帰還
小国にふさわしく、華美になりすぎず、さりとて精緻に施された門飾り。門衛のお仕着せもまた上品にまとまっている。門衛が上品である必要があるのかは謎だが。
行きかう人は笑顔が絶えない。宮殿近辺によくある「お祭りのような」明るさだ。住人は宮殿の近くに住んでいることを誇りに思い、商人は宮廷御用達であることを自慢げに語る。旅人は宮殿を一目見られたことへの喜びを隠せない。
仏頂面なのはあたしと門衛くらいのものだ。
そう、あたしは(不満たらたらの顔で)グランシア王国の宮殿前にやってきた。
「ディーア老の紹介で参った。ミア=セイラスと申す。取次ぎを」
門衛にそう言い、ディーア爺さんからの紹介状を手渡す。門衛は「少々お待ちください」と言って、あたしをそこに残したまま宮殿の中に入っていった。門衛の歩き方も無駄に優雅だ。貴族の子弟だろうか。
「ったく、変わっちゃいないね。この宮殿は」
宮殿の門を見上げると、精緻な彫刻の中の小さな傷をあたしは見つけた。わずかな懐かしさが胸の中にわき上がる。かの姫は今おいくつでいらっしゃるのか?
そのまま、たっぷり1時間もあたしは門の前で待たされた。
別に急いでいるわけではない。行きかう人の陽気な表情を、どこか黒い思いで眺めていた。
いかん、いかん。性格が暗くなる。
のんびりとした気質はあたしがここで働いていたときと何ら変わっていない。
1時間後、たっぷり待たされた後にあたしの前に現れたのはあたしの見知った顔だった。
栗色の髪、こげ茶色の瞳はやや垂れ下がり、人なつこい表情を作っている。
ジス、元同僚だ。
きれいなお仕着せ服を着せられてはいるが、中身はあたしと同じ魔法士だ。中身は同じといっても、もちろんあたしの方が格が上だが。
昔はあたしもあんなお仕着せを着ていた。
「よう、ミア!よく来てくれた!」
ジスはあたしの不機嫌そのものの顔を気にもとめない。昔から細かいことは気にしない人間だったが…。
「ま、とにかく中に入ってくれや。そんで、話は直接陛下に聞いてくれ。それから、昔なじみがおまえに会いたがっている。さあ、」
お前の家じゃなかろうに、と頭を叩きたくなってくる。
さあさあと背中を押されてあたしは宮殿の中に足を踏み入れた。
変わらないな…
それがまず初めに思ったことだ。
あたしがここを出て行ってからちっとも変わりゃしない。
「どうだ?懐かしいだろう。何も変わってないからな」
ジスが楽しそうに言う。
「懐かしがっても仕方ないよ。あたしは依頼を受けて来たんだから」
「グランシアの玉露か?」
ジスが満面の笑みを浮かべる。こいつ純粋に楽しんでいやがる。
つられてあたしの口角も上がってしまう。
「何故それを知っている?」
「あれは姫様の考えなさった冗談さ」
「やってくれるな、あの王女様も。…姫は…」
「元気でいらっしゃる。今、丁度ご縁談が持ち上がっていてな」
そうか、もうそんな年齢になっていらっしゃるのか…
無理もないかもしれない。あたしが宮殿を出たときは11だったはず。それか4年経って15。王族としては婚期にあたる。
「おまえがあんな形で宮殿を去るとは思ってもいなかったよ。まったく」
「古い話だ」
ふん、とあたしは鼻を鳴らす。
「古巣に帰ってきた気分はどうだ?」
「最悪だね」