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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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11話 Are you a HERO?

『彼女──神薙芽亜を助けてくれませんか?』


 携帯から聞こえてくる声に、天城のその声に、優はなんと答えていいか分からなかった。

 

「──どうして、と。聞いていいかな?」


 停止しそうになる頭を必死に絞りながら、結局ひねり出せた答えはそれだけだった。そのことに、大分衰えているなと頭の中で感じながら、彼女の返答を待つ。


『決まってます。彼女を失うのは、まだ早い』


「そっちが先に仕掛けてきたんだろう? 勝手に疑って、勝手に見定めて。いつだってそうじゃないか。これは正義だとか、未来のためだとか。起こりうる災害を摘み取っただけとか。結局、何の罪もない人間を殺すのが、裏の世界の常識じゃないか」


 それがこの世の真理だ。優達が生きている平和は、裏の世界での犠牲で成り立っている。

 魔法士の世界なんか特にそれが顕著だ。何の罪もないのに、勝手に動いて。その行動で、どれだけの人間が悲しむかなんて何一つ考えていない。自らの保身、財、栄誉。そんなくだらないもののために、一体どれだけの人が闇に葬られたのか。

 

 そして、今度は何だ? メアを疑っておきながら、監視して首に縄をかけておきながら、今度は失いたくないと? 

 ──ふざけるな。そんなものは、正義感でも何でもない。


 ただ、そのうち起こる悲劇を前にして、メアに犯人役を被らせて、自らが手柄を独り占めしたいだけだろう。

 

 ──無論、天城がそういう人間ではないのは理解している。そういう輩は、ごくわずかしかいないと、そう思っている。

 だが、全員が全員。彼女を信用していたわけではなかった。むしろ、疑っていた。

 それが人の心であると言うことは理解できている。だが、どうしてもそれが我慢できない。


『優さんの言うことは、もっともです。第一、私も……疑ってましたから』


 優の気持ちを察したのか、自らの本心を隠さず伝えてくる天城。

 

『でも……ダメですか? 信じていない人が、助けたいだなんて思って』


「──」


『私達は一部を除き……誰かを救うために、この世界にやってきました。それは、今神薙芽亜を疑っている者達であっても変わりはありません』


 皮肉を交えながら、優にも彼女は自分の事を言っているのだと理解できた。

 彼女は、一般の魔法士とは訳が違う。ただ、生まれついたときから殺人者としての在り方だけを埋め込まれて、この世界に入って来た。

 だが、それは例外中の例外だ。

 この世界の魔法士はきっと、自らの裏側にある真実とやらに気づき、胸躍らせたのだろう。目の前で傷つく誰かを救いたいと、そう願ったのだろう。

 かくいう優も、その一人だ。


『長い年月の中で、それは不可能だと悟った……人の世とは、醜く、足を引っ張り合いながらでしか前に進めないから。──知ってますか? 魔法士が生まれて、江戸時代の頃になると……悪魔との戦いではなく、むしろその力を悪用した者達との戦いが増えていったそうです。これこそ、まさに人の世を表していると思えませんか?』


「──ああ、知っているとも」


 人の世はあまりにも醜い。自らが上に上がるために、他人を蹴落とし、その過程で生じた弱者は淘汰されていく。救いなんてなく、弱き者はただ世界を恨みながら散っていった。

 自尊心。強欲。色欲。傲慢。

 そんなもののために、人は──。


『その過程で、彼らは歪んでしまった……取り返しのつかないレベルで、魂が腐ってしまった……。結果、疑う必要もない人達を疑うようになった。でも、きっと彼らからは失われていないはずなんです。彼らだけの、最初の願い──起源(オリジン)は』


「──何の、話?」


『勿論、優さんのですよ』


 未だ天城の言わんとしている所が掴めず、つい聞き返してしまうが、天城はあくまで冷静に、言うことを聞かない子供をあやすかのように、落ち着いた声で返してくる。


『優さんの起源(オリジン)は……どんなものでしょうか』


「──」


『最近、優さんと再会して……昔の事を思い返すようになりました。すごくきれいで、輝かしくて、もう戻ってこない日々。思い出すんです。きっと、私達がそんなにも幸福であれたのは優さんのおかげなんじゃないかって、思ってます』


「それこそ、過大評価だよ。天城達の幸せに、俺は関係ない。人の感情すら理解できていなかったあの頃の俺に、そんな願いはなかった」


『──優さんは、多くのものを救い上げてきました。救えるはずのない誰か。救ってはいけないはずの誰か。死ぬ予定だった、誰か』


「──」


『これは、私の理想論で、押し付けがましいもので、もしかしたらあなたにとって残酷な答えを突きつけるかもしれない。ですけど……あなたは、英雄だった。あなたは、決してこんなものじゃない、って言っていましたけど……それでも、誰よりも多くを救い、誰よりも人の涙を許さなかったあなたが、私は好きなんです』


「──」


『どうか、お願いします、優さん。もう一度だけ、もう一度だけでいいんです。神薙芽亜を救い出して──もう一度だけ、あなたの格好いい所を見せてくれませんか? 英雄で、あるところを』


 少しだけ、考えていた。

 彼女の話を聞いて、思い出していた。

 自らが全てを救う愚か者と称されていた時代を。


 ──ただ、人の世が許せなかった。

 誰かが泣いていても、誰かが泣き叫んでいても、平然な顔で見逃して、誰も手を差し伸べようとしない、社会が大嫌いだった。

 失意に沈んで、全てを失くして、下に転げ落ちた者達に手を差し伸べてくれない者達に憤慨した。

 これが、こんなものが、人の世なのだと見せつけられた。

 

 落ちる涙。響き渡る慟哭。代償は支払っているはずなのに、契約者は現れない。

 だから──。


「──天城。その依頼、受けよう。ほかならぬ、天城の頼みであるのならば、断る理由もない」


 あくまで本心は語らず、そんな風に告げた。

 でも、本心では分かっている。きっと、天城が聞きたかった答えは、そうではないのだろうと。

 だけど、彼女は全て分かっているように。


『ありがとう、ございます。優さん』


「──あー……それでだけど、精神論は終わりにして。具体的な話に移ろう。今現在、俺は武器を所持していない。メアを助けるにも、騒動を解決に導こうにも、武器がなければただの的でしかない」


『その点に関しては抜かりなく。以前、優さんと私が会話した店──あそこに、銃を隠しておきました。勿論、殺傷性のない、悪魔──悪しきものにだけ作用する弾も付随です。ただ、上の目をごまかしたので、そう数は多くないのでご注意ください』


「なら、それを使うとして……天城。そこにパソコンは、いやこの際地図を見せるならなんでもいい。何かないか?」


『勿論あります。くるみさん、マップ開いてください。そこで愛知を検索して、この駅を選択して……』


「その周囲に、開けた場所は? 門を開くには、それ相応のスペースが必要になる」


『この近くだと……公園、もしくはビルの跡地しかないですね……ただ、監視からの言が正しければ、神薙芽亜はビルの跡地のほうに向かったそうです』


「あまり参考にしたくはないけどね。もしも、メアが監視に気づいていたのならば、彼らの監視網から抜けるためにそこを通る必要も……まあ、ないか」


 今述べたのも、結局メアが監視員に気づいているかどうかの問題だ。優とて、簡単には見つけられない。監視員、と称しながら恐らくは忍者とかの末裔だろう。夜叉神は、そういう風に血統を重んじるきらいがあるのだ。

 

『とすれば、最初は公園……いえ、ビルの跡地ですね。公園だと見晴らしがよすぎる。隠密行動をしたい敵にとっては、存在を隠し通せるかどうかがカギになってくるのでしょうし』


「ああ。その意見には賛成だ。とすれば……方針は決まった。まず、ビルの跡地に向かい、メアと合流。これが最優先事項。そののち、上手くいけば敵を倒す……」


『あまり無茶はしないでください。優さんは式神を持っていませんし、尚且つ敵は魔人の戦力を保有していると推測されます。それに、優さんだけの魔法は制限時間付きです。くれぐれも、気を付けてくださいい』


「ああ、肝に銘じておく」


『一応、私も向かいます。もしかしたら、間に合わない可能性もあるかもしれないですけど……出来る限りの事はしたいので』


「助かる。常に最悪を想定していないと、まずいことになるからね」


『では、ご武運を』


 天城のその声を聞いて、少しだけ頬を緩め──次の瞬間には、変わる。かつて、全てを救いあげることに尽力した、英雄のその顔に。


「それじゃあ、始めよう。依頼された任務は、必ず遂行する」


 






















「マスター、急用なんだ。悪いね、折角来たにも関わらず、何も頼まないで行くだなんて」


「いえ、お気になさらず。それが貴方達の仕事でしょうから」


 まず手始めに、優は以前来たことのある一見潰れたように見える店──その中に入り、カウンターの奥でコップを磨いていたマスターにそう断っていた。

 どうやら、天城は装備の一式をマスターに渡していたらしい。ゆえに、彼女から教えられた暗号を口にする。


「愚か者には鉄槌を」


「──貴方が、かの有名な『愚者』でしたか」


「そのことに関して、今答えている暇はないんだ。そっちで納得してもらうしかない」


 『愚者』、とは優に当てられたアルカナだ。

 そして、『愚者』はたぶん、魔法士の中では一番か二番目ぐらいに噂の立っている称号だろう。優がまだ現役の頃、色々無茶をやってしまったので、裏の世界では恐れられているに違いない。

 天城に聞いた所、『愚者』、という単語を聞いただけで竦んでしまう人間すらいるとか。

 正直、風評被害でしかないので止めてもらいたいが──そういう噂は自分で消そうと思っても不可能なので、自然に鎮圧するのを待つしかないのだ。


「これを。『女帝』──天城様が置いていった、リボルバー式の銃となります。実弾はございませんので、ご注意を。対悪魔用の弾が100……無駄撃ちはなさらぬよう」


「ああ。分かってる」


 初老のマスターから渡された銃を値踏みし──これならば問題ないだろうと、彼から渡された全てを持って、店を出る。

 


 ──これより始まるのは、闘争。

 全てを救い出そうと足掻いた男の、劇場である。

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