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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
35/45

31話 伝えたい言葉

「はあ……はあ……」


 時は数時間前に遡る。

 陰陽党支部に配属されている少女──長谷川祥子は謎の洞穴の壁に手を置いて、休んでいた。

 携帯がないため、正確な時間は知れないが……既に朝日が昇る時間だろう、と納得しておく。

 本来ならば、彼女は今日も怨霊を退治するために行動していたのだろう。

 数日前に出会った少女──神薙芽亜や、謎の金髪少女白神桃華、そして化け物へと変化してしまった武田武蔵と共に。

 ──そう、長谷川祥子がここに居るのもそれが要因だ。

 彼女の目の前で、変化してしまった武田武蔵をどうにかするために、ここに来たのだ。

 もう二度と、間違えないように。

 彼女なりの誓いを持って、やってきた。


「追跡魔法は、ここで途切れてる……てことは、この先は魔法が使えない……?」


 武田武蔵──否、化け物は周りの家を薙ぎ払い、消息不明になった。のだが、見失う前に祥子は一つ手を打っておいたのだ。武蔵を見失わないよう、追跡魔法をかけて。

 これもこれで万能である。ただし、あくまで祥子が追跡というか位置が探知できるのはモノのみに限られてしまう。だから、武蔵に一つ忍ばせておいたのだ。それを辿って、ここまで来たのだが……。


(あの状態の武蔵に、それが分かった……? ううん、信じられない。とすれば、魔法が機能停止するか、もしくは協力者が……)


 あるいは、その両方か。

 それを思い立った時、祥子の体が恐怖に支配される。

 ──怖い。恐ろしい。どうしようもなく、怖い。

 目に見えない敵。何を考えているのか分からない敵。相手がどんな策を持ち、どんな罠を張っているのか。考えだしたらきりがない。

 でも、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 ──あの時、長谷川祥子は罪を犯した。終わったことに気を取られ、今を失うという、最大の失態を。

 その結果が、あれだ。自らを庇い、祥子がなるはずだった化け物へと変貌してしまった。

 ならば、償わなければいけないだろう。何があっても、どうあっても、しなければならないのは自分だ。彼を倒し、正気に戻すのだ。


そして、辿り着く。大きな空間だった。全長は祥子には知りえないものの、陰陽党支部に用意されている同情よりも遥かに大きい。

 その奥。鎮座するは、化け物へと変じた武田武蔵だ。


「武蔵……」


『……』


 きっと、もう届いていない。声も、何もかも。

 あの中にあるのは、恐らくは何かを純粋に求める思いのみ。それ以外の煩わしいものを全て捨てた状態だ。声など、届くはずがない。だが、それでも、やらなければならない。


「武蔵……聞こえてる?」


『……』


「武蔵……お願い、聞いて……」


 それは、懇願に近かった。

 ──信じたくなかったのだ。この街に来てから、初めて出会って仲良くなった少年がこんな風に成り果て、もう、喋ることはないのだと。もう、声が届かないのだと。

 信じたくなくて、追いすがって、自分の罪だと呼称して、ここまでやってきた。

 だが、それは果たして最善手か? むしろ、悪手じゃないのか? 自分一人で勝てるようなら、そもそも駅の時点で決着はついていた。


「そっか……私、ただ逃げてただけなんだ……」


 そこで、ようやく自分の醜い感情を悟った。

 ──そう、逃げていただけなのだ。全てから、逃げていただけ。武田武蔵が変貌したのならば、助けを求めるべきだ。なのに、そうしなかった。それはつまり、自分の失態だと思われたくなかったから。自分の失態だと思いたくなかったから。

 長谷川諒子が死んだのも、悪い予感を伝えきれなかった自分のせいではない、と心の中で思っていたのかもしれない。だから、あの時、祥子は甘言に乗せられそうになった。否、乗せられた。

 都合の悪い真実から逃げて、逃げて、逃げて、逃げた。責められたくなかったから。お前のせいだと非難されたくなかったから。

 また、長谷川祥子は間違ったのだ。


「でも……」


 もうそれは終わりにしないといけない。

 人の性根はすぐに治るわけではない。だが、それでも、一歩を踏み出す必要があるのだ。

 もう、逃げたくはないから。都合の悪い事から目を逸らして、誰かの責任にするようなことはしたくないから。


「武蔵……お願い、聞いて……武蔵!」


『aaaaaaaa──』


「ごめんね……? 私が、弱かったから、そんな風に……。ねえ、戻ってきてよ。お願い、お願いだから……」


『──』


 ──しかし、それは本質ではない。彼が何に苦しみ、何を後悔していたのか。

 ──祥子がそれを理解しない限り、この場は収まらない。

 祥子の声に抗議するように、雄たけびが迸る。洞窟が揺れ、大気が震える。足を動かすたびに、地面が流動し、体が恐怖に押しつぶされそうになる。


「く……武蔵!」


『aaaaaaa──』


 そして、長谷川祥子の間違いを断罪するかのように。

 武田武蔵の、否、化け物の手が振り下ろされた。


























「白神さん!」


「ええ、分かっていますわ!」


 武田武蔵を前にして、怯むことはなかった。むしろ、共通の事項を持ったことにより、連携がしやすくなったとさえ言える。

 ──最優先目標は、長谷川祥子を助けること。次点で、武田武蔵をどうにかすること。

 なんにせよ、武田武蔵の処遇は今ここで決めなければならない。倒すか、それとも──。


 まず、前もって準備しておいた護符を引っ張り出し、水魔法の初級魔法──アクアを放つ。

 勿論、聞くとは思っていない。どうせ、防がれるのを前提とした魔法だ。だから──。


「我は希う。──氷結せよ、フリーズ」


 ──高等技術である詠唱の短文化。白神桃華の奥の手。研鑽を重ねた果てに手に入れた手法を存分にひけらかし、それはメアの放った魔法──アクアの後を追うように進んでいく。


『aaaaaaa──!』


 当然、相手はその魔法を打ち祓い、そのまま殴りかかろうとして──。

 ──突如、霧散した水分が凝縮し、武蔵の手を凍りつかせた。

その瞬間を狙って、メアは武蔵の懐に潜り込む。地を這うような姿勢で、地面を蹴り真っすぐに進んで──長谷川祥子を掴んでいる手を目がけて。


「やああああああ!」


 裂帛の気合と共に、自らの拳を打ち出す。勿論、微々たるものではある。ダメージを与えられているかどうかと問われれば、正直頷けない。だが、それでいい。なぜなら、メアの目的はダメージを負わせることではないのだから。


 一瞬、ほんの一瞬。武蔵の意識が別の場所に向いて──そして、メアはその一瞬を見逃さなかった。

 更なる連撃を手に向けて繰り出し──ようやく、彼女を掴む力が弱まってくる。だが、完全になくなったわけではない。だから──。


「白神さん!」


「勿論、ですわ! 我は希う。風よ、荒れ狂え! ──アニマ!」


 それは、風元素5個で完成する風の初級魔法に分類される魔法。まるで、蛇のようにうねり、大気を彷徨い──正確に、的確に、握る力が弱まった拳の隙間を通り、気絶している長谷川祥子を連れ去った。

 奥で白神桃華が受け止め、治療するはずだ。ならば、自分のするべきことはなにか。──決まっている。


「──っ!」


『aaaaaa──!』


 そして、再び対峙する。今度は一人だけで。何の支援もなしに、メアのみで、この人と。

 一度、大きく息を吐いて──。


「私は──負けない!」


 そして、戦いに興じていく。







『aaaaaaa──!』


「ああああああ──!」


 咆哮が、木霊する。洞窟内に響き渡る。メアと、武蔵の戦闘が入り乱れ、曲想を描いていく。

 武蔵の攻撃がメアの頬を掠り、洞窟を削る。強化(エンチャント)した拳が武蔵の膝を掠めて、地面を崩壊させる。

 一進一退。互いに退くことを知らず、全身全霊を傾けていく。


 ──未来予測。動く前の予備動作を一瞬で見切り、相手の行動を予測し避けるという、神代優が使う技術。とはいえ、メアではこれを扱うことはできない。だが、今この戦いではそれができていた。

 これも全て、神代優の指導のおかげであることは間違いない。

 ──予備動作だ。今の武蔵の予備動作は、素人であるメアであっても読みやすい。相手が彼だからこそできる芸当だ。


 だが、これでは根本的な解決にはならない。

 ──どうにかしなければいけないのだ。武田武蔵を。どうにか、彼を正気に戻さなければいけない。

 ──考えろ。考えろ。考えろ! 

 全力で相手の攻撃を避けながら、全神経を注いで動きに着目しながら、状況を打破できる一手を。

 そして──。


『aaa、ああaaあ──?』


「──っ!?」


『naんで……なんde……俺ha……』


 それは、一人の少年の声だった。

 嘘偽りのない、彼自身の声。──そして、その言葉の先を、彼の願いを、メアはよく知っている。

 ──なぜなら、メア自身が求めてやまないものだからだ。


「──強く、なりたい……それが、あなたの願いなんだね……」


『──』


 聞き入るように。その化け物は何も語らない。

 まるで、メアの声を、言葉を聞くかのように静けさが洞窟内を包み込む。


「……分かるよ、その気持ち。だって、私もそうだから……」


 彼女も、焦っていた。力が欲しいと、強くなりたいと。足掻いていた。

 誰も認めてくれず、誰も伸ばしてくれず、誰も教えてくれなかった。光も何もない中で、ただ一人で前に進むしかなかった。それがどれだけ苦痛で、辛くて。まるで、道しるべのない迷路を彷徨うかのようなものだ。突破口なんて見つからない。

 ──でも、違った。居ないと思っていた誰かは、居たのだ。メアを肯定してくれた人が、居たのだ。

 ──自分は強くなれると。

 ──届かないかもしれない。だけど、メアは諦めない。もう、諦める気はない。

 だって、肯定してくれたから。迷路を彷徨って、足が潰れて、擦り切れそうな場所にいた自分を拾い上げてくれた誰かがいた。だからもう、メアは安易な道に流れない。


 ──だからこそ、伝えるべき言葉は、伝えたい言葉は決まっていた。


「諦めないで。前に進むことを。──あなたを肯定してくれる人は、必ず居るんだから」


『……』


 強さを求め、答えのない出口のない迷路を彷徨っているのなら、道を、光を差し伸べる。かつて、メアが陥っていた循環から抜け出させるために。


「辛いかもしれない。怖いかもしれない。──でも、恐れないで。一歩を踏み出すことを」


 かつて、天城音々がメアに向けて言った言葉。それを、今彼に伝える。


「その道は、誰が望んだの? その選択は、誰かが肯定してくれたの? その夢は、本当になくちゃならないの?」


『……おれ、は……』


「強くなりたい気持ちは理解できる。だけど、その道のりが一人だったら……何の意味もないよ。大事なのは、結果じゃない。過程なの」


 結果だけを求めていたメアに、過程の重要さを教えてくれた優の教えを思い出す。努力を抜かし、前へ進もうとしても、結局どこかで躓く。立ち直れなくなってしまう。だから、必要なのは過程。努力したという、それこそが大事なのだ。


「思い出して。──あなたを想ってくれる人を。長谷川さんも、支部の皆さんも、みんなあなたを大事に思っていて、皆一緒に成長したいと思ってる」


『……』


「絶対に強くなれる、とは、私には言えないよ。だって、確実な事なんて何一つないし、努力は必ず実ってわけでもないから。……でも、それでも、言えることはあるよ。──その道は間違ってるって」


『……間違い……』


「だから……もう、やめよう?」


 それを聞いて、化け物──否、武田武蔵は膝をついた。まるで、もう戦闘の意志はないと言っているかのように──。


『ずっと……夢を見ていた。強くなって、誰かを守りたい……そう思っていた』


「……」


『でも、俺には何もなかった。何もなかったんだ……どれだけ努力しても結果なんてついてこなかった。……だから、何時しか思うようになった。努力なんて、魔法なんて……って。でも、違うって言うんだな。大切なのは、結果じゃなくて過程だって……』


「うん……」


 ある意味で、それは残酷な答えだ。

 だけど、武田武蔵はそれに納得したかのように頷いて──。


『ごめん……皆』


 そうして、戦いは幕を閉じた。


























「イグニス……」


「くそ……」


 既定の威力を大幅に超えた炎弾が、優の鼻を掠り、洞窟の地形を変えていく。

 ──それよりも、驚くべきことはあるが……今はそれよりも気にすべきことがあった。


(威力が桁違い、か……! 流石は魂の研鑽を何度も施してきただけある!)


 魂の研鑽とはつまり魔力の研鑽に他ならない。魔法の威力が上がるということだ。何代融合させたかは知らないが、これほどであれば……恐らく、既に10代以上は軽く超えているだろう。


「雲母……尋ねたいことがある。……自分の自我は、いや、自分という意識は一体何分持っていた……!?」


「……もう、ない」


「……っ!? じゃあ、今この瞬間だけでなく、俺が今まで接していたのも早瀬雲母という人格ではなく、混ざり合った人格だと!?」


「正解……」


「最初から……っ!」


 魂を融合させてできたのが早瀬雲母という人格。だが、それは正しい表現ではない。

 それだけの魂を融合して、自我など保っていられるものか。不可能だ。何人もの人格が耳元で囁き、自分という存在を狂わせていく。

 生きながらの地獄だ。

 ……ようやく、本当の意味で、彼女が助けてと言った意味が分かってきた気がする。


「……言えよ、言えよ! 早瀬雲母ぁっ! 自分すら分からなくなるような地獄から助け出してほしいって。最初から! 言わないと、分かんないだろう!?」


「……私は」


「馬鹿みたいに、我慢して……何になるんだ!? 苦しいなら、言えよ! 助けてって、言えよ!」


「そんなの、私だって分かってる! でも……でも! 魂が、叫んでくるの! 天神のために、全てを投げ出せって!」


 ここに来て、初めて早瀬雲母は大声で返す。

 

「自分で決めた事でも、それは本当に私が決めた事なの!? 今こうして話している私は、本当に私なの!? ……分かんない、分かんないよ! 誰か、助けてよ! 誰か、本当の私を見つけてよ!」


「雲母……」


「その名前で呼ばないで!? 私は、私はぁぁあああああ!!」


 度重なる魂の研鑽は、弊害を生み出す。副作用の一つ、ということだろう。魂が融合してしまったことによる自我の消失、または融合。疑心暗鬼。どうしようもない不安に駆られ、今過ごしているのが自分であるのかすら分からない恐怖。自分という存在が足元から瓦解していく恐ろしさ。

 ──それらに、彼女は耐えてきたのだ。足元から這い寄る不安をかき消して、消そうとして。だけど、ダメだった。自分の中に宿る何かには抗えなかった。

 ──きっと、それが原因なのだろう。彼女が無口なのは。

 例え、自分の心から湧き出た言葉であっても、果たしてそれが本当なのか。それとも、混ざり合ったゆえでの言葉なのか。判別がつかないからだ。だから、喋らなかった。


「……早瀬雲母。本当の君は、そこにいるじゃないか」


「何を、根拠に……? こんな風に喋っている私でさえ、本当かどうかも分からないのに!?」


「そんなのは論じるだけ無駄だろう。……君のそのすべてが、君を構成する全てが、早瀬雲母と言う少女だよ」


「そんなの……そんなの、違う! 私は、人間じゃない!」


「人間だよ。そんな風に迷って、悩んでいる人間のどこが人間じゃないって言うんだ」


「──っ!」


「早瀬雲母。……君は言った。私を助けて、と。……そして、俺は受けた依頼は必ずやり通す主義でね。──来い、俺が、助けてやる」

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