9話 お出かけ
そして、時は経ち──。
5月25日。日曜日、午前8時。
優は黒のパーカー──まあ、簡単に言えばお前そんな格好して暑くないの? って問われそうな感じの服装であり、普段ならば絶対に来ない駅とやらに来ていた。
駅──と聞いて、まず思い浮かべるのは、まず普通の、何の装飾もない駅だろう。電車が走り、何の面白味も配置されていない、駅。
だが、ここは違う。大都市の駅に行けば分かるだろうが、今の駅には色々と付随している。服屋だったり、食事店だったり……ただし、そんな風に語ってはいるが、優自体も詳しいわけではない。
今まで、優は駅をそんな風に活用したことがなかったからだ。いや、京都に居たことがあるにもかかわらず、そういうのはおかしいとは思うかもしれないが、昔はそんなことに興味がなかったのだ。ゆえに、経験がなかった。
「そして……呼んだ張本人が来ていないのはどうなのかな……」
絶対に来ないであろうここに来たのには、勿論理由があった。
そう、優のクラスの委員長によって、殆ど強制的に約束を取り付けられたのである。優としては、今日がメアとの指導の最後の日なので、指導に専念したかったのだが──まあ、仕方ない。結局、今の今まで連絡は来なかった。とするならば、もう解雇で間違ってはいないのだろう。
そんな風に考えて、自らの手に持っている携帯の画面に目を落とし──。
「やっほー。神代君、待った?」
「……委員長か、おはよう」
「なんかテンションひくーい」
張本人である委員長が行き交う雑多の中から、ザ・平凡を貫いたような服装である優を見つけ出し、彼女が話しかけてきた。
朝っぱらからテンションの高い委員長を前に、若干気落ちしたような感じで答える。
「気のせいだよ、それよりも早く行こう。こっちも色々と忙しいからさ」
「全く……女の子と一緒にきているんだから、少しぐらいは緊張してほしいもんだけどねー」
「ごめん。委員長は対象外というか……まあ、そんな風には見れないよね」
「……え? もしかして、神代君てそっち方面の……ッッ!?」
「こいつはなんでこんなに切羽詰まった声を出してやがるんだ……ッッ!!」
ともかく。
「その誤解は後々解くとして……それで? どこ行くの、委員長? そう言えば、何買いに行くのかを聞いてなかったけど」
「ふっふー……実は参考書とか色々買いたいんだけどさ。やっぱり便利屋──もとい、専門家の意見が必要じゃない?」
「人を便利屋扱いするのは止めてくれないかな……!? 第一、俺はそこまで学力は……」
「あるでしょ? だって、計算も早いし、こっちの指示とか寸分違わずに終わらせてくれるし……まあ、神代君の事だから、面倒なことに巻き込まれるの嫌だから、ちゃんとやってないんだろうけど」
「なんでどいつもこいつも同じような感想しか持たないんだ……ッッ!?」
脳裏に浮かぶは、なぜかどや顔の柏木だ。鮮明に思い浮かばれるそれを端っこに追いやり、彼女と共に向かっていく。
「それで? 結局荷物持ちをさせられるのが運命なのかな……?」
「そこはまあ、ね? 二人で買い物に来た時点でこうなるって予想してないと……あれ? もしかして、神代君てそういう経験がゼロ……?」
「こほん」
優と委員長で駅に突入し──正確には、周りにある売店などだが──、小一時間。優はげんなりしながら、うきうきと買い物をする委員長に問い返していた。
なんだか会話を進めるごとに、委員長の顔が哀れな視線へと変わっていくが、そんなのは気にしなくていいだろう。
「ともかく……いや、やっぱり休日あたりに来ると人が多いね……」
「そうだねー……ただまあ、平日の方が多いと思うよ? ここに通学通勤を目当てにしてやってくる人達が居るんだから」
「まあ、確かに……それは言えなくもないけど」
優はあまり電車を利用しないため、普段からどれだけの人間がいるかが分からないのものの、休日でこれだけ多いのだから、もう平日は地獄なのだろう……と、投げやりな感想を持ち、彼女と一緒に目当ての場所に向かおうとして、角を曲がって──。
「きゃっ……」
ぶつかった。どうやら、人の多さに驚愕し端っこを歩いていた誰かとぶつかってしまったようだ。ともかく、優が転ばせてしまったようなものなので、目の前で尻もちをつく誰かに手を伸ばして──。
「すいません……大丈夫ですか?」
「あ、えっと、はい。すいませ……っ!?」
「なんで驚いてるのか……て、ちょっと待って。メア!?」
メアだった。服装は優と同じメーカーの白のパーカーで、下は白に相反するような黒のショートパンツ。普段と相変わらぬ銀髪ではあるものの、恐らくは認識障害の魔法を使っているのか、誰もそれをおかしいとは思っていない。
だが──昨日の今日で、会うのは……なんというか、きまずい。物凄く、気まずい。
「なになにー? 神代君の知り合い? その子」
「委員長……本当に話がこじれるから、少しだけ後ろに下がっていてくれないかな!?」
後ろから覗き込んできて、なにか不穏な予感をもたらそうとして来る委員長を一度黙らせ、優は今なお手を取ろうとしないメアに視線を注ぐ。
恐らくは、昨日の事が引っかかっているのだろう。優もまた、昨日の事で気まずい部分はある。メアからすれば、優以上だ。
「神代先輩……その、昨日は……すいませんでした」
「メア……その、昨日の事は気にしていないよ。もう、過ぎ去ったことだし。別に、怒ってもいないしさ」
「本当に、すいません……」
目を伏せ、いつも優の前で見せてきた、自信なさげな顔のまま、彼女は優の手を取るか否か、数瞬迷って──最終的に、いつまでも手を差し伸べ続ける優の手を取り、立ち上がる。
「そう言えば、メアはどうしてここに? メアがこうやって遊びに来るなんて思えなかったけど」
「そ、その……天城から、連絡をもらって……」
顔を若干赤くしながら、恥じ入るような声で答えるメアだが、残念ながら優にはほとんど聞き取れなった。いや、決して優は難聴系主人公ではない。なんというか、そう、特定の単語に対して、ついに優の脳が理解することを止めたと言うか──。
「ねーねー……もしかしてだけど、そっちの子、暇なの?」
「え、えっと、そうですけど……」
「ならさ! 一緒に買い物行こうよ! どうせ異性と二人っきりなんて後で他の人に勘ぐられそうだし……それに……メアちゃん、だっけか? プロデュースしたら……相当よくなると思うんだよね……ぐふふ」
「委員長。最後に本心漏れてる。メアが若干引いてるから、趣味に関してはほどほどに」
メアを舐めまわすような視線で見つめる委員長に、身の危険を感じたのか両腕で体を抱いて後ろに下がるメアだが──その反応は間違っていない。
クラス内ではまず誰とも率先して会話をしようとしない優だが、嫌でも会話は耳に入ってくる。その際に、委員長の趣味(おっさん臭い)を知った。どうやら、去年の時点で委員長と休日に出かける際には絶対洋服店には行かない、という不文律が作られていたらしい。
「ぐへへ……よし、メアちゃん。そんな服なんて着てないで、目立つの着よう! ダイジョブ、ワタシガエランデアゲルカラー!」
「ひっ……かっ、神代先輩っ、助けっ……」
メアによる必死の懇願は──届かない。というか、優にももうどうにもできない。こうなったら、全盛期の優でも止められたかどうか……は言い過ぎとして。
ぶんぶんっと首を振って、上目遣いで訴えてくるメアを可哀そうだなー、と渇いた目で見ながら、趣味全開の委員長についていくのだった。
「神代先輩……どうして助けてくれなかったんですか?」
「ご愁傷さま、とでも言っておくよ。大体、ああなったらどうしようもないと思うけど」
「神代先輩は女の人に手が出せないむっつりだった……?」
「むっつりの意味を携帯で検索してご覧? そして今の自分の発言をもう一度考えてほしい。──俺は別にそういう奴じゃないがっ!?」
委員長に(半ば強制的)洋服店へと連れて行かれたメアは、委員長を制止せず、助けてくれなかった優に不満たらたらであった。この光景だけ切り取れば、ついさっきまできまずかっただなんて誰が思うだろうか。これも委員長が仲を取り持ってくれたおかげか……? と考えつつ。今のメアの格好について紹介しておこうと思う。
さて、先ほどまで着ていた白のパーカーは委員長に脱がされ、ショートパンツも没収。メアと委員長との間で行われた交渉で、なんとか下だけを変えるにとどまり、委員長の趣味全開のフリフリのスカートを履かされている。
メアも、こういうのに慣れていないのか、さっきから顔を紅潮させ、揺れるスカート端を気にしている……が、そう言う行為はマジで止めた方がいいと思う。そう、思い上がる奴も存在するのだから。
「さて、委員長が本屋に行ってる間……てか、これ俺が来た意味、ほんとに荷物持ちだけじゃないか……?」
この場に居ない委員長の顔が嵌めてやったぞ、と勝利の笑みに変わっていくのは置いておくとして。
「そう言えば……なんで神代先輩は、その、委員長? って人と来てたんですか? もしかして、そう言う関係で……」
「間違ってもそんなことはない。あの趣味に俺はついていけないからね。そういう関係とやらには、趣味が合う人となったほうがいいだろう。──それに、俺はもう、誰とも付き合う気はないしね」
「神代先輩もしかして男色ですか……ッッ!?」
「もーさ! なんなの、なんなんだよ、こいつら!? 寄ってたかって俺をいじめてどうしたいんだよもうこいつらから離れて落ち着ける世界で暮らしてえ!!」
「神代先輩そういう人だったんですね……」
折角シリアスに持っていったのだから、そこで雰囲気ぶち壊してギャグ空間に持っていくメアに戦慄を禁じ得ないし、尚且つ謂われようのない風評被害を受けたような気がするがもうどうでもいい。
「ともかく。ここで委員長を待ってるのもめんどくさいな……メア。なにか飲み物でも買ってこようか? 好きな飲み物は?」
「それって、ただこの空間から、ひいては委員長さんから逃げたいだけですよね、そんなの許さないですよ」
「チッ……!」
真意を見抜いたメアに盛大に舌打ちをし、仕方なくこの場に留まる選択を──。
「メア!」
「──?」
が、そこで。彼女の上にあった看板が──落ちてきた。まるで、メアがここに来るのを待っていたかのように。彼女が真下に来たタイミングで。
(くそ……メアが今から行動しても遅いか……!?)
誰の犯行かは分からないが──少なくとも、三家の仕業ではないだろう。天城が派遣されているという観点からすれば、まだ猶予はあるはずなのだ。とすれば、個人か、それとも最近蔓延っていると言う魔人か。
だが、そんなことを考えている暇などない。
(もう、使うしかないか……)
このままではメアが潰される。
だから、使った。
視界全体が遅くなる感覚。普段ならば見えていないものまで捕らえることができ、身体能力が一時的に向上する。
それを利用し、メアを押し出して──。
直後、なんとか看板の落下からメアを救い出すことに成功し──同時に気づいた。
──あれ、これ、噂の?
今の二人の格好は──優がメアを押し倒しているという感じだ。当のメアはぽかんとして──現状を理解したのか、一気に顔を紅潮して、瞳をぐるぐるにさせて──。
「先輩……アウトです」
「不可抗力!」
そんな抵抗も虚しく、ぶん殴られた。




