きっとこれは、なんかの罰ゲーム
俺は、どこにも行けない。
俺の短くて、細い足じゃ、この小さい町すら出ることも出来ない。
行こうと思えば、どこかに行けるかもしれない。
俺の足でも、どこかに行けるかもしれない。
向こう側へ、行けるかもしれない。
でも、行こうとは思わない。
果たして、向こう側に何があるのだろうか。
それが解らないし、何かがあったとしても、俺は、それを欲しないだろう。
だから俺は、この小さい町から出ない。
これまでみたいに、ずっと留まっていよう。これからもずっと。
★
半分ほど開いた窓からは、生暖かい風と、五月蝿いセミの鳴き声が、俺のもとまで届いていた。
「...はぁー...あっぢー。エアコン壊れたのか?」
エアコンのリモコンを片手に、空いたもう片手で、顔に風を送る。
エアコンをポンポンと叩くも、直る気配もせず、掃除していなかった分のホコリが舞い散る。
「けほっ、けほっ、こんな暑い日に限って...今日から夏休みだってのに...ついてねえ。」
そう、なんといったって、今日から夏休みなのである。
高校生活2年目に突入しているが、良くも悪くも、俺は青春を謳歌していない。
高校2年生ともなれば、友達いっぱい、彼女もいて、毎日が楽しくてしかたが無いもので。
更に、夏休みともなれば、遊びの約束や、デートなんかの約束まで。
俺は、高校2年生であるが、世間一般の高校2年生では、無いと思う。
いや、もちろん俺みたいな、可哀想な高校生もいるだろう。ああ、いるに決まってる。
いなかったら、あまりにも俺が可哀想すぎるだろう。
だが、可哀想な高校生諸君、可哀想な高校生なりに夏休みを謳歌することも出来るのだよ。
一日中家にいて、自分の好きな事をしながら、冷たいクーラーを受けて、ダラダラと過ごす。
これが、夏休みの正しい過ごし方なのでは無いだろうか。
わざわざ、五月蝿い友達に付き合ってまで、灼熱の大地に足を踏み入れる事も無かろうに。
せっかく学校から解放されたってのに、友達と一緒にいたんじゃ、夏休み気分が味わえないだろう。
だから、俺は悲しくない。
1学期の終業式の日に、クラスの奴等が、「明日、クラスの皆でプール行こうぜ」とか言ってて、俺だけ誘われなかったとしても。
誘われなかった時も、「あれ、俺は?」とか思ったりなんかしていなかったし、「よし、全員行く行くらしいぜー。」って誰かが言った時だって、「あれ、俺は?」なんて思わなかったし。
「...うっ...うぅぅ...かっ、悲しくなんか...うっ、うぅ...」
暑さのせいか、胸の奥が苦しくなって、泣きそうになったが、なんてことはない。
夏休みを謳歌するために必要な、エアコンも壊れちゃったし、暑いし、今頃、クラスの皆は冷たいプールで泳いでるんだなー、とか思ったら涙が...
だが、なんてことはない。
なんてことはない。
なんてことは...
「うっ...うっ...うぅぅ...アイス...買ってこよう...」
エアコンの代わりにはならないが、少しでも体を冷やすために、アイスを買うべく、俺は家を出た。
家からコンビニまでは、少し距離があるので、俺はいつも自転車を使う。
学校に行くのでも、この自転車を使っている。
前に籠がついていて、タイヤも大きく、乗り心地の良いママチャリ。
少しでも風を受けようと、ペダルに力を入れる。
生暖かい風だが、強く吹けば、気持ちいものだ。
だが、その気持ち良さは、次第に、違和感へと変わっていく。
「――――えっ、ちょっ、速っ!」
ペダルを漕ぐ力は変わっていないのに、前に進む速さが、どんどん速くなっていく。
試しにペダルから足を離しても、自転車は安定したまま、それどころか、また加速していく。
ハンドルの操作は効くみたいで、次々に現れる障害物を避けて避けて、ただひたすらに避ける事しか出来なかった。
だが、ハンドル操作でいっぱいいっぱいだった俺の目に、更に頭を混乱させる物が写りこんだ。
「...羽...?」
猛スピードで突き進む俺と自転車の周りには、ひらひらと舞ういくつもの羽。
まるで時間の進みかたが違うみたいに、羽の落ちる速度は、あまりにもゆっくりだった。
いや、違う。
俺と自転車が、あまりにも「速すぎる」のだ。
俺がさっきから避けていた障害物の中には、もちろん通行人もいた。
だが、誰一人として、俺を見なかった。
普通、こんな猛スピードで走ってる自転車を見れば、嫌でも目がいく。
つまり、目で追うことの出来ないくらいの速さで、俺は今、自転車に乗っているのだ。
俺が自転車を漕いでいるのではなくて、自転車に俺が乗っている。
そんな感覚。
まるで、「こちら側」から切り離されるみたいに。
「あちら側」から引っ張られているみたいに。
俺が、自転車に連れ去られている。
だが、この「怪奇現象」と呼ぶに相応しいものは、こんなものでは無かった。
まるで飛行機が離陸するときのように、まず、自転車の前輪が、浮き始めていた。
「えっ、ちょっと、待って...」
もちろん、俺の待ってにも答えることはせず、後輪までもが、浮き始めていた。
そして、離陸。
離陸の瞬間は、ほんの一瞬で、俺が今乗っているのが、自転車だということを忘れてしまいそうなくらい、とても奇妙な感覚だった。
「うわぁっ!?...浮いてる...?いや、飛んでる、のか...?」
徐々に地面との距離が広がっていくにつれて、俺のママチャリにも、変化が訪れていた。
バサァッっと。
鳥が、飛び立つ時の翼のような音が鳴り、同時に、俺のママチャリからも、大きな翼が生えていた。
どこから生えているのか、どうやて生えたのか、なぜ生えたのか。
そんな疑問は、今は沸かず、ただただ、生えてしまった翼に見とれていた。
「翼...綺麗だ...」
さっき、不思議と周りに舞っていた複数の羽も、きっとこの大きな翼と関係があるのだろう。
これ以外思いつかない。
そんな事を考えている間にも、徐々に高度は上がっていき、とうとう、俺と翼の生えた自転車は、翼の色と同じ真っ白な雲を突き抜けた。
★
「ねぇねぇ、今年の『あれ』ってもう決まったのー?...校長先生。」
「...ああ。決まったし、もう呼んじゃったよ。」
「へぇー、去年みたいにはならなきゃ良いけど...今年のはどんなの?」
「それは見てみないと。でも、もうすぐ見れるよ。『翼』に連れてこられたみたいだし。」
「もう、雲は通ったの?」
「みたいだね。」
「じゃあ、ちょっと見に行っても良い?」
「良いけど、ついでに連れてきてもらえるかい?迷ったら大変だからね。」
「りょーかーい。じゃあねー校長先生!」
「いってらっしゃい。リオーナ。」
★