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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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12話 役立たずで使えなくて誰からも期待されない、無能と呼ばれた少女

 ──生まれた時から、兵器であることを望まれた。

 人間でなく、感情がない、ただの兵器。人を殺すことに何の躊躇もなくて、人を蹴落とすことに何のためらいも持たないように設計された──はずだった。

 だけど、それは彼女にはなかった。

 彼女の兄や妹達とは違って、化け物である彼らとは打って変わって、彼女だけは平凡で──否、才能などない、無能として生まれた。

 魔力は子供以下しかなく、まともに魔法すら発動させられない。全ての才能を持って生まれた彼らの中で唯一、才能がない者として産み落とされた彼女は自由を奪われた。


 ──才能がないのならば、せめてその顔を見せるな。お前は失敗作なのだから。


 そう言って、彼女は三歳の頃に、自宅の地下──階段を下りた先にある厳重な警備を敷いた地下牢に入れられた。

 それから、彼女の人生は地獄だった。


 牢の中からただ空を求めて、見上げるしか出来なかった。いい匂いが彼女の下に届いても、ただ妄想するしかなかった。

 少しでも、外に出れば、浴びせられるのは非難だ。それも、血を分けた実の兄弟達からの。


 ──お前は役立たずなのだと、だから引っ込んでいろと。そう言われた。

 

 ──お前は使えないのだから、二度と表に出てくるなと。そう言われた。


 ──お前には期待していないのだと、だから無理に頑張るなと。そう言われた。


 ──お前には才能がないと、無能なのだと。お前など、仔ではないと。そう言われた。


 言われて、言われて、言われて、言われて、言われて、言われて、言われて、言われて、言われて、言われ続けた。顔を合わせるたびに、ある者からは憐憫を受け。ある者からは怒りを受け。ある者からは同情を受け。ある者からは嫌悪を受けた。

 

 そんな人生を続けていれば、子供だって分かるような真理に辿り着いた。


 ──そう、私は。役立たずで使えなくて誰からも期待されていなくて、才能なんて何一つない無能なのだと。


 だけど、外の世界に出て、初めて、自分を肯定してくれる人に出会って──。























「魔獣が、多いな……」


 先ほどの店から出た優は、天城との会話で設定した目標の場所──ビルの跡地に向かっていた。

 とはいえ、簡単に辿り着けないのも分かっている。第一、門が開かれた何分が経った? その時間を考えれば、既に街の中に魔獣が溢れかえっていて、血で塗りたくられていてもおかしくはない。

 だが、今の所それはなさそうに見えた。

 恐らくは避難誘導──メアの監視についていた奴らが暇になったため、彼女を見つけ出すよりも避難を優先しているのかもしれない。もしくは、天城が彼らに連絡を入れたか。

 しかし、それに感謝すべきだ。おかげで──極力、切り札を使わずに行けるのだから。


「魔獣……」


 携帯で最短の経路を確認しつつ、約500メートルぐらい進んだ頃だろうか。ついに、悪魔のしもべ──魔獣が優の前に姿を現わした。外見は、犬のそれ。ただ決定的に違うのは、三つの顔と吹き出る魔力だ。

 魔法士界隈では、こいつを最低階級の魔獣──ケルベロスなどと呼んでいる。

 気を付けなければいけないのは、三つの顔で使える魔法が違うと言うことだ。例えば、真ん中が火、左が水、右が風、と言った風にだ。

 最弱、と言えば聞こえはいいが、少なくとも第六階位──第五階位でなければ相対すること自体禁じられている魔獣だ。というか、実際の戦闘に加わることが出来るのは第六階位からだ。メアのような、第七階位では魔獣関連では避難を優先させる役回りなのだが──どうも、それを知らない節が彼女にはあった。

 なんというか、箱入り娘、とでも言えばいいだろうか。とにかく、外の事を知らなさすぎる。魔獣然り、通常の生活然り。まるで無知同然の幼子だ。


「悠長に避けながら進む暇なんてないな……」


 携帯に視線を落とし、尚且つ徒歩で行く際の時間を見る。──約10分。

 既に事件発生から、約20分が経過している。メアが飛び出したのも、ほぼ同時刻。まともな知識があって、第三階位──一般的な強さを持っているなら、事件は解決できている頃合いだ。その後ろに、強大な敵が居なければ。

 ──これだけの時間が経って、未だに解決の兆しすら見えない。つまり、まずい。可能性としては、彼女がやられていることだっておかしくはない。

 今はそうでなかったとしても、時間がかかればかかるほど、その可能性は高くなってくる。

 ゆえに。


「どけ」


 短く、街を我が物顔で跋扈する魔獣に向けて、そう告げて。

 マスターから譲り受けた銃──その銃口を魔獣に向け、その引き金を引いた。けたたましい音が街中に鳴り響き──同時に、魔獣へと向かって放たれた対悪魔用銃弾が体の中に入り込み、内側から何かがせりあがってくるように破裂する。


「約10分ぐらいか……もう、使うしかないか……」


 覚悟を決めて。彼女が向かったかもしれないビルの跡地へと進んでいく。


























「ぅ……ぅぅん……」


 そして、メアはうめき声を発しながら、目を覚ました。

 未だ頭の方が覚醒しきっていないのか、状況が全くと言っていいほど分からなかった。まず、視界に映るのが、地面のコンクリだ。罅が入っているのを推測すれば、作られてから何年──どころか、十年以上経過していることぐらいは、外について詳しく知らないメアでも理解できた。

 だが、それ以上に疑問なのは、視界の半分以上を覆っている金属の檻だ。また、手足には枷がついており、簡単には外れないようにしてあるのか、彼女を縛っている鎖は外に括り付けられている。

 

 ──簡単に説明しよう。神薙芽亜は縛られていた。否、捕まっていた。


「ようやくお目覚めかな? どうだった、監獄での夢心地は」


「──っ」


 自分の格好に疑問を持ち、何度も睥睨していれば──突如、彼女の後方から声が投げかけられ、思わず身構えてしまう。

 だが、声の主はそんなこと気にしていないように。


「やあやあ。初めまして。僕は有村栄人。しがない高校生──いや、ここを治めることになる王だよ」


「何を、言って……」


「待って待って。言いたいことは分かるよ。いきなり縛られていて、いきなり話しかけてきた相手がそんなこと言って来たら、僕だって思考放棄するよ。大体さ、僕みたいな平凡なやつがここに居ること自体おかしいんだからね」


「あなたが……黒幕?」


「うーんと、それは門を開いた、ってことかな? とすれば、僕が犯人だよ」


 情報を聞き出そうとするメアに、まるで遊んでいるかのようにぺらぺらと喋る。だが、メアにとって、それはあまりに歪に映って──。


「なんで、そんなことを……街の人達が殺されちゃうのに……」


「ああ……街の人? いいよ、別に。あいつらに生きてる価値なんてないし」


「──」


「僕の王国に、僕を馬鹿にするような奴らは要らない。不必要だ。むしろ、これは選抜なんだよ。分かるでしょ? 要らない人間を全部ぶち殺して、僕が住みやすい王国に変えるんだ。そのために、門を開いた」


「──本当に、そんなことのために……?」


 信じられない、と言った調子で震える声でメアが言った。そんな様子に、彼は心底嬉しそうに顔を歪め──。


「僕の名前はさ、栄えるに、人なんだけど……おかしいよね? そんな大仰な字を使っている割に、なんで僕はこんなにも地味なんだ? 誰からも馬鹿にされるんだ? ねえ、考えてみてよ。名前の字ってさ、その人を表すっていうじゃん。なのにさ、現実じゃそんなことない。意味わからないんだけど。そもそも、僕には夢があったんだ。まあ、ごく平凡なものなんだ。ハーレムをやってみたかった、誰からも祝福されたかった。そんなごく普通の感情が、僕の願いだったんだよ。なのに、そんなことすら叶えられない。誰も、僕を褒めてくれない。誰も、僕を好きになってくれない。おかしいじゃん、狂ってるじゃん。だから、誰もやってくれないなら、自分でやってみようって考えに至ったんだよ。僕に不都合な人間だけ消して、ここに僕を褒め称えて、僕を愛してくれる、そんな王国をつくろうってね」


「──」


 反吐が出そうだった。

 メアには、この男が言っていることが何一つ理解できなかった。いや、違う。もう、これは理解するとかしないとか、そういう次元の話ではないのだ。それ以前に、こんなやつとは関わってはいけなかったのだ。


「意味わかんない、って顔してるよね、うん、それが当然だよ。それもそうだよね。意味わかんない結論聞かされて、理解したくもないことを告げられて。僕だったらもう泣きわめいてるよ。──でもさ、君も同じだろう?」


「──、え……?」


 一瞬、息が止まった。


「君だって、誰からも期待されなかっただろう? 誰からも除け者扱いされただろう? 思い出してみてよ。君の思い出に、誰かに褒められた記憶なんてある?」


 嫌だ、それ以上は聞きたくない。ダメだ。こいつの言っていることは理解できないで済ませろ。そうでなければ──。


「親から、何て言われた? 兄弟から、なんて言われた? ──ほら、僕と君は同類だ。誰からも祝福されなくて、誰からも才能ないって言われて、何度傷つけられた? 何度死にたいって思った? ねえ、どうなんだよ、言ってみてよ」


「わ、私は……」


「言えるだろう? 散々、受けてきたはずだ。自分は努力してるのに、誰からも認められなくて、辛い思いしたじゃん。それなのに、あいつらはもっと奪っていくんだ。最底辺に着いたのに、それ以上に奪っていく。……ああ、くそ。イラついてきた。でもさ、分かってくれるよね? 分かってほしいんだけど、答えはどうかな?」


「ち、ちが……」


 そんな風に、口では言っておきながら。だけど、脳裏ではしっかりと逆の事を言っていた。

 ──そうだろう、と。お前も、あいつと同じだろうと。


「うんうん。今はしょうがないよ。だって、心と体が一致してない。それも当然だよね、だけど、時間は待ってくれないんだ。どんな奴が出てくるか……最悪、『女帝』だって出てくるかもしれない。だから、穏便に、かつ迅速に済ませてもらうよ」


「それ……は」


「魔人薬。これがあれば、誰だって速攻に魔人になれる。──君が求める、強さが手に入る」


 彼が懐から出した試験管──その中で蠢く、紫。禍々しいそれは、まるでメアを歓迎するかのようにうねって、深い闇を見せてくる。恐らく、それを手にすれば、二度と人間には戻れない。そんな確信があった。

 だが──揺らぐ。揺らぐ。揺らいでしまう。

 力が、欲しい。誰にも負けない程の、強さが。誰もを見返せるような、強さが。


 嘲笑が、嫌悪が、何もかもがメアの周りを渦巻いて離れない。メアを救ってくれた、あの人の最後の顔が絡みついて離れない。後悔が、自分のせいで何もかもを狂わせてしまったことへの、深い悔恨の念が覆って離れない。


 だから、自然と。メアの手は動いていた。檻に阻まれながらも、ただゆっくりとそれに手を伸ばす。

 もう、何も目に入らない。目の前の男の口が三日月に曲がることも、周りの誰かがメアを同情するような目で見ていることも。

 メアは、彼が差し出してくるそれを掴みかけて──。


 ──才能がある。


「──っ」


 ──君は、弱くなんかないよ。


 なぜか、それが脳裏に響いた。なぜかは分からない。だけど、体は動いていた。

 男が差し出してくるそれを──メアはただ弾いていた。


「な──」


「──あ、え……?」


 その行動に、男は狼狽し。メアもその行動に驚愕する。

 あれほど強さを切望していたのに。願望していたのに。いざ、それを前にしたら彼女はそれを弾いた。


「なぜ……!?」


「だって……そんなの、私の力じゃない! 私が欲しいのは、そんな紛い物じゃない。そんな紛い物じゃ、あの人達を見返せられない! 私は、そんなもの望まない!」


「チッ……!?」


「私に未来を託してくれたあの人(おかあさん)も、きっとこんな結果なんて望んでいない! あの人は、私の強さを信じてくれたから……私は!」


「ふ、ざけるな……!?」


「私は……私の力で、前に進む!」


 訳の分からない薬になんて頼るな。自分の力で前に進め。そのための道筋は、既にメアに用意されているではないか。

 

「ふざけるな、この愚図がぁ!?」


「──っ」

 

 だが、そんな攻勢も。男の怒号によって鎮圧してしまう。


「自分の力で前に進む!? そんなこと出来るわけないだろう!? お前には才能がないんだよ、自分で分かってるだろうが! 大体なあ、力があったら、今頃お前はここにいないだろう!? 何を夢見ていやがるんだ!」


「──ち、ちがっ……」


「違わないんだよ!? いい加減現実見ろよ! お前は役立たずなんだ、無価値なんだ、使い道なんて何一つなくて、誰からも必要とされていないんだ。だから、使ってやろうって言ってるんだよ、分かれよ能無しが!」


 まるで、思い通りに事が運ばなかったことに対して、癇癪を起しているかのような取り乱しっぷりに、しかしメアは気圧されてしまう。ろくに反論することもなく、ただ相手のペースに呑まれてしまう。


「くそ……くそ、クソが! もういいよ。本当はそっちの許可ありきの方が罪悪感もなかったんだろうけど……もうめんどうだ。強制的にでもこっちに来てもらう」


 そう言って、そいつは手に持っている試験管を上へと振り上げる。そう、まるで、投げるような感じで──。


「は、はは、ははははは! 実はさ、この薬……別に口から摂取しなくてもいいんだよね。そう、例えば皮膚に掛けるだけでも、体内に吸収されて魔人になることが出来るんだ。便利だろう?」


「やめっ……」


「じゃあ、次に目を覚ました時。君は強くなっているよ。おめでとう、神薙芽亜。これで、もう君を卑下する奴なんていない」


 少年は狂ったような笑みをメアに向け──試験管をひょいっと投げた。勿論、避けようとはした。だけど、そもそも活動範囲が狭く、縛られているような今の状況で避けられるわけがない。

 つまり、万事休す。折角、勇気を振り絞って声を出したにも関わらず、結局は無駄だった。

 

(ああ……結局、変われなかったなあ……)

 

 役立たずで、足手まといで、何も出来ない。そんなメアの評価は何も変わらない。そんな風に、現実を達観しながら──ただその瞬間を受け入れる。


 

 そして、その瞬間を優は見ていた。寂しくなってしまった街に響く大音量の罵倒。それだけで確信できた。必ず、ここにいると。

 顔を盛大に歪め、嘲笑にふけっている大馬鹿者を──そして、そいつが投げた禍々しいそれを注視し、地面に落ちていた板を拾い上げ、弾丸のように突貫した。


「何か受け入れてるとこ、悪いけど……そんなのは許さない。どんな状況であっても、生き残る方法を模索しろ。それが今日、俺が教える、まず一つ目だ」


「あ──」


「な──!?」


 その場の誰もが、ありえないはずの乱入者に驚きの声を上げ──同時に、メアと試験管の間に、そこらへんに落ちているような板を滑り込ませる。


「さて、散々俺の弟子を馬鹿にしてくれたようだけど……ツケは払ってもらうぞ、クソ野郎」


 試験管を割らないよう、細心の注意を払いながら、板を前へと移動させる。


「そんな効果も不明な薬を人に勧める際には──まず、自分が試しに使ってみるのが筋だろう?」


「てめ──あああああああああッッッッッ!!!???」


 そして、手首を返して跳ね返し──試験管の中身が全て、少年に浴びせられ、絶叫が響き渡った。

 肌を焼く音。何かが体の中を這い寄る音。人の体では到底耐えられないような、まるで拷問のようなそれが目の前で展開されていた。

 だが、それらには一切目もくれず──優はメアに縛り付けられていた鎖を引きちぎり、彼女を捕らえていた檻を蹴りだけでぶち壊す。

 

「あ、あの……」


「説教なら、あとでたっぷりしてやる。だから、メア。取り合えずその鎖持ってきてくれないかな。こいつをここで縛り上げ──」


 淡々と作業をこなしていく優だが──突如、後方。暗闇から、魔法が(、、、、)放たれ(、、、)、地面に転がることで間一髪で避け切る。


「なぁんだ。やっぱり、神代君ってこっち側の人だったんだ」


「なんで……君がここに居るのか、って聞いてもいいかな……委員長!?」


「勿論、ここに誘われたからに決まってるじゃない? 神代君」


 肌が紫色に変色し、瞳がまるでオオカミが如き相貌に変化した──もはや、人とは思えない相好をした委員長が、立ちはだかる。

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