一話 前世の記憶
―――物心がつき始めた頃だろうか、私には前世の記憶があると気がついたのは。
今思い返すと小さい頃の私は、自分が死んだ時の痛みや恐怖、残していってしまった家族のことを思い出しては泣きじゃくっていたので、周りから見ても大分情緒不安定な子供だったと思う。
泣いてばかりの私は常に両親や兄さんに心配されていた。かなり手のかかる子供だっただろう。
少しづつ記憶が鮮明になっていくにつれて、私が今生きているこの世界が、過去に自分が生きていた世界とは似ているようでまったく違うモノ、つまり異世界なのだということがわかった。
最初は中国にあるどこかの鉱山街にでも生まれたのかなと思っていた。
そう考えていたのには理由がある。使用されている文字が漢字だったことや言葉のイントネーション、服装、家具や建物の見た目が中華を連想させるような造詣をしていたからだ。
町を歩く人たちの姿を見たときに、もしかしたらまったく違う世界なのではないかという思いが頭に浮かんだ。
誰一人TシャツやGパンなどの現代服を身に着けてはおらず、皆民族服のような服を着用し、中には帯刀している者もいた。髪の毛は漫画の中のように奇抜で目を惹くような色を見かけることはなかったが、茶髪や金髪などの割合が中華圏にもっとも多いはずの黒髪と同じくらい多かった。なによりも自分の頭髪が亜麻色をしていた。
それでもまだ少しだけ、前の世界と同じ世界だという淡い望みを持っていたが――――私が5歳くらいの時だっただろうか。
妖魔と呼ばれる化け物がこの町に侵入し、暴れまわった事件を直接目撃したことによって私の淡い希望は打ち砕かれた。
もう二度と、残していった家族や友人と会うことはできないのだと、皆のその後を知る機会はないのだと思ったら、また涙がこみ上げてきて感情を抑えきれず大泣きしてしまった。
両親は妖魔に遭遇した恐怖で泣いてしまったのだと思ったみたいだけれども……それもあながち見当違いという訳でもなかった。
町に侵入してきた妖魔は非常に奇妙な姿をしていた、初めてそいつを目にした時は全身に鳥肌が立った。
そいつは二メートルほどの大きさで、長い尻尾から斜めにのびた身体、それを支える太い後ろ脚、後ろ脚の半分もない太さの、しかし長く伸びた前脚は恐竜を連想させた。しかし茶色く短い毛で覆われた身体と長く伸びた首の先についていた頭は、異常に鋭い牙を除けば猿の様であった。
私の中にある常識にとって、非常にアンバランスで不可解なその不気味な生物は、通りにいる人間数人に怪我を負わせていったが、最終的には妖魔狩りに追い立てられて殺されたらしい。
あとで聞いてみたらあの不気味な妖魔は黄舌という妖魔らしくこの周辺では珍しくないそうだ。隣接している森からたまに町に侵入してきて、畑を荒らしたり食べ物を盗んだり子供を攫っていくこともあるらしかった。
………
あの妖魔事件から九年、気持ちの整理にはものすごく時間がかかったし今もすっぱり割り切れているわけではないが、ここで生活していくうちに、自分の状況については大分前向きに考えられるようになった。
というか前向きに考えないとすぐ過去のこと思い出して落ち込んでしまうし、落ち込むと家族に心配かけるし……そう、私には支えてくれる家族がいるんだからなにがあっても大丈夫だ。中身はいい大人だしね。
それによくよく考えると私の生まれた玉家ってこの准遷市のなかでもかなり裕福な商家だし、なによりも……
私は目の前の姿見に向かってポーズをとってみた。
「ふふん」
いやーちょっと弱そうな感じの印象はあるけどかなり美人だと思うんだよね私、生まれ変わるなら猫か美少女かイケメンがいいと思ってたんだ。お金持ち&美少女、そして家族に恵まれている。
うんうん、こりゃ明るい未来しか視えないね。
「なにやっているんだ紅花、気持ち悪い」
「あ、兄さん」
私が姿見に向かってニヤニヤと笑っていたら、私を呼びに部屋に来た深潭兄さんが胡散臭そうに私を見ていた。
兄さんは私より4つ年上でこれまた整った顔をしている。
ただまあ男らしい顔つきというよりかは女性的というか優男に近い感じで、私と同じ亜麻色の頭髪と右目の下にある泣き黒子がいっそう優男感を際立たせている。女の子達からよく物を貰って帰ってきたりしているし結構モテているのだろう。
まあこの顔だし、将来はうちの家業を継ぐことになるだろうから有望株だし、モテるのもさもありなん。
「母さん、こいつまーた鏡の前でにたにた笑ってたよ。俺一瞬妖魔がでたのかと思った」
「深潭、あんまり紅花をからかわないの。でも紅花、あなたもうちょっと女の子らしくなさい。でないとお嫁の貰い手が来ないわよ」
「はーい母さん」
夕食を3人で囲んでいたら母さんに注意された。
でも正直この顔なら結構安心していいんじゃないか? いや私はまだ誰かのお嫁さんになるつもりはないけどさ。父さんと母さんはやたらお見合いを勧めてくるんだよなあ。
「大丈夫だよ母さん、紅花は外では上手く猫かぶってるから」
「まあね」
へへへっと鼻の下をこすって兄さんと笑っていたら、ぎろりと母さんに睨まれた。
「そういえば父さん、いつ帰ってくるの? 出てから結構経つけど……」
とりあえず風向きを変えるか。
私達の父さんは宝石商をしている。
私達が住んでいるこの淮遷市は、北門をでた先に大きな鉱山があるため専用の坑夫たちを雇って採掘させたり、買い取ったり原石を加工させたり取引したりしている。鉱山の権益を大分占有しているらしい。
宝石を欲しがるような裕福層の多くは都市に住んでいるので、父さんは年に二回、首都である劉安方面へ宝石を売りに行く。
そういう時は数ヶ月帰ってこない、そして帰ってくる時は沢山のお土産と土産話を持って帰ってくるので毎回それが結構楽しみだったりする。
「今日商人組合覗いていったら3日前に秀新市を出たって言ってたから、明後日には着くんじゃないか」
「父さん明後日帰ってくるのか~楽しみだね」
「お前が楽しみなのはお土産だろ」
失敬な。もちろんお父さんが無事に帰ってくることが一番楽しみですとも。
今回のお土産何かなー。