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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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16話 契約を

『ああ? なんだ、今なんつった、小僧?』


 夢を、見ていた。きっと、彼の起源(オリジン)。忘れていたものだ。


 前にいるのは、かつて死地から優を救い出してくれた、後に優の師匠となる男性だ。

 外見は頼りない大人、という印象を全ての者に与えるだろう。ボロボロのジャケットに、血が付いたズボン。子供の前であろうと構わずに煙草を吸いながら、彼は子供の戯言を聞き返した。


『俺みたいになりたい? ハッ、やめとけやめとけ。俺みたいな大人になると、マジで人生詰むぞ。いいな? 分かったらさっさとどっかいけ』


 しかし、去らない。体に包帯を巻きつけた幼い少年は、去ろうとしない。


『ああ……チクショウ。お前、分かってんのか? こっちの道に来るってことは、厳しい道になんぞ? 妥協はねえ、いや、許されねえ。諦めることはできず、擦り切れるまでやり続けなきゃならねえ……それでも、やんのか?』


 幼い頃の優は、これを理解できなかった。当時は、彼の言う忠告よりも、なりたいという気持ちの方が勝っていたからだ。

 だけど、今なら分かる。彼は──きっと、こっちに来てほしくなかったのだ。いずれ、どんな形であれ関わることになろうとも、その地獄を味わってほしくなかったのだろう。


『あー……意志は固いってわけね、おーけーおーけー』


 彼は自分が吸っていた煙草を、灰皿に捨て──おもむろに、小さな優と同じ視線に立った。


『別に俺は構わねえ。子供であろうとなんであろうと、意志は尊重されるべきだからな。まあ、後で俺が清明の野郎に怒られることになっちまうが……ま、そこはいいとして。もう一度、聞いておくぞ。本当に、いいんだな?』


 最後の確認に、優は頷いた。


『そんじゃあ……やっとくか』


 彼は諦めたように頭を掻いて──優に、その手を差し出す。ごつごつしていて、温かさを感じさせる、そんな手。きっと、優が味わうことのなかった──父親の手と同じなのだろうと、当時は思った。


『そんな不思議な顔すんなよ。これは、まあ、そのなんだ……なんつーか……そう! 契約だよ。誰かが泣いてるとき、誰かが救ってほしいって思ってるとき、こうやって手を差し伸べて安心させてやるんだ。いいな? これテストに出るかんな、覚えとけよ?』


 正直、テストがどうのこうの言っていたが、全く分からなかったので、迷わずその手を取った。


『そんじゃあ、よろしくな、優。大丈夫、不安そうな顔すんな。なれるさ、お前なら──』


 そんな風に気さくに笑って──。


 

 だけど、思い知った。英雄など、正義の味方など、この世にはいなくて。誰が頑張ったとしても、優一人が頑張ったとしても、不可能でしかなかったのだと。



◆◆◆◆◆


「それで、お咎めなしになったの?」


『はい。上の方々が、監視役のくせになぜあの場にいなかったんだとかなんとか言っていましたが、夜叉神家当主──夜叉神有栖様が今回の事件に関して、目を瞑ることにすると。ただまあ……色々と条件はつけられましたけど』


 現在の日にち、5月31日。時間的には11時ぐらい。

 通常ならば休みの日なのだが、うちの学校では課外とかいう訳の分からないものがある。ゆえに、土曜日であっても中々休む暇などないのだが──入院していたおかげで、行かないで済んだのだ。

 そう、優が最初に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。どうやら、あの後、回収部隊によって回収され、病院に運ばれたらしい。


 つい先日──というか今日退院できたので病院ではできなかった、事件の後の顛末を天城に聞いている所だ。


「その、夜叉神有栖さんには感謝しかないね……委員長の件も見逃してくれたんだろう?」


『そこも勿論、はい』


「ただなんていうか……そこまでやってもらうと、何か裏がありそうで怖いな……いや、実際時間が開いたときに面会することになってるんだけど」


『大丈夫ですよ、優さん。有栖様は優さんのように鬼畜ではないですし……あ、優さん。いくら有栖様が美人だからって手を出しちゃだめですよ?』


「人を何だと思ってるのかな!? 天城の目には、俺が節操なしで見境ない野獣にでも見えてるのかな!?」


 ともあれ。事件は概ね収束した。門も無事に塞がれ、犠牲者はなし。どうやら、陰陽党の支部が上手い事運んでくれたようだ。これだけ大規模の事件が起こっておきながら、犠牲者がなしと言うのも珍しいものでもある。

 そして、肝心の委員長の件だが。彼女の彼女で今回の件で懲りたのか、もう二度と魔法の世界に首を突っ込まないことを約束してくれた。これからは、きちんと日常を噛み締めながら生きていく、とまで言っていた。こっちもこっちで、解決したらしい。

 だが、勿論、解決していない部分もあるにはあるが──。


「ところで、証言はどう? 何かボロ出た?」


『いいえ、どうにも。やはり、門の開き方を教えた人間については分かっていません。それに、魔人化の薬……そちらについても解析を進めていますが、中々成果は出ないようです……』


 今回の事件で、三家、または陰陽党は上のステージに辿り着いたことだ。なにせ、収穫が多すぎた。魔人の完成例に、前代未聞の魔人になれる薬。今頃、上層部は敵の狙いを探ることにご執心になっているだろう。


「敵は一体何が目的で、どこにいるんだろうね」


『夜叉神の見立てでは、そもそも日本にいないのではとか言ってます。もう、魔人の事件が起こってから数年経ちました。ですが、一向に尻尾が掴めない。こうなると、やはり日本の目が届かない場所に居るのでは……』


「でも、それなら、海外の方が頻繁に魔人が発生していることになる。だけど、今の所そんな報告はない。第一、それが正しいならそもそも日本に固執する意味は? 世界に打撃を与えるつもりなら、そもそもこんな辺境の地で事を起こす必要はない」


 しかし、実際はここで全てが起こっている。とすれば、ここに何かがあるのだ。一般人であろうと手軽に魔人へと昇華することができるアイテムを作ることで達成させられる何かが。

 いや──もしかすれば、これは途中にしか過ぎないのではないか。これはあくまで過程で、結果は──。

 天城も同じ考えに辿り着いたのか、少し暗い声で。


『それが本当なら……一刻も早く、見つけ出さなければならないですね。このままでは、本当に日本全体が揺らいでしまう』


「ああ……事はもはや悠長に構えているものではない。さっさと三家が手を組んで、早急に事に当たる必要がある。そうでなければ……手遅れになる可能性だって、否定できない」


『三家が組むだなんて……ほぼ無理でしょうけどね。白神と夜叉神であればまだ不可能ではないですが……天神はそれを拒否するはずです。そもそも、今回の事件に際して、天神だけが何も追及してきませんでしたから』


「あのクソジジイか……まだ生きてのか、あの野郎。早くくたばれよ……」


『それに関しては同意です……それと、優さん。今回の事件の解決。ありがとうございました』


「いや、そう改まって言われるとなんだかあれだけど……別に、お礼を言われるようなことをしてないよ。今回のは、メアがいて勝てたようなものだからね」


 今この場に居ない、教え子の事に触れる。


『それで、どうするんですか? まだ、続けるんですか、彼女に魔法を教えることを』


「やっぱり気づいていたか……いや、まあ、天城が気づいていないはずがないけど」


 今の今まで隠していたはずのこれからの事を聞かれ、天城に隠し事は不可能かと笑う。

 

「続けるよ、勿論。あれほどの才能を見せつけられて……それで見捨てるようなら、もう魔法士の世界には戻ってこないほうがいいんじゃないかって、レベルだからね」


『そこまでなんですか? 神薙芽亜は』


「ああ。間違いなく逸材だ。ただ、謎も残る……誰が、いつ、何の理由で彼女の魔力を封印し、なぜこのタイミングでその封印を解いたのか。そこらへんは考える必要があるだろうね」


『そうですか……頑張ってください。私も、もうそろそろでそちらに移れると思いますので』


「それじゃ、もうそろそろメアの指導の時間なんだ。切らせてもらうよ」


『はい。では、また会いましょう……あ、それと……格好良かったですよ? 優さんの戦う姿』


「それは、どーも」


 最後の、どこか気遣うようなその言葉に、微笑して──。


「さて、行くか」


























「もう、退院してたんですね……」


「ああ、心配かけたみたいでごめん。……それよりも、ちゃんと自主練やってた? オリジナルの件についても、まだ教えたいことがたくさん残ってるんだ。早々に始めよう」


 いつもの場所にきて、いつものようにメアと言葉を交わし、いつも通りに淡々と日常を過ごしていく。

 優が守りたかったものを、噛み締める。


「あの……その前に、聞きたいことがあるんですけど……いいですか?」


「うん? ああ、いいけど……」


 そのままメアに連れられ、ベンチ──なぜここにこんなものがあるのかという質問は置いておいて──に座らせられるが、まさかの無言の空間と化す。

 優としては、実にこの無言の空間が嫌いなのでどうにかしようと、何か考えを張り巡らせるが一向に思いつかない。

 そんな風に、目に見えてあたふたしていると──。


「ふ、ふふ……」


 笑った。あの、いつだって笑おうとしなかったメアが。

 

「それで? 俺に聞きたいことってのは?」


「あ、その……どうして、先輩は魔法士になったんですか?」


 どこか遠慮がちにそう聞いてくるメアに、一瞬どう答えていいか迷った。

 だが──嘘をつくのもあれなので、正直に言うことにした。


「英雄に、なりたかったんだよ、きっと」


 叶わないと知っている。でも、憧れてしまった。だから、優はここにいる。


「だから、そんなにも、強いんですね……」


 どこか嬉しそうに呟くメアに、思わず首を傾げてしまうが、彼女は何も言わず。


「私は強くなりたい。変な力になんて頼らず、自分自身の力で強くなりたい。そして、助けたい人がいる……そんな風に、それを目標にして生きてきました」


「ああ……知ってる」


「だけど……私、新しい目標が出来たんです」


「目標……?」


「はい。あまりにも遠くて、達成できないかもしれない……でも、どうしても、やりたいことが、できたんです。だから──どうか、私に魔法を、戦い方を教えてください」


 それは、今までの意味とは、違った意味のような気がした。自分の弱さを受け入れ、進むべき道を再確認した、そんな少女の、純粋な声。

 優はそれを微笑ましげに見て、思いついたこと、ずっと言いたかったことを口にした。


「──。メア。君は、強くなる」


「──」


「俺は、そう感じた。あの時、そんな風に思った」


「──?」


 神薙芽亜の才能には底知れないものがある。だから、見て見たくなったのだ。彼女の行く末を。彼女の辿り着く果てを。どんな結末になるかは分からないが──だが、最悪にはさせない。なぜなら、そのために優がいるのだから。


 手を、メアの前に出す。


「だから、と言ったらなんだけど……なんていうか、気持ちを一新する意味というか、不安になっている人を安心させるためと言うか……そう、契約だよ、契約」


 かつてのように。かつて、優と師匠が契約したように。

 契約を求める。だが、血の契約とか盟約だとかではなく。単純に気持ちの問題だ。


「なんだか……その言い方だと、悪魔と契約するみたいですね」


「確かに、そう聞こえるかもね」


 一度、そんな風に屈託のない笑みを浮かべて──。


「改めて、よろしく、メア」

 

「はい──優先輩っ!」


 

 これは、超常を扱う者達の物語。

 しかし、未だ終わりではない。むしろ、これは始まりだ。

 これから始まる、終わりの──。

これにてひとまず一章完結です。


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