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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
38/45

34話 生まれながらにしての接続者

 ──真理とは、世界を守るための意識。世界に宿っている意識の事を言う。

 しかし、真理自体の名はそもそも知られていない。なぜか、それは真理という意識はこの世界に生きる人間には触れることも、知ることも叶わない存在だからだ。

 神に等しい、いわゆる概念存在。

 神と同じように、まるで雲のような存在。


 ──だが、そんな存在に出会うことができた者を接続者、と言う。

 メリットは、人間には到達不可能である無詠唱を与えられる……が、その代わりに代償を支払わなければいけない。

 後天的に接続した者──彼らには一様にして何らかの代償が、今も体を苛んでいる。


 ──さて、もしも。

 もしも、後天的ではなく、生まれながらにしてそれに接続している者は。一体どんな力を使うのだろうか。






「おいおいおい……そりゃあ、ないだろ……?」


 思わず、暗殺者はそう呟いていた。

 当然だ。なぜなら、暗殺者が差し向けた、一撃必殺の手は──そのすべてを、塵に変えられていた。

 そして、それを行った張本人は──天城音々は、一歩を踏み出す。体から金色のオーラを出しながら、一歩ずつ近づいてくる。


「お前……それ、なんだ? オリジナル魔法……ってわけじゃあ、ないだろう?」


「秘密ですよ。これを教えるわけにはいかないんです。一応、一つ目の奥の手ですから」


「まだ、他にもあんのかよ……?」


 ──接続者。後天的ではなく、先天的に接続していた者。つまりは生まれながらにして真理と繋がってしまった哀れな少女。

 それこそが、天城音々。後天的な者達と違い──彼女は一定時間真理の力を引き出し、それに近づくことができるのだ。


「それじゃあ、行きますね」


 短く呟いて。

 天城音々は思い切り地面を蹴った。その衝撃で、地面──否、洞窟自体が彼女の力に耐え切れないように、悲鳴を上げた。

 だが──止まらない。まるで神速が如き速度で──時間にして、僅か一瞬で暗殺者の下に辿り着き、手に持っていた武器を振るう。


「くそがあああああ!!」


「流石の反応速度です」


 目にも止まらない動き──しかし、暗殺者は何とかナイフを割り込ませることに成功し……。

 だが、暗殺者は失念していた。天城音々という少女の戦い方を。彼女が、何と言われているのかを──。

 変化する。武器が、直前まで短刀だったそれが、変わる。形状が変化し、リーチが長くなって──剣へと変えた。


「おいおい……マジかよ!?」


「アスカロン」


 恐ろしいほどの身体能力に加え、詠唱を飛ばした無詠唱。

 さしも暗殺者にも分かる。──こいつは、まずいと。背筋に冷や汗が伝い──瞬間的に筋肉に指令が発せられた。つまりは、反射。本能のままにバックステップを踏み、前方から飛来するそれを回避。だが、それでは終わらない。今度は形状を変えた鞭が、うなりを上げて迫ってくる。


「アニマ」


「こりゃあ、バケモンだなあ……!?」


「こんな噂を知ってますか? ギリシャ神話に出てくるペルセポネー……彼女は、冥界の主であるハーデスに嫁いだそうですね……これって、女王に該当すると思いませんか?」


「ああ……?」


 天城音々の言葉を聞いて、暗殺者は怪訝な声を出し──。

 しかし、その疑問は一瞬で潰える。

 そう、暗殺者の視界に、とあるものが割り込んできたのだ。まるで、黒くて手のような何か──。


「お前……人の魔法を……!?」


「どうでしょうか。でもまあ、頑張って暴いてみてください」


「くそ……がああああああ!!」


 黒い手が襲来する。自らと同じ魔法を使われて、少しでも衝撃を受けなかったといえばそうではない。そして、その精神状態は僅かな狂いを生じさせる。徐々に、天城音々が出した手が、暗殺者の手の数を上回っていく。

 ──これはただ単純に、処理の違いだ。暗殺者が一度ナイフを振るうたびに、天城音々の処理数が遥かに上回っているのだ。だから、このまま行けば──。


「流石にそれはまずいっての!」


「逃がすと思いますか?」


「さあ……? どうだろうな……」


 どこか含みのある言い方をする異名殺しに──今度は天城の方が首を傾げる番だった。

 だが──答えはすぐにやってくる。

 視界が、揺れた。捉えているはずの暗殺者の姿がぐにゃりと曲がり──否、天城音々が捉えている光景全てが歪んでいる。

 少しずつ正常な視界を失っていく中──その中で、天城音々は何とかその魔法を解明しようと、頭をフル回転させて。


「精神、魔法……?」


「ご明察の通りってな。どうだ? すげえだろ、この魔法。安心しろよ、効果はすぐに消える。これはあくまで撤退用でね……しかも初見しか通用しないんだ。だからまあ、条件は揃ってたってわけだ」


「ですが……」


 暗殺者は魔法を使う素振りは一切見せなかった。詠唱もしていないはずである。と、すれば──考えられる条件は一つしかない。


「あなたも……?」


「いいや、私は真理とやらには触れていないよ。接続してもいない。こればっかりはどうしようもない領域だろう? 努力しても得られない場所になんか、私は興味がない……って、ああ、喋りすぎたかな。それじゃあ、『女帝』。楽しませてもらったよ。ほんとは死ぬまで殺り合いたかったんだが……ま、またいつか会えるわな。その時の戦闘を楽しみにしてるよ」


「待って……」


 撤退しようと予備動作に入っている暗殺者を追おうとするも、どうしても足が付いてこない。どうやら、暗殺者が仕掛けた精神魔法は視界にだけでなく、体にも作用するらしい。

 揺れて、曲がって、歪んで。まるで丸を描いただけの空間に放り込まれたかのような錯覚を感じながら、天城音々は追うのを瞬時に諦めた。

 なにより、この状態は維持し続けるのも大変なのだ。あまり長くは続けていたくないし、それにこれは切り札でもある。そんなわけで、一度接続を解除し──。


「少し、休ませてもらいましょうか……」


 その場に腰を下ろす。

 こう見えて、結構消耗していることぐらい、天城音々だって理解している。魔力の方は大丈夫だが、久しぶりに使ったために体のあちこちが筋肉痛みたいに痛いのだ。


「優さんとか、メアとかは大丈夫でしょうか……?」


 体に治癒魔法をかけながら、はぐれてしまった者達のことを思い浮かべた。

 神代優は基本的に問題ないだろうが、メアや白神桃華、早瀬雲母などは心配だ。彼らは未だ第三階位でもないし、そこらの魔法士よりも弱い。この洞窟内に、どれだけの魔法士が潜んでいるのかは分からないが、先ほど聞こえてきた咆哮で気づかれている可能性が高い。

 とすれば、今ここで休憩している暇はなく、さっさと向かった方が得策ではある。


(ですが、この地下……想像以上に広い……どれだけ続いているのかは分かりませんが、恐らくこの街全体に張り巡らされている可能性も否定できませんね……)


 だが、そうだと仮定するなら今まで崩落しなかったのが不思議だ。街全体に張り巡らされているのならば、設計の時点で誰かが気づくはずなのに、結局こうなった。

 これは推測でしかないが……やはり、この街はどこかおかしい。あるべきはずの魔力の流れが少しおかしかったり、この地下に関しても謎な事ばかりだ。


(一体、どんな敵がここに関わっているのか……それを調べる必要がありそうですね……)


 だが──天城音々が腰を下ろし情報を整理し始めて約一分後。

 他の戦局の状況を知らせる便りが届き──彼女は急いで戦場に向かうのだった。

























「この程度……がっかり」


「く……は、ぁ……」


「ぐ……なんて、強さですの……?」


 円形の、舗装されたかのような地形は、まるで台風が通ったような地形に変わっていた。

 そして、その中央に。ボロボロになったメアと白神桃華は立つのもやっとな状態でこれを起こした張本人──小柄な少女へと、視線を注いでいた。

 一週間前、メアに完膚なきまでの敗北を与えた少女は、ここでもなおメアに敗北の味を植え付けていく。

 神代優との特訓で、一週間しかなかったけれどそれでも少しは強くなれていたような気は──全て、破壊された。全ての元凶の、少女に。


「まだ、目覚めてないの……? それとも、封印でもされているの……?」


「どう、いう……?」


「あの人も、あの人……どうしてあなたに何も言わないの……? 何をそんなに隠したがってるの……?」


「だから、何を言って……っ!?」


「目覚めていないなら……強制的に目覚めさせるだけ」


「──え……?」


 音速が、メアの横を通っていった。

 ──と同時に、気付けば白神桃華が、壁に思い切り叩きつけられていた。


「はや……い……っ!」


「あなたの大切なものを徹底的に壊せば、どうなるのか……これで、確かめられる」


「やめ……て……」


 本当にそこまでやるつもりなのか、壁に打ち付けられまともに身動きもできない白神桃華を、少女は大剣の腹を使って殴り倒していく。一切の手加減なしに、ただ、無感情に痛めつけていく。


(助け、なくちゃ……っ!?)


 だが、体が動かない。動けない。金縛りにあったように、体が石にでもなったかのように、その場に縫い付けられてしまう。恐れが脳の命令を止め、恐怖が手足の感覚を奪い去っていく。止まらない。止まらない。際限なく、限りなく、恐れが、恐怖が、限りある全ての感情が……メアの体を覆っていく。

 ──勝てない。今のメアでは、勝つことは不可能だ。できない。できるはずが、ない。

 そもそも、メアに何ができる? まともに戦えない。魔法も初級しか使えない。治癒魔法も会得していない。この場を覆す切り札を持っていない。


(なんで……どうして……私は……変わるんじゃ、なかったの……っ!?)


 変わったはずだった。恐怖に体を支配されながら、そんな感慨を抱く。

 自らが師と仰ぐ神代優に言われて、認められて、変わったはずだったのだ。でも、違った。そんなのはまやかしだった。幻想でしかなかった。

 ──なにも、変わらない。神薙芽亜は、昔から何一つ変わりはしなかった。結局、メアは仰ぎ見るしかないのだ。


 ──別に、及ばなかったのは恥ではない。むしろ、称賛されるべき言葉だ。


 弾かれるように、顔を上げた。それは、メアが尊敬する人から送られた賞賛。

 この一か月間、メアは神代優と過ごしてきた。だからこそ分かるのだが──彼は不器用なのだ。自分の感情を伝えるのが、極端に下手くそなのだ。

 そんな彼が送ってくれた賞賛を──無駄にするのか。


 ──何もできないってことは……恥じるべき行為だ。


 ドクン、と。心臓が跳ねた。どうしようもないくらいに、脈拍が上がっていく。

 体が熱い。血が全身に巡り、体に活力がみなぎってくる。恐怖はいつの間にか姿を消して、代わりに体を支配するのは、憧れだ。

 メアが、初めて憧れた人。そして、メアに初めて目標を持たせてくれた人。


 ──追いつくと決めた。絶対に追いついて、彼のようになりたいと決めた。彼のように、誰かの心を照らせる英雄になりたいと決めた。

 ならば、きっと、取るべき選択は決まっていた。

 ──滾れ、滾れ、滾れ。漲れ、漲れ、漲れ。燃やし尽くせ、燃やし尽くせ。体に残っている力全てを、この魔法につぎ込め。

 今はまだ、メアは彼女に勝てないどころか、足元にも及ばない。だが、だけど、それだけで怯む理由にはならない! 

 

「……やる気に、なった……?」


 いつしか、メアは立っていた。体中を埃まみれにして、ボロボロにして、それでもなお立ち上がった。

 息も絶え絶えに、大剣を振るうのを止めた少女を見据えて──。


「あなたは、どうして……」


「悲願のため」


「そんなことのために……」


「そんなことじゃない。その悲願を達成しなければ……私は、私達は」


「……私は、あなたに勝てないよ」


 悲願という言葉を口走り、憎悪を──否、メアでは測り知ることの出来ない感情を見せられて、メアは遂にそう認めた。自分の中では思っていても、決して語ることのなかったそれを、今。

 メアの予想外の言葉を聞いて──少女は驚いたような顔を向けて。


「あなたの性格は、負けず嫌いで、恐怖に支配される小さな少女……なのに、どうして、そんなことが認められる? あなたの悲願は? 見栄を張り続けるんじゃなかった? ……弱さを、認めないのが、あなたでは……」


「私は、弱い。この場の誰よりも、弱い。でも、それでも……なにもできないわけじゃない! 恥じるべき行為を私は覚えているから!」


 この場で恥ずべきはなにもしないこと。恐怖に支配されたまま、ただ指を咥えて見守っているだけ。

 弱いことは恥ではない。ならば、受け入れよう。認めよう。弱さを、悔しさを、メアが大嫌いなそれら全てを。

 ──追いつく。絶対に、追いつく。メアに道を教えてくれたあの人に。全てを糧とし、メアは前に進もう。弱さを認めず、苦し紛れに進んでいた──否、進んでいたかどうかすら分からないあのころとは、もう違う。


 ──神代優の英雄としての本質を問うならば、彼は強い弱いに関係なく、全てを救い上げる者。一人だけで無感情に人を救う化け物。一人で、尚且つ限定的な状況でこそ、彼はその真価を発揮する。

 だが、神薙芽亜に本質を求めるのならば──彼女は、自らの弱さを受け入れ、前へと進む人間。誰かと共に戦うことでこそ、その真価を最も発揮する。


「我は希う。──燃えよ燃えよ燃えよ。──咲け咲け咲け。吹雪く桜、散る花々よ。代償は支払った。ゆえに煉獄より来たれ。全てを焼き尽くし、魅了する火よ! ──桜花繚乱!!」


 それは、メアが初めて作り出した魔法。桜をイメージして作り出した、予測不能な動きを見せる魔法。

 メアの全ての魔力を全てつぎ込み、放った魔法だ。効かないはずが……。


「その魔法は知ってる。相手に予測を成り立たせない面倒な魔法……だけど、それが通用するのはあくまで初見時だけ。知られれば……意味がない」


 ──否、メアの思惑は外れた。

 メアの全霊を込めた魔法を少女は難なく躱していく。そう、もしも、メアの魔法が通用するようにするのならば──。

 この場にいる、もう一人の少女の共闘が必要になってくる。


 ──そして、メアの魔法が放たれて数秒後。白神桃華は、背中を壁に寄りかからせた状態で目を覚ますのだった。


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