修学旅行~遡源~
6:
本殿に入って寺院の匂いにふと、思い出された。
かすかな記憶の中の寺院が合致する、デジャヴのような感覚を覚えた。
柱の中の一つに、なにか刻まれていた。
それは、小さい時の背比べのように無造作に刻まれていた。
「記号?」
そう思わせる記号のような文字が数文字、刻まれていた。
「道武くん、お母さんは元気かね?」
と、大柄な男性が座りながら訊ねて来た。
「はあ、おかげさまで…」
「晃聖様、私達、貴方の事も、ここでの事も、憶えていないんです。」
と、靖子が間に入る。
「ああ無理もない、あんな小さかったんだからな。
それと、私に『様』はいらないよ。君らの大伯父なんだ、気軽に『晃聖伯父さん』とでも呼んでくれ」
と、無骨に微笑みながら言った。
ものの30分の談話だったが、謝池にとっては衝撃的な内容だった。
晃聖は、和智三兄弟の長男。
謝池の祖父は次男、名を『正利』
靖子の祖父は三男、名を『正隆』
もともと、京都の生まれ、京都で育ち、それぞれが別の寺で修行をし、宗門を修めた。
しかし、正利、正隆が、たまたま京都を訪れた姉妹と近しい関係となり、昔の時代の厳格な仏門の掟の為、破門となり、姉妹の故郷である横浜に身を寄せ、そこに移り住み、生活を営んだ。
正利、正隆は、それでも仏門を離れられず、所帯を持っていても修行ができる仏門に納まり、それぞれ、修行に励んだ。
正利は、ある程度、そこの寺で修行を積むと、謝池の母が幼い頃に横浜を単身離れ、別の場所での修行に励んだ。
正隆は、靖子の父親とその妹の誕生を見守った後、行方不明になっている。
謝池も靖子も、それぞれの祖父は、幼い頃に亡くなったと聞かされていた。
そして、あまり会っていない祖母達が、姉妹という事実も初めて知った。
つまりは、謝池と靖子が遠い親戚という事が発覚した。
もともと、謝池の母の旧姓は靖子の名字と一致していたが、そんなに意識していなかった。
今思えば、偶然ではなかった事だ。
「道武くんのお祖父さんも、靖子ちゃんのお祖父さんも、もう亡くなったと聞かされているかもしれないが、これだけは言える。君らのお祖父さんは、いつも、君らの事を見守っているよ。だから、苦しい事や辛いことがあっても、その事を思い出して、勇気と力に変えなさい」
晃聖は、話しの途中、説得するように言った事が印象的だった。
その他にも、仏教の話も、少し、聞かされた。
金閣寺での行動時間の終わりも近付いた。
頃合いの良い頃に、謝池達は晃聖にお礼を言い、本殿を後にした。
「なんで、私達の事、いままで聞かされてなかったんだろう…」
靖子が、軽くショックを受けたような表情で呟いた。
「まあ、晃聖伯父さんも言っていたが、ああいう職についている以上、秘密にしなきゃいけない事も多いんだろう。元々、仏門ってのは、結婚するのも、肉や魚を食べるのも本来は禁忌な訳だし…」
謝池が、落ち着きを取り戻すように行った。
「ねえ!みっちゃん! 結婚って、従兄妹でも出来るんだよね!?
それよりもっと離れてれば、血が繋がってても出来るんだよねぇ!?」
靖子が今にも泣きそうな表情で迫って来た。
謝池は軽く驚きながら、
「落ちつけよ。従兄妹は四親等だから結婚出来るよ、お前、何言ってんだ…?」
「しっ!」
靖子が謝池の口に人差し指を立てた。
「それ以上言わないで!」
靖子が厳しい表情で力強く言う。
「わかった…」
謝池は半ば、腑に落ちないながらも言葉を止めた。
「まあ、でも、珍しいお菓子いっぱい貰えたね!お抹茶まで貰えたし、これ、高いやつだよきっと!」
靖子の表情が一変、明るくなる。現金な奴だ。
「後、なんだろ、これ、お守りかな?」
靖子と謝池がそれぞれ貰ったモノは、杖の先に輪っかが何個かぶら下がってる。
ミニチュアの様で、手の平に乗るくらいの大きさだ。
「錫杖だろ?ほら、山伏とかが持ってるやつ」
「ああ、テレビで見たことある!晃聖伯父さんから貰うと効力ありそうだね!」
「ああ…」
振ると、リンリンリン、と、心地いい音を響かせる。
「これも貰えたしねー。へへー、これで、みっちゃんとお揃いだね!」
靖子の右腕に、金紐で結った、数珠が輝いていた。
黒曜石が、丁度、ダビデの星の頂点のように、六点に配置され、その他を水晶が囲んでいる。
謝池の数珠と同じように、六点の黒曜石の一つには、何か記号のような文字が刻まれていた。
「黒と透明、それと金の紐がアクセントになって、大人っぽく見えるよねー」
靖子がはしゃいだ。
靖子と会話をしながら、謝池は晃聖の言葉を思い出していた。
「道武くんのおじいさんは宗教に造詣が深い人でね、臨済宗の生まれにも関わらず、高野山へこもって真言宗の修行もしていたんだよ」
晃聖は複雑そうな顔で話ていた。
そして、謝池の心に引っかかっていた晃聖の言葉、
「その昔、『邪淫法師』という、それはもう悪鬼や羅刹の如く悪行を積み重ねた法師がいてね。その者が、世界中に『禁樹』を残したんだよ。
禁樹が育てば、淫らな花を咲かせ、邪な実を結ぶ。それは、人々を惑わし、悪の道へ誘う悪の元凶だ。
今でも、この禁樹を探して封印する業に携わって、世界中を飛び回っている人達がいるんだよ…」
丁度、靖子がトイレに行っている時、謝池一人が聞いた、囁くように言われた言葉だ。
「禁樹…」
その言葉を、心の中で呟いた。
それと、困った時に唱える言葉、というものも教わった。
なんだっけ?
そう、
「オン・サン・ザン・サク・ソワカ」
「ん?なに?」
知らずに呟いていた言葉に、靖子が反応した。
心なしか錫杖が鳴った気がした。