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現代魔法士と魔導教典  作者: ミノ太郎
第一部 一章
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8話 彼女の呪い

 そして、時は経ち──。

 5月24日、土曜日朝九時。

 優はメアの指導のため、彼女が住むマンション──その地下にある練習場に来ていた。


「メア……オリジナルの方は、上手く行ってる?」


「え、ええと……中々、上手くいかなくて……」


「まあ、しょうがないよ。あれ作るのに、それこそ一年かかることだって十分にあり得ることだしね」


 第一、一週間だけでオリジナルを製作しようという考え自体がかなり異端だ。まず、文字をしっかりと覚え、尚且つ何万もある通りの中から最適解を選ばなければならないのだから。ある意味では、上位を操るよりも、初級のオリジナルを作る方が難しい、だなんても言われている。

 まあ、そこらへんは自分の力量の問題だ。上級魔法を極めるに至るまでに、オリジナルに触れたことのない人間ならばそっちの方が難しいだろう。

 だからこそ、優は先にオリジナルを作らせる工程から入らせた。

 何より、上級魔法の上──神聖魔法の改良版や、自らの手で新しく魔法──奇跡を作ることだって出来る。


「それでなんだけど……この関係も、明日で終わり。だから……今日は汎用性の高い、強化魔法について教えようと思うんだ」


「強化魔法……ですか」


「ああ。意外と使い勝手がいいからね」


 強化魔法は火の元素2個、土の元素1個、水の元素1.5個で完成する魔法であり、そして魔法の中で最も使い勝手のいい魔法であるとされている。

 強化魔法は魔力効率で言えば、最も効率的な魔法であり、なにより治癒魔法と同じで詠唱を口に出さなくても魔法を使える、というのが利点であり、最大の利点は──自分が触れたものを強化できると言う点だ。

 

「まず、俺が詠唱を教える。勿論、俺が考えた奴だよ。結構癖が強いけど……成功したなら、強化魔法の強度が上がる」


「それを……無詠唱で?」


「お察しの通り。強化魔法はノータイムで放てることに意味があるんだ。式神なんかも、これで強化できる」


「式神は、まだ持っていなくて……」


「まあ……組織に属さないで、尚且つ第七階位なら当然だろうけども」


 申し訳なさそうに呟くメアに、当然だろうと優は返す。

 式神、と言うのは一般になった魔法士が持つ武器だ。自我を持っていたりと、色々武器の範疇を超えているが、悪しき力を弾くものだ。

 とはいえ、絶対的な数があるわけではないので、式神を持つ魔法士は多くはない。三年前の時点で、陰陽党が持っていた式神の数は15個。そのうち、危険なものとして封印されているのが3個だ。

 彼らからすれば、秘中の秘のため自らの組織に属していない人間に渡すはずがないだろう。


「だから……取りあえず、手に強化魔法を付与させよう。それが出来たら、何か身近なもの……そういう風にしていく。まあ、俺が居なくなった後でも出来るように、っていうのが本音だけども」


「でも、その、強化魔法のイメージが湧かなくて……今まで成功したことがないんですけど……」


 自分がいなくなった後の事を懸念する優だが、そもそも成功したことがないと恥ずかし気に伝えてくるメア。

 しかし、優はそんなことはないと考えていた。

 彼女がそういう魔法に成功した記録がないのは、ただ単に自信がついていないだけなのではないのか、と。今までのメア──何らかの形で魔力を封印された状態での魔法失敗が、何らかの枷となって魔法が発動していないのではと。

 魔法にイメージは大切だ。特に、強化魔法ではイメージの違いによって結果も変わってくる。思い描いた強化が高ければ高いほど、効果は絶大になってくるが、弱ければ弱いほど成功の確率が左右されてしまう。

 結局、魔法は自己暗示だ。ここについては、以前メアに話した通りなのだ。

 しかし、メアからはそれが取り除かれていない。恐らく、何かが。彼女の中で、失敗しか出来ない、というイメージを植え付けられた何かが、未だに縛り上げている。

 

 ゆえに、それを取り除くことこそが優のすべきことだとは思っている。

 まあ、今の所──完全に心を開いているわけではないので、それも不可能ではあるが。


「取りあえず、詠唱は教える。心の中でそれを復唱すれば……強化魔法は成立する。一度、やってみせてくれないか?」


「はい」


 そして──見事、強化魔法は失敗した。



























「すいません……成功しなくて」


「いや、謝らなくていいよ。強化魔法って言っても、そもそも第七階位じゃ教わらない魔法なんだし」


「なんか、神代先輩ってそういうの多いですよね……」


 毎回毎回、第七階位では教わらないような魔法ばっかり習得させようとして来る優に対して、メアはジト目で見つめてくるが──優はあくまで素知らぬ素振りをする。

 確かに、普通の第七階位であればまずここまでしない。まず、最初はしっかりと下地を積ませてから、応用に入っていく。だが、今の優の指導はその下地を積ませていない。勉強で語るならば、基礎をやらせずに難しい問題を解かせているのと同義だ。


 だが──むしろ、それでいいと優は感じている。メアの潜在能力(ポテンシャル)は第一階位にまで辿り着けるほどだ。もしかすれば、アルカナと同等の魔法士──四聖将に匹敵するほどに。

 基礎を積ませるのも大事だが──いかんせん、時間がないのだ。優が請け負っているのは、あくまで今の所一週間だけ。ゆえに、基礎をゆっくりと作っていく暇がない。ゆえに、多少の無理を承知で、応用をかじらせたかったのだ。


「──なあ、メア」


「──どうしたんですか、神代先輩」


「どうして、陰陽党に入らなかったんだ?」


 それは、単純な問いかけであった。

 強くなりたいと願うならば、なぜその願いに一番近い陰陽党に入らなかったのかと。

 軽い気持ちで聞いたつもりだった。なんとなく、気になったから聞いてみただけだった。

 だけど、メアは──。


「──」


「メア?」


「ど、どうして……そんなこと、聞くんですか?」


 何と答えていいのか分からないのか、言い淀むメアの姿に、優は眉をしかめるしかない。

 

「いや、単純に気になっただけなんだ。だって、おかしな話だろう? 強くなりたい、それがメアの願い。なら、手っ取り早く強くなるには──陰陽党に入って、経験を積む方がよっぽど合理的だ。なにより、はぐれの魔法士だと……仕事も入りにくいし」


「──っ」


「い、いや。言いたくないんだったら、言わなくてもいいんだ。ただ気になっただけだし」


 何か、言いにくそうな顔をしているメアに、別に無理して言わなくていいと彼女に伝えると──しかし、彼女は意を決したように優と視線を合わせて。


「私には……才能がないんです」


 独白するように、自嘲するように。今までずっとそう言われてきたかのように。

 メアは目を閉じながら、そう言った。


「だから……価値がないんです。才能がなくて、何もないから……誰も、相手にしてくれない。だから、私は……一人で、強くなろうって、決めたんです」


 彼女から紡がれる言葉に、優は何も言えない。

 才能がない……確かに、今までの彼女であれば、そうだっただろう。魔力を何らかの形で封印され、満足に魔法を使えなかったのだ。

 だが──彼女の考えはあまりにも、悲しいものだ。強くなければ、価値がない。それは、歪んでいるものだ。


「メア……君は、弱くなんかない」


「──」


 自らを卑下するような言葉を羅列する彼女に向けて、少しだけ語気を強めて優は呟いた。

 彼女の過去なんて何一つ知らない。だけど、そう言わずにはいられなかった。


「君には、才能がある。誰にも負けない程……それこそ、俺すら超えるほどの、とてつもない才能が」


「──違う……そんなの、私には……」


 優の言うことを信じられない、そう言ったように首を振り、否定する。

 

「私には、才能なんて……何にもなかった。何一つ持って生まれてこなかった……」


「メア……」


「やめて……同情なんていらない……私には、何もない事ぐらい分かってるから……」


「──メア」


「うるさい……うるさい!」


「──、メア……」


「貴方に、何が分かるのっ!? 私が、どれだけ、家の中で蔑まれてきたか……どれだけ、後悔してきたか……」


 我慢ならないと言った風に声を荒げるメアに、今度こそ優は絶句する。

 そして、同時に理解する。これこそが……メアに巣食う呪いなのだと。この呪いが、彼女を縛り付け、未だ歩くことを拒否している。


「私に、才能なんてない……っ。あるのなら、とっくに開花してる……っ。誰も、見捨てなかった。誰も苦しまなかった……分かってる。誰よりも、何よりも、私は理解出来てる! 私には才能なんて何一つないんだって。価値なんてものは何一つないんだって!」


「──メア、そんなことは……」


「そんなことないっ! 無責任なこと言わないで! 私のことは私が分かってる……もう、私には……」


「──」


「──っ……すいま、せん……今日はもう……」


「ああ……明日は……どうする?」


「考え、させてください……」


 怒鳴り散らし、感情を爆発させたことを、悔いるように。しかし、これ以上は詮索してほしくないのか、優の目は一切見ずにそう返し──。

 そのことに、優は何も言わず、外に向かう階段へと歩いていく。


 その光景を、メアは自らのアクアマリンの瞳に雫を溜めて──。


「お母さん……私が、私が、もっと強ければ……あの人なんかに……」


 その呟きだけが、この場に落ちて──。

 今日の指導は、終わりを迎えた。

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