レイルとリリーの話その1
レイルちゃんとの出会いは運命的だったねぇ~~。
激しく胸が高鳴り、生まれて初めて心臓の動悸で、「ああぁっ今わたし胸がきゅんきゅんしてるうぅ!」って自覚できたのがあの時だ。
とにかく素敵だった。
過去を回想して、もっともっと美化してみようと思う。
数学の時間というのは、別名私の中で妄想の時間なのだから。
天蓋を覆う空が割れそうな、ある意味で幻想的な、酷く中二病の魂が揺さぶられる、そんな世界の終末を歌いだしそうな神の黄昏時。
わたしは屋上で、日課のエアータイピングをしていた。
踊るように、舞うように、強引に力強く、身体能力と精神を超過させて、
知性によるアシストによって、わたしの機動は、変態的だが、高次元な軌跡を描いている事だろうと、わたしは私を客観的に見つめていた。
わたしは屋上に居たのだ、だが屋上には更に高い場所、貯水槽の上という場所が存在していたのだ。
わたしはこの時、初めて、そこに人が居た、舞っていた事に気付いたのだ。
一見して、わたしは初見で、それが私とほぼ同じ業である、技術体系に基づく技だと、術だと見破った。
自らをビデオで客観視している様な、それを実物で見ているという、現実的には不可能な所業なのだろう、
私は、とてつもない、現実ではありえない、ありえてはいけないような、そういう現象として感じた、
それは自らの分身、ドッペルゲンガーと遭遇したような、酷く不安感を駆り立てる、
だがそれは、同時にカルタシスでもあった、
退屈な日常をぶち壊す、破壊の号砲、運命の破滅的な衝突、わたしはなぜか、酷く死を覚悟していた。
どうやら後で聞いた話では、相手もまったく同じ心境であり、
もし仮に、どちらかが、攻撃のような動作を見せていれば、その瞬間には人外のバトルが繰り広げられていただろうと、正直ぞっとしない。
でも私たちは、お互いを認識したまま、見つめ合ったままで、その場での接触は途切れる。
具体的には、思春期の少年少女のように、おっかなびっくり、酷く不器用だったと記憶している、
会話を重ねて、交流をちょっとづつ、それこそミリ単位で、時々後退なんかもしながら、
それでも最終的には一歩前進するような形で、深めて、深めて、ある時に一線を越えて、存在として相手を認め合ったのだと思う、
今は、親友という枠に収まる良好な関係で居るのだから。
さて、なぜ途中から早回しで、レイルちゃんとのラブ百合ストーリーを省略したかというと、
ある意味で、尺が足りなかったからだ、別の物語になってしまいそうだったからだ。
私は一応、この物語はアクション要素を前面にっこれでもかと、これでもかっと、ぶちまけたい!
超絶的なノリとテンションと勢い、バトルや、友情どりょく勝利や、青春的な疾走感、常に夏休み直前のノリみたいな、
そういう風にしたい、
だから、脱線しそうになったら止めるのだ、そう本当に、ただそれだけ。




