三話 父さんのお土産
翌日、小塾から家への帰路の途中、私は葬列に遭遇してしまった。
誰かが亡くなったのだろう。この世界では人の死は珍しいものでもない、特に安保組合員や貧困層は仕事が死と隣合わせだ。といっても葬儀をするような目の前の人たちは裕福層の誰かなのだろう、大抵の貧困層はそれぞれで墓を作って処理する、宗教に熱心な人は僧を呼んだりするみたいだけど、ひどい人は森に捨てたりするらしい……なんというかやっぱり感覚が違うよなあ日本とは。
「南無阿弥陀仏……」
「なにをなさっているのですか、お嬢様?」
日本にいた頃を思い出してしまって、なんとなく手をすり合わせてご冥福を祈っていたら護衛さんに不審に思われてしまった。お釈迦様はこの世界にはいないもんね、誰に向かって祈ってるのやら自分でも謎だ。世界線を越えて祈りって通じるものなのだろうか。
この世界にも宗教は勿論ある。確か三女神信仰だったか古龍信仰だったか色々と宗派は存在するみたいだけど、田舎の癖にバリバリ資本主義の准遷市では割と信仰心は薄めだ。いうて思考の根源には根付いているんだろうなと感じることは結構あるけど……そういや父さんも劉安に行く前は必ず寺院に旅の無事を祈りに行ってるな。お隣の高霞市の農家の人たちとかだと、祈りの時間になるとなにをしていても中断して祈ってる人を多く見かける。
「あれはおそらく枝南氏の信仰ですかね。葬儀を見かけるのは珍しいな……」
「枝南氏??」
「ああ、三女神のうちの一人です。宗派の教えにもよりますが妖魔を産み落としたのも枝南氏だというのが通説ですね、血や疫病、息災などを司るので通称血の女神だなんて呼ばれたりしますね。」
随分あれな名前で呼ばれてるんだな……
「さっ、お嬢様も道草を食っていないではやく帰らないと、血の女神のきまぐれで妖魔に攫わせてしまうかも……!」
護衛のおじさんは両手を顔の前にあげて猫の手をしてガオーと言った。
思わず真顔になる。どんな脅しだそれは。そして不謹慎じゃないのか……こういうところがなんか軽いんだよなあこの世界の人たち。
「わーこわいなー」
「ははは、ちょっと脅し過ぎましたかな。安心してください、我々が必ず守りますから。それに、お嬢様を命がけで守ってくださる運命の殿方が、現れるやもしれませんよ、もしかすると、明日にでも。」
なんだこの乙女思考のおっさんは! 運命の殿方て。
「わ、わあ、あはは……」
……
父さんはお昼過ぎに帰ってきたらしい。
「霄漢なら商人組合に用事があるって深潭と一緒に行ったわよ」
どうやら入れ違いだったみたいだ。
まあいいや兄さんも一緒なら夕食には帰ってくるだろう。
「荷物置いて着替えたら紅花も手伝だって頂戴。」
「はーい」
いつもはお手伝いさんがご飯を作るが、今日のように遠方から数ヶ月ぶりに父さんが帰ってくる日は母さんが夕飯を作ることになっている。
そういう日は、かなり気合を入れてつくるため量も質も祝い事並みのものがでてくる。
私も厨房に立てるのはこういう日しかないので結構楽しみだったりする。
米があるので前回はおにぎり作ってみたら結構好評だった。私もおにぎり好きとして鼻が高い。
「紅花、それ混ぜて」
「はーい」
「肉を炒めてるから火の具合見てて頂戴、火が通ってきたら塩を加えて」
「はいよー」
「ちょっと! 火が強すぎるわ! もういいからこの生地を薄くひきのばして」
「ほい」
うちの母さんは料理を始めるとかなり神経質になるよなあ。まあ母さんも私も普段料理は女中さん任せだしね、気を張ってるのかも。
ひきのばした生地が餃子に使えそうだったので今回は餃子を作る事にした。
……でも似たような料理あるんだよね。中華料理からベトナム料理っぽいのは割りと見かけた。
ついでにからあげでも作ってみようかな、こっちはみたことないけど割と受ける気がする。よし、から揚げと餃子をつくろう。
「ああやだ紅花、生地をひきのばしすぎよ!」
「……ごめんなさい」
母さんの神経質な指示の中、何とか間を縫って餃子とから揚げを作ることができた。
――そうして母さんの料理も何とか全て作り終わる頃に父さんと兄さんが帰ってきた。
「二人ともおかえりなさい!」
「あなた、深潭、お帰りなさい」
「ただいま」
「朱雀、紅花ただいま。なんだ紅花、少し見ない間に随分大きくなったなあ」
そう言いながら、ニコニコと私の頭をなでる父さんは少し見ない間に横幅が随分太くなっていた。
「朱雀にも紅花にもたくさん土産買ってきたからなあ! もちろん深潭にもあるから後で楽しみにしてなさい」
「まあ、うふふ私はあなたが無事に帰ってきてくれるのが一番のお土産よ。」
食事を4人で囲むのは久しぶりだ。父さんは母さんの作った料理をおいしいおいしいと言いながら平らげていた。
から揚げと餃子は私が作ったというと喜んで食べた。から揚げがかなり気に入ったらしく一人で10個くらい食べていた。
そんなに食べるてとさらに太っちゃうぞー父さん。
「こんなにおいしい料理が作れるなんて紅花はきっといい奥さんになるぞお、あ、そういえばな、亥商会の倅が嫁さんを……」
「そういえば兄さんと商人組合館に行っていたみたいたけど、いったいどんな用事だったの?」
嫁さんを、の続きは言わせないよ。
「ああ……」
兄さんがちらりと父さんを見る。父さんは少し思案した後に箸を置いた。
「いや、大した事じゃないんだが……。首都の劉安で紫商会が事業の拡大で准遷市まで出てくるって話を仕入れてな」
「紫商会ってのは劉安で一番規模のでかい商会のことね」
「あの商会が准遷の市場に参入したらこっちも今まで通りにって訳にもいかなくなるからな……准遷市の他の商会にとっても人事じゃないから商人組合館に相談してきたんだ。」
「いやだわ霄漢、せっかくあなたが無事に帰ってきたのに明るい話をしましょうよ」
「ん、まあそうだな。すまん。それに参入って言っても今日明日の話じゃないからな、ちゃんと対策もたてるさ。むしろあの規模の商会がこの町にきたら益になることもたくさんあるしな。」
父さんはわははと母さんを安心させるように笑った。
「すまんすまん。かわりにそろそろ土産を渡すか。紅花なんかずっと土産が気になってしかたないって顔してるもんな」
してません。いや気にはなるけど。話の続きも気になる……まあ母さんが嫌がるしあとで兄さんにこっそり聞いてみよう。
「待ちくたびれただろう。紅花にはこれだ」
にやりと笑って父さんが渡してきたのは青色の皮でできた大きめのリュックだった金色の小さな花模様の刺繍と白色の紐が非常にかわいい
「わあ! かわいいー! 父さんありがとう!」
「劉安の女の子達の間で今流行ってる柄なんだ。紅花が小塾行くのにもっとでかい鞄が欲しいっていってたからな。まだそれだけじゃないぞ。なかを見てご覧。」
かばんの中には赤色にきれいな百合の花が描かれている弁当箱とクリーム色の毛皮の襟巻きが入っていた。
「え、えりまき??」
毛皮の襟巻きつけてる人たまに見るけどこれ元々生きてたものを殺して剥いだってことだよね……そうだよね化学繊維とかないもんね……うお……
皮素材は加工がわかりやすくてあんまり抵抗ないけど毛皮はなあ
「お! それはすごいやつなんだぞお! 劉安の更に北の山を縄張りにしている大猿の妖魔の毛皮だ! こいつがなかなかやっかいな妖魔だったらしくてな、楚国の檎という武僧が……」
うへえ、やっぱり生きてたやつか……しかも猿……祖先じゃん
「たまたま楚国の旅商人と道中を一緒にする機会があってな。一緒にいる間食いものを都合してやる代わりに安く売ってもらったんだ。」
「まあ、よかったわね紅花。毛皮の襟巻きは上流階級のお嬢さんの必需品よ。」
これであなたも淑女の仲間入りね。と母さんは上品に笑った。
そういえば母さんも冬の間出かけるときはよくつけてたな……
「あ、ありがとう……」
「そうだわ! せっかくだし明日亥商会の奥様が来るときにあなたその襟巻きをつけてらっしゃい。」
「ええっ」
まだ着けるには暑くない?? ていうか亥商会ってさっき父さんが嫁さんがどうのっていってたところじゃん。
なんか企んでたりしないよね母さん……
父さんのお土産は母さんには劉安で流行の最先端の手持ち鞄と財布
兄さんには精密な彫りのある直刀と将棋に似た象棋というボードゲームだった。