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ポンコツ騎士覚醒



「……もしかして、俺がパーティ辞めなかったらこんな事にはならなかったんじゃね?」


「む? 何か言ったか?」



 俺の先を走っていたガンマが振り向いた。



「いや、いやいやいやいや! なんでもない! 先を急ごう! 今すぐ、このふざけた事を止めさせようぜ! ひゃっほーう!」


「そうか……ところでおまえ、何か口調が変だぞ」


「そ、そんなこと、ないんだぜ!?」


「……ならいい」



 あぶないあぶない。

 あまりの出来事に、思わず口を滑らせてしまったけど、バレてないよな……ていうかこれ、今のこの状況、マジで俺のせいじゃないのか?

 そもそも俺があそこでパーティを抜けるなんて言わなかったら、あの外道は少なくとも保険を保険のままとっておいたはずだ。

 ネトリールを魔王城の障壁にぶつけようなんて、バカな事を実行しなかったはずだ。

 俺があそこでパーティを抜けるなんて言わなかったら、アーニャは捕まらずに済んだし、ヴィクトーリアだって処刑されそうにならずに済んだ。ユウだって今頃村で静かに暮らしていたはずだ。

 ……あれ?

 もしかして、俺のせいか?

 俺のとった行動のひとつひとつが、皆の人生を狂わせているのか?



「……おい、どうしたユウト」


「え?」



 またガンマに声をかけられる。

 どうやら、いつの間にか俺の足は止まっていたようだ。動かそうにも、まるで鉛のように重い。



「……わるい。ちょっと疲れてるみたいだ。すぐに追いつくから先に行っててくれ」


「お腹でも痛いのですか? ユウトさん?」


「いや、お腹(ぽんぽん)は大丈夫」



 出来るだけ心配をかけないよう、すこし茶化したつもりだが、一言多かった。しかし、パトリシアは特に気には留めず、両手を合わせニコッと笑ってみせた。



「よかった! お腹が大丈夫でしたら、何かお召し上がりになるといいですわ。元気が出ないときは、お腹いっぱい美味しいものを食べれば、悩みなんてどこかへ吹き飛んで行ってしまいますのよ」



 パトリシアはそう言うと、どこからか真っ赤なトマトを取り出して俺に手渡してくれた。

 なぜトマト? どこからトマト? どこのトマト?

 ……という疑問が浮かぶよりもさきに、なぜか自分が、ものすごく情けない生き物に思えて泣けてきた。

 いや、実際には泣いていないけど、ここから消えてしまいたくなってきた。

 ……そんな情けない俺の前に、ガンマがずいっと立ちはだかる。



「ユウト」


「……なんすか」


「おまえが何を感じ、何を思っているのかは知らんが、これだけは言っておく。……今を生きろ。過去は取り戻せん。おまえの中の何が今のおまえの足を引っ張っているかはわからん。だが、それは今のおまえにとっては取るに足らんことだ。いいか、今のおまえをかたどっているのは過去の積み重ねだけじゃない。これまでの過去と、これから起こる……おまえが起こすであろう物語が、今のおまえをかたどっているんだ」


「すまん、ガンマ。……意味がわからん」


「……現状を憂うなら過去を嘆くよりも、現状を変える努力をしろという事だ」


「最初からそう言ってくれよ」


「口が減らんやつだ。……手は貸さんぞ」



 ガンマはそれだけ言うと、くるりと踵を返した。

 ――そうだ。

 ここでうだうだ言っていても仕方がないし、意味がない。

 それに、あの時の俺を否定してしまう事になる。

 あの時の俺の行動が正しいか正しくなかったかなんて、誰にもわからない。

 ただ俺は、あいつらとはこれ以上やっていられないから袂を分かっただけだ。

 文句を言うなら俺じゃなく、あの外道に言え。たとえ俺の行動が引き金だったとしても、こんな事をしでかすやつのほうがイカレてる。



「――よし、吹っ切れた。ああ、もう自分で走れる」



 

 俺はそう啖呵を切ると、パトリシアから貰ったトマトを――



「トゥォマトォォォォォオオオオオ!!」



 突如起き上がったヴィクトーリアに奪い取られた。

 ヴィクトーリアはそのトマトを一息に食べきると、ガンマの肩からいそいそと降りた。



「ム? ここはどこだ……私は処刑されたはずでは……? は!? もしかして、天ご――」


「ネトリールだ。愚か者め」



 ――ゴン。

 ガンマはそう言うと、ヴィクトーリアの頭をゲンコツで殴った。ヴィクトーリアは頭をおさえると、涙目になりながらガンマを見上げた。



「だ、団長……殿……!?」


「ヴィクトーリア様!」



 パトリシアが、ガバッとヴィクトーリアに抱きつく。ヴィクトーリアは目を丸くすると、『ええ!? ヴィクトーリア様……と、ユウト!? な、なんでここに?』と声を上げた。



「貴様を助けるためだ。愚か者」



 ゴン――という鈍い音。

 再度、ガンマがヴィクトーリアの頭上に拳を振り下ろした。

 どうやら騎士団長殿は、女団員にも容赦がないらしい。



「いっっっっっっっ――!?」


「……大丈夫か? ヴィクトーリア」


「だ、大丈夫なわけが……」



 ヴィクトーリアはチラリとガンマを見ると、すっくと立ちあがり、胸を張って何事もなかったかのように振舞った。



「だ、大丈夫なわけが……ある! 大丈夫なわけがあるのだ! 全然、大丈夫なわけがある! はーっはっはっは!」



 そう虚勢を張るヴィクトーリアの目じりには、うっすらと涙が浮かんでいた。

 どうやらヴィクトーリアは、相当にガンマの事が苦手らしい。



「意味がわからん……けど、まあいいか。これで戦えるやつが増えた」


「……戦えるやつ? それはもしや、こいつ(ヴィクトーリア)の事を言っているのか?」



 ガンマが眉を顰め、ヴィクトーリアを指さす。

 信じる信じないという問題以前に、『何を言っているかわからない』といった反応。戦闘面でヴィクトーリアが役に立たないという事を知っているという反応だ。

 しかしまあ、ネトリールにいた時のヴィクトーリアしか知らないならその反応も無理はないか。



「だ、団長殿! 不肖この(ヴィクトーリア)、剣技の他にも魔法の類が使えるようになりまして……」



 ヴィクトーリアはそう言うと、自分の体をまさぐるが――



「な、ない! 銃も、ナイフも……! ちゃんと持ってたはずなのに!」


「そりゃそうだろ。これから処刑しようってやつを、武装したままにするはずないだろ。……というか、ヴィクトーリア。剣なんてそもそも使えないだろ」


「そ、それはそうだけど……」


「貴様の武器はたしかに没収され、廃棄されたが……その中にこのようなものがあった。これは貴様のものだろう?」



 ガンマが取り出したのは、ヴィクトーリアの白いチョークだった。恐らく武器の類には見られなかったのだろう。たしか、錬金術の存在は限りなく少ないと言っていたっけ。



「あ! こ、これです! これがあれば……だ、団長殿、そのチョークを……」


「儂には不要なものだ。貴様が持っていろ」


「あ、ありがとうございます!」



 ヴィクトーリアはガンマからチョークを受け取ると、いつものように、地面にサラサラと線を引いていった。線を引き、魔方陣を描き終わったヴィクトーリアは辺りを見渡し、『あとはこれを……』と呟きながら、適当に転がっていた剣を触媒にして拳銃を錬成した。

 この旅の途中、何度も見た光景だ。



「ど、どうでしょうか?」



 まるで棒を拾ってきた犬のように、ヴィクトーリアはガンマに錬成した拳銃を渡して見せた。ガンマは特に驚きはせず、差し出された銃を受け取ると、渋い顔のまま色々な角度から見た。



「これはネトリール旧式モデルの……」


「す、すみません。見様見真似で錬成したので、そこまでは詳しくはないですが……きちんと、使えると思います。……たぶん」


「フム。……貴様はこの道を選んだか」


「……はい?」


「よくわかった。これよりユウトの先導を貴様に任せる」


「はい! ……て、ええええええ!? わ、私、さっき目が覚めたばかりで……現状についてもよくわからないのですが……」



 ギロリ。

 ガンマの鋭い眼光がヴィクトーリアを貫く。



「い、いえ! 分かります! 現状! とてもよく熟知しておりますとも! それはもう! はい!」


「よかろう。……ではパトリシア様、ユウト。儂はすこし、やる事を思い出した。先導は其処のポンコツに任せたので、ついて行けば良いだろう」


「え? ガンマは一緒に来ないのか?」


「言っただろう。儂にはやるべきことがある。……それに――」



 ガンマがヴィクトーリアを見る。ヴィクトーリアは一瞬身体を強張らせたが、すぐにその緊張を解いた。

 それは、どことなく険しかったガンマの表情が緩んだせいなのだろう。



「なに、老いぼれの儂よりも、そこの錬金術師とやらのほうが、この先役立つだろうよ」



 ガンマはそれだけ言うと、来た道を戻っていってしまった。

 ……あれ? ガンマは錬金術師の事を知っているのか。

 ……まあ、騎士団長だからな。ガンマだけ知っていてもおかしくはないだろう。



「……あの、な。ひとつ聞いていいか、ユウト?」



 ぽかーんと、口を開けたまま固まっているヴィクトーリアが俺に話しかけてきた。



「なんだ、ヴィクトーリア」


「ここはどこだ?」

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