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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
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36話 答え合わせ

「……さっきの、どういうことなんでしょうか」


「分かりませんわ。ですが……とにかく、『女帝』が来たならば話は早いですの。さっさとこの空間から逃げてしまいましょう」


「けど、まだ優先輩が……」


 音々が合流した矢先に、白神桃華が出した提案にメアは優が心配だと声を上げるが──音々は心配いらないと言わんばかりに、首を振って。


「大丈夫ですよ、メア。並大抵の敵なら、優さんには叶いません。それよりも、私達は早めにここから撤退するべきです。足を引っ張りかねませんから」


「そういうことですわ。……おほん、メア」


「え……?」


 そんなものだろうか、と納得して立ち上がろうとして──。

 直後、わざとらしく咳を入れて──白神桃華の手が差し伸べられた。しかも、今までのように突き放すような冷たい物言いではなく、どこか優しさを込めてメアの名を呼んで。


「メア……あくまでも、私は貴女を認めてはおりませんわ。魔法士として、未だ三流ですらない貴女を、認めるわけにはいきませんの」


「え、あ……うん」


「ですが、その……申し訳ありませんでしたわ」


「えっと……?」


「メア。貴女は、私の誇れる……その、とも、だちですわ……」


「……ふふ」


「な、なにがおかしいんですの!?」


「いや、だって、白神さんが……桃華が、おかしなこと言うからでしょ」


「な……な……!」


 勇気を出して言ったのに、踏んだり蹴ったりな桃華はついに顔を真っ赤にして──。


「ふん、ですわ!」


「二人とも、そこまでにして、運んでください……一人だと、結構きついんですよ……」


「あっ、ごめん!」


 そんなこんなで、時間は流れていった。





















「こいつ、どっから……!?」


「氏政。早く行け。どうせ、こいつは俺以外に興味はないからね」


「そりゃ、どういう……!?」


「その言葉通りだよ? 僕は君たちに関して、一切興味はない。僕があるのは、彼だけだ。それ以外のギャラリーは撤退してくれると嬉しい」


「……氏政。早く行ってくれ。余波でいつ洞窟が崩れるか分からない。恐らく、上にある街には被害がないだろうが、下にいる俺達は危ない。だから、早く」


「分かったよ。だが、さっさよ来いよ。お前が居ねえと、前提が崩れちまうからな」


「……勿論だ」


 シルクハットを被った青年と、それに対峙する優から背を向け──未だ知らぬ出口に向かって走っていく。その際、雲母の不安そうな顔が視界に入るが──何もせず、ただ見送った。


「さて、邪魔者はいなくなったわけだけど。久しぶりだね、『愚者』」


「御託はいい。……ようやく繋がった。お前か、今回の首謀者は」


「ご名答だよ、『愚者』」


 最初の工場で出会った暗殺者。彼女が優の手の内を読んでいたのも、裏にこいつがいたから。『隠者』であれば、優の手の内はほとんど晒されているといっても過言ではない。それほど優にとって因縁深い存在であり、昔からの付き合いだった。


「全て、俺とここで戦うために舞台を仕上げたわけか」


「……そう、そうだよ、大正解だよ! そう、そうなんだ。君と決着を付けたいがために、わざわざここに眠る火花を散らした。ああ、いい余興だったね」


「……」


「分かっている、分かっているとも。だが、君との間に交わされた取り決めである、一般人を巻き込まない……しっかりと守っているだろう?」


「いいや、それは違う」


「──?」


「今、外で怨霊が暴れている。理由が分かるか?」


「さあ? 僕には関係ない事なんだ。興味もないし、どうかしようとも思わない」


「そんなわけがないだろう? ……お前だよ。諸悪の根源。お前が、全部の舞台をセッティングしたんだ」


 怨霊を蔓延らせたのは、土台を築き上げるため。

 陰陽党支部の人間を怨霊退治に釘づけにして、この勝負を邪魔されないようにした。もっと言えば、増野栄次郎を脅して、優をここまで導いた。更に、暗殺者──異名殺しを雇って、メアや天城音々に介入されないように、白神桃華を捕らえて戦力を分散させた。

 全ては、『隠者』が望むこの一戦のためだけに。


「……く、ははははは! ああ、そこまで分かってしまうか。うん、バレてしまっては仕方がない。そうだよ。今回の事件の裏側は全て僕がセットした。ついでに言えば、工場に魔人化薬があると漏らしたのも僕だ。……どうだい? これで満足かな?」


「ふざけるな。まだあるだろう。……工場の人は、一体どこに消えたか。その答え合わせが済んでいないが」


「どうせ分かっているんだろう? わざわざ僕に聞く必要なんてあるのか?」


「無論だ。お前が全てを知っているのなら、答える義理がある。違うかな?」


 そう言われ、『隠者』は自らの頭に被せていたシルクハットを取って、手の内で弄ぶと──どこか納得したように、頷いた。


「簡潔に言おう。……工場の人々を、苗床にしているな?」


「──どうして、そう言えるのかな?」


「怨霊が出現する理由はただ一つ……なにかしら、この世に未練を持つ、もしくは強い後悔を持つ魂が怨霊となる……それが強すぎれば、魔獣のような存在になってしまうわけだけど……まあ、ここは今はどうでもいいね。だがまあ、魔法とは奇跡だ。お前の魔法……オリジナルで人工的に怨霊を作り出せないとは限らない」


 勿論、どんな術式を使って、どんな元素を使っているかは全く不明だ。

 だが、分かるのは。苗床の人間達に、死ぬような思いをさせているということだけ。それしか、この世に強い未練を残す方法ないのだから。


「拷問か何かで死ぬような思いを経験させ……何らかの方法で魂を複製、コピーを量産し、怨霊に結び付けた……ってところか。あれだけの怨霊を作るには……計算上工場の人間では足りない。普通の人間が出す絶望では足りない。つまり、希望を見せたうえで絶望に叩き落したわけか」


 例えば、何もない空間に閉じ込めて、ここから逃げれば自由になれると言って。最終的には全員を殺し。例えば、身を炎で焼かせ、回復させながら炙るとか。

 ──考えるだけでもおぞましい所業。それら全てを、あいつは無感情でこなした。『隠者』とは極論そう言う人間だ。


「正解だよ……だけどね、勘違いしてもらったら困るんだけど。彼らは自分から入ってくれたんだよ。自分の身に迫っている危険を察したらね」


「その危険だって、お前が作ったものだろう? ……六月一日の火災。あれは、お前が引き起こして、その選択を選ばせたんだ」


「……怖い顔をしないでくれよ。これはいわば、君と僕に相応しい戦場を作り出すためで──」


「──ふざけるなよ。何もしていない、無辜の人たちを傷つけた罰……そして、俺達との間に交わされたルールを破ったんだ。お前は」


「そう、君はそれでいい。怒れ。怒るんだ。君は何もない者の味方であればいい。そして、僕は正義を実行する君を超える」


「──行くぞ、『隠者』」


「ああ……それと」


 『隠者』は一つ。指を立てて──。


「僕の事は、『隠者』ではなく、『賢者』と呼べと言っただろうが!」


 そして、最後の戦いは幕を開けた。




















「おおおおおおおおおおおおお──!」


「あああああああああああああ──!」


 揺れる。揺れる。揺らぐ。揺らぐ。

 二人の覇気に、金属が奏で合う重奏音に、地を駆け天を舞う二人の劇場に、耐えかねるように洞窟が振動する。

 優の式神──風牙が『隠者』の首を掻っ切ろうと迫り。『隠者』の式神──同じく剣状の何かが優の喉元に突きつけられ。


 互いに一歩を引き、再び戦闘が始まる。

 魔法など入る余地のない、高速戦闘。素人が入れば、一瞬で塵にされる領域。相手の手を読み、自らの手を繰り出す至高の領域。


「ははははっ!? 流石だよ、素晴らしい。こんな、こんなっ! 心躍る戦いは久しぶりだ! ああ、いい! いいよ! やはり、君との戦いは最高だッ!」


「黙れ……ッ!?」


 勿論、加速領域(アクセラレート)は使用している。制限時間は十分たっぷりだ。何かある、と思っていたからこそ、これを今まで温存することが出来た。

 ──が。これがあっても、勝利できるとは限らない。なにせ、相手は『隠者』──正真正銘の化け物だ。オリジナルを使用した優に匹敵するほどの体術に、圧倒的な魔法知識。それゆえに、彼は会うたびに新たなオリジナルを編み出してくる。

 だから、警戒は怠れない。


「だが……少々いただけないな。君のオリジナル……加速領域(アクセラレート)……使用できる時間が減ったんじゃないかい? ……そう、忌々しくにっくき女を守ろうとしたときにね」


「忌々しい……だと?」


 超速で動きながら、話しかけてくる『隠者』。普段であったら絶対に無視だが……まず、加速領域(アクセラレート)の制限時間について見破られていることと、神薙芽亜──メアに対しての言い草が気になり、つい反応してしまった。


「そうだ……あの女は、必ず僕が殺さなければならない……それが、僕の悲願であり、それこそが僕を次なる一手へと導く。……なのに、それなのに。あの女は更に、僕の宿命にして運命にして最大の好敵手であり、超えるべき最高の壁……君を弱体化させた。許すべきではない」


 色々と看過できない言葉が混じっていたが……やはり、『隠者』は見抜いている。優が天城にすら隠し通してきた、加速領域(アクセラレート)の使用制限の事を。

 今まで十分だったそれは、メアを助けるために無茶をしたせいで──否、それより前の無茶が積み重なり、メアので爆発してしまった。代償は、オリジナルの制限時間の短縮。もう、優は十分全てを使いこなすことはできず、最高で9分30秒がリミットだ。


「……だから、殺す。顔の皮を剥ぎ、骨を削いで、一生悔い改めさせる。この世に生まれてきたことを後悔させる。もう二度と、人間になど生まれてこなければよかったと思えるぐらいに嬲る……それが、彼女への僕の復讐さ」


「お前……」


「だから、君を下し……僕は彼女を殺す。すまないね、これが僕にとっての最善で、最高なんだ。君が彼女を守ろうとしていようが、関係ない。ただ、無秩序に、無感情のままに彼女を葬ろう」


「ふざけるな……ッ! そんなこと、させるものか……ッ!」


 神薙芽亜を守る。それが、今の神代優の行動原理。彼女を守り、彼女の行く末を見守る。それこそが、優に課せられた仕事であり、依頼であり、願い。

 これ以上、彼女が毟り取られなくてはならない道理はない。代償はとっくに支払った。それでも、これ以上彼女から何かを奪おうとするのなら──この『隠者』を倒さなくてはならない。


「それと……お前は一つ間違っているよ」


「──?」


 そもそも、間違っている。

 優のオリジナルの弱体化は──別にメアが原因ではない。確かに、彼女の戦いがトリガーではあったが、根本ではないのだ。


「悪いのは、メアじゃない。むしろ、いつか爆発するって分かっていて、無茶をし続けた俺だ。それ以上も、それ以下も存在しない。……失せろ、『隠者』。これ以上メアを貶めるな」


「そう言うと思ったよ。そうだよね、そうでなければ君でない。君が彼女を助けた。であれば、これ以上彼女にちょっかいを出そうものなら、君は何もかもを破壊する。……そういう人間だからこそ、僕は君を宿命に位置付けたんだよ……」


「これ以上、彼女を馬鹿にするのなら、俺を超えてからにしろ」


「そうさせてもらおう。全ての全力をつぎ込み、君を打倒しよう。僕が編み出した魔法で、君を超えて見せよう。それが君に対する、最高の敬意だと信じて」


 そして、『隠者』はこちらに向かって手をかざし──。


「我は希う。──不変の交わりを持って、地獄の業火で焼き尽くすがいい。──イグナイト」


 獄炎すら超えた炎。まるで炎の波が、優に迫る。

 火元素8.5個で完成する、火魔法の中級魔法、イグナイト。しかも、詠唱の短縮を同時に行う技術の高さには舌を巻くが──それ以上に、気にするべき必要がある。


(あの魔法……既存の魔法よりも、圧倒的に強い……!?)


 そこで、一抹の不安が頭をよぎった。

 そう、最悪の予感が。


「……間違っていない。この空間は、既に僕のものとなっている。僕のオリジナル魔法……魔法領域(マジックフィールド)。僕が唱えた魔法は、この空間内では強化される……君に勝つために編み出したオリジナルだよ」


「規格外すぎだ……ッ!?」


「君に勝つために、捧げられるものは全て捧げた。感情も、何もかも。君という最高の英雄を倒すためだけに。真理と出会った、魔導教典(グリモワール)にすら紛れ込んだ」


魔導教典(グリモワール)……だと? あれは……」


「そう。あれには幾重にもセーフティロックが掛けられている。鍵を持つ四人が揃って初めて、神に匹敵するほどの知識を取り込める……だが、それはできない。なぜなら、神に匹敵する知識を余すところなく取り込めば、人の脳がパンクする。……だから、あくまで表層だ。その知識を、僕は読み取った」


 魔導教典とは架空の本とされてる。なにせ、伝承はあるものの場所が分からず、今に至るまで実物を見た者がいないからだ。だが、全てを紐解けば神にすら到達しうるとされる本だ。どこにあるのかは分からず、そこに辿り着くための鍵は全部で五つ。

 とはいえ、優にも全部が全部わかるわけではない。分かるのは、真理を除いた三つ。

 神代に受け継がれる鍵。安部家に保管されている鍵。生ける伝説『大導師』が持つとされる鍵。そして、居場所不明の一つ。全部で四つだ。

 真理に接続しているのならば、魔導教典(グリモワール)の鍵を開けることは可能だが……それ以上は進めない。かくいう優だって、神代の鍵を持っていないのだから。


「行くぞ、君の墓場はここだ」

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