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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 二章
21/45

17話 全〇少女

「あ、あああああああ!!」


 咆哮が、洞窟内に響き渡る。

 ──否、あるいはそれは、咆哮などではなく悲痛な叫びだったのかもしれない。

 だが、それを理解することはきっとできない。

 もう、喋る機能をほぼ失ってしまっているのだから──。


「く……」


「なんという、威圧感、ですの……!?」


 化け物が、狂戦士と成り果てた少年。その威圧に、残された二人である金銀の髪の少女はただ恐れおののいた。ただの少年のはずだった。だが、こうも変わるのか。初めて、否魔人への変貌を目の当たりにし、メアは悔しげに唇を噛む。

 逃げの選択を取りたい。その気持ちは、彼女らの心を容赦なく穿ってくる。

 だが、逃げられない。


 彼女らの後ろ──頭から血を流し、横たわっている少女が居た。意識はなく、目の前から迫りくる化け物に対して自衛手段を持たない。

 ゆえに、逃げられないのだ。


「どう、すれば……!」


 そんな風に、悔いるような声が響く。どうして、こんなことになってしまったのだろう、と。

 きっと、それは──数日前に遡る。

























 六月七日の昼二時。

 あの事件からはや一週間が経とうする頃──優はなぜ、こんなことになってしまったのだろうと、いつでも変わらない光景を見せつけてくる空を仰いでいた。

 と言っても、何が何だか分からないかもしれない。

 だが、優にだってこうなった意味が理解できていない──が、敢えて説明させていただこう。


「大体、人の家に勝手に入り込むと言う行為がですね……!」


「ただ部屋を間違えただけじゃないですの! そちらこそ、自分を棚に上げて言わないでくださいませ!」


 ──優の部屋で、うちの制服をきた天城音々と、全裸にタオル一枚を巻いた少女が言い争っていた。

 

 優はどこか遠い目をしながら、先ほどからし続けてきた自分への疑問を、もう一度自分に投げかける。


「なんで、こんなことになっちまったんだろうな……」




 今日も今日とてメアの指導に行くため、まず身なりを正し、そこから彼女の下へと行こう、と考えたのがまずの間違いだったのかもしれない。

 いつもなら、時間がなくて制服のまま進むのだが──今日だけは違ってしまったのだ。


「早く終わったな……メアとの訓練まであと一時間ぐらい……一回シャワー浴びて、着替えてくるか……?」


 たまたま学校が早く終わり、帰路に着いた優はそんなことを考え、家に戻っていた。

 途中、見知らぬ自転車があったが全面的に無視し。引っ越し業者が忙しなく駐車場とアパートを往復していたが、別にそれを気に止めることもなく。ただいつも通りに、家の鍵を開けて、荷物を置き、シャワーを浴びようと着替えを持って、シャワールームと言うか、風呂場に向かった。

 ──というか、まずこの時点で気づくべきだったのだ。なぜか玄関に見知らぬ靴があって、知らない荷物があることに。


 しかし、鈍感とでも言うべきか。それらに気づけず──風呂場にきて、始めて気づいた。そう、シャワーが使われている音に。

 そのことに疑問を抱き、風呂場のドアノブを回して──。


「──、え……?」


「──」


 そう、そこには、神にも引けを取らぬ美貌と、流れるような金髪。そして、溢れんばかりのボディを持った少女がシャワーを浴びていて──。

 すっと、ドアを引いてなにもみなかったことにした。

 そして、一度脱衣室から出て──今一度、先ほどみた光景を再現してみる。だが、どんなふうに光景を改ざんしても、得られる結果は変わらなかった。


 ──見知らぬ誰かが部屋に入って、シャワールームを使っている……!? 

 

「ちょっと! 人が体を洗っているところに勝手に入ってきて、なんの反応もなしですか、このド変態鬼畜野郎!」


「変態はお前だタオルぐらいつけやがれ──!!」


 


「さて。由々しき事態、というのはお分かりいただけましたか」


「ああ、よくわかったとも。見ず知らずの男の家に押し入り、全裸を見せつけるような変態だとふごぉ!?」


 殴られた。

 ただありのままを述べただけなのに、殴られた。不公平すぎる。

 

 優の言い方が気に入らなかったのか、金髪碧眼でタオル一枚の残念ポンコツおバカ美少女は頬を膨らせて。


「わ、私はそこまで見境なしの節操なしではありません!」


「それなんかデジャブな気がするんですけど!?」


「第一、人の家の勝手に上がり込むなど……」


「その言葉、そっくりそのままお返ししようか。人の家でなにやっていやがるんだ、お前はよお!?」


 もう、なんだか面倒だった。メアとか、委員長とか、天城とか、くるみとかとは次元が違った感じでねじが吹っ飛んでいやがる。というか、家を間違えるとか、天然とかの領域を遥かに超えているのではなかろうか。

 しかし、当の本人は優の心の声に気づく様子もなく、あたふたと自らの荷物を漁って──。


「はう! た、確かに、部屋の番号が違うような……。まさか、この私が部屋を間違えていただなんて……!?」


「あーこれダメだ。こいつ天然とかじゃなくて、ポンコツだよ、ポンコツ!」


「ひっ、人を叩かなければ映らないようなテレビと同系統にしないでくださいまし!」


「なんでそういう方向に曲がっていくかなあ!? というか、そこまで具体的な例を出すってことは自分でも認めている証だろ!? そうなんだろ!?」


「ごほんっ」


「こいつ強引に話切りやがった……っ!?」


 それはそれとして。

 他にも、というか最大最速でどうにかしてほしい問題が優にはあった。


「それよりも」


「なんですの?」


「喋り方が古風なのはきっと個性なのだと信じて。だけどさ、取りあえず服を着た方がいいのではないのかな!? まず、男性の部屋に女の人がいるとか、ほんとに誤解されかねない事案なんですが!?」


「何を言いますの? 私、実家ではお風呂に入った後、いつでもこんな服装ですわよ?」


「ポンコツ&露出狂……?」


「不名誉に聞こえるので、その渾名は止めてくださいまし!」


 普通、こんな格好していて、男子から指摘されると顔真っ赤にしてぶん殴って涙目に着替えるとか思ってたのだが、どうやら違うらしい。やっぱり二次元のギャルゲー(啓二に強引に押し付けられた)は当てにならなかった。

 というか、異性に裸まがいを見られるのは構わないのに、露出狂扱いされると怒り出すのほんとになんなんだろうか。こいつはガチで今まで出会った人の中で最高潮にぶっ飛んでいる類かもしれない。

 

「いやさ、どこのどなたか知らないけど、こういうのはさ、もう決まってるんだよ。そう、もう理解できてるんだよ、分かってるんだよ!? どうせここに誰か来て根も葉もないこと吹聴されて回って、近所から白い目で見られるパターンだろ、知ってるんだよチクショウッッッ!!」


「キャラぶれっぶれですけど……大丈夫ですの?」


「おほん」


 ともかく。


「早く! 取り敢えず早く! キャラがぶれててもいいから早く着替えて! ほんとに誰か来る──」


「お邪魔します、優さん。こっちに引っ越してきたので、お祝いと称して三人分のケーキを買ってきたんですが、一緒に食べませんか……?」


 最悪のタイミングだった。

 玄関の方のドアが開き、そこからひょっこりと姿を現わしたのはうちの制服を着た天城音々だ。つい先日、彼女がうちの学校に転校してきたと言うのを事前に聞いていたので特に驚きはない。というか、まずなぜ天城が優の家の合い鍵を持っているのかと言う点だが、これは後々追及するとして──よりも、気にすべきことがある。

 天城の視線が、優と全〇の少女を行き来して──。

 

「──」


「天城さん……? どうして、笑顔で何も言わないのかな……!? ねえ、怖い、怖いから! 無言でケーキ人の冷蔵庫に入れてどうするのかな!? お願いだから、誤解なんてものをしないでくれると助かるんだけども!」


 冷ややかな視線だった。

 まるで、ゴミでも見るような目で。それでいて、何かに戦慄しているかのような目で。


「優さん……取りあえず、状況を説明してください。話はそれからです」


「天城さん!? 待って、怖い怖い怖い! 分かったから、分かったから! 取り敢えず、全面的に悪いのは俺だから!? ねえ、違うよね!? 天城さんはヤンデレとかじゃないよね!? お願いだから、無言で笑みを向けてくるのを止めてくれないかな!?」


 無言で笑みを向けてくる天城に。有無を言わせぬその雰囲気に、結局優は何も言えず──この場で起こったありのままを話すしかなかった。






「そもそも、どうして裸にタオル一枚何ですか? スタイルを見せつけたいんですか、そんなに! ラッキースケベも大概にしてください!」


「やめて、揉まないでくださいまし! いや、ほんとに……」


「はあ……」


 もう溜息しかなかった。何が悲しくて、こんな光景を見なければならないのか。

 ここに居たのが啓二あたりだったのならば、眼福だっ! とか言って写真でも撮りそうなものだが、生憎と優はそんな気分にはなれない。

 というか、なぜ優の周りには常識を無視した、非常識人の比類が多いのだろうか。ここら辺は一度全てを設定しているかもしれない神にでも問い詰めてやりたいところだが、今それをしたって不毛になるだけなのでやめておく。


「優さん! 早く追い出しましょう! 部屋を間違えたのなら、さっさと送り帰すべきです! 裕福な体型には死あるのみです!」

 

 なんだか天城個人のコンプレックスが見え隠れしているような気もするが、きっと気のせいだろう。そう、気のせいだ。彼女のどこの部分が貧相だとか、そんなことは一切考えていない。


「なっ……ちょ、ちょっと待ってくださいまし! まだ着替えも……」


「はい! ストップ! 二人とも落ち着け、落ち着くんだ、いや落ち着かなければ全員追い出すぞ!」


「優さんが一番落ち着いていないんじゃ……」「あなたが一番焦ってるの見え見えですわよ?」などという返しは無視するとして。ともかく全〇と制服ではしゃぐ少女を強制的に正座させる。


「分かったから、取りあえずここらで両者の意見を纏めてみようか! まあ、どっちにしたって被害者なのは変わりないんですけどね!」


「いつもこんな感じなんですの……?」「これは……あれです。若干、というか大分怒ってます……」

 

「まず聞きたいのは、なんでお前達俺の部屋の鍵を持っているのかな!? というか、金髪碧眼の残念ポンコツ少女! お前どうやって入った!?」


「どうって……普通にですわよ?」


「なんでそこで顔逸らすか、聞いても?」


「──」


 ギルティ。その烙印を彼女に付け、次に天城に答えを要求する。


「えっと……優さん、聞いてなかったんですか? 柏木さんからの提案で、優さんの家の合い鍵を作ろうって話になって……私と、くるみさんと、神薙芽亜は合い鍵を持ってるんですが……」


「あの野郎か……」


 全ての黒幕──柏木由姫が脳内でてへぺろ、なんてしちゃっているが、許す気は毛頭ない。これ、訴訟したら勝てるレベルな気がするのだから。

 だが──ふと、先ほどの天城の言葉、正しくは一部分が気にかかった。


「天城」


「はい」


「──もしかしてだけど、もしかしなくてもだけど。メアも、それ持ってるの?」


「勿論です。それに、もうそろそろで到着すると思いますよ? そのためにケーキも……あ」


 気付いた。天城も、気付いてしまった。

 最悪の、この状況に。

 心が通じ合った気がした。だから、そこからの行動は早かった。


「おい、ポンコツ少女! 速く着替えろ! 取り敢えず、人の家の鍵を錬成したことについては不問にするから速く!」


「な、なんのことか、私にはさっぱり……」


「ええい! 天城、GO!」


「了解です」


 もはや有無など言わせない。こちとらメアに対する信頼度の問題があるのだ。もしも、こんな状況を見られたらまず信頼は地に堕ちる。それも、今後一切口を聞いてもらえなくなるレベルで。

 ゆえに、彼女の意見を封殺し、番犬と化した天城にサインを送り、二人がかりで彼女を強引に着替えさせ──。


「優先輩ー! 時間になっても来なかったので、呼びに来たんですけど起きてますかー?」


 まじで呪われているのでは、と顔を覆いたくなった。

 というか、もう全部投げ出したくなった。なんなのだ、このフラグ回収率は。起こってほしくないと思ったことだけ、ピンポイントで起こる。

 

「優さん! 彼女を上がらせてはダメです!」


「ああ、同感だ。だからまず、天城がそいつを抑えて、俺がメアの応対をする……その間に、天城はそいつになんでもいいから服を着せるんだ。俺は変質者の烙印を押されるわけにはいかないッ!!」


「うーうー!」などと抵抗する金髪碧眼の叫びなど漏らすわけにはいかない。天城に全てを任せ、優はメアの下に行こうと二人から離れ──。


「優先輩? なにか、呻き声が聞こえるんですけど……大丈夫ですか? あの、入っても大丈夫ですか?」


「メア、待つ……ッ!?」


 だが、そうは問屋が卸さない。

 完全封殺されたはずの少女の手がどこからか伸びてきて、メアを押しとどめようとする優の足を掴み、その場に定着させて来る。

 

「その目はもはや道連れにしようというものか……ええい、非常に面倒くさい! というか離せ! 何が目的なんだ、ポンコツ少女!」


「私をポンコツと呼んだ報い、ですわ……!」


「根に持つタイプか……!? ああ、もう! 悪かった、悪かったから、取りあえず離してくれるかな!? そちらとしても無実で祭り上げられるのは嫌で……」


「せん、ぱい……?」


 めあ は かたまった。

 リビングの戸を開けた彼女は──中心でもみくちゃになっている優と二人の少女を見つけ、固まっていた。だが、視線だけはしっかりと動いていて。


「──」


「メア……待ってくれ!? 俺は、俺は何も悪くないんだ、強いて言うならばこの世の全てが悪いわけで……!」


 優と、半裸、というか全裸に近い少女の間を何度も視線を這わせ──。


「優先輩……」


「──なんでしょうか」


「最低──っです!!」


「メ、メアああ──!?」


 もはや信じられない、といった顔でその場から足早に去っていくメア。彼女の口から出た最低、と言う単語に少なからずショックを受けたものの、誤解を誤解のままにしてくのもまずい。だから、まず、彼女の後を追って、誤解を解いて──。

 だが、そんな優の考えを打ち砕くように。


「優さん……? 携帯、なってますよ?」


「こんなときに……」


 携帯の画面に表示された名前は柏木由姫──優に仕事、依頼を斡旋してくれる女性だ。

 そして、今ここでその名前が表示されたと言うことは──。


『あ、もしもしー? 今暇ー?』


「どいつもこいつもタイミングが悪いのかいいのか分からねえ……ッ!!?」


 恐らく、優にしかできないような仕事を持ってきたのだろう。

こんな健全な人を出すつもりはありませんでした。

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