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シロの想い、タマの想い  作者: 丸山梓
6/19

香織の母親と便秘

 家に着き、悠里は早速、地域助け合いシートを広げ、緊急連絡先に書かれた電話番号に、自分の携帯でかけてみた。呼び出し音が延々と鳴るだけで、一向に出る気配がない。


「知らない携帯番号だもんね。出るわけないか」


 やはり直接訪問するしかないだろうか、と悠里が考えているところへシロがどろんと現れた。


「ちょっと突然現れないでよ、びっくりするでしょ」

 悠里は抗議するが、シロは知らん顔で、前足をぺろぺろ舐めている。


「わしを置いて出掛けおって、まったく」

 少しすねているようだ。悠里は言う。

「誘おうかと思ったら、寝てるんだもん」

 

 シロは当然とばかりに言い返す。

「猫は一日十四時間の睡眠が必要なんじゃ」


 シロは言いたいことを言って満足したのか、悠里の膝の上に丸くなりながら言う。

「今日は何か収穫あったのか」

「うん、香織さんの実家の住所が分かったよ」


 悠里がシロの背中をなでながら言うと、シロは満足そうに言った。

「お手柄じゃな」

「うん、でも電話してみたけど出ないの」


 悠里は悲しげに言った。

「世の中便利になったのか、不便になったのかわからんの」


 本当にその通りだ、と悠里は思う。


 家の電話を使うとか、公衆電話からかけるとか他にも方法があるにはあるが、こちらの熱意を分かってもらうためにも、直接出向いた方がいいかもしれない。いきなり電話をかけてきて、知らない人からお子さんの現在の住所を教えてください、と言っても不審に思われるだけだろう。


「来週、行ってみようかな、香織さんの実家に」

「おう、今度はわしも連れて行けよ」

 シロは意気揚々と言う。


「うん。ところでさ、シロ、今日思ったんだけど、病気の重症度によって見える色って違うのかな」


 悠里が聞くと、シロは答えた。

「おうおう、それはもちろんそうじゃ。能力の持ち主によって見え方も違うはずじゃが、悪くなるに従って、その色はだんだんと黒に近づいていくはずじゃ」

「そうなんだね」


 その答えは、悠里が予想していた通りだった。悠里は、また雪枝の胸の色を思い出して悲しくなった。


「生きるものすべてには、寿命があるんじゃ。お前さんもわしもそれは同じこと。そんなに悲しむでない、悠里よ」


 シロは悠里の手をやさしく舐めた。

「うん、ありがと。今はやれることを精いっぱいやるしかないよね」


 そうつぶやいたら、思わず欠伸が出た。今日はなんだかいろんな人に会って疲れたな、そう思って悠里がうとうとしかけたとき、かなえの声が聞こえた。


「お父さん、悠里、シロちゃーん、ご飯よー」


 悠里は眠い目をこすりながら、階段を下りていった。かなえがシロにご飯をあげる時間は朝起きてすぐと決まっている。たまに食べ残してあったりすると、補充せずにそのままのことがあり、えさ入れが空になったタイミングであげるのだが、それがたまたま今だったのだろう。でも、と悠里は思う。


――シロはすっかり家族の一員だね。

 三人が夕飯の席に着いたとき、シロは一心不乱でご飯を食べていた。ときたま「あうう、みゃん、みゃん」とうなるような声がする。その声は「ああ、うまい、うまい」と言っているようで悠里はくすりと笑った。


 それは翌日の看護専門学校で、二コマ目の授業中に起こった。


「ではこういったケースの場合、どのように対応するのが正しいと思いますか。はい、稲畑さんお願いします」

 稲畑とは悠里の親友、美咲の名字だ。美咲は途方にくれた顔をしている。

「……分かりません」


 竹内は、悠里たちのクラスを教える先生のなかでも、とりわけ厳しいことで知られていた。


――あちゃあ、美咲、大丈夫かなあ。


 悠里が心配そうに見つめていると、竹内は眉間に皺をよせて大声で言う。


「あなた、この前も分からないっていったわよね。そんなんで実際に看護師になってやっていけると思ってるの」


 美咲は下を向いて黙っている。


 竹内は、はあ、とわざとらしいため息をつくと言った。

「もし、次あてても分からないようなら、もうこの授業出なくていいわよ。出てきても単位にはならないと思ってちょうだい。いいわね」


 悠里は、その言葉に衝撃を受けた。この授業は必修科目だ。もしここで単位を落とすことになれば、それは確実に留年を意味する。悠里は隣の生徒と顔を見合わせた。


――確かに美咲は優秀ではないかもしれない。でも、そんな言い方ってある?

 悠里の頭のなかに沢山の疑問符が並んだ。そしてつぎの瞬間、それは激しい怒りとなっていた。


――これは、叱ってるんじゃない、もう完璧な脅しだ。こんなのって許せない。


 竹内は、中間テストで点数の低かった生徒を集中して指し、分からなかったり間違えたりすると怒鳴り上げるくせがあった。最近はそれが特にエスカレートしているように悠里には思えた。


――ああ、できることなら今すぐ席を立って抗議したい。したいけど……できない。


 悠里は自分の弱さを責めた。そして竹内への憎しみで胸が張り裂けそうになる。隣の生徒の顔を見ると、悠里だけに分かるように首を細かく左右に振っていた。


 何もするべきじゃない、静かに先生の怒りが通り過ぎるのを待つしかないよ、と言っているようだ。授業はその後も淡々と続いた。授業が終わると、悠里はすぐさま美咲のところへ飛んでいった。


「美咲、気にすることないよ。次、ちゃんと答えられれば、単位もらえるんだから」

 悠里がなぐさめると、美咲は力なく笑った。

「うん、ありがと」


「私が校長なら、あんなやつ、すぐクビにするのに」

「いいよ、悠里。私がバカなのがいけないんだからさ。今度、勉強教えて。 あたし留年になったら、親にどう説明すればいいのか分かんないよぅ」


 美咲の目からぽたぽたと涙が落ちる。

「うん、分かった、分かったから」

 悠里は、美咲の背中をさすりながら、もどかしい気持ちでいっぱいだった。そして、こんなことが許されていいはずがない、と強く思った。


 そして次の日曜日、親には内緒で、悠里とシロは、電車で三時間かけて香織の実家を訪ねた。すぐ近くに茶畑が広がるのどかな町だ。


「はい、どなた」


 玄関を開けて出てきたのは、小太りの背の低い女性だった。年は六十歳後半くらいだろうか。


――あれ、この人どこかで見たことあるような。でも、うーん、どこで見たんだっけ。


 悠里は、一瞬戸惑ったものの、すぐさま言った。


「私、杉浦悠里と言います。東京で看護学生してます。相馬香織さんを探してまして」

「あらまた、それはどうして」


 悠里が正直に、雪枝がガンで最期に香織に会いたがっていることを話すと、女性は驚いていた。


「まあ、雪枝さんがガン」

「雪枝さんを知ってるんですか」

「もちろんよ。中野夫妻には娘がとてもよくしてもらったって聞いてるわ。でもある時期から、急にその話を避けるようになって」


「会社で何かトラブルがあったみたいです。そのことは香織さんは、お母さんには何も?」

「ええ、聞いてないわ」


 悠里はそれなら何も話さないほうがいいと考えた。雪枝のことを悪く思われては、香織の居場所を教えてもらえなくなるかもしれない。


「そうですか。あの、差支えなければ、今の香織さんの住所を教えていただけませんか」

「もちろん、いいわよ。あの子も雪枝さんに会いたいでしょうから」


 香織の母親はメモを出してきて、悠里に見せた。それを見た悠里は驚いた。それは、シロの首輪に書いてあった住所、つまりは雪枝の住所のすぐそばであったからだ。


「仕事を辞めてから、一時期こっちに帰ってきていたんだけれど、やっぱり田舎暮らしは香織には合わなかったみたい。高校卒業して東京の短大に行ってから、ずっと向こうで生活してたしねえ。すぐまた東京で仕事を見つけて、このうちを出ていってしまったのよ」

「そうだったんですか」


 悠里が相づちを打つと、香織の母親は調子が出てきたようで、さらに続ける。


「そうそう、それでね、いつまでも東京で独りであの子、これから先どうするのかと思ってたら、最近ようやく結婚したのよ」

「それは、おめでとうございます。あ、じゃあ、今はもう相馬さんではないんですね」


 悠里が驚いたように言うと、香織の母親は嬉しそうに言う。

「そうなの。今の姓はね、川崎っていうのよ。ふふふ。結婚式にこないだ行ってきたところなの。写真見る? 雪枝さんにも見せてやってほしいわ」


 どうやら、香織の母親はしゃべりだすと止まらないタイプの人間らしい。悠里は、長くなりそうだな、困ったな、と思いながらも考える。


――でもその方が、いろいろ聞けていいかも。香織さんの顔も分かったほうが今後何かと助かるかもだし。


 少し考えてから悠里は答えた。

「ああ、はい。それなら是非」

「じゃあ、あなた、ちょっと上がってお茶でも飲んでってよ。この辺のお茶は有名で、おいしいんだから」

「あ、はい。すみません」


 悠里はそうっと靴を抜いで上がらせてもらう。香織の母親が案内してくれた居間でこたつにあたっていると、シロが顔を出した。どうやらこたつに入りたいようだ。


――えー、だめだよ。シロのこと言ってないんだから。

――ちょっとの間なら分かりはせんて。


 シロはバッグから飛び出ると、こたつにさっともぐりこむ。


そこへ間一髪のタイミングで、香織の母親がお盆にお茶とお茶菓子を持ってやってきた。

 悠里はほっと胸をなでおろす。


――あぶないところだった。帰りも大丈夫かなあ。心配だ。


「はい、お茶どうぞ」

 香織の母親は、湯のみを二つこたつの上に乗せた。


「ありがとうございます」


 そして、棚からファイルのようなものを取り出すと、封筒のようになった最初のページから、数枚の写真を取り出した。


「それからね、これが写真。雪枝さんが見たらきっと喜ぶわよ」

 悠里は恐縮して言う。

「すみません、あとでお返ししますから」

「いいわよ、いいわよ。これはね、プリンター買って、試しに印刷してみたやつだから」


 そう言って奥から持ってきてくれた写真を、悠里はしげしげと眺めた。雪枝の話からすると香織はもう三十を過ぎているはずだ。しかし、写真に写る新婦はとても若々しく、幸せそうに微笑んでいる。


「香織さんって、とても綺麗な方ですね」


 悠里がほめると、香織の母親は笑顔になった。香織の母親と香織が一緒に写った写真もある。その写真を見て、悠里はあっと思った。シロに能力をもらって最初に見た、おなかの辺りが茶色く渦巻いてた女性と格好が同じだった。


 同じ着物なのだ。あの日、香織の母親は娘の結婚式でちょうど上京してきていたのだった。こんな偶然があるだろうか。シロに会ってから、不思議なことばかりだと悠里は思う。悠里は手を伸ばして、こたつで丸くなっているシロの頭をなでた。


――これがシロの根回しかは分からないけど、シロってほんとにすごい。不思議な猫だ。


 お茶を飲みながら、おなかをさする香織の母親の様子を見て、悠里は言った。


「おばさん、もしかしておなかの調子いつも悪いんですか」

 香織の母親はとても驚いた顔をする。

「え、どうしてわかるの。私ここ三十年くらいずっと便秘なのよ。もう治らなくてねえ」


 悠里は思う。

――だから、あのときおなかの辺りが、茶色くぐるぐると渦巻いて見えたんだ。でもだからって、便秘で茶色ってなんか単純すぎない?


 悠里は笑いをこらえながら、言った。

「便秘には、三種類のタイプがあるそうです。弛緩性便秘、痙攣性便秘、直腸性便秘です。こんなこと言って失礼ですけど、便はいつもコロコロしていて、硬くないですか」


 香織の母親は驚きすぎて、今にものけぞらんばかりになって言う。

「まあ、悠里ちゃんって言ったかしら。あなた、お医者さんみたいねえ。すごいわねえ。そうよ、その通り。うさぎのふんみたいのしか出ないの。あはは、こんなこと話すの恥ずかしいわねえ」


 悠里は首を横に振った。

「いえいえ、全然恥ずかしくなんかないです。私も実は便秘ですごく悩んででて。うさぎのふん状の便なら、痙攣性便秘かもしれないですね。これはこの前テレビで見た知識で、学校で習ったことじゃないんですけど、便秘には深呼吸がいいそうですよ」


 香織の母親は、意外そうに言う。

「え、深呼吸?そんなのが効くの」

「はい、深呼吸は副交感神経を刺激して、自律神経の乱れを整えてくれる作用があるんだそうです。コロコロ便しかでない場合は、ストレスで自律神経が乱れちゃってることが多いそうなので、一日、数回の深呼吸が効くらしいです」

「そうなの。知らなかったわ」


 香織の母親はそう言うと、座ったまま背筋を伸ばし、深く吸って吐くという動作を繰り返した。

 悠里はふと、おばさんのストレスは一体、何が原因なのだろうと思った。


――いけない、いけない。あんまり踏みこみ過ぎるのはよくないよね。


 誰にでも悩みはあるものだ。それを知ったからといって、悠里にできることはないかもしれない。


 悠里が黙っていると、香織の母親は、ぽつりぽつりと話し出した。

「実は、香織の結婚式の直前に、夫が急に亡くなってね。私の食べさせるものがいけなかったのかしらって、ずっと気に病んでいたのよ。それがストレスだったのもあるかしら」


 悠里は、おばさんのいう夫とは、香織さんの緊急連絡先に載っていたあの名前、相馬哲郎さんだろうかと思った。


「主人は、濃い味付けが大好きだったの。だから私も料理の味付けをついつい濃くしてしまっていて。血圧が高いのも知っていたんだけれどね」


 悠里は気になったことを聞いてみた。

「ご主人は何のご病気で?」

「脳梗塞だったのよ。私がもう少し気をつけていれば、主人も香織の結婚式に出られたかもしれないのに」


 悠里はそれを聞いて、香織の母親に親近感を覚えた。それは、悠里がタマに対して感じていたことと、同じ感情だった。


「それはお気の毒に。でもきっと寿命だったんですよ。おばさんが気に病む必要はないです。元気出してください」

「そうだといいんだけどね」


 香織の母親とは悠里は、そのあとも少し世間話をした。香織の母親も少し元気を取り戻したかに見える頃、悠里は、お礼を言って相馬家をあとにした。悠里は、香織の母親がトイレに行っている間に、こたつですっかりくつろいでいるシロを抱き上げ、さっとバッグに隠すことを忘れなかった。


 駅に向かって歩き出すと、シロが言った。

「言っておくが、わしゃワープもできるんじゃぞ。お前が席を立ったときに、えいっとワープすればよかろう」


 バッグを肩に掛け直しながら、悠里は言う。

「まあ、そうだけど。ワープできる距離が限られているんでしょ。こたつで寝過ごして、私がもう帰ったあとだったらどうするの」


 シロはしれっとした顔で答える。

「なんだ、バレておったか。」

「だって、家の中でしかワープしてるの見たことないし。この前出掛けたときも、ワープできるなら、途中で合流もできたはずだし」


「そうじゃ、ワープできる範囲は、大体周囲三十メートルくらいのもんかの。それに遠くなればなるほど、体力も消耗してきつい」

「なあんだ、そうだったの」

「お前にバカにされそうだから、黙っておったんじゃ」

シロは、バッグのなかで器用に、後ろ足であごを掻く。


「それはそうと、香織さんにいよいよ会えそうだね」

悠里は、香織の母親からもらったメモを見た。ここまで来るの長かったなあ、と悠里はしみじみ思う。


「そうじゃな」

「香織さんは、雪枝さんのことまだ恨んでいると思う?」

「さあ、どうじゃろ。人間の考えることは分からん」


 悠里はメモの下にある写真を見た。先ほど香織の母親に雪枝さんにも見せてほしいと頼まれてもらってきた香織の結婚式の写真だ。新郎と二人で穏やかにほほ笑む香織。


――私が行って事情を話したら、香織さんは一体どんな顔するだろう。怖いな。

 家に帰ると美咲の靴が玄関にきちんと揃えて置かれていた。美咲はかなえと談笑しているようだ。二人の笑い声が聞こえる。居間に入っていくと、美咲は悠里を見て言う。


「あ、おかえりー。昨日教えてもらったところで分からないところがあって」

 かなえも悠里に向って言う。

「出掛けてるって言ったらまた来るっていうから、そんなの悪いし待ってもらってたのよ」


――そういえば、昨日は二人で図書館で勉強してたんだっけ。今日は長い距離移動したから、すいぶん昔みたいな気がするけど。


 美咲は思い出したように言った。

「ねえねえ、シロちゃんにも会いたいと思ってきたんだけど、どこ行っちゃったの。おばさんに家じゅう見てもらったけどいないみたい」


 悠里はそこまで聞いてしまった、と思った。慌ててバッグのなかを覗く。しかし、そこにさっきまでいたシロの姿はなかった。台所からみゃーんと可愛い鳴き声が聞こえてくる。


「あら、シロちゃんも帰ってきたかしら」

 かなえがスリッパをぱたぱたさせながら台所へと歩いていき、シロを抱き上げて戻ってきた。


「いたわよー。シロちゃん、今までどこに行ってたのかにゃ」

 かなえはシロに顔を近づけ、猫なで声で話しかける。

 それを聞いた悠里は、美咲の前で恥ずかしい、勘弁してよと思う。


――それにしても台所のドアに猫専用扉があってよかった。台所にワープすれば、そこから帰ってきたと思ってもらえるもんね。


 美咲は歓声を上げて、喜んでいる。

「うわー、この子がシロちゃん。かわいいねー、それに細くて小さい」

「これでも、二十歳くらいらしいよ」

「ふうん、誰に聞いたの」


――しまった、シロから直接聞いたんだった。


 悠里は慌てて取り繕う。

「飼い主からだよ。雪枝さんって言うんだけど、今入院しててもうしばらく預かってくれって」


「そうなんだ。飼い主、分かってよかったね」

 美咲はシロの頭をなでながら言う。シロはされるがままにじっとしている。


 悠里は、それを聞いて心の中でつぶやく。

――よかったことはよかったんだけど、うーん、香織さんのこと美咲にも話してしまおうか、それとも……。

――話しても構わんのじゃないか。ただし、能力やわしと会話できることは話すなよ。

 シロの声が急に、思考のなかに入ってきて、悠里は思わず声を出してしまう。


「う、うわあ」

 美咲が心配そうに、悠里の顔を覗きこむ。

「どうしたの」

「いや、なんでもない、なんでもなーい」

「変なの」

「それより二階に行こうよ、分かんないところ教えてあげる。まあ、私で分かれば、だけど。あはは」


 ぎこちなく笑って、悠里は美咲を連れて二階の自分の部屋に向かった。

美咲の勉強に少し付き合った後、悠里は、シロの飼い主、雪枝が、香織を探していること、二人の間にはトラブルがあり、悠里が頼んでも香織が雪枝に会ってくれるかどうかは未知数なことなどを話した。


「あたしも連れてってよ、香織さんに会うとき」

「え、いいの」

「だって、不安なんでしょ。だったら連れがいた方が安心じゃない」

 悠里は頷いた。


「まあ、確かに」

 美咲は身を乗り出して、真剣に言う。

「勉強教えてもらったお返しに私も悠里に何かしたいの。きっと卒業までお世話になるし」

「え、それはちょっとなあ」


 冗談めかして悠里が言うと、美咲は口をとがらせて言う。

「ええ、けちぃ。悠里は優秀だから余裕で卒業できるくせに」

「いや、それは分かんないよ。わたしだってもしかして国家試験落ちるかもだし」

「ないない、悠里に限ってそれはないよ」


 結局、来週の土曜日、美咲と一緒に香織の住所を訪ねることになった。美咲が帰ったあと、悠里は一人ため息をつく。

――なんとかなるかなあ。心配だ。


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