二話 小塾と友達
10歳になる頃から4年間、私は小塾という勉強塾に通っている。
田舎の鉱山街である准遷市には義務教育や学校というものがない。基本、職につくには徒弟制度だ。徒弟制度はそれぞれの組合に登録すると、斡旋してもらえたりする。といっても安保組合などを除く殆んどの組合は、まずは字が書けないと登録できないのでそこで振るいに落とされる。文字が書けなかったり読めないような人たちの多くはこの町だと鉱夫として炭鉱の採掘で生計を立てるようになる、これが他の町だと妖魔を刈ったり荒事の依頼を斡旋する安保組合に登録したるするのだが……
安保組合は名前に反して治安がよくないというか、荒っぽい人が多く非常に危険だから絶対に近づいては駄目だと両親、果ては兄さんにまで念を押されてしまったため噂でしか実態を知らない。妖魔に関することならちょっと興味があるんだけどな。
要するにこの国では裕福層と貧困層の間では機会の均等にしても生存率にしてもかなりの格差が存在するのだ。裕福層はお金を払って小塾や私塾等に学びに行くことができるし優秀だったら劉安にだって留学しに行くことが可能だが、貧困層の場合は文字を習う重要性すらわかっている人は少ないかもしれない。
こういう現状を実際に目の当たりにしてしまうと、日本で暮らしていた自分がいかに恵まれていたかわかる。教科書上では外国の貧困格差について学んだりもしたけども……
話を戻すと、私の通っている小塾というのは小学校をかなり小規模にしたような学び舎だ。一応、経営学を重点的に学ぶための場所である、といっても内容は簡単な数学と商学が主だ。
数学の内容はありがたいことに前世の世界とほとんど変わらなかったため、前世で大学に通っていた私にとっては楽勝だった。
通っている子供達の年齢はバラバラだがやはり裕福な商家の子供達が多い。
「紅花ー! おはよう!」
「陽蘭! おはよ」
教室で本を読んでいたら陽蘭が少し興奮気味に話しかけてきた。
陽蘭は数少ない、……というか一人しかいない私の友達だった。だって前世いい年してたのに半分くらい年下の子と友達として仲良くなるって結構ハードル高いよ!? 前世の自分が小さい頃どうやって友達を作っていたのか思い出せない……まあ今の私にとって陽蘭は同い年な訳なんだけどさ。 陽蘭はあっけらかんとしていて愛想もよくて表裏がなくてすごく好感が持てる子だ。年上に可愛がられるんじゃないだろうか。
陽蘭の家は北門の近くで大きな飲食店を経営している。
陽蘭は一人娘なので、将来は陽蘭が店を継ぐことになる。そのため小塾で学びつつ今は家業の手伝いをしながら少しづつ学んでいるらしい。
偉いな、親の脛を齧ってここに来ている私とは大違いだ。
……私のお家事情はというと、父さんの家業は兄さんが継ぐことになるので、父さんと母さん的には花嫁修業でもさせてどっかの土地持ちや富豪に嫁いでほしいみたいだ。
勿論絶対に嫌なので、散々駄々をこねて小塾に通わせてもらっている。
正直、今のところこの世界の他人と恋愛したいと思えるほどに馴染んでいる訳でもないし、結婚なんてもってのほかだ。
私の前世基準の価値観的に職業選択も恋愛も自由でありたいのだ。
……それにさ、なによりもせっかく別の世界の前世の知識もって生まれたからにはこの世界にないもの作ったりさ、売ったりしたいじゃん。そう、作りたい物があるんだよ、何度あれがあればと思ったことか……
私はまだ14歳なので小塾に通って経営学を学んでるけど来年からは商人組合に登録できる歳になるし、本格的に家業や商売の仕組みを学ぶことができる。契約……利益独占……天才と呼ばれる私……ぐふふ
まあそんな感じの野望と理由があるので、両親が持ちかけてくる縁談の話はあれこれ理由をつけて片っ端から断っている。大体14歳に縁談って……ここじゃ珍しくもないけどさ。
「この前きたお客様でね、道術使える人いたのよ! それがすっごくイケメンでね!」
「へぇ~ここらへんじゃ珍しいね」
「うふふ、それでね、お嬢さんかわいいから特別だよって道術使って見せてくれたのよ!」
「えっいいなあ。あ~あ、私も一度は道術見てみたいなあ」
道術、というのは簡単にいいかえれば魔法みたいなものだ。
今のところそれに関する情報がほとんど入ってこない為、不確かなことしか知らないが、私はものすごく興味がある。使うためには必要なあれこれを学ばないといけないんだけど、この町には道術を学べるような施設もないし、教えるような技術がある人もいない。なにより道術っていうのはかなり生まれ持った資質に左右されるらしく10年学んでもたいした道術を得ることもできない人もそれなりにいるので誰もかれもがぽんぽん使えるって訳ではないらしい……
いかにもファンタジーなわくわく要素だったので初めて道術の存在を知ったときはとてつもなく興奮した。
せっかくだしいつか学んでみたいんだよね、きっとわたし才能あると思う。根拠はないけど。天才的な道術を易々と使いこなす私……ぐふふ。
私の野望その2だ。
「なんだよ紅花、道術もみたことないのかよ」
清泉という男の子が割り込んできた。
いつもやたらと私と陽蘭につっかかってくる男の子だ。まあこの年頃の男の子は女の子に突っかかってくるのが定石だしな、特に思うところはない。
この子の父親はこの町の商人組合館の支部長なので、清泉は何かと最新の情報をつかんでくるのが早い。
前に黄舌が町に3匹侵入して大騒ぎになったときには、実際には5匹でその内一匹は白蝦蟇だったということ、たまたま安保組合にきていた数人の妖魔狩りが5匹すべて倒したこと、その中に名の知れた妖魔狩りがいたこと、握手してもらったことなどを事件の次の日に小塾で自慢してまわっていた。
「今度安保組合館に来る道術師がさ、結構有名な人らしくてさ、親父に聞いたらうちに泊まることになってるらしいんだ」
そうしたら道術教えてもらうんだ。と清泉が大声で自慢しまくったため、回りにいた子供達も興味津々といった感じで集まってきた。
「いいなあ清泉」
「清泉の親父、商人組合館の支部長だろ、親父が偉いとコネがあっていいよな」
「ね、清泉の家遊びに行きたーい」
まわりの子供たちの話題になって清泉は鼻高々だ。なんとかにやにやするのを我慢している、という顔をしている。
確かに羨ましいな……父さんが帰ってきたらうちには道術師こないのか聞いてみようかな。
「おい紅花、お前も俺んち来たいか」
「えっ」
大して仲良くないけど私も行っていいのだろうか、道術師がくるんだったら是非行ってみたい……!
「お前は駄目だから」
だったら聞くなよ。
「でもどうしてもっていうなら……」
「清泉の家なんかに行かなくたって道術師に会えるわよ、ね紅花、今日家に遊びにこない? タイミングよければ昨日の道術師に会えるかもしれないわよ。」
「行く!」
小塾の授業が終わり、迎えの護衛と一度家に帰ってから陽蘭の家に行くと陽蘭のお母さんの蘭冠さんが出迎えてくれた。
「おじゃまします。」
「いらっしゃい紅花ちゃん。いつ見てもかわいいわねえ、遊びに来てくれておばさん嬉しいわ」
「うふふ、そんな……」
私は例えお世辞だろうと真に受けますよ。
蘭冠さんはふっくらとしていて、私の偏見が入ってるかもだけど、いかにも料理屋のおかみさんという感じだ。
「私はこれから仕事があるからあんまりおもてなし出来ないけどゆっくりしてってね」
「ありがとうございます」
蘭冠さんに案内されて陽蘭の部屋に行く。
途中厨房がちらりと見えたが皆準備に忙しそうだった。これからが稼ぎ時だもんね、ちょっと申し訳なくなって蘭冠さんに謝ったら子供はそんなこと気にしなくて良いと笑われた。
「紅花いらっしゃい!」
陽蘭の部屋に行くと陽蘭が笑顔で出迎えてくれた。
「母さん。今日紅花と一緒にお店で夕飯たべたいの、ね、いいでしょ。」
確かに昨日来てたっていう道術師にお店で食べてたら会えるかもしれない。
家に連絡いれておかないといけないけど陽蘭のお店で一度は食べてみたかったんだよね、前世では居酒屋で結構長い間バイトしてたからかこういった大衆料理屋ってかなり懐かしい感じがして好きだ。
ちらりと蘭冠さんをみるとため息をひとつついて
「だめよ。」
「えっだってこの前近所の友達呼んだときは大丈夫だったじゃない!」
「あのね、紅花ちゃんは玉さんの家の大切なお嬢様なんだからうちに来るような荒くれ達になんか会わせられないよ。なにかあったら申し訳が立たないでしょ。近所の子はここいらで遊んでるんだから鉱夫たちにも慣れてるからいいけど……」
うーん確かに私自身には自衛する手段もないし、一応護衛さんはいるけど、もしかしたら鉱山の利益関係でお父さんに恨みを持ってる人がいるかもわからないしなあ。それに治安が日本ほどよくないのも事実だ。
もし私に何かあったら蘭冠さんのお店に迷惑がかかることになるだろうし……
それに今どうしても道術師に会いたいわけじゃないしなあ、勿論会いたいっちゃ会いたいけども。
さすがに迷惑かかるのわかっててわがまま言うほど中身子供でもないし、そのうち自立して自分の行動を自分で責任とれるようになったらその時に蘭冠さんのお店に寄らせてもらおう。
夕食の時間までには帰ることを約束して蘭冠さんは仕事に戻っていった。
「ごめんね紅花、せっかく来てくれたのに……」
「気にしないでよ、大人になったら食べにくるからその時を楽しみにしてるね」
「そしたら私がとっておきを作ってあげる!」
「え~ちゃんと食べられる物つくってね」
「ちょっとどういう意味よ!」
「うそうそ、楽しみ楽しみ」
陽蘭は笑いながらもうっと叩いてきた。
「お母さんは紅花のことお花のように繊細なお嬢様だと思ってるのよねえ、さわったら折れる! みたいな」
「あははなんだそれ、まあ確かに自分でも弱そうな見た目だと思ってる」
「中身は花と言うより大猩々って感じよね」
「ちょっと、それどういう意味だー!」
私たちはしばらく転げながら笑い合った。私、なかなかこの世界にもこの町にも馴染めないけど、陽蘭は好きだ。軽口を言い合える友達が一人だけでもできたってやっぱりなんだか嬉しい。
それからしばらく小塾の勉強の話や将来の話などをして過ごし、私は6時くらいに迎えの護衛と家に帰った。