プロローグ 三匹のパンドラ
稚拙ながら、日々の妄想をちゃんと形として残してみたいと思いはじめてみました。
どうぞよろしくお願いいたします。
母がいつも大切にしまっている宝物を見よう、と誰かが言ったのがきっかけだった。
――ただの好奇心、言ってしまえば母があれほど私達の目から隠しているものが一体なんなのかを確かめてやろうというつもりだった。
母に内緒で、私達は秘密の部屋の更に奥の奥、誰も入る事を許されない場所に忍び込んだ。
どこから集めてきたのか、母の宝物達が所狭しと並べてあり、妹達は嬉しそうに声をあげた。
確かに興味をそそられるものはいくらかあったが―――正直期待はずれだった。母はこんなものを私達から隠していたのかとつまらなく思いながら私ははしゃぐ妹達を眺めていた。
母に見つかる前に戻ろう。そう声をかけたとき、妹が見つけた不思議な箱をどうにか開けようとしているのが目に入った。
その箱はまるで岩のように無骨で、頑強で、箱と呼ぶのもお粗末な、おおよそこの場にそぐわない姿をしていた。それなのにこの場にあるどの宝物達よりも厳重にいくつもの鍵をかけてしまいこまれていた。
これだ。母が隠していたのはこれに違いない。私達の誰もが確信した。
私は母を鼻で笑った。こんなもの、こんな鍵程度で私達から隠しとおせると思っていたのかしら。
侮られた事への意趣返しと、残りの好奇と共に私達はその鍵を
一つ、また一つ開けていく。
中には更に白い石膏の殻のような箱、それを無造作に取り除いて、そして――……
―――そして、見てしまった。
母がずっと私達から隠していた―――碧を。
あの時の衝撃は今でも忘れる事が出来ない、恐ろしく、私の中をありとあらゆる色が駆け巡って、雷に打たれたようで、息が出来ないほど……それは美しかったのだ。
そうしてその時初めて私は自分に心というものがあるという事を知った。
様々な感情が浮かび上がって涙が零れそうになる。
温もり、慈しみ、思慕、いとおしさ―――愛―愛、愛愛! 想いが身体中を駆け巡る。ああ、私は、私はきっとあなたに出会うために今、この時に生まれたのだわ。
ふと、妹達を見ると恍惚とした表情で私の碧を見ていた。
――渡さない。
渡さないわ。誰にも。私の、私だけの――――碧い――……
―――黄昏時、少女がぽつんと立っていた。
歳は14歳ほどだろうか。薄汚れた姿をしているが、整った目鼻立ちで見るものにどこか儚げな印象をあたえる美少女だった。
少女は道行く人々を見回し、知っている顔がないかを探す。
少女が立っている通りは、もう人もまばらで殆どの者が家への帰路の途中であった。
少女の影が伸びていく。陽はゆっくりと地平線の向こうへ落ちていき、家々に明かりがともり始めた。
―――やがて少女は意を決して来た道を戻る。
そしてある大きな家の前まで来て立ち止まる。
少女が呼び鈴を鳴らすと難しい顔をして五十過ぎの一重の男が出てきた。二言三言少女と言葉を交わすと、切迫したように少女を怒鳴りつけ勢いよく戸を閉じた。
戸を閉じる大きな音に少女は一瞬固まり、恨めしそうに戸を見つめ、やがてため息をついて踵を返した。
少女は途方に暮れていた。
人の少なくなった通りを西門のほうへとぼとぼと歩きながら、自分はまた帰る場所を失ったのだと気がついた。
「みんなどこへ行っちゃったんだろう……」
西の門が閉まる定刻が近づく。
街道から町へと駆け込んでくる行商人達の流れに逆らって、少女は門の外へ、妖魔達が潜む森の暗がりの中へと消えていった。
本作を読んでいただきありがとうございます。
登場人物や妖魔などのイラストは活動報告の方にちょこちょこと足していきたいと思っています。
追記)プロローグを大幅に変更しました。