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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
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30話 相まみえる者

『…………』


 生まれたのは、光が眩しい世界でだった。──正しくは、その人格、と言うべきものだが。

 体だって大人に近いものだし、声や脳も大人に近い。だけど、心だけは、人格だけは生まれたばかりの赤ちゃん同然であった。

 それは、一度手を見る。手を開閉する。口を開く。音を出す。足を動かす。立ってみる。

 ──自らの脳にインプットされた行動を繰り返し、ようやく、それは安堵を抱いた。

 今回は、成功だと。今度は、死ななくていいのだと。


『は、はははははは!! おい、見ろ! 成功したぞ! よし、早く早雲様を呼ぶんだ!』


 それをいついかなる時も見守っていた研究者は、歓喜の声を上げた。


『おいおい……マジかよ。とんでもねえやつができちまった……ってか』


 それを度々見に来ていた、男は引きつった笑顔を浮かべていた。


『…………』


 辺りを見渡す。インプットされていない行動だが……それでも、状況を確認してみたかった。自分がどんな部屋で生み出されたのか、それを、知りたかった。


『悪いが……そこには何もねえよ。親父が、そういう風に設計した。無機質極まりない部屋だ』


 確かに、男の言う通りだった。それが座っているベッド以外、装飾と呼べるものはほとんどなかった。壁にはカレンダーすらかけられておらず、外を見渡せる窓もなかった。ごみ箱も、机も、テレビも、凡そ、思いつく限りすべての媒介は──しかし、そこにはない。


『空を、探してるのか?』


『…………』


 それは、自分を見守る男の言葉に、上を向きながら頷いた。

 ──だけど、なかった。見渡しても見渡しても、あるのは空を遮る白の天井と蛍光灯のみ。


『……お前さんが見てるのは、たぶん、前の記憶だろうよ。魂を移す前の、儚い少女の夢物語だ』


『…………』


『少なくとも、お前さんは成功しちまった。なら、お前さんは二度とここから出られないし……たぶん、一年も生きられねえ。理由は、別に器と心があってないとかじゃなく、ただ単にお前さんを壊す野郎が近づいてきている、ってだけよ。お前さんは、いわば偶然の産物。これから、死ぬような思いをするんだろう。体を開けられたり、中身を精査されたりな』


 その男が言っていることは、決して間違いではなかった。

 自分を作り出した者達は、試そうとするだろう。自分と言う存在そのものを抹消し、新たな魂を作り出すために。いや、正しくは、量産するための足掛かりとでも言えばいいか。とにかく、自分は死ぬのだ。


『まったく、嫌だよなあ……。自分の人生の限りが、すぐそこにあるってのは。少なくとも、俺だったら発狂もんだよ。のに、なぜお前さんはそんなに冷静でいられるんだ?』


『……わ、から、ない……』


『ついに声まで出すようになったか……想像以上の速さで癒着が進んでるねえ、こりゃ。いよいよ、運命ってやらはお前さんを見放したらしい。数日だ。数日もありゃ、お前さんと言う意識は消え去る。そんで、新たな魂の誕生ってわけだ。……なあ、夢、見た事があるか?』


『ゆ、め…………?』


『お前さんのじゃなく、前の奴らが残していった夢……魂に刻んだもんだよ。いつの日か、実験は成功して、外を見るっていう……夢だ。叶うかも分かんねえし、むしろ叶わない可能性が高い』


『…………?』


『俺は、好きなんだよ。届きもしねえ極星(ゆめ)を夢見て、届かせようと足掻く奴はね。……なあ、一つ、聞いてみたいことがあるんだ。……外に、出てみてえか?』


『…………で、れるの……?』


『そいつはぁ、あれだな。運次第ってところかね。上手く行きゃ、お前さんは長年の夢を果たせるってわけよ。……成功する可能性は高くはないわな。それに、みつかりゃ、死ぬ。……ま、どっち選んでもそんな感じなんだけどな』


 視線で、伝えた。あなたは大丈夫なのかと。こんな自分を外に出すために、手伝いをしていいのかと。


『そうだねえ……確かに、当主様はご立腹かね。だが、そんなのは子供(ガキ)が気にするこたぁねえ。そこいらへんは大人の問題さ。なあに、心配すんな。体はこう見えて頑丈でね、拳百発ぐれえは耐えられるさ。……そんで、どうする?』


 選択を、迫ってくる。選べと、その目が訴えてくる。

 それは、一瞬、自分の手と彼の手の間に視線を彷徨わせ──。

 それは──否、早瀬雲母と言う名を付けられた彼女は、外の世界を知った。


◆◆◆◆◆


「いっ……つう……」


 天井を眺めながら、全身を強く打ったメアは呻いた。

 落下直前に、なんとか魔法を発動させることに成功し、衝撃は緩和された。のだが、所詮はメアの魔法程度。完全に勢いを殺すことが出来ず、結局体を打ち付けてしまったということだ。

 とはいえ、体に負傷は存在しない。打撲、もしくは骨折でもしているかと思ったのだが、どうやらそれはないらしい。


 そして、もう一人──。


「起きましたの、神薙芽亜」


「白神さん……!? 無事だったんだね!」


 ──白神桃華が、メアから少し離れた位置に座っていた。彼女も彼女で、どうにか着地できていたらしい。

 彼女はどこか気恥ずかしそうにこちらから目を逸らし──。


「そ、それよりも! ──いませんわ。二人ほど。どうやら……分断されてしまったようですわね」


 そう、この場には神薙芽亜と白神桃華しかいないのだ。一緒に落ちたはずの天城音々と早瀬雲母がこの場にいない。だが──正直、分断されるような地形変動があったとは思えない。とすれば、魔法的な仕掛けが存在するのだろう。


「どうする、白神さん。二人を探しながら、歩く?」


「……いいえ。ここで待機しましょう。使えない魔法士二人で行動したところで、災難を招くだけですわ。ここは既に敵の牙城……しかも、工場よりも悪意のある場所ですわ。どこに、どんな罠が待っているか……」


「だけど、不思議だね……この街の地下に、こんな空間があったなんて」


 見渡す限り、石のみ。何かあると言えば、奥に続く道が二つだけ。──信じられないことだが、ここは洞窟らしい。そうでもなければ、この状況を説明することは叶わないだろう。

 だが、同時に。他の疑問も湧いてくる。

 ──どうして、この街にこんな洞窟が存在しているのか、と言う点だ。これでは、崩落する可能性があるのではないのか。

 などと、思っている中──。


『──』


「──っ!?」


 聞こえた。聞こえた。聞こえてしまった。

 怪物の咆哮。己がここに居るぞという、意志表明。圧倒的化け物が、弱者に与える最後の情け。

 

 ──体が、体の震えが止まらない。

 何かに臆したように手が震え、地面に立っている足は揺れる。まるで、何かに取り付かれたように身動きができない。

 隣の白神桃華も同様だ。メアと同じく、金縛りのような症状に見舞われている。

 ──そして、見覚えがある、この声は。


『aaaaaaaa──!!』


 咆哮が、洞窟内に響き渡る。

 ──否、あるいはそれは、咆哮などではなく悲痛な叫びだったのかもしれない。

 だが、それを理解することはきっとできない。

 もう、喋る機能をほぼ失ってしまっているのだから──。

 ゆっくりと、それは姿を現わす。異形の怪物。理解することを放棄した、知能を失った化け物。人であったにもかかわらず、姿かたちが異なってしまったそれ。


「く……」


「なんという、威圧感、ですの……!?」


 化け物が、狂戦士と成り果てた少年。その威圧に、残された二人である金銀の髪の少女はただ恐れおののいた。ただの少年のはずだった。だが、こうも変わるのか。初めて、否魔人への変貌を目の当たりにし、メアは悔しげに唇を噛む。

 逃げの選択を取りたい。その気持ちは、彼女らの心を容赦なく穿ってくる。

 だが、逃げられない。


 なぜなら──。

 それの手に──頭から血を流し、数日前から意識不明の少女が握られていた。意識はなく、目の前から迫りくる化け物に対して自衛手段を持たない。どころか、握りつぶされてもおかしくはない。


「どう、すれば……!」


 そんな風に、悔いるような声が響き──魔人は、再び咆哮を上げた。







「他の人たちとは分断、されたみたいですね……」


 そして、天城音々は一人洞窟内を歩いていた。いや、正しくは質を見ていると言えばいいか。

 洞窟が何で出来ているか、そもそもどれだけの規模なのかを探っているのだ。

 

(これだけ歩き回ってメア達と会えませんか……となると、相当広いですね、この空間は)


 先ほどから歩いて、足音一つ聞き取れないのは異常だ。つまりは、それだけのこの空間が広い、ということの説明でもある。

 正直、早瀬雲母がいない時点で少し不安になるのだが──今更言っても始まらない。とにかく、探索を続けて──。


「……いい加減、出て来たらどうですか?」


「あらら……まさか、バレちまってたか……流石は、『女帝』さんかね。生半可な攻撃すると、こっちが返り討ちにあいそうだな、こりゃよ」


「……異名殺し、ですね」


「ご名答、だ」


 どこか楽しそうに口を曲げながら、しかしその手にはしっかりとナイフを所持している。

 ──戦闘は避けられない。そう、直感した。


「──っ!?」


「おーおー。あっちもあっちでやり合ってんなあ……こうしちゃいられないな、さあ、武器構えろよ。いや、魔法でもいいんだぜ? 俺はとにかく戦えればいいんだからさあ」


 戦闘態勢に入ろうと──そこで、咆哮が聞こえた。ごくわずかな振動と、その声。距離から察するに、相当離れている。しかも、想像通りであれば──魔人、だろう。


「ええ……時間は、あまりないようですね」


「そんじゃ、始めようぜ」


 そして、二人の暗殺者がぶつかり始めた。



























「それで、俺の相手はあなた、というわけか……」


「おお。そう、みたいだな」


 そして、神代優は。

 一人の男性──天神氏政と対峙していた。ぼさぼさの髪に、着崩した和服。おおよそ、清潔感をなくしたような男性の姿をしたやつだった。

 氏政は、自らの顎をさすって。


「だが、ちょいと待っててくんねえかな。……やらせたかねえ組み合わせだったんだがな。こうしろって、早雲様がうるせえからよ……」


「どういうことだ……?」


「俺はよ、確かにお前さんの相手を仰せつかったが……それよりも前に、やんなくちゃいけないことがあってね。……過去にしでかしたことの、罪滅ぼしっつうか」


「……」


「なあに、強張る必要はねえ。事は簡単だ。──やりあってもらうぜ、あいつとな」


 そして、その言葉通り。

 ──奥から人影が現れる。正しくは、この一週間で見慣れた少女の顔を。


「雲母……? なんで、そっちに──」


 だが、優が問いただすよりも前に。

 魔法が放たれた。イグニス。炎魔法で、最初に扱われる魔法。

 優はそれを、間一髪で避け──。


「今の……威力は」


「早い話が、魂の研鑽、もしくは魔力の研鑽とでも言えばいいかね」


「まさか……人の魂を、他の魂と融合させて、新たな人格を作り上げた……!?」


「そんなところだ。元々死ぬはずだった少女の魂に、死ぬ間際の少年の魂を融合したのが始まりだった。ま、多くは魂と器の差異に気づいて、皆すぐにぶっ壊れちまったんだが……こいつは、例外ってやつだな」


 魂の融合。つまりは、魂を融合させてどこまで人格を保てるかと言う実験だ。その際の副効果として、様々な魔力が混ざり合った結果、恐るべき威力の魔法を放てるほどに至ったのだ。

 だが──それは禁止されている。奇跡を扱うと言っても、やってはならないことはある。これは死者の魂と、人間の魂を無下にする行為であり、本来はやってはならない行為。


「だからこその、化け物、か……!」


 天神氏政の残した言葉の意味を、ようやく理解できた。

 一体、どれほどの魂が融合されたかどうかは分からないが──その中で、唯一自我を保った少女。kろえを、化け物と呼ばずとしてなんと呼べばいいのだ。


「結果は失敗だったんだけどな……」


「そんなもので済むものか、それが成功していれば、ひとは永遠の命を過ごすことが可能になる。……多大なる犠牲を払って、ようやく一人の人生がね」


 これもまた、天神の専売特許だ。

 考えうる限り、最悪の方法を使って、人の命または意識を永らえさせようとするのだ。

 例えば、この実験の始まりは優が潰した計画が発端でもあるのだろう。


 一人の少女の器に、一人の魂もしくは意識を移植し、生き永らえるという計画だ。許してはならない所業。あってはならない非人道。これが、人の醜さ。

 この延長線上──つまり、人の魂を融合させた結果どうなるのかということを突き止めるために始めた実験。


「俺は、こいつに反対だった。だが……加担した時点で、とっくに俺の手は汚れちまってる。だから、せめて、ケリはつけねえとなんねえのさ」


 天神氏政という人物は、天神家の中でまともな部類に入る。いや、それも天神家の血が入っていない、というのが影響しているのだろう。

 ──天神氏政はそもそも養子なのだ。ゆえに、彼には妄念がない。執念がない。怨讐がない。まともな、善良な市民と考え方はなんら違っていない。

 だが、それは、天神家には通用しない。不老不死という念願を果たすために作られた、最悪の家なのだから。


「それじゃあ、リングはならさせてもらう。……精々、生き残るんだな、『愚者』」


「く──」


「──!」


 そして、戦闘が幕を開けた。

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