン王女に護衛が付くという事ですか」


「そういう事だ。普通に考えたら、これから先は落ちこぼれのヴィクトーリアではなく、騎士団長であるガンマか、それなりの地位を持った騎士がアーニャの護衛につくことになる」


「でもおにいちゃん……あたしはヴィッキーと一緒に……」


「わかってる。だからこの戦いのはヴィクトーリアのけじめでもある。ヴィクトーリアがガンマに力を示すことが出来れば、俺たちのパーティは変わらない。でも、それが出来なければヴィクトーリアは拘束され、断罪され、あいつの旅がここで終わる」


「……それで、戦況はどうなんです?」


「なんでおまえが戦況分析できないんだよ」


「縛られて、座られて、身動きが取れないからですよ」


「耳で判断しろよ」


「そんな無茶な……」


「……見た感じだとガンマが有利だな。というか、このままいけば普通にヴィクトーリアが殺されかねない。そもそもヴィクトーリアは前に出てガシガシ戦うタイプじゃないうえに、こんな感じで向き合って、よーいドンで戦うなんて苦手も苦手だろ」


「ずいぶんと悠長に構えていますが……いいのですか? 助けなくて。あなたならヴィクトーリアさんを強化できるでしょうに」


「やらねえよ。他人が横から口を出せる戦いじゃねえよ。ただ……」




 俺はその先は口にしなかった。

 ただヴィクトーリアが本当に殺されそうになれば、何が何でも助ける準備は出来ている。……そしてそれは、さきほどから殺気を隠しきれていないユウも同じだろう。

 それが現在戦っている二人の意に添わなくても──


 ガキィン!!


 思わず片目を閉じてしまうほどの、金属と金属とが激しくぶつかる音。

 見ると、ヴィクトーリアは剣を握ったまま、両腕を真上に上げていた。

 一見、ヴィクトーリアが剣を振り下ろすような態勢をとっているように見えるが、すでにその懐には姿勢を低くして剣を構えているガンマがいた。

 先ほどの金属音はおそらく、ガンマがヴィクトーリアの剣を下から払い上げた音だろう。

 という事は、今のヴィクトーリアの懐はガラ空き。

 ――バァンッ!

 案の定、ガラ空きだったヴィクトーリアのどてっ腹に、ガンマの掌底が叩き込まれる。

 鎧の上からの一撃。

 しかしその威力は凄まじく、ヴィクトーリアはボールのように後方へ弾き飛ばされる。



「……この程度かヴィクトーリア。ネトリールを離れ、地上で暮らす日々の中で、それなりの修羅場は経験してきたと思っていたのだが……」



 一歩一歩、ガンマがその巨躯を揺らしながらヴィクトーリアに近づいていく。



「ま、まだです……! まだ……やれます……!」



 ヴィクトーリアは尻もちをついた状態からなんとか立ち上がろうとしているが、膝がガクガクと震えており、うまく立ち上がることが出来ていない。



「……情けない。ここで幕引きか……」



 ガンマは冷酷に言うと、手にした剣を振り上げた。



「ヴィッキー……!」



 それと同時に、俺の隣にいたユウが立ち上がろうとしたが、俺は手でそれを制した。



「お、おにいちゃん……!? ヴィッキーが……!」


「黙って見てろ……」


「でも――」



 ブォン!!

 ユウが言い終えるよりも先に、無慈悲にガンマの剣が振り下ろされる。

 しかし、その剣が砕いたのはヴィクトーリアではなく、ヴィクトーリアが握っていた剣だった。



「なぜ……」



 ガンマがぽつりとつぶやく。



「なぜおまえは……騎士などになった……!」

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