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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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5話 オリジナル

「ひ……ひっ……」


 5月17日。太陽が地平線の向こうに吸い込まれるように沈み、代わりに夜を照らす月が顔を出す頃。

 一人の男性が、商店街の裏道で逃げ回っていた。所々にあるゴミ箱に片足を突っ込んだり、ある時は何かにぶつかりながら、必死に走っている。


 男の名前は深崎悠馬。30代の冴えないサラリーマンだ。彼の人生を表すならば、凡庸、その一言に尽きる。何をしようとも、平凡。異性と付き合ったこともなく、人生では波風立てずに過ごしてきた。

 だから、今後もそうだと思っていたのに──。


「な、なんなんだよぉ……お前ええええ!!?」


 後ろから一定の距離で、深崎を逃がさないように向かってくる影に、もはや恐怖を押し隠す暇もなく絶叫する。

 常に平凡をモットーに生きてきたはずの彼であっても、分かる。あれは、人ではない。人を超えた、超越した、超克した化け物だ。現代に居てはいけない異物だ。


「だれ、だよぉぉぉ……こんなところに、空き缶捨てやがった奴はあぁぁ……」


 つかず離れずの距離を保って遊んでいるようにすら感じられる巨漢の男──化け物から逃げ回るのも限界が来たのか、道端に落ちていた空き缶に足を掬われ、みっともなくこけてしまう。

 だが、痛がっている暇などない。


 そう、後ろを振り返れば、佇むのは化け物。肉薄、と言っていいほどまで顔を近づけていた化け物に、男の全てが恐怖に支配された。

 もう、理性は存在しない。無様に地面を這いつくばって、逃げ出そうとする──が、化け物はそれを許さない。


 血に塗れた手で男の足を掴み──粉砕する。


「がっ……あぎっ、ごっぉ……や、やめっ……ああああああっ!?」


 骨が折れる音が路地裏に響く。足の甲、足の指──右足の全てを、余すことなくぶち壊していく。

 そうして、右足から壊す骨が消えた後。既に気絶しかかっている男──深崎は、だが、意識をなくすことすら許されない。

 今度は、左足だ。右足と同じように、下から丁寧に骨を破砕していく。


「ちょ、ちょっと、まっ……待ってくれれれえええええっ!!?」


 深崎の絶叫は、しかし巨漢の男──化け物には届かない。彼は全てを壊した後、ついに深崎の頭に視線を移して──。


「あ、ああああああっ!?」


 巨漢の男は掌を組んで、男の頭に照準を狙い定め──躊躇なく振り下ろす。それだけで、まるで豆腐のように、頭蓋骨が弾け、血潮が辺りにばら撒かれる。

 だが、止まらない。巨漢の男──化け物は、全てを壊す暴虐の化身と化し、夜の街を徘徊していくのだった。

























「殺人犯がまた出没したって?」


「ああ、らしいぜ。今日のテレビでやってた」


 5月18日。月曜日の朝8時。学校に登校してきた優は、たまたま遭遇した啓二に話しかけ、昨日の夜に起こった事件を知った。

 どうも、ここ一週間はなりを潜めていた殺人犯とやらが動きを再開したらしい。


「酷い有様だったって聞いてるぜ、現場はさ。噂じゃ、辺りが血で染まってたっていうし」


「それは……でも、それだけ派手な事をしたんだ。そのうち凶器とか見つけられて、捕まるんじゃないのか?」


「それがよ……見つからないらしいんだよな、問題の凶器が。しかも、ネットじゃあ、手で頭蓋骨割られて死んだ……なんていう荒唐無稽な噂も立ってるらしいんだよなあ……警察も大変だよな。早く事件を解かないと、全力で叩かれるんだからよー」


「手で、ねえ……」


 啓二からもたらされた情報から、自分なりに推察してみる。

 彼の話で一番信じられないのが、手で、という点だ。頭が割られた、という情報を信じるのならば、まず奇跡でもなければ出来ない。

 そして、優はその奇跡を起こせる術を知っている。


(とすれば……魔法士案件か? でも、それなら、この地域の陰陽党が動いているはず……まさか、そっちも情報を掴めていない?)


 魔法士関連ならば、魔法士達の仕事だ。各地に散らばる陰陽党──彼らが警察と連携し、速やかに事件を解決させるはずなのだが、しかし今回はない。

 というか、柏木あたりが殺人犯は嘘だと言っていた気がするが、ここまで来れば彼女の言葉が嘘だったことぐらい分かる。


「おーい、どうしたよ、優。もう少しで授業始まっちまうぜ?」


「ああ、ごめん。今日早く帰れるから、何の勉強しようか悩んでたんだ」


 優はそんな風に嘯いて。彼と共に、クラスへと入っていった。






「それで、どうなの? 天城。そっちで情報とかは」


『そうですねえ……私も詳しくは分からないんですけど……もしかしたら、魔人のなり損ねじゃないかって、夜叉神は結論付けようとしてるんですよね……見た事はないので、なんとも言えないんですが』


 学校が午前中で終わったので、優は一度家に帰ってきていた。この後、支度を済ませ次第メアのマンションに向かうつもりだ。だが、その前に何らかの情報を得ているであろう天城に連絡をしていた。


「魔人……? なんだ、それ。聞いたことのない単語だけど」


『ああ……優さんは分かりませんよね。優さんが引退するまでは、そもそも魔人なんて言う括りはなかったですし』


「ああ。説明してくれないかな。その、魔人っていうのを」


『まず、二年前に起こった魔人決戦……それについて話したほうがいいかもしれませんね……』


「魔人決戦……そんなのがあったのか。俺が居なくなってた間に」


『はい。その損害は酷いものでした。その決戦での犠牲者は、少なく見積もっても数千人。各地に居た陰陽党の手練れや、三家の精鋭をつぎ込んで、辛くも勝利したような、ギリギリの戦いです』


「そこまでやって……そんだけ死んだのか」


 これにはさしもの優も驚愕を禁じ得ない。そもそも、一つの任務に陰陽党の魔法士と、三家の魔法士が集うのがまず非常事態。にもかかわらず、犠牲者が数千人。つまり、手練れは軒並み全滅したと言っても過言ではないだろう。


『その事件の中心点に居たのが、魔人……自らの魔力を暴走させ、身に余る魔力を得て、世界を混乱に貶めた張本人です』


「そいつが、今回の事件に関わってるかも、ってか?」


『確証はないですけど……そもそも、それだけの被害を出しておきながら首謀者には逃げられているんですよ。だから、残党が今回の事件で暗躍しているのではないか、という憶測が飛び交ってます』


「魔人てのは、そんなに強かったのか?」


 純粋な疑問を天城にぶつける。それが、気になったことだ。

 三家の精鋭の中には、勿論二つ名を貰っている奴らだって居たはずだ。にもかかわらず、それらが下されたと言うのが信じがたい。


『はい。優さんが知ってるところで言うと……『月』とか、『女教皇』、『塔』なんかも命を落としてます。そのせいで、今はアルカナを模したナンバーに欠席が多いんですよ』


「それは今もなお、枠を無駄に取ってしまっている俺への皮肉か何かかな!?」


 ともかく。『月』だったり、『女教皇』だったりは優も何度か会ったことがあった。というか、キャラが濃すぎて忘れられなかっただけだが。

 だが、実力はお墨付きだった。ともすれば、天城らと同等ぐらいに。


「──そこまでか、魔人ってのは」


『はい。魔法士の界隈では、今魔人の対処だけでも厳しいところなんです。魔人決戦を機に、全国で魔人らしき影が見え隠れしていますし』


「……警戒するに越したことはない……ってことかな」


『もしも、魔人と遭遇したらまず逃げてください。彼らは強いです。単独で戦える存在なんて、それこそ『正義』ぐらいのものです』


「──ああ。勿論、そうする。まだ死にたくはないしね」


『それと』


「──?」


 一通り連絡が終わったので、天城との通話を切ろうと耳から携帯を話しかけたが、その前に天城から会話を続けようとする声が聞こえてきた。


『どうですか? 彼女の様子は』


 主語と述語が短縮されており、言っている意味が分かりにくいものではあるが、一応彼女が何を言いたいのかは理解できた。

 つまり、神薙芽亜はどうだったのか、と聞いてきているのだ。


「どうもなにも、悪くはないと思うよ。第一、魔力量自体は俺よりも上だし。しっかり教えれば、いずれ第一階位に辿り着く潜在能力(ポテンシャル)は秘めている」


『……優さんが、そんなに褒めるほどですか……』


 なんだか恨めしいような、嫉妬の炎を燃やした彼女の声が聞こえてきたが、ここは無視して話を続ける。


「しっかり鍛えれば、っていう前提をお忘れなきよう。大体、第一階位に行くまでにどれだけ時間がかかると思ってるんだ? 俺はそこまで面倒は見ないよ」


『依頼内容は、あくまで第三階位──一人前に持っていくまでですもんね』


 それも微妙には違うのだが──どうやら、柏木は天城に正確な事情を伝えていないらしい。優が引き受けたのは、あくまで一週間だけだ。それ以上は、優の気分次第、もしくは彼女の才能次第となっている。


「ま、なんとかするさ。そうすれば、柏木さんからはもう接触しないっていう約束も取り付けたしね」


『これが終わったら、また普通の生活に戻るつもりなんですか?』


 一週間後──つまり、メアとの師弟関係が終わったらどうするのかと天城は尋ねてくる。

 優は一度だけ嘆息して。


「勿論、夢だった普通の生活とやらに戻るさ。普通に生活して、普通の人生を送る。今の俺の目標だよ。今じゃ、これを目標にして生きているようなものだしね。それに……知りたいことは、知れた。俺が残してきてしまった、唯一の心残りもなくなった」


 優が探し続けてきたのは、メアの強くなりたい理由──ともすれば、元のパートナーの強くなろうとしていた理由だ。それが唯一の心残り、それが知れたので、優としてはこの世界に未練はない。


『そうですか……』


「そんなに心配しなくても天城の番号は消さないよ。俺もたまには昔の友人と話したい時もあるだろうし」


 もしかしたらまた音信不通、というか消息を絶って会えなくなるかもしれない。そんな天城の不安を、しかし優はそんなことはないと払拭した。

 第一、そんなに何度も電話番号を変えるのも面倒だし、何よりその後の天城の反応が怖い。という心の声はあくまで出さない。


『なんだか私が都合のいい女判定されている気もしますけど……まあいいです』


「そこは否定しようよ!? そんな判定下されてどうして喜ぶのかな、天城さんっ!?」


 顔も見えない、通話だと言うのに、なぜか天城の嬉しそうな顔が幻視出来る気がする。出来れば、そんな高度な技術を持ち合わせたくはない。


『ふふ……あ、すいません。また、会議が始まるので切らせていただきますね』


「ああ……悪いね。そっちの事情も考えないで連絡して」


『大丈夫です。優さんからの電話なら、例え戦時中であっても、死にかけていても出ますので』


「そこまではいいかなあ……なんか、色々狂乱状態な気がするなあ……」


 最後までそんな調子で天城との通話を切り、彼女から得られた情報を一度整理する。

 優がこの世界からいなくなって、それほどの強敵が出てきていただなんて思いもしなかった。そもそも、アルカナを拝した者達が束にならないと勝てないと言う時点でもうまずい。

 

「まあ、完全に用心すると言う話ならばそもそも外出はしないんだけどね……」


 だが、生憎と今日は──と言うよりかは、今週はメアの指導で予定が埋まっている。魔人だか何だか知らないが、こっちは今後の人生で平穏に暮らせるかそうでないかがかかっているのだ。

 そんなちょっとしかない確率にビビるわけにはいかない。


「それじゃ、今日も行くか……」


 そんな風に決意し、メアの住んでいるマンションに向かって進みだす。


























「我は希う。万物を燃やし尽くす炎を──イグニス!」


 メアの凛とした声で、万物の掟を超えた超常──魔法が完成し、彼女の周りに火の玉がいくつか浮かぶ。

 彼女が完成させたのは、火魔法の初級魔法、イグニスだ。火元素三つで構成される魔法だ。

 言霊、とでも言えばいいだろうか。特定の単語に反応して、元素は発生する。例えば、炎。これは一個の元素を表すものであり、炎のあとに『を』を付けることによって、0.5個加算させる。

 ちなみに燃やし尽くすは、1.5個だ。


 これらの要素を利用して、魔法は完成される。


「うーん……やっぱ、命中率はよくないなあ……」


 だが、命中率は悪くはなかった。いや、昨日の今日で劇的に変わるはずがないのも理解しているのだが、やはりこうも悪いと焦りを覚えてしまう。

 とはいえ、出来るだけ動揺なりなんだったりは見せないように心がけるのが一番だ。

 教える側が不思議に思えば、教えられる側も不安に思ってしまい、折角上がっている士気が折れてしまうかもしれない。


(そう考えると、教える側ってのは難しいな……師匠のやってたことが偉大ってことに今更気づくことになるとは)


 彼に魔法を教えてくれた人──彼を地獄より救い出し、身寄りのない彼を引き取ってくれたのが優の師匠だ。今思えば、昔抱いていた理想論は師匠に憧れた結果だった。

 

「まあ、焦るべきではないか。そもそも、昨日に比べたら当たっているんだし」


 そう、昨日からすれば大躍進なのだ。一回も当たらなかった昨日に比べ、今日は三回。これだけでも進歩なのだが──どうも、期間の短さからか少ないと思ってしまう。


(今メアに必要なのは、魔力制御……とにかく、反復させるしか道はない。まあ、地の体力については……何も言うまい)


「メア。考えたんだけど、俺の指導なんだけど……明確な目標を定めたい」


「明確な、目標ですか……?」


 魔法の乱射が終わり、一息ついている彼女に、昨日考えたことを話す優。

 そう、彼女へ指導を行う際に、目標を作りたいのだ。明確な目標を。


「ああ。オリジナルの魔法を作ってほしい。それも、中途半端なものじゃなくて、既存を上回るぐらいの」


「で、でも、それって難しいんじゃあ……?」


 彼女の言う通り、既存の魔法とはある意味完成されている魔法だ。イグニスを例にとるならば、少し手を加えたぐらいじゃ、火力が落ちたり、射程距離が落ちたりと言う弊害が生まれる。

 

「それでも、オリジナル魔法ってのは一つ手札を増やせる……取れる選択の幅が広がるんだ」


 アルカナを拝した者達は、全員が全員オリジナル魔法を扱っている。上位者になればなるほど、織木ナルの魔法は使用しているのだ。


「とはいえ、オリジナルを作り出すには、それ相応の知識も必要なんだ。例えば、一個の元素を含む言葉──火に限定するのならば、炎だったり、赤だったり。そのほかにも、単語としての意味を為さない『の』だったり、『を』の使い方も、マスターしていなければならない」


 だが、これらは全て幼い時に習い終わっているものだ。だからこそ、これはその応用編。とはいえ、一から作り出すのは労力がいるので、既存の魔法をほんの少しだけ可変し、オリジナルを作り出す。

 

「だから、今日はまずその基礎からやっていこうか。メア」

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