第七話というか、第二幕の余韻……というか、ほんの余興
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冬はどうしてこんなに寒いのだろうか。そしてどうしてこんなに面倒くさいのだろうか。
その旨をそのまま識乃ちゃんに伝えたら、こんな事を言われた。
「この寒さは神様がくれたご褒美なんですよっ! 面倒だなんて言わず、素直に楽しみましょうよ」
「だから、素直になると面倒なんだって。てか、識乃ちゃん近い」
何でも、世の人々はこの寒さを口実に異性と接近するそうだ。例を挙げると、「寒いから手繋ごっか」と、こういう事らしい。
そしてそれに従い、識乃ちゃんは僕に接近した。繋いでいるのは手では無く、腕なのだが。
「あと、冬だから。ではないですよ。今日はクリスマスじゃないですか!」
「クリスマスに腕を組んで、人通りの多いこの大通りを歩かなくちゃいけない理由を十文字以内で述べよ」
ほんのいたずら心で言った言葉に、識乃ちゃんは本気で困惑したようだ。ムムムと額に皺を寄せて、少し顔を赤く染めた。寒さで元々赤かった顔が赤くなったのが分かったのだから、実際には相当赤面していることだろう。
そして、投げやりな風に言った。
「トモさんが好きだから」
見事に十文字きっかりだった。
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多町さん事件のすぐ後。僕が識乃ちゃんにコテンパンにされた後。識乃ちゃんは僕に言った。
『完璧な人間など居ません。トモさんの、その欠落部分もトモさん自身なのです』
と。
力強く、繊細に、消え入りそうな怒号で。とびっきりの笑顔で涙を流しながら。
そして、こう続けた。
『私は、トモさんのその足りない部分だって愛せます! 欠落した存在しないその空虚を受け止められます』
僕は沈黙を厳守する事しか出来なかった。否定の言葉も拒否の感情も表現することが出来なかった。あるいは、そんな感情、もともと持ち合わせていなかったのかも知れない。
最後に識乃ちゃんはこう付け加えた。
『トモさん。私、トモさんが好きです。私達はこれから付き合います!』
と。
答えに拒否権を与えないあたり、彼女らしい。しかし識乃ちゃんはその後、すぐさま玄関を飛び出て行ってしまった。
もれなく恋人同士になってしまった僕と識乃ちゃんは、周りから見て円満に映っていたのではないだろうか。識乃ちゃんは、自分の家の契約を取っ払い、本当に事務所に荷物を持ってきてしまった。全く知らなかった事だが、識乃ちゃんは四輪の普通免許を持っていたらしく知人に車を借りて荷物を僕の家にまで運んできた。
「その行動力を就職活動に活かせなかったの?」と呆れ気味に言ってみたものの、「今はトモさんと一緒に居られると思うから頑張れるんですよ」と、挨拶に困る返事しかもらえなかった。
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いきなり十二月下旬にまで時は進み今現在に到るのであるが、ここ一ヶ月の僕らにはたいした事も起こっておらず、僕と識乃ちゃんの日常など語るに値しないだろう。何故なら、八割方が惚気になってしまう気がするからである。残りの二割は多町さんの件での口裏合わせである。
それにしても。
情緒の足りない僕を好いてくれるなど、彼女はとんだ変人であると思う。まぁ、恋人とはそんなものなのだろうが。しかし、結局はこれも惚気になるのだろう。
過去に、こういう会話を実に不愉快だと思っていた気がするが、まぁ、仕方のないことであろう。僕らを芳しく思わない読者諸君。君たちも恋人というものを作ってみるといい。
楽しい。
そう、楽しいのだ。
そんな感情を持ち合わせているのかどうかも怪しい僕でさえ、幸せを感じている。こんな僕でも、彼女の愛を真摯に受け止める事ができるのである。
しかし何だろう。僕が識乃ちゃんに持っている感情は、愛ではない気がする。『愛する』がどんな感情なのか分からない訳ではないが、これがそれに当てはまるのかどうかは分からない。
まぁ。
まぁ、楽しいんだから。
楽しいんだから、そんなことどうでもいいのだ。
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所は移り、大通りがよく見渡せる喫茶店店内。識乃ちゃんはテラスが良いと言ったのだが、そんなの自ら風邪を引きに行くようなものだと断固拒否した。それでも窓際のテーブル席を確保する事にした。たった二人でテーブル席を取るなんて、というような視線をいたく浴びたが、識乃ちゃんは、そんなものを気にするほど小さい魂を持っていなかったらしい。勿論、僕は気にした。
時間は、夜の七時四十分。
普段この店は、七時には閉まってしまうのだが、今日はクリスマスナイトキャンペーンだとかなんとか。
――本当に日本人は自由だなぁ。
宗教無視の日本人に向けた思いも、識乃ちゃんの言葉で遮られた。
「トモさん? さっきから何黙りこけてんですか」
「あぁ、ごめん。……多分それ、『黙りこくってんですか』の間違いじゃない?」
実にどうでもいい返事をしたのがいけなかったようだ。
実にどうでもいいです! と、強く言われてしまった。
白けた空気が流れる中、モノクロの制服を着たメイドのようなウエイトレスがやって来て、注文をとった。ホットコーヒー二杯に抹茶パフェ二個という、当たり障りのないメニューでミスマッチするという、変わった芸にウエイトレスは少し戸惑い、注文の確認の際に軽く噛んだ。
去っていくウエイトレスの後姿を何気なしに見つめていたら、識乃ちゃんがつまらなそうな顔でぼやいた。
「何を見てるんですか、涎垂らして」
「いや? 別に。ってか、垂らしてない!」
――前にもこんなやり取りを……、まっいっか。
実に典型的なデジャビュのノリであった。
「何ですか? トモさん、まさかのメイド萌えですか!?」
何故か大声を発する識乃ちゃん。
「違うよ。まぁ、識乃ちゃんが着たいってんなら是非も無いけれど」
「……いいですよ? そこまで言うなら」
さっきとは相対的に小さい声で言う識乃ちゃんは、少し恥ずかしそうに顔を伏せた。
「寒い」
僕は何となく寒くて呟いたのだが、少し勘違いされてしまったようだ。
「何が寒いですか! トモさんが着て欲しいって言うから、それならいいですよ、って言っただけなのに! 人の思いを無下にするなんて最低です!」
識乃ちゃんの顔は絶えず、赤いままであった。そういう意味じゃなくて、と訂正すると、やっと識乃ちゃんの顔色が元に戻った。
「それは、寒いと言うから寒く感じるんですよ。『プラシーボ効果』ってやつですよっ!」
「おっ、難しい言葉知ってるね。じゃあ、『寒い』の対義語は?」
「『暑い』です」
「じゃあ、『あつい』の対義語を『寒い』意外で二つ言ってみて」
「へ?……」
「……」
クリスマスで混んでいるからであろう、注文した物が来るのが遅い。その間、僕らはくだらない事をずっと話し続けていた。
僕も、識乃ちゃんもずっと笑顔だった。
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僕らが店を出た後、『見るからに』と言う様な人物数人に取り囲まれたのを鋏剪刀で撃退したり、識乃ちゃんの家に呼ばれたので行ってみたら不細工なケーキが登場してきたり、クリスマスプレゼントと言って、どこで買ってきたのであろうか、ミニスカサンタに扮装した識乃ちゃんと智子さんに絡まれたりと。
まぁ色々とあったのだが、どれもまた別の話である。それぞれで想像してくれる程度で十分すぎるほどに充分だ。
この後すぐに新しいレギュラーとして、月見里獏也が登場してくるのであるが、これがまた面倒くさい事案になるのだ。彼との一件がカウンセラーの守備範囲なのか、探偵のストライクゾーンなのか判断するのも難しい。多分どちらでも無いのだろう。
だが。
しかし。
だがしかし、それもまた今語る物語ではないと思う。
でも、僕としては。
しょうがないほどしょうもない、そんな生ぬるい物語がいつまでも続けばいいと思う。
いつまでも続いてくれと、心の底から懇願する。