プロローグ 【始まりの終わり】
──どれほど、長くこの世界に居ただろうか。
涙は枯れ果て、喉が引きちぎれそうになるまで叫んだ。だけど、何も変わらない。
世界に絶望しようと、見切りを付けようと。失ったものは、絶対に帰ってくるはずがない。
雨が、降りやむことのない雨が、頬を濡らす。枯れ果てた涙の痕を拭い去るように、戦いの余波で更地になってしまった大地に、恵みを与えるように。
──そう、先ほどまで、ここは戦場だった。
と言っても、国と国との戦争ではないし、テロが起こったわけでもない。
一人の少年──英雄になることに憧れた誰かと、怒れる少女。その二人が、争っただけだ。それなのに、生い茂っていたはずの大地は更地に変えられ、少しなりとも舗装されていた道は跡形もなくなった。
自然災害。まさに、この言葉が当てはまる。
携帯が、何もなくなった、少年以外誰もいなくなった世界で、少年のポケットの中で鳴り響く。
恐らく、彼と共に任務を遂行していた者達からの連絡だろう。だが──今は、今だけは出る気になれない。
少年は腕の中に抱いた少女を──顔にかかる髪をどかし、中学生にしては大人びた、それでいてあどけなさを残した顔を呆然としながら、見つめた。
少年の呆れるような夢を、否定せず、言葉足らずで人の感情すら正しく理解できないような奴を好きだと言ってくれた少女だった。
なのに、あっけなく、切り捨てた。救える道だってあったはずなのに、道はまだ残されていたかもしれないのに。世界が危ないと悟って、大勢の人間が死ぬかもしれないと分かって、今まで助けてきた者達が再び窮地に陥れられるかもしれないと理解して、殺した。
今まで、たくさんの人を救ってきた。大勢にすり潰されるはずの誰かを、救ってきた。
だけど、救いたいはずの少女だけは、救えなかった。
大勢が危ないと自分に言い聞かせて、世界を救わなきゃならないという強迫観念に突き動かされて。
選んだ道は、どうだった。
これが、やりたいことだったか?
こんなことが、こんなくそみたいなことが、自分の末路だったのか?
「違う……」
消え入るような声で、雨にかき消されるような音量で、だけど、確かに少年は呟いた。
「こんなの……違うに決まってる……!」
誰に憧れた? なにをしたいと思った? 何のために、この世界に入った?
──少数を助けたかった。誰からも見放されて、泣いている誰かを助けたかった。切り捨てられる誰かを、救いたかった。
だが、その結末がこれ。結局、理想でしかなかった。
──叶うはずが、なかったのだ。
「俺は……俺は……! この結末が見たいがために、こんなところまでやってきたわけじゃない……!」
──少年の理想は潰えた。あまりにも報われない終わりで、幻想は砕け散った。
この日を境に、少年──神代優は全てに絶望する。
これは、始まりの終わりであり、最初の日。彼が、世界に絶望し、自分に絶望した、始まりの日。
彼は全てから逃げるように姿を消した。
これは、少しだけ前のお話。彼がまだ、高校に入る前のお話。
──彼が救われるのは、もう少し後。
少年と、少女が交わる時、運命の歯車はもう一度動き出す。
急にねじ込みました