記憶ストレージ
2016.10.3にpixivに投稿したものを転載
https://touch.pixiv.net/novel/show.php?id=7322539
フィロネンゼという港町に、シェロという、焦げ茶の髪に白い肌が綺麗な、人形さんのような男の子がいました。
フィロネンゼはもともとみんな顔立ちが良い町でしたので、シェロも特に目立っているというわけではなく、昼には学校に行って先生の話を退屈に聞き、夕には高い木のある公園で友達とサッカーをする普通の男の子でした。
さて、ある時シェロは、自分のしたことが全く綺麗さっぱり覚えられないことに気が付きました。覚えられないのですから、それがいつから始まっていたかもわからないのです。昨日だったかもしれないし、おとといだったかもしれない。あるいは、やっと年齢が二ケタになった去年の冬だったかもしれない。
しかし、覚えられないということに気付いてしまったからにはどうにかする必要があります。シェロは大好きなお祖母様からもらった…………いや、新聞屋のおじさんだったか……自分で買ったような気もする…………とにかく、メモ帳に自分の行動を記録することにしました。
さっき時計屋のセルおじさんが、かわいい白い子猫を見せてくれた…………
いばりんぼうのチロルにかけっこで負けてしまった…………
しかし、書いているうちにもあれ?こんなことあったっけ…………?とわからなくなって、次第に怖くなってゆくのです。
「これを体験したのは、このメモを描いたのは誰?」
シェロはまるで自分の世界が多いな穴にでも落ちてしまったような、頭の中に嫌な虫でも住んでいるような、なんだか不気味な感覚に取り憑かれたような気がしました。
こうなると、もうメモ帳に書いていても気が落ち着きません。ちょうど夜ご飯の前で、お母さんはご機嫌にシチューをコトコトしていましたが、シェロは目から大きな飴玉を落としそうになりながら言いました。
「記憶が増えても増えてももどこかに落っこちてしまうんだ!」
こんなこと。言ったらきっとお母さんは大慌てで心配をしてくれるだろうと思っていたのですが、お母さんは目をぱちくりとして、
「あぁ、ついにシェロも記憶ストレージを整理する日が来たのね。」
とつぶやきました。
「明日お医者さんに行きましょう。そこで、データを整理しないとね。」
シェロは、お母さんの言っていることがさっぱりわかりませんでした。ストレージというのも、データというのも、どこか遠い異国の言葉の様なしっくりとこない響きです。
とりあえず、その日は出来上がったホワホワのシチューを食べて、明日一体何があるのか怖いような少し楽しみなような気分でベットに入りました。
最後まで読んでくれてありがとう。感想送ってもらえたら泣いて喜んじゃうよ。
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