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きっとこれは、なんかの罰ゲーム

俺は、どこにも行けない。

俺の短くて、細い足じゃ、この小さい町すら出ることも出来ない。

行こうと思えば、どこかに行けるかもしれない。

俺の足でも、どこかに行けるかもしれない。

向こう側へ、行けるかもしれない。

でも、行こうとは思わない。

果たして、向こう側に何があるのだろうか。

それが解らないし、何かがあったとしても、俺は、それを欲しないだろう。

だから俺は、この小さい町から出ない。

これまでみたいに、ずっと留まっていよう。これからもずっと。



半分ほど開いた窓からは、生暖かい風と、五月蝿いセミの鳴き声が、俺のもとまで届いていた。


「...はぁー...あっぢー。エアコン壊れたのか?」


エアコンのリモコンを片手に、空いたもう片手で、顔に風を送る。

エアコンをポンポンと叩くも、直る気配もせず、掃除していなかった分のホコリが舞い散る。


「けほっ、けほっ、こんな暑い日に限って...今日から夏休みだってのに...ついてねえ。」


そう、なんといったって、今日から夏休みなのである。

高校生活2年目に突入しているが、良くも悪くも、俺は青春を謳歌していない。

高校2年生ともなれば、友達いっぱい、彼女もいて、毎日が楽しくてしかたが無いもので。

更に、夏休みともなれば、遊びの約束や、デートなんかの約束まで。

俺は、高校2年生であるが、世間一般の高校2年生では、無いと思う。

いや、もちろん俺みたいな、可哀想な高校生もいるだろう。ああ、いるに決まってる。

いなかったら、あまりにも俺が可哀想すぎるだろう。

だが、可哀想な高校生諸君、可哀想な高校生なりに夏休みを謳歌することも出来るのだよ。

一日中家にいて、自分の好きな事をしながら、冷たいクーラーを受けて、ダラダラと過ごす。

これが、夏休みの正しい過ごし方なのでは無いだろうか。

わざわざ、五月蝿い友達に付き合ってまで、灼熱の大地に足を踏み入れる事も無かろうに。

せっかく学校から解放されたってのに、友達と一緒にいたんじゃ、夏休み気分が味わえないだろう。

だから、俺は悲しくない。

1学期の終業式の日に、クラスの奴等が、「明日、クラスの皆でプール行こうぜ」とか言ってて、俺だけ誘われなかったとしても。

誘われなかった時も、「あれ、俺は?」とか思ったりなんかしていなかったし、「よし、全員行く行くらしいぜー。」って誰かが言った時だって、「あれ、俺は?」なんて思わなかったし。


「...うっ...うぅぅ...かっ、悲しくなんか...うっ、うぅ...」


暑さのせいか、胸の奥が苦しくなって、泣きそうになったが、なんてことはない。

夏休みを謳歌するために必要な、エアコンも壊れちゃったし、暑いし、今頃、クラスの皆は冷たいプールで泳いでるんだなー、とか思ったら涙が...

だが、なんてことはない。

なんてことはない。

なんてことは...


「うっ...うっ...うぅぅ...アイス...買ってこよう...」


エアコンの代わりにはならないが、少しでも体を冷やすために、アイスを買うべく、俺は家を出た。

家からコンビニまでは、少し距離があるので、俺はいつも自転車を使う。

学校に行くのでも、この自転車を使っている。

前に籠がついていて、タイヤも大きく、乗り心地の良いママチャリ。

少しでも風を受けようと、ペダルに力を入れる。

生暖かい風だが、強く吹けば、気持ちいものだ。

だが、その気持ち良さは、次第に、違和感へと変わっていく。


「――――えっ、ちょっ、速っ!」


ペダルを漕ぐ力は変わっていないのに、前に進む速さが、どんどん速くなっていく。

試しにペダルから足を離しても、自転車は安定したまま、それどころか、また加速していく。

ハンドルの操作は効くみたいで、次々に現れる障害物を避けて避けて、ただひたすらに避ける事しか出来なかった。

だが、ハンドル操作でいっぱいいっぱいだった俺の目に、更に頭を混乱させる物が写りこんだ。


「...羽...?」


猛スピードで突き進む俺と自転車の周りには、ひらひらと舞ういくつもの羽。

まるで時間の進みかたが違うみたいに、羽の落ちる速度は、あまりにもゆっくりだった。

いや、違う。

俺と自転車が、あまりにも「速すぎる」のだ。

俺がさっきから避けていた障害物の中には、もちろん通行人もいた。

だが、誰一人として、俺を見なかった。

普通、こんな猛スピードで走ってる自転車を見れば、嫌でも目がいく。

つまり、目で追うことの出来ないくらいの速さで、俺は今、自転車に乗っているのだ。

俺が自転車を漕いでいるのではなくて、自転車に俺が乗っている。

そんな感覚。

まるで、「こちら側」から切り離されるみたいに。

「あちら側」から引っ張られているみたいに。

俺が、自転車に連れ去られている。

だが、この「怪奇現象」と呼ぶに相応しいものは、こんなものでは無かった。

まるで飛行機が離陸するときのように、まず、自転車の前輪が、浮き始めていた。


「えっ、ちょっと、待って...」


もちろん、俺の待ってにも答えることはせず、後輪までもが、浮き始めていた。

そして、離陸。

離陸の瞬間は、ほんの一瞬で、俺が今乗っているのが、自転車だということを忘れてしまいそうなくらい、とても奇妙な感覚だった。


「うわぁっ!?...浮いてる...?いや、飛んでる、のか...?」


徐々に地面との距離が広がっていくにつれて、俺のママチャリにも、変化が訪れていた。

バサァッっと。

鳥が、飛び立つ時の翼のような音が鳴り、同時に、俺のママチャリからも、大きな翼が生えていた。

どこから生えているのか、どうやて生えたのか、なぜ生えたのか。

そんな疑問は、今は沸かず、ただただ、生えてしまった翼に見とれていた。


「翼...綺麗だ...」


さっき、不思議と周りに舞っていた複数の羽も、きっとこの大きな翼と関係があるのだろう。

これ以外思いつかない。

そんな事を考えている間にも、徐々に高度は上がっていき、とうとう、俺と翼の生えた自転車は、翼の色と同じ真っ白な雲を突き抜けた。



「ねぇねぇ、今年の『あれ』ってもう決まったのー?...校長先生。」

「...ああ。決まったし、もう呼んじゃったよ。」

「へぇー、去年みたいにはならなきゃ良いけど...今年のはどんなの?」

「それは見てみないと。でも、もうすぐ見れるよ。『翼』に連れてこられたみたいだし。」

「もう、雲は通ったの?」

「みたいだね。」

「じゃあ、ちょっと見に行っても良い?」

「良いけど、ついでに連れてきてもらえるかい?迷ったら大変だからね。」

「りょーかーい。じゃあねー校長先生!」

「いってらっしゃい。リオーナ。」




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