ネトリール脱出計画
――魔王城。
文字通り魔王の居城にして、『終焉の都』の象徴。
これまでに幾人もの勇者がそこへ赴き、魔王の討伐を試みたが、帰還するものは誰一人としていなかった。
もちろん、俺の親父もその一人だ。
誰も帰ってきた試しがない……それはつまり、その詳細の一切が不明。勇者の酒場ですらその全貌を把握していない。
唯一わかっているのは(それもごく一部にしか伝えられていない情報だが)、真の勇者とそのパーティのみが、堅固な障壁を越え魔王城に到達することが出来るという事。
そうでなければ、魔王城へ侵入することすら許されない。
そして、その障壁はどのような攻撃も受け付けず、何者にも侵されない防御力を誇る。
過去にも名だたる勇士や精鋭を集め、その障壁をあらゆる武力や方法で取り除こうとしたが、どれもこれも全てが空振り。
結局、現在に至るまで欠片も解明することが出来ずにいる。
もちろんあのバカはこの事を知っている。
その上で自分にその資格がないことを理解している。この時代における真の勇者は俺だけ、あいつもそれがわかっているから、俺をパーティに引き込んだのだろう。
だから、そんな俺があのパーティを抜けた今……あいつはついに、力技に出たわけだ。
『魔王城を囲う障壁に、この巨大な塊をぶち当てる』
いくら障壁の防御力が優れていても、これほどの質量かつ、この高度……極めつけに超巨大な心臓付きだ。
正直、今の今まで、ここまで大掛かりな方法を試したという記録は見たことがないし、聞いたこともない。
どうなるかわからない。
もしかしたら、この障壁を破壊できるかもしれない。
――だが、それと同時に、どれほどの被害が出るかも計り知れない。
まず間違いなくネトリールの人間は全員死ぬ。
そして、地上に甚大な……未曾有の、これまでに類を見ないほどの被害が出る。
あいつの考えそうなやり方だ。
……しかし、それにしても物事がスムーズに進み過ぎている。
ここまでの事をするには、まだまだ訊いておかなければないことがある。
もうすでに、外道の企みに気が付いているガンマに――
「……なあ、ガンマ。この争いを最初に始めたのってどっちなんだ?」
「おまえは、地上ではどのように聞いていたのだ」
「それは……ネトリールから仕掛けてきたって聞いてたんだけど……でも、今のガンマの話を聞く限りだと……」
「おまえの思っている通りだ。この争いを始めたのは……いや、これらすべてを仕組んだのはおそらくユウキだろう」
「それ、詳しく話せるか?」
「……然程、驚いてはいないようだな」
「まあ、この流れからするに、どことなくそんな予感はあったからな」
「わかった。話してやる。……だが、時間がない。道すがら話そう。ついて来い」
ガンマはそう言うと、気絶しているヴィクトーリアを抱え、パトリシアを見た。
「……パトリシア様、お怪我は?」
パトリシアはガンマにそう尋ねられると、自分の両頬をぺちぺちと叩いて頭を横へ振ってみせた。
「も、問題ありません。いきましょう」
「……強くなられましたな……」
ガンマはそう呟くと、フッと笑ってみせた。
◇
「……意外だな。パトリシアは安全なところに置いておくと思ったのに」
俺は心臓へ向かう道すがら、ガンマに小声で尋ねた。
「お前も知っている通り、あのお方は強い。……儂なんかよりもずっとな。それに、今のネトリールに安全な場所など、どこにもない」
「まあ、たしかにな」
ガンマの言う通り、心臓が暴走しているせいか、ネトリールで正気を保っている人間が限りなくゼロに近い。そんな中、パトリシアひとりにしていたら、いくら王族といえども無事では済まないだろう。
「それで、さっきの話の続きなんだけど、訊いていいか?」
「……問題ない」
ガンマが静かにそう答える。……が、その額にはうっすらと汗が滲んでいるのが見てとれた。いちおう女といってもヴィクトーリアはかなり体格がいいうえに、鎧まで着ている。いくら騎士団長とはいえ、歳も歳だ。かなり堪えているのだろう。
変わってやりたいが、さっき俺がヴィクトーリアに触ろうとすると、なぜか怒られた。
まあ、どのみち、俺の体力では人一人を背負ったり、抱えながら行動するのは無理だから意味はないんだけど……なんとなく納得がいかない。
「……まだネトリールが地上に対して攻撃宣言をしていないときだ。ネトリール内では密かに、ある噂が囁かれていた」
「噂?」
「地上人がこのネトリールを正式に植民地化するという計画だ」
「……は? なんだそれ?」
「そうだ。最初はみな、今のお前と同じような反応だった。横暴な冒険者がネトリールから一掃され、ユウキの計らいでここに勇者の酒場が置かれて、これから地上人とネトリール人が対等に、友好的に付き合いだそうとしていた頃だ。勿論、両者間にまだ緊張があったとはいえ、ネトリール側は救世主でもあるユウキを橋渡しとして立てていたし、ユウキもネトリールのためにあれこれと尽力してくれていた。誰もがそんな時期に迂闊なことをするはずがない……そう考えていた」
「……けど、結局それは全部ユウキが描いたシナリオに過ぎなかったって事か」
「そういう事だ。……ところで、改めて訊いていいか。おまえは本当に何も知らなかったのか?」
「……まあ」
――三秒。
俺がガンマの問いに答えるのに要した間。
恐らく、普通なら、怪訝に思うほどの間。でも、ガンマはそれに対して「そうか」とだけ返してきた。
即答できなかった理由はやましいと感じたわけでも、後ろめたさを感じたわけでもない。
ぶっちゃけると、当時の俺は……というか、俺を含めジョンとセバスチャンは本当に何も知らなかったと思う。ネトリールで暴れたのも『観光ついでの掃除』程度の認識だろう。
でも、だからといって、ユウキが何か企んでたのは、なんとなく察しがついていたと思う。
そういえば、そんなこともあったな……程度の間だ。
「……そして、そんななか、アン王女が突如として失踪なされた。それと同時に、アーニャ様と親友だったヴィクトーリアも姿を消したのだ」
「そりゃ……ヴィクトーリアが疑われるわな。だからヴィクトーリアだけ、すぐにネトリールに着き次第、処刑が決定してたのか……」
「そういう事だ。……ここまで説明すれば、おまえにも大体、今回のこのふざけた話が見えてきたのではないか?」
「………………」
つまり、今までの話を時系列的に整理すると――
まず、俺たちがネトリールで冒険者たちを一掃する。そして、ユウキが地上とネトリールの双方に良くない噂を吹聴する。そのまま、お互いが表面上では色々と取り繕いながらもギスギスしまま時が経った。
この間、アーニャは冒険者から受けた傷を回復するため、徐々に体を機械化させていた。アーニャとヴィクトーリア、一見、姉と妹ほど離れていた年齢差の秘密は、こういう事だったわけだ。
やがてユウキは地上に興味を持ち始めたアーニャに目をつけた。アーニャの地上への憧れ、好奇心を焚きつけ、その親友であるヴィクトーリアを巻き込んだネトリール脱出計画を企てた。
それもこれも、地上とネトリール間の亀裂を完全なものにするため……ひいては、魔王城を取り囲む障壁を破壊するための保険だったわけだ。もし、自分のパーティにいる、勇者の血を引く者が何らかの理由でパーティを抜けた時のための。
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