4話 初めての指導
「さて、ここが神薙芽亜が住んでるマンション、ねえ……」
柏木から打算された仕事──神薙芽亜を指導すると言う仕事を受けてから、約四日、つまり週末になり、優は数日前、天城に連れてこられた駅近くに建ったマンションに来ていた。
とはいえ、本来ならばもっと早くから来れた。週末まで待たなくとも、教えることは出来た。だが、優がこれを嫌ったのだ。平日だと纏まった時間が取れない。ゆえに、時間が取れる週末を希望したのだ。
無論、神薙芽亜が部活動などを行っていれば無駄足だっただろうが、彼女は部活動に入っていない──というか、彼女自体数週間前にこっちに転校してきた──ので、希望が通った形だ。
「これは、上に行けばいいのか、それとも……下に行けばいいのか。でも、下に行く際の呪文なんて知らないし……」
天城と来たときに通ったところを通り、裏側──下側へと続く階段を隠している場所へと到達する。が、ここから先をどうすればいいのか。そこら辺を詰めていなかった──というか、本人と会っていないので確認が取れていなかったのだ。
しかも、優は神薙芽亜の部屋を知らないので、八方ふさがりでしかない。
「──?」
もうどうしようもないので、天城に連絡して呪文を教えてもらおうとした瞬間、ゴゴ、と音を立てて隠し扉がスライドする。そう、これは数日前の記憶と重なる。
つまり、誰かが呪文を唱えたと言うことで──。
「あなたが……って、え?」
その奥。一段下の場所に居る銀髪の少女──神薙芽亜は、その整った顔を驚愕に染めながら立っていた。
そう、彼女からすれば驚きを隠しきれないだろう。なぜならば、優が魔法士だなんて思ってもみなかっただろうから。
──魔法士自体、そこまで多くはないのだ。
三年前、魔力が活性化し、魔法が扱える者──即ち、魔法士は全国で二万行くか行かないかのところだ。これを多いか、少ないかと取るかは想像にお任せにする。
だからこそ、そんな可能性を引くだなんて思ってみもなかったのだろう。
「じゃあ、よろしく。神薙芽亜さん」
未だ驚きが抜けない少女を余所に優は片手を差し出し、握手を求める。勿論、一週間だけの短い期間だ。それ以降は──彼女の才能次第。
差し出された手をまじまじと見て──何かを決したように、その手を取る。ここに、関係は成立した。では、彼女に魔法を教えるとしよう。
「じゃあ、取りあえず、神薙芽亜……ああ、面倒だからメアでいいかな? どうせ、魔法士名なんだし」
「あ……はい。大丈夫です」
彼女に連れられ、前は入らなかったガラスの中へと入った。天城の言う通り、こちら側からは見れず、あちら側からしか見れない仕様になっている。つまりは、監視用のものだ。
悪趣味な仕様だ、と嘆息しながら、未だ警戒心を解いていない神薙芽亜──メアへと語り掛ける。
彼女の格好は前見た時と同じジャージ姿だ。これは、あれだろうか。動きを重視したのか、もしくはただただ面倒だからか。
まあ、女性の服装にとやかく言うつもりはないが。
「それじゃあ、メア。取りあえず、色々教えたいところなんだけど……そもそも、君がどんな魔法を使えるのか、魔力があるのかを俺は知らないんだ。だから、そこから把握したいんだけど……取りあえず、魔力使ってみてくれるかな」
「分かり、ました」
教えるにも、彼女の現時点での能力が分かっていない限り、無駄になるだけだ。どれほど魔力を持っていて、魔法はどんなものを身に着けているのか、それを把握するのが第一歩だ。
そんなわけで、優は一度メアから離れ、静観の姿勢を取る。なんだか偉そうな感じがするが、結局彼女を見ているだけなのでどうしても手持無沙汰になってしまうのだ。
そして、メアは瞑目する。目を瞑り、直立不動の態勢に移行する。これ自体はそこまで難しくない芸当、というか初心者がまず一番最初にやるものだ。魔力を無駄に発散させることによって、どれだけの魔力を内包しているかを知る必要があるのだ。
(魔力が……)
自分よりはあればいい、そんな風に楽観していた優は、次の瞬間戦慄した。。優自体、そこまで魔力は多くない。常人より少し少ない程度。だが、そんな彼でも裏技を駆使し、基本を極めれば第二階位までは辿り着けたのだ。だからこそ、そんな風に思っていたのだが──。
(嘘だろ……!? どんだけ魔力あるんだ!? 俺ならとっくに切れてるぞ……)
汗を若干かきながら、しかし魔力を止まらず消費し続けるメアに驚愕が止まらない。優なら、もうとっくに切れて、魔力切れを起こしている真っ最中だ。なのに、彼女は未だ終わらない。
それから、約十分。休まず、魔力を消費し続け、そこでようやくメアはへたり込んでしまう。そう、魔力切れだ。動悸も激しく、盛大に息を切らしている。
とにかく、こちらの驚きを悟られないよう、手に持っていたタオルを彼女に渡す。
「メア……前から、これほどの魔力量があったの?」
「いいえ……こんなこと、私も初めてで……っ。普通なら、もっと、早くに切れるはずだったんですけど……」
息も絶え絶えに、メアは優からの質問に答えた。
元来、魔力消費──体に内包する魔力を無駄に消費するやり方は効率的に言えば最悪だ。魔法が開発される前──平安よりも前か、そこら辺までは魔力消費によって蔓延る怨霊などを退治していたらしい──は、これが主流だったが、効率が悪すぎるため、魔法が開発されたのだ。
つまり、魔法とは効率よく魔力を消費し、奇跡を人の手で起こす技術だ。
メアの魔力量から言えば、恐らく優の1.5倍──否、2~3倍はある。優はあくまで常人よりも少ないぐらい。そう思えば、メアの魔力量は恐ろしいものになる。
だが、それこそ疑問しかない。なぜ、これほどの魔力量を兼ね備えておきながら、第七階位に留まっているのか。
(メアが嘘をついてる可能性は低い……とすれば、誰かが仕組んだ? メアの魔力を一時的に封印したと言うことになる……だけど、何のために?)
魔力を封印して、一体何になると言うのか。メリットは存在しないはずだ。
「あ、あの……どうでしたか?」
「あ、ああ……魔力量だけなら、間違いなく一線級だよ。こんなに魔力量が多いやつなんて、見た事がない」
「そ、そうですか……」
率直な優の感想を聞いて、どこか嬉しそうに破顔するメアを見つめながら、優は次のステップをどうしようかを考えていた。
正直、メアがこれほどの魔力を持っていたのはうれしい誤算だった。むしろこれならば、少し鍛えてやるだけで第六階位ぐらいは行くのではないか。
であるならば、優が教えるべきは魔法の制御と、魔法の扱い方。第六階位ならば、それぐらいでも受かるはず。
(よし、この方針で行こう……まずは、メアが回復してから、彼女の魔法制御を詳しく見る)
目標は立てられた。滑り出しとしては順調すぎるぐらいだ。
足を取られないように注意しつつ、メアの魔力が回復するまで待った。
魔力が完全に回復するのは、常人ならば半日ぐらい。たったそれぐらいで魔力が回復する。だが、メアの場合半日では全体の半分しか回復しない。
メアの魔力量を把握してから、約四時間。
優がここに来たのが9時だったので、今は13時だ。ここに来る祭、途中でコンビニによって買ってきたコンビニ弁当を平らげ、午後の指導を始めた。
現時点でメアがどれくらい魔法を使えるのかを知るためだ。
だが、優は忘れていた。何事も上手く言っている時ほど、躓きやすい事はないと言うことを。
「マジかよ……」
思わず、目の前の現状を見て、そう呟いてしまっていた。
まず、今の状況を軽く説明しよう。
天城に教えてもらったリモコンで、部屋内を好みに変形させられると聞いたので、メアの前方数メートル先──そこに、人形を設置した。
これは的だ。これに当てられるかどうかで、現在の魔力制御がどれくらいかを測るのだ。
例えば、十回中十回当てられればA。一回も当てられなかったら、F。というようにランク付けがなされている。とはいえ、止まっている的なので、まず外すと言うことはあり得ない──そう、思っていた。
「全部外すかあ……」
「す、すいません……」
優が勝手に項垂れる中、メアが謝ってくる。
忘れていた。メアと言う少女が、そもそも第七階位だったと言うことに。
階位と言うのは、魔法士としての階級だ。総合的に、どれだけ優れているかを指し示す。第七階位は、初心者の階級。つまり、魔力制御だったりその他諸々が全てE以下なのだ。
「よし、現時点でのメアの能力は分かった。その上で言わせてもらう。メア、君は魔法を発動している時に、何を思い描いてる?」
「無心、ですけど……」
「ああ、そうか……やっぱり」
「──?」
優から魔法発動中、何をイメージしているかを聞かれ、メアは首を傾げた。まあ、彼女の反応も分からなくもない。かくいう優だって、これを教えられるまでは彼女と同じだった。
「魔法っていうのはさ。結局、イメージなんだよ」
「イメージ……、ですか? でも……」
「魔法ってのは、つまり心の中で思い描いていることを、そのまま現実にするっていうことなんだよ。極端に言えば」
魔法と言うのは、四元素で構成されている。火、水、風、土。単元素だけで構成されているものもあれば、多元素で構成されているものもある。
例えば、火魔法の初級魔法──最弱の魔法のイグニスは三つの火の元素から構成されているのだ。この元素が増えていけば増えていくほど、威力が増大する。
だが、他にも説はある。例えば、元素自体は関係なくて、魔法とは元来自分の中にあるイメージなのであり、呪文とはそれを解き放つ鍵の役割なのだと。
「それをミックスして考えればいいんじゃないか、ってのが俺の持論なんだ。つまり、元素自体は存在しているけど、イメージによっても威力、果ては魔力制御の部分で異なってくるんじゃないかって」
「だから、イメージしろ、と?」
「イメージによる魔法の威力増大は……一見すると、そこまで大したことないに見える。だけど、同じ魔法同士でやってみたら……全然違って来るんだ」
「でも、それっておかしくないですか? だって、それみんなが分かってたら取り組んでるんじゃあ……?」
本当にそうならば、誰もが実践しているはずでは、とメアが問うてくる。確かに、彼女の言葉は正しい。そこまで違いが顕著に表れるのなら、他の人がもっと早くに気づいているのではないのかと。
「まあ、メアの言ってることは正しいよ。でも、これ、殆どの人が無意識にやってる」
「無意識に……」
「ああ、簡単だよ。ようはイメージトレーニングと同じ要領なんだ。例えば、試合に臨むとき、誰だって負けることは考えない。常に考えているのは、勝った時の姿。これって、魔法と同じなんだ」
要は自己暗示なのだ。そして、誰もがこれをやっている。メアだって、時にはやっているだろう。だから、難しく考える必要はないのだ。
「それに……この考え自体、第三階位ぐらいからなんだ。初心者に教えていいものじゃない、と判断されている。第一、無心で、っていうけど……なんとか魔法を制御しよう、ってので頭の中がいっぱいになってると思うんだ」
「確かに……そう、ですね」
「最初は思考の全てが魔法の制御で埋まる。まあ、別に悪い事じゃないんだ。誰もが通る道ではあるし。でも、魔力制御を短期間で上げたいなら……この方法がいいと思う」
「──」
「勿論、選ぶのはメアだ。この方法が嫌で、今まで通りの方法でいきたいって言うのであれば、俺は全力でサポートする。──どっちがいい? メア」
選択を投げかけた。メアに向けて、決断を。
ここが最初のターニングポイントだ。ここで、どちらの道を選ぶのか。その答え如何によっては、彼女のこれからが変わる。
「本当に、変われるんですか?」
「全力でサポートさせてもらう。どちらを選ぼうと」
「本当に、強くなれるんですか?」
「君がそれを望むのなら」
メアは優のその回答を聞いて──大きく、息を吐く。
そして、彼女は──。
「私、強くならなきゃいけないんです。何があっても、どうあっても」
「──」
「どれだけ邪険に扱われようと、どれだけいない者扱いされようと、それでも、絶対に認めてもらいたい人が居るんです」
震える声で、語りだすメア。きっと、これは彼女の根源だ。彼女の、強くなりたい理由だ。
誰もが持っている、想いだ。
「だから、そのために──私に、魔法を教えてください。強くなるために、あなたの知恵を教えてください」
お辞儀をしながら、改めて右手を差し出してくる。
優は迷うことなく、その手を取り──。
「勿論、そのために来たんだから」
こうして、一週間を期限とした指導が始まった。