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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
32/45

28話 決着の場所は

「ぅ……ん……?」


 月が真上に達し、虫の鳴き声が鳴り響く夜──月明かりが差し込むどこかで、白神桃華は目を覚ました。

 寝かされていた、というかもたれかかって寝落ちした、みたいな格好であり、桃華の手足には鎖が縛り付けられていた。まるで、逃がさないと言うように。

 そこまで視界にとらえ、ようやく桃華は自分が置かれている環境を理解できてきた。


 ──そう、自分は捕まったのだ。外套を被った何者か──否、神代優が相手した暗殺者に、為すすべもなくやられて。

 メアと共に、見回りをしようとして──暗殺者に、桃華が知覚できないほどの速度で回し蹴りが炸裂したのだ。その勢いで、壁に叩きつけられてしまった。

 肋骨を折られ、背中からろくに受け身も取れずに叩きつけられ、痛みが全身を貫き──そのまま意識を落とし、今現在ここに繋がるのだ。


 と、すれば。ここは暗殺者──否、暗殺者に、白神桃華を攫ってくるように依頼した者の牙城。そう見るのが妥当だ。敵の本拠地、即ち罠が張られているとみるべきだろう。ゆえに今ここで魔法を使って即刻脱出するのは危険だ。

 また、いつ暗殺者が出しゃばってきて意識を狩られるか分かったものではない。分かるのだ。一度、あの攻撃を食らったゆえに、理解した。あの暗殺者には逆立ちしても勝てないと。

 そもそも、白神家は戦闘に長けている家ではない。障壁魔法を得意とするところから、防御に長けているのだ。白神有馬はともかく、桃華自体の強さはそこまでではない。どちらかというと、サポートに徹する裏方だ。城がどうやって大砲を傷つけることが出来ようか。つまりはそういうことだ。

 ゆえに、ここは耐えるしかない。そんな風に覚悟を決めて──。


「おお! ほんとに連れてくるとは……」


「はは、気にするなよ。私は依頼主の言うことは絶対……それがこっちのルールなんだよ」


「そうかそうか。なら、あとで欲しいものを聞かせろ。これが終わったら、なんでも手に入るんだからな」


 音が二つ聞こえてきた。規則的に鳴るのは、恐らく足音。かつん、かつん、という音を何度か鳴らし──そして、二つの影がそこに入ってきた。

 一人は白神桃華を瞬殺した暗殺者。姿かたちは一切変わっておらず、外套を着た暗殺者。

 そして、もう一人。いっそ清々しいほどのゲス顔を浮かべ、手をワキワキと動かしながら近づいてくる。この後の展開は、正直分かっていた事ではあった。とはいえ、ここで反応してしまったら相手の思うつぼだ。ここは敢えて何の反応もしないのが正解だ。


「さて、白神桃華ちゃん……でいいのかな? 僕はね、数日後に日本を出て行く……その前にさ、思い出を作りたくて。だから、わざわざ連れてきてもらったんだ」


 鎖で抵抗できない桃華の服に手をかけ、強制的に剥ぎ取る。露になるのは、豊かな双丘。高校生にしては大きすぎるそれは、目の前の男の興奮を促すのには充分だった。今まで以上に鼻息を荒げ、屈辱に耐える桃華の顔を舐めまわすように視線を注ぐ。


「ううん……いいなあ、いいなあ! いいぞ、その顔っ! 屈辱に耐えて、唇を噛むその仕草! いいねえ、そそるねえ。うーん……ほんとはさっさとこと済ませるだけだったんだけど……撤回しよう。僕が満足するまで味わってあげるよ!」


「っ……」


 舐めまわすような視線と、荒くなる鼻息に、言動に思わず喉が引きつってしまう。逃げたい。逃げ出したい。今すぐ、ここから。こんなゲス人間の相手など、したくはない。だが、もしもの時は魔法で逃げ切ればいいだけだ。そう、だから、もう少し何か喋らせた方がいい。こういうタイプは、自分から率先して話してくれるタイプなのだから。


「おいおい、楽しむのはいいが……女の方。魔法は撃てないぞ?」


「──……え?」


 縋るべき柱が、最後の壁が、暗殺者の言葉によって崩された。

 ──魔法が、使えない?

 聞いたことがない。そもそも、魔法を封じる魔法など、存在すら疑わしい。だが、あちらが嘘をつくメリットもない。

 ──時に真実を求めることは、知ることは絶望を突きつけられることに直結する。


「魔法が……!?」

 

 魔法を解き放つ際の詠唱──それを口ずさむ。絶対にそんなことはあってはならないと、魔法が使えないなどあるわけがないと。そんな風に縋って、頼って。

 ──しかし、白神桃華によって詠唱された魔法は、発動することはなかった。

 そのことに、言いようのない驚愕と恐怖を抱いてしまう。

 本当にあったのだ。魔法を封じる魔法。禁忌中の禁忌。白神桃華の常識の埒外にあるモノ。確かに、魔法とは人が作り上げる奇跡だ。魔法の知識があって、構成できるのなら決して不可能ではない。しかし──まさか、こんな魔法が存在しているとは。

 そして、この状況を作り出した本人はただ愉悦を浮かべて。


「私はさ、快適な環境を作り出しただけなんだよ。依頼主は絶対だ。なら、少しでもいい思いをしてもらいたいわけだよ、私はね」


「い、いや……」


 信じていたもの、頼っていたものを崩されて。ついに、桃華の口から悲鳴に似た何かが漏れた。

 人は絶望に直面すると、思考停止し考えることを放棄するらしい。まさに、白神桃華の今の状況だ。


「ふ、ふっふっふっふっふ! あっはっはっはっはっはっは!!」


「い、いや、いやっ……や、やめてっ……触らないで……!?」


「無駄だって、言ってるだろおおおおおおお!!??」


 直後、悲鳴が轟いた。


 






















「さて、メアが泣き止んだところで」


「優さん。女の子にとってつらいところを抉るのは止めてあげてください」


「いえ……大丈夫です、から続けてください」


「話をするべきだ。──これから、俺達がすべき戦いについて」


 今の戦力は僅かしかいない。優、メア、天城の三名のみ。そして、敵は暗殺者が確定。未確定要素として、駅近くに響いた咆哮の主。また、連れ去られた白神桃華──。怨霊に関しては陰陽党がきっとなんとかしてくれると信じるしかない。というか、流石にそこまでは手が回らない。


「この一週間……まるで、誰かが何かを仕組んでいるかのように様々な事件が起こった。俺達が確認できているものから、できていないものまで、多々あると思う」


「最初は、この街にある工場の件ですね……魔人化薬を製造しているという噂の」


 天城が言った通り、まず最初。六月七日。魔人化薬を製造しているとの噂が上がった工場への潜入。その際、今後何度もその存在が確認される暗殺者との邂逅。


「同時に、メアに対しての襲撃……これについては、ほんとに不明。今から語る件について何の関係があるのかは分からない」


 優が工場にて戦っている間、メアを襲撃した女の子。天城が介入し、それでも勝てるかどうか分からない敵。それに付随して、全てを見通す男。こちらに関しては考えるだけ無駄であり、事件には直接的に関係していない事から、特段警戒する必要もないだろう。


「そして、火曜日。政治家増野栄次郎の護衛とメアの初任務。こっちは滞りなく進んだけど……問題も生まれた」


 そもそも、増野栄次郎はなぜ暗殺されなければならないのか。依頼主は。そして、迷うことなく向かってきた暗殺者達に、再び姿を現わした、工場にて優達を迎え撃った暗殺者。なぜか、この時は結界魔法を使わずに撤退した。

 そして、メアと天城の方も問題に直面する。

 ──天神氏政の出陣。否、つまりこれは天神家が動き始めたと言っても過言ではない。


「そして、ついさっき……メア達の前に、暗殺者──異名殺しが現れ、白神桃華を奪い去っていった。付け加えて、駅近くでの謎の咆哮……か」


「優さん。それに関しては、こちらの動画を見てください」


「動画……背景などから察するに、駅近くのかな?」


 謎の咆哮について、天城が何らかの情報を掴んだのか。天城は自らのスマホを優の家のテレビにつなげ、とある動画──優が住んでいる街の駅近くが映し出されている動画を流し始めた。

 映るのは──怪物だった。肌は赤黒く変色し、爪が伸びていて、体全体が人を超越した──まるで魔獣に近いそれ。だが、流れ出るのは赤い血。魔獣と言うのはそもそも血を流さない。その前提を踏まえるとするならば──。


「素体は人間……そこから魔獣にしたっていうのか……!」


「周辺にいた人からの証言では……二人の男女が一人の男と話し合っているのを見て、いきなり乱闘になったと……それで、青年が男子の腹に何かを突き立てて、こうなったと言っていて……」


「魔人化。それも、きわめて純度が高い……」


「どういうことですか、優先輩」


 優の発言に疑問を持ったのか、今まで聞いているだけだったメアが初めて口を開いた。

 しかし──これはあくまで優の考えであり、正確さを求めるならもっと研究などが進んでから教えるべきだろう。だが、教えておかなければきっと話は進まない。


「これについてはまだ俺独自の見解だけど……魔人化っていうのは、魔獣の、ひいてはこちらの世界の一枚裏側に存在する悪魔達の力を取り込んだ結果なんじゃないかって思ってる」


 そして、この仮説ならば急激なパワーアップも、デメリットも一応の説明がつくのだ。思考能力がなくなるのは魔の力を取り込んだせいで拒絶反応が出て脳が焼き切れるということ。急激に強くなれるのは人の力を超えたものを自らの中に取り入れるから。


「そ、んな……」


「勿論、許せることではない。これを成功に持っていくまで、一体どれだけの犠牲が出たのか……非人道的では、済まされない」


 とはいえ、あくまで仮説だ。証拠が出ていない以上、疑うしかできない。

 

「それでですが……陰陽党から連絡が入りました。怨霊達が動きを開始していると。それも、大量の。今はまだ活発ではないですが……恐らく、明日の正午がピークになるかと」


「なら、そこまでに決着をつける」


 どのみち決着は明日──政治家増野栄次郎の護衛最終日にして、今回の騒動の原点である工場に向かわなければならない。恐らく、決着はそこになる。確信があった。証拠も何もないけれど、そんな確信が。


「──優さん。恐らくですが……白神桃華の居場所が割りだせました」


「千里眼はほんとに便利だね……」


 天城音々の魔法──千里眼。既存の魔法を切り崩し、天城独自の改善を加えたオリジナル魔法。曰く、どれだけ離れていようとも、相手の場所さえ明確に分かっていれば見通すことができる魔法である。


「まあ、それもあるんですが……そもそも、この街の中で魔力の流れがおかしい場所を発見しました。恐らく、障壁的なものが張り巡らされていて、除くことは叶いませんでしたが……そこにいるとみて間違いないです」


「となれば……決戦はそこになるわけか」


 工場。この街の中で異彩を放ち、そもそもの元凶であった場所。そこが、決戦の場所だ。

 だが、そこで口を噤んでいたメアが再び口を開いた。


「あの……白神さんの方は、私に行かせてもらえませんか、優先輩」


 真っすぐと優を見て。そう言い切った。


「分かった。じゃあ、桃華の方はメアと天城に任せる。俺はやらなきゃいけないことがある……恐らく、この事件の裏側に居るのは……」


 無論、優も全てが終わり次第向かう気ではいる。だが、きっとそれはできないと心のどこかで感じ取っていた。今回の工場の件に、暗殺者の優の対処の仕方、果てには怨霊騒ぎに白神桃華誘拐、更には駅近くでの行動……あまりにも一つに纏まりすぎている。ゆえに、これは罠だ。しかも、優個人を狙っての。

 そして、優にとって避けては通れない道の一つでもある。

 それを感じ取ったのか、天城とメアは特に何の反論もせずに頷いた。そう、ただ一人を除いて。


「…………!」


「えー……っと? 雲母? なんで手を上げてるの?」


 優の決定に憤慨するように、頬を膨らませて手を上げているのは早瀬雲母だ。今の今まで会話に入ろうとしてこなかったのだが、ここでは自分を主張してきた。


「いや、でも……」


 一週間近く過ごした結果、優が下した判断は魔法士ではない、ということだ。少なくとも、魔法士であるならば分かる。だけど、特有の雰囲気が見受けられないし、そもそも魔法士であるのならば、一週間近くも魔法を使わないのは致命的だろう。いや、優と言う前例はあるものの。


「…………」


「はあ……分かった。分かったから。どうせ、言っても聞かないんだろう? ……ただし、別行動は禁止だ。当日、俺は増野栄次郎の場所に行かなければならないから……天城達を行動を取ってもらうことになるけど……守れるか?」


「…………!」


 早瀬雲母は優の忠告に、ぶんぶんと首を縦に振った。もう、彼女の性格は分かり切っている。こう見えて、感受性が高く、思慮深く、何より友達と呼べる存在が傷つけられた時には前に出る勇気を持っているのだ。

 だから、一度にせよ遊んだ相手である白神桃華を誘拐した相手をぶん殴ってやりたいのだろう。


「よし……今日はこれで解散……と言いたいところだけど、どうせ天城は俺の部屋から出て行く気はないんだろう? なら、ここに泊まっていくといい。たぶん、メアが寝ているベッド二人で寝れるから。……雲母はどこで寝る?」


「……りびんぐ、で大丈夫……」


「その場合優さんはどこで?」


「リビングに決まっているじゃないか」


 流石に、怪我をしている女の子にリビングで寝ろとか、鬼畜すぎることは言うつもりはないし、かといって、天城が暴走しても困るので同じ部屋に閉じ込め──もとい、居させることにする。

 ちなみに、優自体はどこでも寝られるので大して変わりはない。ベッドで寝ようと野宿しようといつもと変わらずに睡眠を取れるので、ここは自分が率先してリビングで寝ておくべきだと思ったのだ。


「なら……潜り込んでも──」


「天城さん。不穏な単語が聞こえた気がするんだが……一応言っておくよ。勝手に来ないでね!?」


「なら、こっちからも言わせていただきます。やめてくださいね!? 彼女に手を出すのは!」


 不穏なワードを放つ天城に釘を刺し、そのまま部屋から出ていくのだった。








「さて、優さんが行ってしまったことですし……寝ますか。メア、少し端に行ってくれますか? そうじゃないと、二人分のスペース取れないので」


「あ、うん……」


 優が行ってしまったことで、若干の気落ちが見られる音々の指示に従い、少し痛む体を引きずるように端に移動。空いたスペースに、いつの間にか水玉模様のパジャマに着替えた音々が入り込んでくる。その早業に疑問を持たないわけではないが、いちいち突っ込んでいてはこっちの身が持たないので敢えて無視させてもらうとして。


「これ……」


 ベッドが広くて、二人で寝れるとはいえ既に高校生にも達している年齢。流石に顔を面と向かって合わせるのは恥ずかしい。そんなわけで、メアも音々も反対方向を向いたまま瞼を閉じようとして──気づいた。メアの視界の奥──タンスの上に、アクセラリーがぶら下がっていたことに。

 銀で装飾されており、男物ではない事ぐらい流石のメアでも分かった。だが、そうなるとここにある理由が思いつかない。


(まさか……優先輩が誰かにプレゼントする……とか? それならここにある理由が説明できる気がする……)


 確かに、優とて男子高校生だ。そういう色恋沙汰はあるだろう。むしろ、ないほうがおかしい。

 しかし、メアが優と出会って一か月が経とうとする中──全くと言っていいほどそんな傾向はなかった。誰が好きだとか、嫌いだとか、優はさして興味がなさそうに見えるのだ。

 ──それが、この一か月でメアが出した優に対しての答え。


 とするならば、これは一体誰に向けてだ?

 順当にいけば、天城音々だろう。好意を包み隠さず伝えているし、優も何かと頼りにしているであろう少女なのだし、日ごろの感謝を込めて……でもおかしくはない。

 だが、大穴として白神桃華も残されているし、メアが知らない女の人の可能性だって捨てきれない。


(私では、ないんだろうなあ……)


 色々と候補が上がる中、しかし確実にないと思える人間もいた。

 メア。つまり、自分だ。いや、別に自分は優に好意を抱いているわけじゃないし、むしろ、誰かと付き合ったことのなさそうな優がそう言う傾向にあるのは好ましい事であり、羨ましいとか妬ましいとかそういう感情が渦巻いているわけではなく──。


「それ、まだ持っていたんですね、優さんは」


「音々……!? 起きてたの……?」


「流石にこの短時間では寝れませんよ。それよりも……そのアクセサリー……まだ、大事に持っていたんですね、優さんは」


「音々は知ってるの、これ。誰に上げるのか……とか」


「たぶん、未来永劫渡すことはできない人への……誕生日プレゼントです」


「──?」


「いいんです、まだ知らなくて。いえ、知らないほうがいいんです」


 天城はどこか悲痛な面持ちを浮かべながら、そう呟いた。

 

「さあ、メア。明日は早いんですから、寝ましょう。疲れは取っておかないといけませんからね」


「え、あ……うん」


 何かを隠すように、いきなりそんなことを言ってくる音々を訝しみながらも、メアはゆっくりと瞼を閉じた。

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