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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
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33話 真理

「ま、何するか分かんねえが、義理は通さなきゃいけねえわな」


「邪魔を、するのか……天神氏政」


「正直、俺もそれに賛成なんだがよ……一応、建前ってのがあってね。複雑なんだわ、こっちもな」


 当然、優も邪魔してくるだろうとは思っていた。なぜなら、相手は天神家だ。優を妬み、恨み、嬲り殺そうとするほどの家だ。どちらにせよ、人目がないところで行うわけだったので、一石二鳥とでも言えばいいか。


「てなわけで、一つ行かせてもらうぜ、神代優。なあに、大丈夫さ、俺は弱い。あのジジイに比べりゃ、三段ぐらい落ちる。だが……負ける気もさらさらねえわな」


「雲母……少し下がっていてくれ。決着を、つけないといけないみたいだからね」


「う、うん……」


 雲母を下がらせ、一対一で面と向かう。

 天神家──魔法を使わない、純粋な体術を極めた、武道色が強い家としても有名だ。恐らく、ボクシングなどの大会に出しても、優勝するぐらいには鍛錬を積んでいる。

 さらに、そこに強化(エンチャント)を施すのだ。どう表現するのかという次元を遥かに超えている。


「行くぜ、『愚者』」


「来い」


 短く、言いあって。

 互いに地を蹴り──風圧が、両者の頬を撫でて、互いの拳が掠めていく。一歩も引かない、ぶつかり合い。退くことを知らない戦闘。

 振るわれる拳。蹴り上げる足。純粋な体術のみで戦闘を築き上げていく。

 氏政の繰り出した拳が、優の腹に抉りこまれ。代わりに、優の拳が頬を捉える。

 ──一進一退。互角の攻防。


「ああああああ──!!」


「おるらあああああああ!!!」


 咆哮が交錯し、拳が炸裂し、足がうなりを上げる。

 だが──長く続くことはない。未来を予測するに近い観察眼を持ち合わせた人間と、それを持っていない人間とでは、差があり過ぎるのだ。

 今はなくとも、いずれその差は如実に表れてくる。


「なぜ……?」


 互いに殴り続けた後。優はそんな風に呟いた。無論、目の前で同じように肩を揺らしている氏政に向けて。

 だけど、氏政はさも当然のように──。


「当たり前だろうが。自分(てめえ)が巻いた種だ。なら、俺が刈り取るのが礼儀ってもんだろ」


「お前か……彼女を、雲母を天神から逃したのは」


 ようやく悟った。

 優もおかしいとは思っていたのだ。早瀬雲母が、どうやって天神から逃げ出せたのかと。

 ──だが、内部に協力者がいたのなら話は別だ。それは容易に達成せしめられただろう。なにせ、天神氏政はかの当主が少なくとも、私兵よりは信用している人間なのだから。

 

「どうして、逃がしたんだ。どうせすぐにバレるって分かっていたんだろう?」


「そりゃあ、まあな。ギリギリで見つかんなかったが……あとでボコボコにされたね。あのクソジジイに。だけどまあ、後悔はねえよ。これが俺のしたかったことなんだからな」


「全く……」


「はは、照れるね。ま、だからって手を抜くなよ。俺は、てめえを阻む壁なんだからよ」


「そんじゃあ、もう喋る必要はねえよな。それじゃあ、行くぜ」


「待て……」


 語るべき言葉は告げたと言わんばかりに、氏政は再度構えを取るが──その前に、優が待ったをかけた。


「どうして、強化(エンチャント)を使わないんだ?」


「──」


 氏政が本当に勝つつもりなら、彼は魔法を使うべきだ。なのに、拳に付与せず、生身のままで戦っているのだ。

 ──そこから導き出されるのは、彼は勝つつもりがないということだ。

 恐らくは、天神家に属する者として、戦わなければいけないのだろう。


「ふざけるな……氏政ぁ! お前、自分の失態は刈り取るんじゃないのかよ!」


「んなことたぁ分かってるさ。だがな、結局形ってのが必要なんだよ。奮戦したけど、負けましたってな。……これが、社会ってやつだよ。なんもかも捨てて、誰か一人を守るってのは俺にゃ出来ねえのさ。……守るべきもんとか、色々やらなきゃいけねえことがあるからよ」


「そうじゃないだろう……!? そういうことではないだろうが! お前もか、お前もなのか!? 自分には無理だって、心を閉ざして、不可能だって道を閉ざして……違うだろうが、そうじゃないだろうが。自分のやりたいことを、どうして妨げられなければいけないんだ。そんなに難しい事か!? 一人の少女の味方になることは!」


「──」


 わざと負けて、雲母を助ける選択をした。

 きっと、それが彼──天神家に属する者としてのけじめであり、運命。

 ──ふざけるな。許すものか。許していいはずがない。

 優が憤ったのは、こういうことに対してじゃないのか!? 優が怒ったのは、こんな社会に対してじゃないのか!? 


「──なれよ、なっちまえよ! 自分を律するな、しょうがないって納得するな、道を、可能性を否定するな!」


「──もう、許されねえよ。俺はな」


「くそが……!」


 どいつもこいつも、みんなみんなバカばっかりだ。自分の道を閉ざして、自ら袋小路に進んでいく。

 ──不可能を不可能だと割り切って。

 ──全てにすり潰される誰かの命も、運命だからしょうがないよって言い続けて。

 そうやって、何もかもを諦めて。

 ──その先に何があるというのだ!? 結局、人の人生は後悔しかついて回らない。ならば、やれよ。やるという道を掴めよ。後悔するなら、やって後悔する道を選べよ。なんで、それだけのことを諦める必要があるのだ!? 


「天神氏政……お前は、間違っている!」


「分かってるよ、こっちだってなあ!」


 だが、ここで初めて氏政が反論する。

 

「どう考えたって、この流れを見りゃあ、そっちが正しいなんてこたぁ分かるんだよ! でもなあ、でも……! 俺が裏切ったら、あいつはどうなる……!? いくら孫だからって、許されんのか!? 婚約者が天神から離反して! それで、あいつが死んだら……!」


「……二つを天秤にかけて、どっちが正しいかを選んだのか……」


 きっと、それは天神氏政の本心だ。嘘偽りのない、本当の想い。本当は、彼だって助けたい。

 当然だろう。後にバレると分かっていて、それでもなお早瀬雲母を救ったのだから。そんな彼が、こんな道を選ぶはずがない事ぐらい、優にだって分かっている。


「……なら、不可能を可能にしてやる。どれだけ確率が低かろうと、可能性がゼロパーセントになることなど、ありえないのだから」


 早瀬雲母の身柄を安全圏に預けて、尚且つ彼の守りたかったものを守る事。

 不可能かもしれない。だけど、やる価値はある。なぜなら──。


「俺は、『愚者』だ。……あのジジイの思惑なんざ、乗り越えてやる!」


「お前……」


「天神氏政。そこで見ていろ。必ず、全部救ってやる。まずは、雲母からだ」


 そう言って、彼女の下へ行く。その顔に、不安を浮かべている彼女の下へ。

 ──手を差し出す。かつて、そうやって誰かの手を掴んできたように。


「真理よ。──今、そっちに行く。扉を開けておけ」


 そして──。


























『来たのね……私の、可愛い可愛い子供達』


 真っ白な空間だった。地面もなく、空もなく、海もなく、全ての物質もない。あるのは、空間だけ。目を凝らしてみても、周りには何も見当たらないそこに。


 優は雲母と共に立っていた。


「久しぶり、と言えばいいかな? ──真理」


『ええ……数年ぶりかしら。またあなたに会えてうれしいわ』


 真理。──即ち、魔法士が辿り着くべき最後の世界。世界に宿る、世界を存続させるための意識。


「さて、話は知っているな? ──鍵を渡せ」


『勿論、構わないですが……いいの? その先は、あなたでも……』


「いいからよこせ。──助けるべき人が居るんだ。お前に構っている暇はない」


『……いいでしょう。お渡しいたします。……どうか気を付けなさい、私の息子』


「お前は、俺の母じゃないが」


『いいえ。この世の生きとし生ける魔法士は、全て等しく私の子供です』


「ち──」


『それと、先ほど天城音々が来ていきましたよ? あなたが、守るのではなかったのですか?』


「黙れ。お前に何かを指図されるいわれはない。もういい加減、黙っていてくれないか」


 話すだけ無駄だ。今なお話しかけてくる概念存在に無視を決め込み──そして、その名を叫ぶ。


魔導教典(グリモワール)。我は、その知恵、知識を求める。代償に払うは、俺の感情。──神代の名において、命ずる。開け」


 そして、優の意識は知識の渦に潜り込んでいった。







 ──そこは、情報の渦だった。

 優が欲しい情報と、要らない情報。少しだけ覗いて、即座に切り捨てるか否かを判断する。

 ──綱渡りだ。これほどの大量の情報を人の中に入れれば、間違いなく人の脳は破裂する。優であっても、この書の全てを知っているわけではない。

 何のために生まれて、何のために保管されたのか。

 しかも、驚くべきはこれで完璧ではないということだ。魔導教典は幾重にもセーフティロックが掛けられており、一つの鍵を破った所では奥までは見渡せない。


 ──優が欲しいのは、魂に関しての情報。魂の融合がどんな過程で行われ、現状どうなっているのかを知る必要があるのだ。それを理解すれば、その術式の全てを理解すれば、少なくとも彼女を助けることは可能だ。

 ──ただし、それまでに優の脳が持てばという条件付きだが。


(脳内の情報を切り捨てるのには慣れてる……加速領域(アクセラレート)を使ってる時と何ら変わりはしない……)


 あくまで、この空間に居られるのはつまるところその恩恵が大きい。彼がもしも、その魔法を使い慣れていなかったら、既に詰んでいる。それほどの莫大な情報だ。

 情報の渦を躱し、情報の海を彷徨い、僅かに過ぎない可能性の糸を探し進む。まるで、砂漠で1円玉を見つけるがごとく。言い換えれば、それほど可能性が低いということだ。

 だが、諦めるわけにはいかない。必ず、救い出すと決めた。命に代えても、彼女を助け出すと決めた。


 ──何もかもを諦め、泣き叫んで、それでも消えることすら許されなくて。そんな苦しい世界を味わった少女がこれ以上苦しめられるいわれはない。

 そして──。


「見つけ、た……」


 探し求めた情報。それを探し当て──すぐさま脳に放り込む。術式を理解し、咀嚼し、すぐさま応用できるように。

 魂を融合できるということは、それ即ち乖離させる方法もあるということだ。この世の全ては、そんな風にできているのだから、当然だ。

 そして、弾き出す。術式に必要な魔力量。何の元素が必要で、どんな工程を行えばいいか。そのすべてを。


(可能だ……けど、俺の魔力量じゃあ足りない。それこそ、何人分もの魔力量だ……っ!?)


 魂の融合ほどの大魔法となれば、それこそ多くの魔力が必要になる。当然の帰結と言えばそうだが、それほど多くの魔力量を用意できるわけではない。陰陽党の支部を巻き込めば、確保は可能だが……それでは、その後の秘匿に関わる。

 全てが終わった後、彼女には地方でひっそり暮らしてもらうのだ。彼女に関わる人間が多くなれば多くなるほど、秘匿が難しくなってくる。

 ──となれば、リスクを払ってでも……。


(いや……いや! ある、あるじゃないか。たった一つの方法が)


 神薙芽亜。彼女ならば、それほどの魔力量を用意できる。必ずだ。

 つまり、これからの行動は決まったようなものだ。


(メア──君は今、どこにいる?)

























「白神さん。取りあえず、どうする?」


 そして、メアは気絶した魔人──武田武蔵を長谷川祥子の隣に座らせ、あらかた治療を終えた白神桃華へと話しかけた。


「そう、ですわね……先ほどまでならここに留まるという選択肢もあったのですが……もう、ここは割れている可能性が高いですわ。咆哮を聞きつけて、追手がやってくるかもしれませんの」


「でも、それだと」


「ええ……咆哮に気づいた、天城音々や神代優が来る可能性も否定できませんわ」


 となれば、どっちにせよここで待つしか方法はない、ということだ。これが今での最善だ。

 とにかく、少し息を整える。

 先ほどの戦いで、メアはすっかり消耗してしまった。生か死の極限での戦闘。まだ経験の浅いメアにとって、その緊張感は初めてのものであり、容易に精神を削られていったのだ。


(魔力は……まだある、か。まあ、心配するほど魔法使ったわけでもないんだけど……)


「──神薙芽亜。見せてくださいまし」


「──?」


「だから、怪我を見せてくださいまし!」


「──え、あ、うん……?」


 なんだか顔を真っ赤にして吠えられてしまったので、仕方なく白神桃華に見せると──。


「あ……」


 光が、眩い光が視界を覆った。

 温かい光だ。まるで、温もりのように怪我にしみこみ、あっという間に怪我を塞いでいく。

 ──治癒魔法だ。白神桃華が、メアのために治癒魔法をしてくれたのだ。


「──借りは返しましたわ」


「借り……?」


「い、言わなくても分かるでしょう? ……私を助けに来てくれたことに、対してですわ」


「あ、ああ……ありがとう、白神さん」


 なんだかんだ言いつつ神薙芽亜の裂傷を全て治療し、またメアの隣に腰を下ろす。

 強がってはいるが、どこか不安な部分もあるのかもしれない。とはいえ、それはメアも感じている事だ。さっきはなんとか退けられた。だけど、戦力的な意味で言うなら、負けは必定だった。そして、先ほどの戦闘の余波が届く位置に敵がいたら……とどうしても考えてしまうのだ。


「ねえ……白神さん。嫌な事聞くようだけど……捕まってた間、何もなかったの?」


「ほんとうに、嫌なことを聞いてきますわね」


「ご、ごめん……でも、もしも何かあったら聞いた方がいいかな……って」


 メアの経験上、自分で溜め込み過ぎるのはよくない。なにか苦しいときは誰かに話したほうが楽になる部分もある。

 それを、メアは知っているのだ。


「結論から言えば、あなたが想定していることは、何もありませんでしたわよ。……されかけそうになったのが確かですが……私を捉えた暗殺者が、助けてくれましたの」


「暗殺者が……?」


「ええ。迫ってくるそいつの頭に手刀を入れて……」


 どういう、ことだろうか。今までメアは、というか優などは完全に工場長が雇ったものだと思っていたが……そうなると、成り立たない。暗殺者が依頼人に歯向かうなど、聞いたこともない。


「……まだ、何かあるかもしれませんわね。そう、何かが──っ!?」


「──っ!?」


 白神桃華がそんな風に言った矢先──背筋に、悪寒が走った。同時に、弾かれたように座った姿勢から立ち上がり、彼女らを射貫く視線──闘志を溢れさせてくる何かを凝視する。

 そして──。暗闇の奥に現れるは──。


「あなたは……」


 メアの声が、いつの間にか出ていた。

 だって、メアの前にいるのは──。


「神薙芽亜。裁定の時間……」


 フードを目深に被った、メアよりも一回り小さい少女。しかし、そう感じさせないのはきっと、その少女の背中に背負っている大剣のせいだろう。自らと同じくらいの背丈の大剣。

 少女は、それだけを呟いて──。


「あなたが、どれだけ成長したか。……本当に、器たるのかを、見極めなくてはならない」


「──っ!」


 背中に背負っている大剣を取り出し──以前の戦闘と同じように、暴風がまき散らされた。


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