36話 答え合わせ
「……さっきの、どういうことなんでしょうか」
「分かりませんわ。ですが……とにかく、『女帝』が来たならば話は早いですの。さっさとこの空間から逃げてしまいましょう」
「けど、まだ優先輩が……」
音々が合流した矢先に、白神桃華が出した提案にメアは優が心配だと声を上げるが──音々は心配いらないと言わんばかりに、首を振って。
「大丈夫ですよ、メア。並大抵の敵なら、優さんには叶いません。それよりも、私達は早めにここから撤退するべきです。足を引っ張りかねませんから」
「そういうことですわ。……おほん、メア」
「え……?」
そんなものだろうか、と納得して立ち上がろうとして──。
直後、わざとらしく咳を入れて──白神桃華の手が差し伸べられた。しかも、今までのように突き放すような冷たい物言いではなく、どこか優しさを込めてメアの名を呼んで。
「メア……あくまでも、私は貴女を認めてはおりませんわ。魔法士として、未だ三流ですらない貴女を、認めるわけにはいきませんの」
「え、あ……うん」
「ですが、その……申し訳ありませんでしたわ」
「えっと……?」
「メア。貴女は、私の誇れる……その、とも、だちですわ……」
「……ふふ」
「な、なにがおかしいんですの!?」
「いや、だって、白神さんが……桃華が、おかしなこと言うからでしょ」
「な……な……!」
勇気を出して言ったのに、踏んだり蹴ったりな桃華はついに顔を真っ赤にして──。
「ふん、ですわ!」
「二人とも、そこまでにして、運んでください……一人だと、結構きついんですよ……」
「あっ、ごめん!」
そんなこんなで、時間は流れていった。
「こいつ、どっから……!?」
「氏政。早く行け。どうせ、こいつは俺以外に興味はないからね」
「そりゃ、どういう……!?」
「その言葉通りだよ? 僕は君たちに関して、一切興味はない。僕があるのは、彼だけだ。それ以外のギャラリーは撤退してくれると嬉しい」
「……氏政。早く行ってくれ。余波でいつ洞窟が崩れるか分からない。恐らく、上にある街には被害がないだろうが、下にいる俺達は危ない。だから、早く」
「分かったよ。だが、さっさよ来いよ。お前が居ねえと、前提が崩れちまうからな」
「……勿論だ」
シルクハットを被った青年と、それに対峙する優から背を向け──未だ知らぬ出口に向かって走っていく。その際、雲母の不安そうな顔が視界に入るが──何もせず、ただ見送った。
「さて、邪魔者はいなくなったわけだけど。久しぶりだね、『愚者』」
「御託はいい。……ようやく繋がった。お前か、今回の首謀者は」
「ご名答だよ、『愚者』」
最初の工場で出会った暗殺者。彼女が優の手の内を読んでいたのも、裏にこいつがいたから。『隠者』であれば、優の手の内はほとんど晒されているといっても過言ではない。それほど優にとって因縁深い存在であり、昔からの付き合いだった。
「全て、俺とここで戦うために舞台を仕上げたわけか」
「……そう、そうだよ、大正解だよ! そう、そうなんだ。君と決着を付けたいがために、わざわざここに眠る火花を散らした。ああ、いい余興だったね」
「……」
「分かっている、分かっているとも。だが、君との間に交わされた取り決めである、一般人を巻き込まない……しっかりと守っているだろう?」
「いいや、それは違う」
「──?」
「今、外で怨霊が暴れている。理由が分かるか?」
「さあ? 僕には関係ない事なんだ。興味もないし、どうかしようとも思わない」
「そんなわけがないだろう? ……お前だよ。諸悪の根源。お前が、全部の舞台をセッティングしたんだ」
怨霊を蔓延らせたのは、土台を築き上げるため。
陰陽党支部の人間を怨霊退治に釘づけにして、この勝負を邪魔されないようにした。もっと言えば、増野栄次郎を脅して、優をここまで導いた。更に、暗殺者──異名殺しを雇って、メアや天城音々に介入されないように、白神桃華を捕らえて戦力を分散させた。
全ては、『隠者』が望むこの一戦のためだけに。
「……く、ははははは! ああ、そこまで分かってしまうか。うん、バレてしまっては仕方がない。そうだよ。今回の事件の裏側は全て僕がセットした。ついでに言えば、工場に魔人化薬があると漏らしたのも僕だ。……どうだい? これで満足かな?」
「ふざけるな。まだあるだろう。……工場の人は、一体どこに消えたか。その答え合わせが済んでいないが」
「どうせ分かっているんだろう? わざわざ僕に聞く必要なんてあるのか?」
「無論だ。お前が全てを知っているのなら、答える義理がある。違うかな?」
そう言われ、『隠者』は自らの頭に被せていたシルクハットを取って、手の内で弄ぶと──どこか納得したように、頷いた。
「簡潔に言おう。……工場の人々を、苗床にしているな?」
「──どうして、そう言えるのかな?」
「怨霊が出現する理由はただ一つ……なにかしら、この世に未練を持つ、もしくは強い後悔を持つ魂が怨霊となる……それが強すぎれば、魔獣のような存在になってしまうわけだけど……まあ、ここは今はどうでもいいね。だがまあ、魔法とは奇跡だ。お前の魔法……オリジナルで人工的に怨霊を作り出せないとは限らない」
勿論、どんな術式を使って、どんな元素を使っているかは全く不明だ。
だが、分かるのは。苗床の人間達に、死ぬような思いをさせているということだけ。それしか、この世に強い未練を残す方法ないのだから。
「拷問か何かで死ぬような思いを経験させ……何らかの方法で魂を複製、コピーを量産し、怨霊に結び付けた……ってところか。あれだけの怨霊を作るには……計算上工場の人間では足りない。普通の人間が出す絶望では足りない。つまり、希望を見せたうえで絶望に叩き落したわけか」
例えば、何もない空間に閉じ込めて、ここから逃げれば自由になれると言って。最終的には全員を殺し。例えば、身を炎で焼かせ、回復させながら炙るとか。
──考えるだけでもおぞましい所業。それら全てを、あいつは無感情でこなした。『隠者』とは極論そう言う人間だ。
「正解だよ……だけどね、勘違いしてもらったら困るんだけど。彼らは自分から入ってくれたんだよ。自分の身に迫っている危険を察したらね」
「その危険だって、お前が作ったものだろう? ……六月一日の火災。あれは、お前が引き起こして、その選択を選ばせたんだ」
「……怖い顔をしないでくれよ。これはいわば、君と僕に相応しい戦場を作り出すためで──」
「──ふざけるなよ。何もしていない、無辜の人たちを傷つけた罰……そして、俺達との間に交わされたルールを破ったんだ。お前は」
「そう、君はそれでいい。怒れ。怒るんだ。君は何もない者の味方であればいい。そして、僕は正義を実行する君を超える」
「──行くぞ、『隠者』」
「ああ……それと」
『隠者』は一つ。指を立てて──。
「僕の事は、『隠者』ではなく、『賢者』と呼べと言っただろうが!」
そして、最後の戦いは幕を開けた。
「おおおおおおおおおおおおお──!」
「あああああああああああああ──!」
揺れる。揺れる。揺らぐ。揺らぐ。
二人の覇気に、金属が奏で合う重奏音に、地を駆け天を舞う二人の劇場に、耐えかねるように洞窟が振動する。
優の式神──風牙が『隠者』の首を掻っ切ろうと迫り。『隠者』の式神──同じく剣状の何かが優の喉元に突きつけられ。
互いに一歩を引き、再び戦闘が始まる。
魔法など入る余地のない、高速戦闘。素人が入れば、一瞬で塵にされる領域。相手の手を読み、自らの手を繰り出す至高の領域。
「ははははっ!? 流石だよ、素晴らしい。こんな、こんなっ! 心躍る戦いは久しぶりだ! ああ、いい! いいよ! やはり、君との戦いは最高だッ!」
「黙れ……ッ!?」
勿論、加速領域は使用している。制限時間は十分たっぷりだ。何かある、と思っていたからこそ、これを今まで温存することが出来た。
──が。これがあっても、勝利できるとは限らない。なにせ、相手は『隠者』──正真正銘の化け物だ。オリジナルを使用した優に匹敵するほどの体術に、圧倒的な魔法知識。それゆえに、彼は会うたびに新たなオリジナルを編み出してくる。
だから、警戒は怠れない。
「だが……少々いただけないな。君のオリジナル……加速領域……使用できる時間が減ったんじゃないかい? ……そう、忌々しくにっくき女を守ろうとしたときにね」
「忌々しい……だと?」
超速で動きながら、話しかけてくる『隠者』。普段であったら絶対に無視だが……まず、加速領域の制限時間について見破られていることと、神薙芽亜──メアに対しての言い草が気になり、つい反応してしまった。
「そうだ……あの女は、必ず僕が殺さなければならない……それが、僕の悲願であり、それこそが僕を次なる一手へと導く。……なのに、それなのに。あの女は更に、僕の宿命にして運命にして最大の好敵手であり、超えるべき最高の壁……君を弱体化させた。許すべきではない」
色々と看過できない言葉が混じっていたが……やはり、『隠者』は見抜いている。優が天城にすら隠し通してきた、加速領域の使用制限の事を。
今まで十分だったそれは、メアを助けるために無茶をしたせいで──否、それより前の無茶が積み重なり、メアので爆発してしまった。代償は、オリジナルの制限時間の短縮。もう、優は十分全てを使いこなすことはできず、最高で9分30秒がリミットだ。
「……だから、殺す。顔の皮を剥ぎ、骨を削いで、一生悔い改めさせる。この世に生まれてきたことを後悔させる。もう二度と、人間になど生まれてこなければよかったと思えるぐらいに嬲る……それが、彼女への僕の復讐さ」
「お前……」
「だから、君を下し……僕は彼女を殺す。すまないね、これが僕にとっての最善で、最高なんだ。君が彼女を守ろうとしていようが、関係ない。ただ、無秩序に、無感情のままに彼女を葬ろう」
「ふざけるな……ッ! そんなこと、させるものか……ッ!」
神薙芽亜を守る。それが、今の神代優の行動原理。彼女を守り、彼女の行く末を見守る。それこそが、優に課せられた仕事であり、依頼であり、願い。
これ以上、彼女が毟り取られなくてはならない道理はない。代償はとっくに支払った。それでも、これ以上彼女から何かを奪おうとするのなら──この『隠者』を倒さなくてはならない。
「それと……お前は一つ間違っているよ」
「──?」
そもそも、間違っている。
優のオリジナルの弱体化は──別にメアが原因ではない。確かに、彼女の戦いがトリガーではあったが、根本ではないのだ。
「悪いのは、メアじゃない。むしろ、いつか爆発するって分かっていて、無茶をし続けた俺だ。それ以上も、それ以下も存在しない。……失せろ、『隠者』。これ以上メアを貶めるな」
「そう言うと思ったよ。そうだよね、そうでなければ君でない。君が彼女を助けた。であれば、これ以上彼女にちょっかいを出そうものなら、君は何もかもを破壊する。……そういう人間だからこそ、僕は君を宿命に位置付けたんだよ……」
「これ以上、彼女を馬鹿にするのなら、俺を超えてからにしろ」
「そうさせてもらおう。全ての全力をつぎ込み、君を打倒しよう。僕が編み出した魔法で、君を超えて見せよう。それが君に対する、最高の敬意だと信じて」
そして、『隠者』はこちらに向かって手をかざし──。
「我は希う。──不変の交わりを持って、地獄の業火で焼き尽くすがいい。──イグナイト」
獄炎すら超えた炎。まるで炎の波が、優に迫る。
火元素8.5個で完成する、火魔法の中級魔法、イグナイト。しかも、詠唱の短縮を同時に行う技術の高さには舌を巻くが──それ以上に、気にするべき必要がある。
(あの魔法……既存の魔法よりも、圧倒的に強い……!?)
そこで、一抹の不安が頭をよぎった。
そう、最悪の予感が。
「……間違っていない。この空間は、既に僕のものとなっている。僕のオリジナル魔法……魔法領域。僕が唱えた魔法は、この空間内では強化される……君に勝つために編み出したオリジナルだよ」
「規格外すぎだ……ッ!?」
「君に勝つために、捧げられるものは全て捧げた。感情も、何もかも。君という最高の英雄を倒すためだけに。真理と出会った、魔導教典にすら紛れ込んだ」
「魔導教典……だと? あれは……」
「そう。あれには幾重にもセーフティロックが掛けられている。鍵を持つ四人が揃って初めて、神に匹敵するほどの知識を取り込める……だが、それはできない。なぜなら、神に匹敵する知識を余すところなく取り込めば、人の脳がパンクする。……だから、あくまで表層だ。その知識を、僕は読み取った」
魔導教典とは架空の本とされてる。なにせ、伝承はあるものの場所が分からず、今に至るまで実物を見た者がいないからだ。だが、全てを紐解けば神にすら到達しうるとされる本だ。どこにあるのかは分からず、そこに辿り着くための鍵は全部で五つ。
とはいえ、優にも全部が全部わかるわけではない。分かるのは、真理を除いた三つ。
神代に受け継がれる鍵。安部家に保管されている鍵。生ける伝説『大導師』が持つとされる鍵。そして、居場所不明の一つ。全部で四つだ。
真理に接続しているのならば、魔導教典の鍵を開けることは可能だが……それ以上は進めない。かくいう優だって、神代の鍵を持っていないのだから。
「行くぞ、君の墓場はここだ」




