6話 魔人の成れの果て
「我は希う。万物を焼き尽くす炎を──イグニス」
優の声とともに、初級魔法──イグニスが完成し、彼の周りに火球が出現する。とはいえ、メアに比べれば少ないが。
「これがイグニスの既存の詠唱……ここから少しいじっただけでも、オリジナルの判定にはなる」
「万物を、の『を』他の単語に変えただけでも、ですか?」
「そう。それだけでも、基本的にオリジナルにはなる。ただ、そこをいじると火力が低くなってしまう。基本的に、詠唱ってのは何千通りもある中から最も効果を発揮するものが選ばれてるんだ。いじったら、当然何らかの弊害が生まれる……ってのは、さっき言ったよね?」
「はい」
「だから、根本的に変えてみよう。炎を、別の単語に変える……うーん、そうだな……我は希う。万物を焼き尽くす火を──イグニス」
炎を火と言う単語に変え、改めて詠唱を紡ぐ。すると、先ほどの火球よりも、若干ばかりに大きい──誤差の範囲のようなものだが──が出現する。代わりに、数が少なくなったが。
「こういう風になるんだ。いや、仕組みは教えるとそれこそ一日ぐらいかかりそうだから、今は言わないでおく。これだけ理解してくれればいいんだ」
「でも、一個だけ元素を含む単語ってそこまで多くないですよね……」
どうやら、元素を含む単語は覚えているようで、そこまで数自体は多くないのでは、とメアが一通りの説明を聞いたのちに言って来る。
実際、彼女の言は正しい。
火元素を一個含むのは──火、炎、焔、熾、煉、燠の六つだけだ。二字熟語は原則的に二個となり、例外として2.5個なども存在するし、三字熟語は三個、四字熟語は四個──となっているが、実際四個だの三個だのは少ないので、基本的には二個を覚えればいい。
「まあね。だから、選択肢は別にそこだけじゃない」
「──?」
彼女の言葉を肯定し、しかしそれ以外にも方法はあると優は首を傾げる彼女に向けて言う。
「焼き尽くす、っていう単語。これも、元素を含む単語だよ。まあ、こっちもこっちで二種類しかないけど……変えられる場所はいくらでもある。これらの中から先達が見逃してきた既存を超える組み合わせを見つけなければならない」
だから、アルカナを拝す者達はゼロから魔法を生み出すのだ。詠唱を自ら考え、どんな組み合わせがいいのかを検証し、最適解を導き出す。
「まあ、今は別に優れているものを見つけ出せ、っていうのではないし、別にどこかが劣っていてもいい。これは後に向けての練習なんだからさ」
「その、神代先輩はオリジナル魔法とかって、使えるんですか?」
そこまで語って、まるで自分がそうしていたかのように語る優に疑問を持ったのか、メアが更なる質問を重ねてくる。
「いや、俺は……あるっちゃあるけど、メアには少し厳しいかな。第一、俺のは強化魔法の延長に過ぎないし……いや、そもそも魔法と呼べるかどうか怪しい感じだし……」
メアから向けられる羨望の眼差しに、全力で目を逸らし始める優。
自分でも言っているとおり、そもそも優のオリジナル魔法は魔法、とは言いにくいものだ。大仰な炎や、氷を出せるわけでもないし、雷などの複合魔法を片手で出せるようになるわけではない。
むしろ、効果的には地味だ。
「と、とにかく! これから一週間……魔力制御をそこそこに上げて、尚且つオリジナルの練習をしてもらう。時間がないけど……頑張ろう」
「──はい!」
優の抽象的な説明に、メアが根掘り葉掘り聞かれる前に話を強引に切る。
そのことに、不満を感じたのか、一瞬だけ顔をしかめたのち──すぐに返事をする。
どうやら、優の事を取りあえず認めてもらえたらしい。その証拠に、呼び方が神代先輩、となっている。
まあ、呼び方に関してはなんでもいいが──まるで、昔を思い出すようで気恥ずかしさを覚えながら、それを忘れるためにメアへの指導に打ち込んでいった。
「──」
そして、メアへの指導が終わったころ。
既に夜のとばりが下りており、時間はもう20時を過ぎてしまっていた。
本来ならば、既に家でくつろいでいる時間、もしくは勉強をしている時間だ。
にもかかわらず、優は付近の公園──一週間前になるぐらいに、メアが怨霊退治をしていて、やられそうだったので介入した時の公園──で足を止めていた。いや、正確には足を止めざるを得なかったわけだが。
勿論、遊具で遊びたいとかではない。
「殺気、溢れてるぞ」
殺気だ。他人を殺したい、誰かを殺したい。純粋な殺意が、メアが住んでいるマンションから出た直後から、優の背中を打っているからこそ、足を止めるしかなかったのだ。街中で暴れられては面倒になる。ゆえに、邪魔が入らない公園まで足を運ばせてもらったのだ。
「誰だ。無遠慮に殺意向けてくる奴は。暗殺者の類なら、少しは殺意を隠すことを覚えた方がいい」
もしも、これが暗殺者ならば落第必須だろう。これから殺す、という相手に、むざむざ自分が潜んでいると言うアドバンテージをひけらかすことになるのだから。
とはいえ、優自体そんな風に話しかけてはいるが、答えが返ってこない事ぐらい想定していた。
そもそも、存在が異端なのだから、答えを期待する方がおかしいものだ。
「──お前が、件の殺人者、とやらか?」
「──」
闇から姿を現わすのは、化け物。現代に居てはいけない異物。右手と左手を血で染めた誰か──巨漢の男が闇から浮かび上がってくる。
互いに視線を交錯させ──先に動いたのは、巨漢の男だった。おおよそ、巨漢に似つかわしくない速さで地を蹴り、彼我の距離を一瞬で詰め──大振りで、人の肉を掻っ切る裏拳を放ってくる。
だが、優はそれを最小限の動きで避け──逆に彼の顎へと掌打をかます。が、効いていない。むしろ、痛みが生じたのは優の方だった。
(強化魔法……とかいうレベルじゃない……さっきの振りを見れば分かる。大した手練れじゃあない。問題なのは、攻撃の強さだ)
事前情報が正しいのならば、巨漢の男は前に男の頭を割ったと言う。それと同等の攻撃を食らえばどうなるか、決まっている。優もまた、彼の殺したリストに加わるだけだ。
ゆえに、細心の注意を払う。一撃必殺のそれを食わらないように。
岩を一瞬で砕く攻撃を振り回し続け、優はそれを回避し続ける。そう、一度も当たらない。数を打てば当たる、なんていう言葉も世にあったが、これを見れば本当にそうか? と思わざるを得ない光景。
それほどまでに、優は相手の攻撃を躱し続けていた。それこそ、まるで未来予知でもしているかのように。
そのことに業を煮やしたのか、男は──否、化け物は。
「な──」
思わず、そいつが取った行動に優も瞠目せざるを得ない。
──動き回りながら、歌っている。呪文──詠唱を、紡いでいる。
並行詠唱。実際には、実力者であれば誰でも出来る芸当であり、そこまで珍しくはないのだが、優が驚いたのはそこではない。
見た目、知能が著しく低下しているような人間が、並行詠唱など出来るはずがないと、そう高をくくっていたからである。
『Ex Uus──Agility』
呪文が唱えられ──同時に、巨漢の男の素早さが上昇した。
今までの速さの二倍──まるで暴風と化した男は優の右腕を叩き折ろうと手を伸ばし、優は間一髪でそれを避け切った。
(ルーン魔術……!? 嘘だろ、それは日本の技術じゃないが!?)
メアに言っておきながらなんだが、実際日本で使われている魔法と言うのは独自の発展を遂げたものなのだ。他国──外国では、魔法ではなく、魔術が使われている。
そう、目の前の男のように。
ルーン魔術とは北欧神話──その中の大伸であるオーディンが作り出したものとなっており、魔法の埒外にある技術だ。魔法に依らず、人の知恵だけで辿り着いた奇跡。
「くそ……こっちで言うところの強化魔法か!」
『aaaaaaa!!』
台風のように、周りにあるものを全て薙ぎ払い、ぶち壊して、進んでくる。公園の外灯も、ベンチも、遊具も、時計も、何もかも関係ない。全てに等しく破壊をもたらす。
だが、当たらない。
優はそれら全てを躱し続けていた。
勿論、強化魔法など使用していない。魔法すら唱えていない。
純粋な体術と、予知に近いほどの把握能力によって、男の大振りを避ける、避ける、避ける。
『Uus Mani──Strength』
(今度は何だ!? ルーン魔術はかじった程度だから……くそ、しかも重ねがけも可能なのか!?)
そして、辿り着いたのは強化魔法──つまり、筋力上昇だ。先ほどの魔術は敏捷上昇。ゲームで言う所の、アジリティとストレンジになる。とはいえ、そもそもルーン魔術は文字にすることでしか効力を発揮することに意味があると思っていたが、どうやらそうではないのか、声だけで魔術を行使できている。
しかも、驚くべきはそれらが重ねがけ出来ると言う事実だ。
これが、異国が自らの手で作り上げた技術。色々と埒外であり、常識外れだ。
しかし──止まらない。
まだ、男はその口を動かす。
『Vas Flam──Fireboll』
今度は火球。初級魔法のイグニス──それと同等か、それ以上のもの。
──まずい。火球を避け、追撃に来る男の手をしゃがみながら、辛うじて回避する中、本能で悟った。強化された筋力に、敏捷。それだけでも厄介なのに、火球と来た。
もう、詠唱を唱える時間すら与えてはくれない。
だから。
『──!?』
男の瞳が驚愕に見開かれ──彼の顎を、いつの間にか懐に潜り込んでいた優の掌打が打ち据える、にとどまらない。
その後、後ろへと重心が移る男の胸倉を掴み──惚れ惚れするほどの、滑らかな動きでもって足払いし、前へと背負い投げをかます。
『aaaaaaa!!』
しかし、あまりダメージはなかったのか、それとも受け身をとったのかは知らないが、まるでゾンビのように這い上がる男。だが、その前に彼の頬骨へと優の拳をのめり込ませ、吹き飛ばす。
上がる土煙に、揺れる一帯。早いところ片付けなければ、警察などでも呼ばれてしまう。だからこそ、さっさとケリをつけるに限る。
敵もそれは同じだったのか、土煙から煙を掻き分け、優を殺さんと迫る男の腕を避け、交差する際に腹に一撃を与え──そのまま、右、左、右、と連打を食らわせる。
神速が如き速度で打ち出された連撃は、男の意識を刈り取るのに十分だった。
男に攻撃を当てて、約二十発目。そこで、ようやく男が前に崩れ落ちた。
「はあ……はあ……くそ、久しぶりに使うと、きついな……」
滝のように流れ出てくる汗を乱雑に拭いながら、崩れ落ちた男の体を調べる。
特段、おかしなところはない。目を開けてみれば、既に気絶していることも確認できるし、完全に無力化できたとみて間違いないだろう。
とはいえ、危なかった。もしも、この男にまともな知能があれば、優とて危なかった。優の魔法を使うまでもなく、やられていた可能性も高い。
だが、腑に落ちない。これだけの実力を兼ね備えた人間が、理性もなく暴れまわると言う点も解せないし、何より誰がやったのか、という点が気になる。
「まだ、裏がいるな……それも、これほどの男を、操れるほどの」
ともかく、このまま放置しておいて逃げられるのも面倒なので、ポケットから携帯を取り出し、三番目に登録されている電話番号──天城音々、と登録されているそれに掛けた。
「あー……天城? 今、どこにいる?」
『今愛知ですけど……それがどうかしたんですか? 何か気になる事でも?』
取り敢えず、天城が今どこにいるかを尋ねる。これ如何によっては、陰陽党に渡すか、それとも夜叉神──天城に渡すかの選択肢の一つが消える。のだが、どうやら彼女は意外と近くに居たらしい。
「なら、近くだね。メア──神薙芽亜宅の近くにある公園、そこに来てほしいんだ。天城の近くに、もしも人員がいるのならば、その人も出来れば。一人じゃ、どうにもきついと思う」
『嫌な予感がするんですが……優さん。もしかして、何かと遭遇しました?』
淡々と告げる優に、何かしらの不安を覚えたのか、こちらの言いたいことを当ててくる天城。
流石天城さん! と声を張り上げたかったものの、割と本気で怒られそうなので止めておき、今の状況を説明──それらが終わった後、天城は大きく溜息を吐いた。
『どうして。どうして優さんはそんなにも面倒ごとに遭遇するんですか……? 少しは心配する側の気持ちも考えてほしいものです』
「ごもっとも。だけど、これは致し方なく、なんだよ。仕掛けてきたのはあっちだし」
もしも、ここで交戦していなかったら、更なる被害が生まれていた。そういう意味では、これからの被害を事前に防ぐことが出来たと言える。
その代わりに、天城に怒られると言う展開が待ってはいたが。
『それにしても……優さん。その、殺人犯って、魔人ですか? それとも、ただの魔法士?』
「ただの魔法士、とは言いにくいね。そもそも、魔法士っていう括りは日本だけだし、そういう意味で言えばこいつは魔法士じゃなくて魔術師だ。だけど、不思議なのはどうして、日本で魔術が使えたのか、っていう点だ」
魔術師とは、優の常識の埒外にあるもの。ゆえに、魔法士と言うくくりに巻き付けられている優には詳しいことは理解できないが──それでも、分かることはある。
日本では、魔術が使えない。
それこそ、何かの結界が日本全体を覆っているように。ここだけ、別世界にあるように。
『……彼の意識が戻り次第、事情聴取します。ですけど、成果が出るとは思わないでください。魔人になった人間と言うのは、その後、まともな思考に戻ることはないんです』
「廃人同然になってしまう、か……それが、今日まで魔人の尻尾すら掴めない原因の一つか」
『はい。魔人決戦でも、私達は三人の首謀の内、二人は捕まえました。ですが、そこから事態が発展していないのは、捕まえた二人にまともな思考が存在せず、受け答えが出来ないからです』
「能力を上げる代わりに、人間としての思考、果ては人間らしさを失う……最悪だね、魔人になる、と言うのは」
『もう少しで、そちらに別動隊が到着するので──取りあえず、人払いの魔法でも使っておいてください。そうすれば、回収も楽なので』
「ああ、勿論。こんなもの、一般人に見せてしまえば、それこそどうなるか分かったものじゃない」
これが、魔法士が周知されていない原因だ。一般人に見せてしまえば、どんな反応が出るのかが分からないからこそ、秘匿とされてきた。
例えば、魔法を悪用し、世間を混乱に貶めるかもしれない。例えば、興味本位で、悪の組織とやらと接触し、今回のように最悪の場合、死に至ったり、廃人になるかもしれない。
「──?」
そこまで考えて、脳裏で何かチリ、と焼き焦げる音がした。なにか、電撃が走る音。
引っかかっている、何かが。なぜか、委員長の顔を思い出しながら──何でもない、と決めつけ、天城との通話に戻る。
『それでは。私も、今少し忙しいので』
「うん? 何か仕事でも? そうだったなら、邪魔して悪かったけど」
『まあ……確かに、仕事、と言えば仕事です……あっ、その荷物はそこにお願いします』
「──忙しそうだから、そろそろ切らせてもらうよ。取りあえず、仕事を頑張ってくれ」
『はい。それでは、また近いうちに。──そ・れ・と、優さん。この後は寄り道しないで帰ってくださいね。親しい女友達と徘徊だなんて感心しませんから』
「何言ってるのかな、天城!? そもそも、そんな絶好のシチュエーション以前に、そんな親しい人いないっての!」
最後はお決まりとして、言いあって。
天城との通話を終え──彼女の言う通り、大人しく帰路に着くのだった。