四話 お見合いにて
亥商会の奥様はお昼頃にくるらしい。それまでにめいいっぱいおしゃれしろといわれた。
まさか息子が一緒にきたりしないよね……しないよねマジで。
昨日は遅くまで兄さんと象棋をやってたのでまだかなり眠い。ルールさえわかっちゃえば将棋とチェスの知識があるため初心者の兄さんには圧勝だった。
小学校の将棋大会で優勝したことあるからね私。将棋を嗜んでる大人達にはぼろ負けだったけど初心者には負けませんよ。
兄さんは妹に勝ち越されるのが嫌だったらしく何度ももう一勝負を挑んできた。兄のプライドというやつか。全部勝ったけどね。
おかげで肝心の紫商会の話を聞きそびれてしまった、兄さんも母さんも父さんもあんまり私に商売関係の情報や物騒な話を聞かせたがらない。大切にされてるなーと嬉しく思う反面、もうちょっと信頼してくれてもいいんじゃないかとも思う。私だって役に立てるんだけどなあ。まあそのうち前世の物を色々作って、がっぽがっぽ稼いだら私への評価を改めてくれるだろう。私を侮るのも今のうちだからなー!
「紅花。準備できてるの?」
「うん。」
薄浅葱色の半袖に白いロングスカートを着て腰周りを承和色の腰巻で結ぶ。
一応この組み合わせがこの町の女性の一般的なスタイルだ。まあこんな感じでいいでしょう。おしゃれしろって言われたけどあんまり気合いれてたら相手も引くでしょ。ていうかやっぱりまだ襟巻き暑いと思う。
「ちょっと、もっといい服あったでしょう! せっかく亥商会の奥様方が来られるんだからもっとおしゃれしなさい」
「奥様方?」
「……とにかく。髪の毛もそのまんまじゃない。せめて編みこんで髪飾りつけなさい」
っかーー! 怪しい!
ていうか絶対くるでしょ息子。いつも私がお見合いの話を断るからとうとうだまし討ちにでたな。どうりで兄さんも父さんもいないと思った。
じゃあまさか実質お見合いかこれ。うへえ。
相手方の息子も乗り気じゃありませんように……。
すったもんだの末に、結局髪型だけ変えることになった。
「奥様。亥様がいらっしゃいました。」
女中さんが亥さん方を案内してきた。案の定二人か……。
「いらっしゃいませ奥様、乃至様。お二人がいらっしゃるのを娘共々とても楽しみにしておりましたわ」
「ほほほ、私も息子も玉様にお会いできるのを楽しみにしておりましたわ。こちらが娘さんですのね、まあ! 噂どおり大変かわいらしいわ! ねえ乃至。」
「え、ええ、とても美しいと思います。その、お会いできて嬉しいです。」
「……ありがとうございます」
うわあ……だめだ。
このノリ本当苦手だ。失礼かもしれないけどもう既にものすごく居心地悪い。
だからお見合いとかいやなんだよ……まだ14歳だよ私……自由でいさせてくれー。
相手の男の人も乗り気じゃないといいなと思いながらちらりと様子を見る。
見た感じ、乃至さんはかなり歳上っぽいな。ふけ顔じゃなければ30歳前後じゃないだろうか。そして結構ガタイがいい。眼が合うと俯いてしまった。
奥様曰く亥商会は安保組合にも入っていて主に護衛や兵士の貸し出しを仕事にしているらしい。
へえ、そういう商売もあるのかあ。
「亥商会はね、昔から霄漢と懇意にしてもらっている所なのよ。何度も命を助けてもらっているんだから。」
「あら、こちらこそいつもご贔屓してもらっていて……」
ということは、うちで雇ってる護衛さんももしかしたら亥商会から貸し出されてるのか?? そういや昨日一緒にいた護衛のおじさんが運命の殿方がどうのとかいってたな……げー! もしかして私以外皆知ってたのか見合いの事! そりゃちょっとひどいんじゃないか。
「うちの援と霄漢様は若い頃から親友だったらしいですの。よく二人で無茶をしたと自慢されますの」
「あら、その頃から霄漢ったら援様にお世話になっていたのねえ」
おほほうふふと奥様トークが繰り広げられる。
その調子でこっちにお鉢が回って来ませんように。
「そうだわ、私達ばっかり楽しんでちゃいけないわね。うふふ、紅花さんはどういったご趣味をお持ちですの?」
おっふ、とうとう矛先がこっちに向いてしまった。
「料理や縫い物をするのよね、紅花」
うわ、母さんが圧力かけてきた。ここらへんじゃいい奥さんの基準が料理と裁縫だからな……いや嫌いじゃないけど趣味でもないです。
「……絵を描いたり、最近は象棋を少々……」
圧力には屈しないぞ、それに絵を描くのが好きなのは本当のことだし。
実はこっそり妖魔図鑑作ってるんだ、見たことあるの黄舌だけだけど。これを完成させるのが私の野望その3だ。
「まあ! とても高尚なご趣味ですわ!」
「ほほほ」
しまった。うけてしまった。そして母さんの目が怖い。
「乃至様は普段はどういったことをしていらっしゃるのかしら」
「俺はまだ親父の見習いですから、基本的にはうちで雇ってるやつらと同じことをしてますね。」
「というと……?」
「あー、護衛をしたり依頼された妖魔を狩ったりとかですかね。こちらは安保組合から仕事を回されます。基本命を預かってる仕事なので親父の跡を継ぐ前に雇ってる奴らと同じ立場に立っておきたいんです。そうすればわかることもいろいろありますから。」
「まあ! すごくご立派だわ! ねえ紅花」
「そうですね。」
あんまり話をこっちに向けないでほしい……確かに立派だとは思うけどさ。
でも護衛や妖魔狩りって町の外に出てるってことだよね、それはちょっと興味あるな。いずれ私も外にでてみたいと思ってはいるんだけど、さすがに今のところ許可がでない。まあ危険だし、過保護気味だしなうちの家族。
見合い自体には乗り気じゃないけど、専門家に話を聞くいい機会だし、ちょっと町の外の事や妖魔の事を聞いてみようかな。
「あの……乃至さんはよく町の外に出られるんですか?」
「えっ、まあそれなりには」
「私一度も町の外に出たことがないので……妖魔がたくさんいるんですか?」
「えっと、その……」
なぜかしどろもどろになっている乃至さんを奥様が小突いている。どうした。
「その、どんな危険な妖魔がでても、俺が紅花さんを絶対に守るので! 安心してください!」
乃至さんが真っ赤になりながら言った。
えっ???? どういうことだ???
たくさんいるんですか発言で私が妖魔におびえてると思ったのか??
ちがう、ちがうよ! 妖魔図鑑完成のためにどんな妖魔が出るか聞きたかっただけで……
母さんがまあ! なんて頼もしいんでしょう! 乃至様みたいな方が旦那様だと安心ね紅花。とか言ってくる……まずい。
乃至さんの発言はありがたい話ではあるけどこの流れは非常にまずい……そのままトントントンと婚約までいってしまいそうだ……
「そ、そういえば! 妖魔といえば昨日父さんが妖魔の毛皮をくれたわね母さん」
「あら、そういえばあなた今日着けてきなさいって言ったのに着けてないじゃない」
「今から着けてくるわ。少々失礼しますわ。」
兵法三十六計逃げるに如かず、そそくさと逃げるようにその場を後にした。
後ろから、あの子ったらどうしても毛皮をつけた姿を乃至さんに見てほしいのね、ほほほ。とか聞こえる。
勘弁してー!!
自分の部屋に逃げ込んで一人になると、少し気持ちが落ち着いた。
でもこのまま戻らないわけにもいかないしなあ……嫌だなあ。どうにかして今のうちにどうやってお見合いがご破算になるか考えなければ。
とりあえず毛皮の襟巻きつけてくる発言した以上、着けないといけない。
だいたい今着てる服に合わないでしょ襟巻きなんて、絶対暑いし。
うだうだしてても仕方ないので私は鏡の前に立って、昨日父さんにもらった白い毛皮の襟巻きを首に巻いてみた。
一瞬頭痛とめまいが起きる。
あいたた、なんだいまの。立ちくらみ?? ストレスと襟巻きの暑さのせいか。
あ、そうだ襟巻き。
服装との兼ね合いはどんな感じだろーーと鏡を見ると
そこには、凶悪な白い大猿が映っていた。