あるいはもう一つのプロローグ2
「──本気で、言ってるのか?」
夜叉神家当主──夜叉神有栖が放った言葉に、場が静寂に包まれている中、その一言だけが落ちた。
アルカナを自らの家に取り込む、ということはそれ相応の覚悟を決めなければならないのだ。
元来──三家と言うのは仲が悪かった。どこが強いのか、どこが頂点に立つべきなのか。そんな些細なことを決めるためだけに、争った。アルカナを拝している者達をこぞって味方に引き入れ、戦争にまで発展した。
その反省から、権力分立を図るために三家と陰陽党に与えられたのは席。アルカナを拝した者達を呼ぶ権利。当主含めて最高五人。それ以上は制裁の対象となる。
現在。三家と陰陽党が陣営に引き入れている人数は合計で14人のみ。天神5、白神3、夜叉神4、陰陽党2だ。陰陽党が少ないとは思うが、仕方のない事だ。
なにせ、空白が埋まっていない。
ナンバー0『愚者』、ナンバー1『魔術師』、ナンバー3『女帝』、ナンバー7『戦車』、ナンバー19『太陽』が、一昔前の陰陽党。しかし、優が引退し、『魔術師』と『太陽』が死に、『女帝』が移動したせいで、このような歪なバランスになってしまったのだ。
「ええ。今回の事件……あなたは、私に色々と貸しがあるでしょう? 例えば、あなたが隠蔽している、もう一人の魔人の事とか」
「痛いところを突いてくるね……」
それは無論、優のクラスの委員長の事だ。今回の事件で確認された魔人で、二人目の理性ある魔人。肌が黒くなっていたり、目つきが鋭くなっていたりと色々と弊害があったものの、今ではすっかり元通りになっている。勿論、魔力を封印したからではある。だが、記憶まではリセットしていない。
それでは、結局彼女の決断も、思ったことも、何もかも無駄になってしまうからだ。
「もしも、これを断るのならば。このことを他の陣営に漏らすのも吝かではありませんが?」
「強硬な手段だね、それもかなり。──そこから察するに、そうまでして『愚者』を陣営に取り込みたいと? 正直言って、こんなにも扱いにくい人間はそういないと自己評価を下しているけど」
自分への評価などそんなものだ。
何かを為そうとしても、結局中途半端で終わってしまう人間。誰かを救いたいという衝動から暴走する不安定要素。いいところなど一つもない。
にもかかわらず、彼女は優と言う人間をスカウトしようとしている。
「構いませんよ。拠点も、そちらが望む通りに。もしも、神薙芽亜に執着があるのなら、彼女に教えることも許可しましょう。それで足りないと言うなら、他にもお付けしましょう。考えうる、最大の好待遇を用意させていただきます。──悪い話では、ないと思いますが」
「──確かに。だが、まず信じがたい話だが……だけど、逆に考えればいい。それほど、『愚者』が欲しいってことだ」
そして、扱いにくい『愚者』を自らの陣営に取り込むと言うこと。天城を夜叉神に加えた事。自らの家系だけでアルカナを埋めるはずのしきたり……というか、暗黙の了解すら破ってまで、他の者を呼び込むこと。
それらを組み合わせ、読み取れば──真実に近いところまで辿り着ける。
「──戦争でも起こすつもりか。夜叉神有栖」
「あら。そんなことは一度も言っていませんが?」
「勿論、何も荒唐無稽に。何の考えもなしに言ったわけではない。理由は二つほどあるが……一つは先ほど言った疑問点。なぜ、俺を陣営に加えようとするのか、だ」
「──」
あくまで笑みを絶やさず。それでいて、子供の児戯を見守るがごときの慈悲溢れた顔で続きを促してくる。
「そして、二つ目。最近、こんな話を耳にした。──夜叉神家は一年ほど前から戦力をかき集めている。例えば、国際的な指名手配をかけられた魔法犯罪者。例えば、俺のようなはぐれ魔法士。様々な人種を」
「どこから、そんな話を聞いたのですか?」
「教えるとでも? そちらが何らかの秘密を持って、目的を持ってこの面会とやらに望んでいたとして。それを教えろと言われて、はい教えましょう、なんてことにはならないだろう?」
「まさしくその通りです」
「恐らくではあるが、一つ目の疑問は……二つ目の噂に直結している。つまり、あんたが『女帝』を取り込んだのも、そのスポンサー的存在である柏木由紀を取り込んだのも、メリットよりもデメリットが多い『愚者』を取り込もうしたのも。全ては、戦力を増強するためだった。違うか?」
優を取り込むのは相応のリスクがついて回る。勝手に動き回り、命令無視は常。尚且つ天神からも目を付けられている。今現在三家は良好、とは言えないまでも争いがない状態を保っている。だが、優を味方に引き入れるだけでそのバランスが崩れる可能性だってなくはない。
そして、それを理解できていない彼女ではなかろう。
だが、それら全てを差し置いてでも『愚者』を取ろうとして来る。
「つまり、あんたらは極論いつ起こそうと構わないわけか」
「何が、でしょうか」
「俺を取り込めば天神との仲がこじれるのを、当主であるあんたが分かっていないはずがない。当然、掴んでいるはず……にもかかわらず、あんたは俺を取りに来た。それはすなわち、最終的には敵対するのだからいつ敵対しようと構わない……ってことだろう?」
「──まさか。そんなことはありませんよ」
一瞬、夜叉神有栖の目つきが、鋭くなった。
が、次の瞬間には平穏を取り戻している。しかし、その行動さえ見られればあとは楽だ。
盛大なブラフのつもりだった。だが、確信出来た。流石に優の言っていることそのまま、と言うわけではないだろうが……何かある。何かを、隠している。それこそ、魔法士界を揺らがせる何かを。
「情報は取れた。そして、こいつは……俺にとって、最大の武器でもある。なにせ、こちらに有利な情報は何一つなく、情報戦では後れを取っているし……勝てる要素が見当たらなかった中での、唯一の情報だ」
「今、私があなたを殺す、という選択肢はないのですか?」
「ないな。それならば、今まで何もしてこなかったのがおかしい」
断言する。
それが出来るなら、とっくにしている。核心を突かれた際に、そして、優が何かを隠し持っていると知った時点で何もしてこなかったのが最大の理由だ。
それに──。
「あんたが俺を殺せば、間違いなく天城はあんたの下を離れる。これは、憶測でも願望でも何でもない。ただの事実だ」
「それは感情から来る予測ですか? それとも、全てを考えた上の?」
「残念ながら、俺には人の感情を理解出来ないからね。ただ、共感できなくてもその人がどんな感情を持っているのかは理解できる。相手の顔、言動。それら全てから察すればいい。──殺せよ。夜叉神有栖。殺せばいい。今ここで、俺を。秘密を知ってしまった俺を、対等な関係にある俺を殺せばいい。ただし、その場合はあんたが整えた状況の瓦解であることをお忘れなく」
天城音々という人間をもう一度分析すればいい。
彼女は、優と言う人間の皮を被った機械に惚れている。勘違いしないでほしいが、優は別に彼女の気持ちを馬鹿にしているわけではない。ただ結果から言えば、そのようになる。
過程は理解できないが、結果は理解できる。
──優には、感情を理解することが出来ない。それはなぜか。
──切り捨てたからだ。英雄になるために、捨てられるものをすべて捨てた。
だが、勿論取り戻したものもある。例えば、誰かから向けられている好意とか、誰かを好きになると言う感情も。今の優なら理解できる。ただし、きっと、最後まで優が誰かを愛すことはもうないが。
「なに、簡単なことだ、夜叉神有栖。短刀でも、そこにある食器でも、俺を窓から転落させるでもいい。隠蔽するのも、間違いではないだろうさ。だが、天城音々という人間は必ずそれを知った場合、離反する。気にすることはない。もう一度やり直せばいいんだから。ただし、アルカナを拝した御しやすい人間など、そうはいないけどね」
「──」
今現在、アルカナを拝した者で、どこの勢力にも関わっていないのが優を含めて僅か四人だ。『愚者』、『隠者』、『世界』、『皇帝』だけ。そして、三家と陰陽党に属しているのが14人。残りは全て空席。未だ座る人間が用意されていない。
勿論、アルカナを拝すにも条件がある。
第三階位以上が最低条件で、その人だけの代名詞となる魔法がなければならない。
それらの条件を満たし、京都にいるとされている『大導師』によって任命される。
だが、面倒なのがこれら全員が御しにくい、個性的な奴らの集まりだと言うことだ。
その中で、彼女の言いなりにできるアルカナが再び揃うまであと何年かかるか、という問題だ。そのことを考えれば、天城音々と言う少女は手放したくない存在のはずだ。
「選択を。悪いが、こちらも長い事待っていられるわけではない。今、こうしている間にもそっちの刺客がやってきても何らおかしくはないんだから」
「──見事、と言っておきましょう」
殺気を漏らさず、否、殺意を一度も感じさせず、それどころか椅子に座ったまま先のやり取りをしていた夜叉神有栖は──嘆息し、自らの思惑を見抜いたことを称賛する。
「戦争する、ってのが当たっているとは思えない。だけど、何かある、そう思わせるだけでいい。それだけで、三家は食い気味になるからね。悲しきかな、人間とはそんなものだ。ありもしない罪で人をつるし上げ、決めつける」
「一応、言っておきますが。戦争する気はありません。大体、どこに敵の目があるか分かりませんし、何よりそれは無駄でしかない。今のパワーバランスを崩したところでなんら意味はありませんから。ですが……この時点で私とあなたは対等になってしまいましたね。お互いに、切り札一つですから」
「いいや。対等ではないとも」
そう言って、優は自らのポケットを探り──とあるぬいぐるみを取り出す。これは柏木由姫から高額で買い取ったものだ。勿論、何に使うかを言っていないため、彼女としてはまさか自分が渡したものが自らが使える当主の首を絞めているとは思わないだろう。
「しっかりと確認したはずですが。携帯は一時没収……その他、録音を主とするものの持ち込み禁止。それがこの面会における規則では?」
「確かに。だから、きちんと渡したよ。管理員とやらにね。生憎、これをストラップか何かかと勘違いしたようだけど。そして、規約にはこう書いてあった。携帯などはここに来る前にいる警備員に渡し、認められたもののみを持ち込んでいいと。まさか思わないだろうさ、ぬいぐるみに録音機能があったなんてね。まあ、あまり性能はよくないけど」
「これもまた、一本取られましたね。最初からそのつもりだったと」
「まず交渉に挑むにあたって必要なのは準備だ。相手が何を考えているか、どんな背景があるか。それらを考えた上で、どんな策を取るのが一番いいか……そして、今回。俺はあんたに何か脅される、というのが分かっていた。だから、必死だったよ。あんたの本心に近い場所を暴き立てるのは」
「そのための挑発行為、ですか……途中で押し込まれていたのは演技だったと」
「全部が全部予想していたわけではない。どんな内容が飛び出すかなんて分かりはしなかったし、予想すら出来なかった。だから、途中からはアドリブだ」
「さて。望みは何でしょうか。私に支払えるものであればいいのですが」
「うん。誤解を招くような発言は控えるべきだよね。今シリアスな状況なんだから」
卑猥に聞こえたのなら、それはきっと色々なものに刺激され過ぎたのだ。ここで一度けがれた心を洗い流すべきだろう。
「ともかく。俺から夜叉神側に提案することはただ一つだけだ」
「それだけでよろしいのですか?」
「あんたが何をやろうとしているのか、そんなものに興味はないし、どうでもいいとすら思っている。──だから、金輪際俺達の周りを巻き込まないでくれ」
彼女が何を企んでいるのかは知らない。が、どうせ厄介事なのは目に見えている。
だから、何かを起こすのが前提ならば、せめて巻き込まないでほしい。三家なら三家で解決してほしい。そんな意味を込めて言ったのだが、果たして伝わるか。
「随分と、ご執心ですのね、あの銀髪の少女──神薙芽亜に」
「あんたらの存在は毒だよ。扱い方を間違えれば、成長を遅らせ、枯れさせる最悪の毒だ。出来れば、あんたらだけはメアに合わせたくないし、もう面倒ごとはうんざりなんだ」
「誰かが困っているなら、平然な顔をして死地に突っ込むのに、ですか?」
「──」
今度は優の視線が鋭くなる番だった。
悲しい自己矛盾。誰かが助けてを叫んでいるのならば、それが優と言う人間の耳に入るのならば必ず彼は助けに行かねばならない。それが、彼の英雄としての本質。
「──出過ぎた干渉でした。申し訳ございません」
「いや、いいんだ。確かにその通りなんだから」
「あなたとの約束。確かにお守りいたしましょう」
「交渉成立だ」
残念そうに目を伏せる夜叉神有栖に、そう言って。
今夜限りの交渉は終わりを告げるのだった。
現代魔法士と魔導教典ですが、自分の置かれている環境を鑑みた結果、一時的に執筆を中断する考えに至りました。勝手で申し訳ないのですが、必ず戻ってきます。




