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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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2話 銀の少女との出会い

「なんだ、その、俺は平穏に暮らすことが出来ないのか?」


 神代優は昨日のカフェに入って、椅子に座りながら絶望の表情を浮かべていた。向かいに座っているのは優とは違った制服を着ている少女──天城音々だ。


 ──かつて、神代優と共に魔法士の世界を駆け回った戦友であり、優を慕ってくれていた少女だ。


「いいえ? そんなことないと思います。実際、今までは上手く行っていたんですから」


「まあ……な」


 優に対してあくまで柔和な笑顔を向けてくる天城だが、内心はどう思っているのかの判断がつかない。なにせ、彼女らから、いや魔法士の世界から引退して三年音信不通だったのだ。どれだけ心配させたことか。

 それもあってか、天城には柏木ほど強くは出れない。もしかすれば、これが彼女の作戦だったのかもしれない。


「実際、私たちが優さんの居場所を突き止めたのはつい三日前です。優さん、怨霊払いしたでしょう?」


「ああ……そっから身元が割れたのか……いやだって、メールに公園内に行け……っていう謎のメールが来たら行くしかないじゃん?」


「普通は行きません。やっぱり、優さんってどこか抜けてますよね。そこがいいんですけど」


「ともかく」


 この三年間。素直に好意を向けられた例がなかったので、若干気恥ずかしい。その恥ずかしさを払拭するように話題を転換しようとするが、どうやら天城には全てがお見通しらしい。珍しい優の顔を見れたのか、天城はどこか満足そうだ。


「そう言えば、あのメールは柏木さんが送ったんじゃないのか? てっきりそうだと思ったから、足を運んだんだけど」


「いいえ。先ほども言いましたけど、優さんが怨霊払いをしてから分かったんです。つまり、それ以前に柏木さんが知っているのはおかしいとは思いますけど」


 二日前──5月8日の事だ。家に帰ってきて、なにかテレビでも見ようとリモコンを取ったときに送られてきたのだ。柏木特有の簡素なメール文、つまりは仕事の業務連絡みたいな文面だったため勝手に柏木だと理解していたが、どうやら違うらしい。

 というか、僅か二日で住所を調べ上げると言う腕に驚愕を禁じ得ないところではあるが、どうせ何を言っても方法は教えてくれないので、ここは掘り下げない方向で行くしかない。


「時が経つのは早いものですね……優さんが私達の前からいなくなって、もう三年です」


「その件はまことに申し訳ございませんでした!? 天城さん、めちゃくちゃ怒ってますね!?」


「別に責めてるわけじゃないんですけどね……」


 束の間静寂が流れ──それを嫌うかのように天城が懐かしそうに目を細めながら呟き、その原因である優が誠心誠意謝る。普段から天城と言う少女は、あまり人の事を責め立てるようなことはせず、滅多に愚痴などは言わない性格だったのを覚えているのだが、どうやら相当頭にきているのだろう。

 確かに、失踪していた人間が、なんともなさげに普通の生活を過ごしているのを見れば当然の反応だ。天城のことだから、優の事を相当探し回ったはずだ。それこそ、日本全体を。


「それにしても意外でしたよ。まさか三年前の拠点から、僅か数キロしか離れてないなんて。ずっと北海道とか、沖縄付近に行っていたと思っていましたから」


「極端すぎるな、考えが!?」


 優が彼らに見つからないような場所としてここを選んだのは、そう言う理由があった。こんな極端な考えしか持たないから、案外近くに居れば気づかないだろう、と見越してだ。無論、優の目論見は成功したと言っても過言ではない。その時の選択によって、こうして三年も見つからなかったのだから。


「まさに、灯台下暗しを利用した感じだよ。結果、天城達も嵌ったわけだし、充分な成果は叩き出せた感じだしね」


「北海道から順々に、虱潰しに探していった私達の苦労を考えてもらいたいものです」


「悪うございました、天城さん!? この埋め合わせは後日するんで、絶対に!」


「ふふ……約束ですよ?」


 なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだったのに、嬉しそうに笑う天城を見て、そんな気持ちが一気に消え失せる。どうやら、優に同情を誘って約束を取り付ける作戦だったようだ。見事に嵌った。

 今なお頬を染めている天城に一言物申したい気分ではあったが──彼女の顔を見て、溜飲が一気に下がる。そう、優と喋ることで嬉しそうにしている少女を見てだ。


 ──天城が優を説得しに来たのは理解できている。自分で駄目なら、他の人物を使って。実に合理的で、効率的な柏木らしい手の内だ。だからこそ、天城との話し合いが終わり次第、すぐに帰るつもりだった。

 だけど、正直悪くない。いや、むしろ数少ない信頼できる相手との会話を、優としても終わらせたくはなかった。


「そういや……真壁とか、くるみって元気か?」


「そうですね……いつも通り、ですと言うのは少し意地悪ですかね」


「いつも通りと言われても三年前で常識が止まってるから何とも言えんよ……」


 くるみや真壁と言うのは、三年前の優の友だ。天城とあと一人を加え、よく五人で仕事を受けていたあの日々を思い出す。尊くて、もう戻ってくることのない日々だ。


「真壁さんとくるみは去年第二階位になりましたよ。勿論、私もですけど」


「最後に自分を持ってくるあたり、褒めてもらいたい欲が前面に押し出てるな……」


 競うように自分を最後に持ってくる天城は優に自信満々な笑み──どや顔を浮かべてくる。これではもはや忠犬だ。尻尾をぶんぶん振っている天城の姿が見えてきそうで怖い。


「なんか失礼な評価を下されていそうですが……まあいいです。考えようによっては優さんの中に私がいるという風に解釈もできるので」


「相変わらずの恐ろしさ! 普段優等生なのに、こういう時だけ変人ぶらないでくれ……胃がもたない」


「こほん」


「こいつ話を途中で切りやがった!?」


 そんな風に雑談に花を咲かせていると。不意に、彼女の携帯から可愛らしい音楽が流れてくる。たぶん、電話だろう。天城は優に「少し待っていてください」とだけ伝え、耳に押し当て目の前で通話を始める。正直、通話するのなら外なりなんなりに行って、極秘に行ってもらいたいところだが、どうやらそれは選択肢にないらしい。

 まあ、大方、目を離した隙に優がどこかへ行ってしまうことを危惧しているのかもしれないが。


 天城が電話に出て何分経っただろうか。ようやく通話が終わったのか、スマホを彼女の鞄に突っ込み──。


「じゃあ、優さん。行きましょう」


「あー……やっぱ、行かなきゃ駄目か?」


「勿論です。では、マスター。コーヒーおいしかったですよ」


 優としては、このまま帰るのが一番だったのだが──天城がそれを許さない。笑顔のまま、優の腕をひっつかみ、鞄から取り出した財布からお金を置いて店を出て、少し歩いた先で足を止める。


「えーと……天城さん? どこに連行させられるのでしょうか……?」


「決まっているじゃないですか」


 未だ状況を掴めていない優が不安に駆られ、一応天城に行き先を聞くが──天城はただ笑って。


「ちょっと待って、天城さん!? なんで俺の腰掴むの? 背中に手回すの!?」


「暴れないでください。暴れると振り下ろされてしまいますから」


「なんだか不穏な単語が聞こえるけど!?」


 優の切羽詰まった声も、天城には届かない。彼女と真正面から向き合う格好になった優だが、正直素直に喜べない。なぜなら、こうなったときは間違いなく──。


「では、しっかりと掴まっていてください、優さん」


「だから、どこに? どうやって!?」


 先ほどから投げかけている質問だが、天城はあくまでにこやか笑うだけ。質問に答えようとしない。いや、一応予測はついてはいるのだが、どうせなら企んだ張本人から聞き出したい。


「例の魔法士──神薙芽亜の下へ。ここから少し離れているので、近道します」


「待て、その近道と言うのはぁ!?」


「優さん。空の旅を楽しみください」


「やっぱりこういうことかよおおおおおおお!?」


 天城が足に力を入れ──実際には身体能力強化の魔法を使用し──一気に跳躍し、密集している住宅の屋根に着地する。勿論スカートは大変なことになっていたが、本人はお構いなしだ。人様の家の屋根に上って何をするつもりかと呟きたくなるが──。

 しかし、それを言葉にする前に動きがあった。そう、先ほどと同じ動きを繰り返して──。


 こんなところを誰かに見られたら最悪だなあ……と、今更ながらな感想を心に留意しながら、大人しくするのだった。

























 さて、空を飛ぶという疑似的な感覚を味わったのだが、どんな感覚だと思うだろうか。


 ──何かから解放された感覚? それとも、鳥になったような気分? 


 ──否、否だ。そんな感想はない。なんだか無重力状態で漂った、エレベーターでの浮遊感が続くような感じだ。


「くそう……もう、こんな感覚は味わいたくなかった……」


「何を言ってるんですか、優さん。昔はいつだってこんな感じじゃなかったですか?」


「勝手に人の過去を改ざんしないでください!? こんなのが日常茶飯事とか地獄以外の何物でもないでしょうが!」


「優さん。一度今までのキャラを顧みた方がいいと思います。──間違いなく、キャラ崩壊してますよ」


「なぜ神妙な面持ちでそんなことを言うんだ、こいつは……」


 先ほどから絶叫しっぱなしなせいで、天城からキャラがブレブレであるとの指摘を受けたが──少なくとも、優自体はそこまで気取った性格でないとは思っている。

 確かに、口調は相手によって変える。例えば、柏木さんのような目上の人にはへりくだって。天城のように、軽口をたたき合える人にはずっとこんな風な態度だ。

 

「それで。天城、こんなところにまで連れてきてどうするの? ここ、最近新設されたマンションだけど」


 一通り文句を言い終えた優は、今連れてこられた場所を見て天城にそう言った。目の前にあるのはまるで壁のように立ちはだかるのは10階ぐらいのマンションだ。ここらへんでは珍しく高い建物であり、駅近くに来れば否が応でも目に入る。

 だが、優はここに来たことは一度としてなかった。なにせ、優が住んでいるアパートとは反対側なのだから。


「こっちです」


 何も分からない状態なので、天城に従うのが一番だろう。ということで、手招きする天城の後ろに大人しく付いて行く。

 

 彼女はマンションの入り口に──入るのではなく、入り口を通り過ぎ裏手に回り、マンションの裏側に来ると、いきなり何かを唱え始める。

 ──魔法の行使。この世ならざる者に対抗する、たった一つの奇跡だ。


「秘密基地みたいだな、これ」


「コンセプトはそんなものですよ。きっと、ここを作った人はロマンに満ち溢れていたんでしょうね」


 天城の声に呼応するように、マンションの裏手の壁──そこがスライドし、下へと続く道が現れる。こういう秘密基地っぽいのは完全に好みだ。なにより、見ていてワクワクする。

 と、個人の感想はそこまでにしておいて。


 現れた階段を下りた先にあったのは──大きなガラスだった。具体的に、と言われると計算がめんどくさいほど、大きなガラス。恐らくは強化ガラスでできているのだろう、優が叩いてもびくともしない。


 そして、その先に──。


「あれが、神薙芽亜……か」


「はい。もしかしたら、あなたの弟子になるかもしれない人です」


 日本人とは思えない銀の長髪にアクアマリンのような瞳。プロフィール画像では、特段髪を纏めていると言う感じではなかったのだが、やはり、運動になると邪魔になるのかポニーテールで纏めているのが見て取れる。服装はうちの高校のジャージだ。


「というか、あっちから俺達の事は見えないのか? あれうちのジャージだし……見つかったら面倒なことになるかもしれないんだが」


「大丈夫です。あちら側からは見えないと言う仕様になってますので」


 神薙芽亜に顔を見られ、後々面倒な事態に陥ると言うことは回避されたようだ。いや、色々と言いたいことは残っているがそこは気にしないでおこう。


「いや……俺は教えられないよ。そもそも、ブランクがあり過ぎる。三年も離れていた奴が今更戻ったところで、何が出来るんだ」


「大丈夫だとは思いますよ、優さんなら」


 根拠のない話だが、天城はまだ優が昔のように動けると信じているようだが、それは見当違いと言えよう。三年も魔法を使っていない──つい最近使っただけ──し、本気で体を動かしていない。この状態で命の駆け引きなんてやってしまえば、確実に命を落とすレベルだ。


「それに……もう、魔法士にはならないよ。天城だって分かってるだろう?」


「それは、そうですけど……」


 優の言葉に、顔を曇らせ返答に詰まる天城。彼女もそこは理解しているようで助かった。

 ──ここまで、一貫して仕事を断ってきたのには勿論理由がある。昔を思い出してしまうからだ、もう、思い出したくもない過去に目を向けなくてはならないからだ。


 分かっている。分かっている。この理由が、酷く個人的で。どうしようもない奴だって事ぐらい。


 でも、どうしても体が、脳が、あの世界に戻ることを拒否するのだ。心が、傷つくのを恐れているのだ。


 昔の自分が語り掛けてくるのだ。お前が戻ったところで、また同じ過ちを繰り返すだけだ、と。


 一歩を踏み出すのが怖い。前へと進むのが怖い。過去を乗り越えるのが、怖い。


 怖いものばっかりだ。かつての戦友たちが見ても、きっと落胆されるに違いない。


「天城は夜叉神家に入ったんだろ? なら、神薙芽亜に関わる必要性はないと思うけど。なんで、そんなに彼女に入れ込むんだ?」


 率直な疑問だった。彼女はもう、陰陽党の人間ではないし、そもそも神薙芽亜は陰陽党に所属していない。なら、なぜ彼女は神薙芽亜という少女を気にかけ続けるのだろうか。それが、不思議でならない。


 それを聞いた天城は。もう何度目かも分からない、過去を思い出すような顔つきになって。決定的な言葉を口にした。


「似て、いませんか?」


「……誰に」


「あの人に。優さんに追いつこうと、毎日必死に魔法を練習していた、あの人に」


「──」


 今度は優が返答に詰まる番だった。彼女の言うことは、きっと当たっている。


 似ている。上を目指そうと足掻く、その姿勢が。強くなろうとしている、その目が。どことなく、昔優のパートナーであった少女の面影を残している。


「だから、ですかね……私が、彼女を気に掛けるのは」


「神薙芽亜と喋ったことは?」


「あります。ただ、数回程度です。私も、手続きの方で忙しかったので」


 手続き、というのは夜叉神に属する際のものだろう。実際、彼女が三家に入ると言うことで騒動も起こったはずだ。なにせ、彼らは自らの親戚以外を加えることはしないのだから。


「──」


「どうですか? 受けてみる気に、なりました?」


「……いや、ごめん。やっぱり、俺には無理だよ」


「そう、ですか……」


「悪いな。はるばる京都からこっちに来たのに」


「いえ、いいんです。元々勝算の低い勝負でしたから。柏木さんのお願いだったので来たようなものですし……それに、完全な無駄足ってわけでもないですしね」


「──? 言っている意味がよく分からないけど……それじゃあな、天城。またいつか会おう」


 忘れているようだが、あくまで彼女の現住所は京都──いや、夜叉神に属しているのだから、東京になるのだ。今は新幹線だったり、なんだったりと色々交通網が整備されて、電車すらない時代の隔絶されたような距離ではないものの、それでも距離には変わりない。

 彼女も彼女で、そう何度もこちら側に来れるわけではないのだろうし。


「はい。まあ……すぐに会うことになるとは思いますけど……」


 そんな天城の声を背中に受けながら、優は階段を上って帰路に着くのだった。

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