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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
30/45

26話 間違った選択

「お姉ちゃん?」


「おー祥子じゃない。なんだ、元気にしてた? 大丈夫? お母さんを困らせたりしてない?」


 三年前。長谷川祥子──否、長谷川家の運命を狂わせることになる運命の日。その三日前の事。

 京都にいる姉は、今日ばかりは帰ってきていた。

 いつも、仕事が忙しいだのなんだのと言って、帰ってこないのだが、なぜか今日だけは帰ってきた。そのことに、胸騒ぎを感じた祥子はいつも通りに振舞う彼女の下に──正確に表すなら、彼女の足元に。

 そのことを不思議に思った姉は、祥子の頭を撫でて。


「ママとパパはどこにいるか分かる? そんなにぶんぶんと首を振らなくても分かるって」


 必死に否定する祥子に、姉は呆れたように告げた。

 祥子の姉──長谷川諒子は魔法士階級第三階位。一般である第四階位より一つ上の階級に居た。そもそも、名家の出身でもない人間が第三階位に上り詰めることのほうが珍しいとされるご時世だ。全体の人手が足りない陰陽党では、彼女は重宝されていた。

 ──誇り、だった。魔法、という影の世界でしか存在を確認されていない奇跡。それを操ることのできる魔法士。何もなかった少女の、唯一の誇り。

 ──しかし、その誇りであり、憧れである姉に再び会うことはなかった。

 ──京都に戻った三日後。姉──長谷川諒子が任務中に死亡したとの報告が、家に届けられたのだ。

 目に、焼き付いている。

 泣き崩れる両親に、隣のベッドで魂が抜けたかのように座っている少女、そして彼女の直属の上司であった老人。なにもかもが、色褪せて見えた。

 

 ──今でも、強く後悔していることがある。

 どうして、あの時、強く姉を止めなかったのだろうか、と。あの時、もしも自分に力があって、自分の言葉を上手く伝えることができていれば──姉は死なずに済んだのに。


















「──そう言えば、優さん。今年は行くんですか?」


「どこに」


 六月十三日。金曜日夜六時。徐々に夏に近づいているのが、見て取れる時間に──優は自分の部屋で天城と共にパソコンをいじっていた。

 というのも、洗い直しだ。異名殺し、という名。そして、今回の事件の裏。調べるべきものはたくさんある。そういうわけで、互いに何も喋らず、ただ部屋にはカタカタ、という音のみが部屋内に響いていた。そんな中、そんな沈黙を破るかのように天城が優へと語り掛ける。


「一応もうすぐでお盆になりますし……まあ、私達が家族だったっていうわけではないんですが……」


「ああ……そういうことか。うん、勿論行くとも。──行かなければ、ならないさ」


 天城が言っているのは京都にある墓の事だろう。三年前の二月二十四日──優の人生の中で、否、そのころの陰陽党に所属していた者達にとっての最悪の日。

 ──陰陽党本部襲撃。第三階位、第二階位に到達していた二人や、任務で出払っていた人らを除き、本部に居合わせた魔法士達を軒並み殺されたのだ。

 

 ──しかし、腑に落ちない点もあったと言えばあった。

 確かに、実力者は出払っていた。だが、全員いなくなっていたわけではない。

 任務でその日だけ席を外していた優や天城を除き、あの場にいたのは魔法士階級第三階位四人に、第二階位一人。過剰戦力にも等しい魔法士達が、下されたというのが納得できない部分ではあった。

 ──今考えれば、あれが魔人の実験だったのではないか、と思っていた。

 つまりは、そこから。全てはそこから仕組まれていたのだ。魔人の件を裏から操っている者がいるとするのならば──巧妙で、神経質且つ、厄介な人間だろう。


 ──ともかく。優は姿をくらましていた三年間。必ずお盆と事件があった日には墓参りに行くようにしていた。まあ、一応の対策として天城達にバレないようにだが。


「──優さん、あまり責めないでください。私と優さんはまずその場にいなかった。それに……優さんでも敵わないような絶対の敵がいたんですから。悪かったのは、タイミングです」


「──分かってるよ。すまないね、天城」


「謝られるようなことは何もしていませんよ。私はただ優さんの力になりたくてここに来ているんです。ですから、なんでも言ってください。力になれるようなことであれば、力になりますから」


「──ああ、ありがとう」


 それだけ伝え、再びパソコンをいじるだけの作業に戻って──タイミングを見計らったように、優の家の冷蔵庫にあるミルクティーがテーブル近くに置かれた。早瀬雲母だ。彼女も彼女で、最近はこんな事ばっかりやっていた。

 いや、力になりたいのかもしれないが、自分はパソコンできないのでこれしかやることないんです──だろう。たぶん。だが、その心はありがたいのでしっかりと礼を告げておく。


「ありがとう、雲母」


「はい、ちょうど飲み物が欲しいと思ってた時でした。ありがとうございます、早瀬さん」


「…………!」


「見るからに喜んでますね……」


「本人はいたって無邪気そのものだよ。まるで子供みたいだ。褒められれば素直にうれしい感情を表に出すし、怒られれば不機嫌さを前面に押し出す……感情表現は豊かじゃないと思ってたけど、思い過ごしだったようで何よりだよ」


 だが、これでは説明がつかない。異名殺しとやらが言っていた、全てを喰らう鬼。そして、天城が出会ったという天神氏政が言っていた、天性の化け物と言う言葉。それらはおおよそ、今の彼女からは感じ取れない。

 だが──。


(少なくとも、あいつらが嘘をいうメリットは存在しない……となれば、本当に? この少女が? 見る限り、どこにでもいるような少女がか?)


「優さん。これ」


 だが、その前に。天城に呼ばれ、彼女が調べ上げた情報について、目を通す。


「異名殺し……名のある魔法士を殺すことによって名を上げている暗殺者、か。性別も顔も、何もかも不明で、天神家出身かどうかすら分からない……と。相当だね、こいつは」


「はい。──でも、どうしてこの暗殺者の情報が奥にしまってあったんでしょう? 普通なら、一定階位を過ぎた者には開示するべきでは?」


「──さあ。俺も、今の陰陽党の形態を分かっていない。というか、音沙汰がないんだ。敵なのか、味方なのか……天城が出て行ってから、組織の体系にかなり変化が生じている。なんらかの事情があるんだろうね」


 ちなみに、今優達がハックしているのは陰陽党のデータベースだ。それも、第一等級の情報。通常開示されることなく、トップに立った者しか目を通すことが叶わない代物だ。どうやって入ったとかは聞かないでもらいたい。


「噂では、陰陽党のトップが病に伏している……なんてものも出回っています。定例会議でも、土御門さんが出席しているわけではなく、次に位が高い真壁さんが出席してるみたいです。となると、今の体系は真壁さんが作ったのでしょうか……」


「いや、あいつに限ってそれはないだろう……となれば、選択肢は絞られる。なんらかの勢力が干渉してきているのかもしれない。そうなると、少々面倒だね……正直陰陽党については話せば和解できると思っていたけど、得体の知れない何者かが掌握していると言うなら……話は変わってくる」


「最悪の場合、陰陽党が敵対することになりますね……くるみさんや真壁さんは、そんなことにでもなったら離反でもしそうですが……ですが、そうなると本当に四面楚歌の状況になってしまいます。夜叉神家も互いに関わらない、という交渉の結果がありますが、どこまで効果を発揮するか分かりませんし。天神家は完全に敵対。白神家は……今のところグレーですが……いつ敵対するか」


 彼女の言う通り、そうなればもしもの場合メアを守り切るのが難しくなってしまう。まあ、今更な感じではあるが。

 だが、もしもそうなるのであれば──優に残された選択肢は一つしかない。

 自ら禁忌としていた技を開放し、全世界を敵に回す。いつまで長く続くかは分からないが、これが最善だ。とはいえ、最低の場合なので想定するのも馬鹿らしいが。


「優さん。それと……すみません。増野栄次郎の言っていた事。賭け、とやらについては一切分かりませんでした。彼の行動を随時観察してもなんらおかしい場所もなくて……」


「工場の件と今回の護衛の件……繫がりはあるはずだ。何のために、と問われればなんとも言えないが……何かがあるんだ。きっと」


 勿論憶測でしかない。だが、異名殺しという暗殺者が二つの件に首を突っ込んでいた事からも明白である。そして、早瀬雲母の件。こは完全に別件……であるとは言えないが、ひとまず置いておくとして。

 ──が、何か引っかかるのだ。そもそも、なぜこの事件につながりがあると思わせる、あるいはにおわせる必要があったのか。そう、これではまるで、あつらえられた餌に飛び込んでいるようで──。


「くそ……そもそも、おかしなことだらけじゃないか……」


 そうだ。おかしなことばっかりだ。怨霊の大量発生。工場の件。暗殺者。そもそも、増野栄次郎がなぜ暗殺対象となっているのか、依頼主は? なぜ、敵は早瀬雲母という少女を恐れている? 一見何のつながりもない事件であり、取るに足らない些細な出来事も交わっている。。だが、そこにこそ真実が隠されている。


(そう言えば……そもそも、暗殺者はどうして増野栄次郎の場所が分かったんだ……?)


 あの時、彼らは迷いなくあの車が増野栄次郎が乗っていると分かっていた。だが、それはなぜだ?

 車に乗っていた本命──異名殺しが情報をリークした? なぜ? 理解ができない。

 陰陽党のデータによれば、今まで異名殺しは一人で暗殺をこなしてきた。なのに、今になってなぜ人員を増やす? どうして、今までの流儀を変える必要がある? 暗殺者など傭兵と同じだ。互いに信用できるわけがない。

 とすれば、どうして彼らは増野栄次郎を断定できた?

 

 ──車。

 それが、優の頭にふと浮かんだ。

 あの車は──同じだった。彼が移動する際に使う車と同じで、ネットに載っていた写真と同じ。

 ──死にたくない。それが、暗殺される者が抱く感慨だ。であるのならば、車を変えて目くらましをしようとするのが普通ではないか? 

 もっと言えば。──暗殺者が来たとき、まず慌てふためく、とまではいかないまでも少しは動揺するのが普通ではないか? 無論、優達に会う前に暗殺者に襲撃されていると言うのなら話は別だが、そんな話は一切届いていない。とすれば、彼は初めから動揺していなかったわけだ。

 なぜか。──勿論、優を信頼しているから、なんてありえない。会って一日もしていない奴に、信頼など預けるはずがないではないか。その証拠に、あの政治家は言っていた。

 ──見せてもらおうではないか、と。つまりはあれこそ信用していない証だ。

 

 車を変えなかった理由。動揺しなかったわけ。あるいは、優の護衛が夜の間だけの理由──。


(まさか……死にたくない、ってわけ……いや、いや! 違う! とすれば……!)


 そして、一つの結論に辿り着いた優はパソコンとにらめっこを展開している天城に向き直り、口を開いた。


「天城。やってもらいたいことがある」


「──?」


「未だ姿も見せない、黒幕に迫る一手。その喉元を突き破るための一撃のためだよ」






「遅いね、二人とも」


「だから、私に話しかけるなと……」


 同時刻。いつも通りの服装──白のパーカーに、ショートパンツに近いズボンをはいたメアはそんな風に呟いていた。ちなみに、白神桃華は根が真面目なのか、それともめんどくさいのか。メアが通っている学校の制服を着ていた。

 現時刻六時十五分。いつも通りなら、長谷川祥子と武田武蔵の両名と合流し、怨霊がいないかどうかの見回りをするはずなのだが──今日に限って、それはなかった。

 未だ来ていないのだ。必ず、メア達よりも先に来ていた両名が。


 勿論、連絡をしても一切の返事はなし。既読すらつかない。これは長谷川祥子と言う人物からすればありえない事でもある。この数日間、一緒に仕事をこなしてきたから分かるというか。彼女は送られてきたメッセージにすぐさま反応し、返信をするタイプなのだ。

 つまり、裏を返せば──何かが起こっていると言うことになる。

 その結論に辿り着いたとき、嫌な汗が背中を伝わるのが感じられて──それを払拭するため、不安を解消するために白神桃華へと提案した。


「ねえ、白神さん。……先に見回り、しておかない? 途中で合流する可能性もあるかもしれないし」


「……そう、ですわね。これについては何かあったとしか思えない遅刻ぶりですから──っ!?」


 メアの提案に、白神桃華も賛同し──だが、そこで。白神桃華が何かを感じ取ったように、弾かれるように後ろを振り向く。遅れて、メアも彼女と同様に首を後ろに回し──。


「ほう、こう……ですの……?」


「でも、なんの……? オオカミ、とか、犬とかじゃないよね……?」


 咆哮が街の中心部で轟いたのを、白神桃華とメアの両名は聞き逃さなかった。遠くに居ても肌を打つ威圧が、なおさらメアの不安を助長してくる。

 

「白神さん……その、あっちって、確か……二人の家の方で……」


「っ……急ぎますわよ!」


 そして、なによりメアの胸を穿つのは──咆哮が轟いた方向に今メア達が待っている二人の家があるということだ。

 さしもの彼女もこれには冷静ではいられない。急いで現場に駆け付けようと走り始めて──。


「あー、ストップストップ。正直、あっちにいかれると困るわけ、私としては、ね」


「が……っ」


「え……?」


 音が、風が、何もかもを置き去りにした。メアの隣を走っていた白神桃華は──いつの間にか後方、家の壁に叩きつけられていた。代わりに、隣にあったのは道路が抉られた跡だけ。

 彼女と、いた場所の違いに、メアは状況を飲み込めなくなって──。


「あ、なたは……工場の、時の……」


「なんだ、覚えてるのか? なら、自己紹介はいいよな。そういうわけで……依頼主の任務を果たしに来たぜ」


「あ……っ……」


 苦悶の声を上げる暇もなく正体を暴く白神桃華に、目の前で外套をはためかせる何者かは嗤ってそれを肯定し──直後、殺気が溢れだした。

 紛れもない殺意。当てられたことのない狂気。それを初めて浴びて──メアの体は完全に委縮してしまっていた。守らなければならない。それは分かっているし、理解している。だけど、どうしても、体が動かない。まるで、一か月前のような──否、それ以上の。

 暗殺者は強張るメアを見て、その緊張感を見抜いたのか──。


「ああ、安心してくれ。あんたにゃ興味ない。私が興味があるのは……あんただよ。白神桃華」


「なぜ、私を……?」


「さあ? 依頼主の言うことなんざ、考える必要もないからな。私はただ与えられた仕事を果たすだけだよ」


 言葉通り、メアの隣を素通りし、向かうのは白神桃華の方だった。

 そのことに、安堵をしている自分が──ひどく許せなかった。

 ──またか。また、私は、選択を間違えるのか──。

 何度、同じ過ちを犯せば気が済むのだ。今ここに居るのが、メアの師匠である優だったら──などと考えるな。今ここに居るのは、メアだけなのだ。


 一度、後ろを見た。

 あったのは、暗殺者が白神桃華を担ぎどこかへ去ろうとしている光景。

 更に、注視した。

 あったのは、苦悶を浮かべ不安に瞳を震えさせるちっぽけな少女の顔だった。


 ──ああ、まるで、自分みたいだ。

 ──ならば、取るべき行動は決まっていた。

 今ここで、怖気づき行動しなかったら──私は、今度こそ後悔する!

 追いつくことなんてできない。だって、私の憧れなら──必ずこうするから!


 ドンッ、と力強く地面を踏みしめ、突貫した。

 何か策があるわけではない。ただ、誰かに憧れて、誰かに認められて。自分がそうしたいと思ったからそうしただけ。

 地面を這うような格好で暗殺者の懐に到達し──。


「できるわけないだろ」


「っ、ぁ……」


 ──次の瞬間、メアは空中を舞っていた。

 眼下に映るのは、呆れたような顔の暗殺者。


「筋は悪くない……もしも、お前がもっと早めに勇気を振り絞ってたら、めんどくせえことになってたかもな……ま、結局は選択を間違えたってわけだよ。それじゃ、お前の師匠によろしく頼むよ。いい加減、こっちも飽きてきたからさ、私としても殺り合いたいんだ」


 ──手を伸ばす。

 届かない。届くはずもない。魔法なんて、唱えられるはずもない。

 そのまま、メアはなんの抵抗もせず背中から地面に落ちて──。

 それを見届ける前に、暗殺者は白神桃華を連れてこの場から去って行った。

























「さて……いい塩梅になってきたじゃあないか」


 混乱が迸り、狂乱が騒めく街──それを見渡せる位置に昇った青年は嬉しそうに顔を歪めた。

 彼の眼下──そこに映るのは、混乱と狂乱が入り混じり、姿を変えていく街の姿だ。

 駅近くで騒ぎ立てる狂犬──否、魔人へと昇格した者。そして、謎の暗殺者に、怨霊騒ぎ。

 ──舞台は整った。多少不服なのが、とある少女を覚醒できなかった件だが……これはいいだろう。だから、あとは、一人の少年がここに着くのを待つだけ。


「さあ、来いよ。『愚者』。決着を付けようではないか、この場所で。──君を打ち砕き、僕は自らの悲願を果たそう」

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