心臓の秘密
「――後ろだ、おっさん!」
「ああ」
おっさんの背後から殺意のこもった、剣による鋭い突きが放たれる。
剣の切っ先は完全におっさんの首元をとらえており、普通であれば、そのまま首ごと持っていかれる攻撃だが――
ガキィン!!
剣は俺の魔法に阻まれると、そのまま真っ二つに折れてしまった。
しかし、警備兵はそれでも戦意を失うことはなかった。
警備兵はまるで、理性を失った獣のように、丸腰でおっさんに殴りかかっていったのだ。
おっさんは拳を避けることなく、ただそのまま、勢いに任せ、警備兵の顔面をむんずと鷲掴みにした。
あとは俺の魔法もかかっているし、トマトのように握りつぶせば終わり……のはずなんだけど、おっさんは警備兵の腹に膝を入れた。
警備兵は呼吸ができなくなったのか、小さく呻きながら前のめりに倒れる。
おっさんはその状態の警備兵のうなじを的確に殴打し、完全に警備兵の意識を刈り取った。
白目を剥き、完全に気絶した警備兵は、そのまま、うつぶせの体勢で倒れた。
「……おっさん、無事か?」
俺の問いに、おっさんは黙って、グッと親指を突き立てて答えた。
俺は「ははは……」と、乾いた愛想笑いを浮かべると、近くで俺の護衛を務めてくれていたパトリシアに向き直った。
「……パトリシアは大丈夫だったか?」
「はい。問題ありませんわ。……ですが――」
パトリシアはそこまで言うと、黙り込んでしまった。
……まあ、そうなってしまうのもわかる。
なぜなら、誰一人として、俺たちに襲い掛かって来なかったからだ。
普通はこういった場合、定石どおりに行動するなら、エンチャンターである
俺を真っ先に狙うはずだ。
そして、たとえ対冒険者の戦いに慣れていなかったとしても、剣すらはじく相手に丸腰で向かって行ったりはしない。
第二に、パトリシアがいたから襲わなかった……ということもあるかもしれないが、そもそもおっさんが最初に、パトリシアの名前を呼んだにもかかわらず、誰も気づかなかった時点でおかしい。
そして極めつけは、こいつ。
俺の背中で気絶しているヴィクトーリアの存在だ。
警備兵たちの目的は、こいつを処刑することだったはず。なのに、警備兵たちは脇目も振らず、おっさんを……それも執拗に狙い続けた。
ということはつまり……いや、まだ解らないか。
そもそも、そこらへんの事情を訊きだすためにあのおっさんを助けたんだ。
今はそのことについて喜んでおくか……。
――俺は改めて、ぐるりと部屋の中を見渡した。
決して広くない部屋に10人以上はいただろうか。今ではその全員が床に伏し、動かなくなっている。
結果的には、全く苦戦することなく敵を鎮めることが出来たが、それもこれもおっさんの働きと、俺の足を切断した例の武器を使っている者がいなかったお陰だ。
……でも、なぜあの武器を使わなかったのだろう……もし、あれを使われていれば、負けはしなかったが、それなりに苦戦はしていたと思う。
「――体の奥底から力が溢れるのを感じる。……青年、おまえ、エンチャンターだったのか」
おっさんが俺に声をかけてきた。声のトーンは抑え目だが、驚いているのがわかる。
「ああ。ネトリール人なのによくわかったな。おっさんの言う通り、俺はエンチャンターだ。名前はユウトって言うんだけど……」
「なるほどそうか、おまえがユウトか」
「なんだ、知ってたのか」
「それはそうだ。おまえたちがあの傍若無人な冒険者たちを一掃してくれなければ、今のネトリールはなかった」
……単純に感謝しているという風な物言いではない。なんというか、言葉の端に皮肉ともとれるようなニュアンスが感じ取れた。しかし、その正体についてはわからないままだが……。
「……それにしても、おっさ……えっと、団長さん……だよな?」
「ああ、自己紹介が遅れたな。……儂はここ、ネトリールで騎士団を束ねている『ガンマ』というものだ」
ガンマはそう言って、ずいっと手を突き出してきた。俺は一旦、ガンマの付与魔法を切ると、握手に応えた。
……ゴツイ手だ。
俺みたいな魔法使いの綺麗な手と違って、戦う戦士の手だった。さっきガンマに付与魔法をかけてみてわかったことだが、団長というだけあって、それなりの実力者だというのがわかった。
「俺はユウト……て、もう言ったな。そこに転がってるヴィクトーリアの仲間で、こいつの処刑を止めに来た」
「仲間……そうか……こいつにもやっと……」
一瞬だが、いままで鋭かったガンマの目つきが、ほんの少しだけ柔らかくなる。
……なんだ。
ここにもちゃんと、ヴィクトーリアのことを心配してくれる人がいたのか。
もしかしたらこのまま、ガンマがヴィクトーリアの事を始末するかもしれない……とも考えていたが、その心配はなさそうだ。
俺はほっと胸をなでおろすと、話をつづけた。
「……それにしてもガンマさん。こいつら、殺し……はしなくても、再起不能ぐらいにはしておかなくていいのか?」
さきほどのこいつらとの戦い。
本気でガンマの命を奪おうとしていた警備兵たちに対し、ガンマは一貫して、致命傷を与えるような攻撃はせず、意識を奪う攻撃だけ繰り出していた。
結果、この場に転がっている者は、ヴィクトーリアも含め全員が気絶しているだけ。
いつ起き上がって、攻撃を再開してきてもおかしくない状態だった。
「もちろん、その選択肢もあった」
「けど、ガンマさんはそうしなかった。……なぜだ?」
「忍びなかったからだ」
「どういう意味だ……?」
「こいつらが操られていたからだ」
「あ、操られ……?」
唐突で、予期せぬ展開に耳を疑う。
操る?
ここにいる人間を……?
確かにここにいる警備兵たちの様子は少し……いや、だいぶおかしかった。しかし、だからといって、誰が……何のために……?
「これは恐らく、リヒトの心臓の影響だろう」
「リヒトの心臓って……。たしかこのネトリールを浮かせてる動力源の事だよな? それが何か関係あるのか?」
「外の人間は知らないと思うが、リヒトの心臓とは即ち、おまえたち地上人にとっての魔法に等しい」
「魔法、か……。たしかに天気を操ったり、空気を生み出したり、ネトリールをここまで発展させたのはある種、魔法とは言えなくもないけど、それと『操る』ってのはどう関係があるんだ? もしかしてそういう機能があるのか?」
「その言い方は半分正しくて、半分正しくないな」
「……えらく勿体ぶるしゃべり方だな」
「む、いや、そんなつもりはない。ただ、どこから話せばいいやら……」
「団長様は本当は、とても無口な方なのですわ」
困っている素振りを見せるガンマに、パトリシアがすかさずフォローをいれる。
「私、ここまで話ている団長様は見たことがありませんの。ですのでユウト様、できればあまり、急かさないでくださいましね?」
「え、あ、ああ……わるかった……」
「申し訳ありませんパトリシア様。儂が不甲斐ないばかりに……」
「いえ、お気になさらないでくださいまし」
ガンマはそう言うと、パトリシアに対し、深く頭を下げた。
そういえばガンマは、俺のパトリシアに対する口調には何も言ってこないんだな。珍しいというか、なんというか……。
「……ネトリール人というのは、生まれた時からここにいるため、リヒトの心臓の影響を大いに受けやすいんだ。滅多にないことだが……たしか100年前、一度、リヒトの心臓の調子がおかしくなった事があったらしくてな。その時も、かなり多くの体調不良者が出たらしい」
「じゃあ、今、こいつらがおかしくなっているのも……?」
「恐らくリヒトの心臓は今、なんらかの異常をきたしているのだろう。すこし前だが、一度、ネトリール全体が大きく揺れただろう?」
「……揺れ……? パトリシア……なんか、揺れてたか?」
「わ、私ですか!? えーっと……えーっと……揺れてたような……そうでもないような……?」
そういえば俺が起きた時、パトリシアも寝てたんだっけ。知らなくて当然か。……でも、たしかに遠くのほうで何か大きな音が聞こえたような気が――
「なんだ。気づかなかったのか? あれはおそらく、何者かがメインリアクターをいじったからだと思うのだが……」
「なるほどなるほど……。とりあえず、それがあったから、こいつらがおかしくなって……うん? いや、待てよ。じゃあなんでガンマさんとパトリシアは無事なんだ?」