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美女は野獣  作者: スットン
第一章 桟葉拿樹海編
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六話 桟葉拿森林



 樹木や苔のにおいがむわっと空気に漂って鼻をつく。

 耳を澄ますと、鳥の羽ばたきやさえずりが断続的に聞こえてくる。



 何度も呼吸を整えて……あたりを見回してみた。


 苔むした背の高い木々が辺りをすべて覆っていて、まだ陽はおちていないのに、かすかにある木漏れ日だけが唯一の明かりで森の中は暗かった。


 よかった。とりあえず妖魔はみあたらない。


 …………


 いやよくない。状況は全然よくない!


 ここはどこだ。

 そして何で大猿になっちゃったの私。

 いやそれよりも母さんは無事だろうか。逃げるときに家を壊しちゃったし母さん気を失ってたけど……いや、きっと亥商会の人が介抱してくれているよね。

 ……父さんも兄さんも今頃きっとすごく心配しているだろうなあ……はあ……


 そこまで考えたところで、私は手に何かを掴んでいる事に気がついた。

 

 ん? 手? ああ、そういえば夢中で逃げてたから気がつかなかったけど、私窓から落ちた時に何かをつかんだままだったんだ。


 掴んでいる手を見ると昨晩父さんから渡されたお土産の青色の皮でできた鞄だった。


 おお……! とっさにつかんだにしては結構役にたちそうかも。中になんか入ってたっけ。

 えーと…………お土産の空の弁当箱だけかあ。

 昨日のうちに勉強道具を入れておけばよかった。紙と筆さえあれば何とか家族に今の状況を伝えられたかもしれない。

 といっても、どっちに歩けば帰れるのか全く検討がつかないわけだけれども……


 改めて辺りを見渡す。

 帰り道がわからない事、一人でいる事を意識した途端、急に森の薄暗さが恐ろしく感じた。


 いやだな……ものすごく、怖い。

 猿になって、追い回されて、妖魔に食い殺されるかもしれない。

 自分のあまりの悲惨な現状に目が潤んでくる。

 

 昨日までこんな事になるなんて想像もつかなかった。


 なんなのこれ、これからどうなっちゃうの私……


 誰か――助けて、助けてよ。


 涙がぽたぽたと地面に落ちる。


 当然助けてくれる人など出てくるわけもなく、烏が数匹カアと鳴いただけだった。



 いや! ポジティブだ、ポジティブだぞ私!! ここでうじうじしていても恐らく誰も助けてはくれないだろう。むしろ行動していかなければ命だって助からないかもしれない。妖魔が犇く森……この世界に生まれてから大切に、それこそ過保護と言っていいほど庇護されてきた。そんな私がたった一人で妖魔の森に佇んでいるのがどれほど危険か、現状に嘆いていてもそれくらいわかる分別はある。


 気持ちを吹っ切るように両手で頬を叩いた。

 よし、悲しむの終わり! 切り替えよう!


 まずは目の前の樹を観察してみた。

 どれも結構大きいな、太さもあるけど高さも20m以上あるんじゃないだろうか。

 どうにかてっぺんまで登れれば、高いところから准遷市が見つかるかもしれない。

 うーん、どうやって登ろうか。



 改めて自分の身体を見る。


 2mより大きいくらいだろうか。目線の高さは今までの倍以上な気がする。

 全体が白い毛に覆われているが、手足には毛は無く硬い黒い皮膚がむき出しだ。

 手の指は5本ずつ、足の指も5本ずつ。どっちも親指にぶっとい鉤爪がついていた。

 そして尻尾がついている。

 手を動かしてみる。グーパーグーパー。

 足の指を動かしてみる。うわっ、こっちもグーパーできる。

 歩く、うーん普通に歩くと少しだけ背中に違和感あるな、そこまで気にならないけど

 試しに四足歩行、スピード出すときはこっちのほうがいいかもしれない。

 尻尾を動かす、動かせるかなと思ったけど背骨の延長線上だからか割りと感覚をつかみやすかった。

 お、尻尾で木の枝拾えた。結構便利かも。


 よし、身体の感覚もつかめてきたし樹に登ってみるか。

 一応今は猿なんだから、元の身体よりは登りやすいと思うんだけど……


 5m先くらいまでびっしり苔が付いてるなあ。普通に登ったら滑りそうだ。

 この鉤爪を使えばどうにか登れるだろうか?? 計4つしかない鉤爪で体重支えるのかなり不安だけども、折れたりしないかな……


えーい女は度胸!


 まず手についてる鉤爪を樹に引っ掛ける。続いて足の鉤爪も引っ掛ける。足を軸にしてもう少し高いところに手を伸ばしてと。


 おお! 登りやすい! やっぱり猿なだけあるな!


 10mほど登るとだんだん慣れてきて残りの10mを30秒ほどで登れた。これもっと慣れれば10秒しないで上から下までいけるんじゃないか。

 恐るべし猿の身体能力……。


 樹のてっぺんにたどり着くと太陽の光が強くなる。うおっまぶしっ。


 ……まあ、わかってたことだけどこの樹よりも高い樹がいっぱいあるな。そのせいで遠くまで見通せないや。

 下からだとどれが一番高いかとか全然わからないし……

 ふと空を見ると太陽が落ちてきてるのがわかる。



 ……夜になる。


 この森でたった一人で夜を迎えることがとても怖くて、寂しくて、でもどうすることもできなくて、あたりが暗くなるまで私はぼんやりと樹の幹にしがみついていた。




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