第六話というか、第二幕の終演
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少し衝撃的かもしれないが、自宅。時計の針は午後二時を指し示していた。
「しかし、どうなっちゃうんですか? 多町さん」
識乃ちゃんが、彼女にしては珍しく神妙な顔つきで聞いてきた。
今現在、向かい合って座っているので、彼女の顔色がよく窺えた。
「あれはねぇ、多町さんには申し訳ないけど、仕方ない程に致し方ない結果なんだと思うよ」
「でも、人殺しをしたのは悪多町さんであって、多町さんじゃ無いじゃないですか?」
識乃ちゃん、その呼び方こんがらがっちゃうよ。と、僕は軽口を叩いた。
「でも、彼を作り出したのが多町さんだと考えれば、多町さんに責任が一切無いとも言えないんじゃないかな」
「でもそれはいじめら……」
識乃ちゃんは言葉に詰まり、苦そうな顔をした。
「心に付け入るスキがあるのがだめだった、と思うよ、僕は。たとえそれがどんな状況であったとしてもね」
識乃ちゃんはあからさまに不機嫌になった。何というかブスゥとなった。そして一言こう言った。
「そんなもんなんですかね?」
僕は間髪いれずにこう答えた。
「案外、そんなもんなんだよ」
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以下回想。
「あなたは人を殺してますね?」
「俺は誠実な男なのだから人殺しなどしないが?」
巷塵さんはにやけながらそんな法螺を吹いた。
「大方、もう一つのダンボールには本物の死体が入っているんじゃないですか? ラブドールの方はカモフラージュと言った所ですか」
「だったらどうだって言うんだ? 知っての通り、この体は俺だけのものじゃない。というより俺のものじゃない。俺の殺人が世に知れて捕まるのは、本体であるあいつなんだぞ? お前にはどうする事もできない。そうだろ?」
――確かに、その通りだ。けど、どうする事もできない事は無い。
「警察に通報します。事実に基づき、ここで見たこと聞いたこと、更には知った事や勘付いたこと全てを洗いざらい話します」
まぁ、僕らに都合の悪いところは誤魔化しますが。そう言って、軽く笑った。
「ト、トモさん!? 本気ですか! そんなことしたら多町さんが……」
意外にも反論したのは、識乃ちゃんだった。
それはもう意外だった。
「識乃ちゃん? なんでそんな事言うの?」
「なんでって……」
――なんで識乃ちゃん、そんな悲しそうな顔をするんだろう。ホントに分からない。
識乃ちゃんが困ったような顔をするので、僕も少し悲しくなった。
「いやだって、殺人者なんだよ? 反省しているなら兎も角、彼にそんな様子垣間見れないじゃない?」
「だから、それはこの人であって、多町さんじゃないんですって」
自分の話なのに置いてけぼりを喰らって、多町さんは困惑していた。
しかし無視して、僕は識乃ちゃんに答える。
「そうかも知れないけど、そうじゃないかも知れないよ? それを決めるのは警察官の仕事なんだよ」
僕は、識乃ちゃんに携帯を借りて、迷わず百十番を入力した。そして笑って言った。
「やっぱり、携帯って良い物かもね」
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回想終了。
結局、もう一つのダンボールの中に何が、いや、誰が入っていたのかは分からなかった。見ようとも思わなかったし、警察とのやり取りの前に自宅に戻っておきたかった。識乃ちゃんとの口裏合わせのために。
しかし思えば、家電量販店でテレビを見ていた時、心なしか、行方不明の人間が報道されていないか。そんな事を考えていたようだ。しかしそんなニュースは一切無かった。あの焦燥感はそんなところから来ていたのかもしれない。
しかし、被害届も出されないような人間だという事が分かって僕は安心した。そんな人間なら、生きている周りの人間が悲しむ事もないのだから。
考察終了。
閑話休題。
識乃ちゃんはふてくされて、僕のベッドに体を委ねた。そして持ち帰った『智子』さんに話しかけた。
「あの人、冷たいですよね~、智子さん?」
あの人とは僕の事であろう。
「その名前はどうにかならないの? てかなんで持って帰ってきちゃったの、んな重い物」
帰り道は何となく気まずくて、彼女と一切の言葉を交わしていなかった。何故気まずい空気にならなくてはいけなかったのか、よく分からなかったが。まぁしかし、彼女にツッコミを入れられる空気でもなかったのだ。
兎に角。
識乃ちゃんは、あのダンボールにキャスターを取り付けて(縄で括り付けるタイプ)、ラブドールを家にまで連れてきてしまったのだ。そして僕の家に着くなり袋を破り、智子さんを誕生させた。服はダンボールの底に備え付けとして入れられていた。
「良いじゃないですか、別に。だって何だか可哀想だったんですもん。大丈夫です、私の住む事務所の方に置いときますから」
「後で、警察から色々聞かれるきっかけになるんだよ、そういうの。まぁ、多町さん宅に出入りするところ、見られてるだろうかおんなじだろうけどね。全く多町さんは、捕まった後も僕らに迷惑かけるんだね。はぁ。……、あと事務所にその子を置いとくとクライアントが驚くから止めてね」
寝転んだ識乃ちゃんの表情は分からなかったが、何だか怒りのオーラが見えた気がした。
「トモさん昔、友達と呼べる人が居ましたか?」
「うん、まぁ。人並みには居た気がするけど」
「トモさんを憎んでいた人は?」
そりゃ、生きていればそういう人もできるでしょ? そう答えた。
「どっちの方が多かったですか?」
「後者」
――確立の問題で考えれば、どう考えても後者の方が多くなるのは悲しいほど当たり前の事だと思うけれど。
そう思って答えたのだが、識乃ちゃんの答えは僕の予想を裏切った。
「普通自分が嫌われているなんて、意識しなくて解かるものじゃないんですよ。もし意識していたとしても、そんな答えがすらすら口をついて出てくるなんてのは異常なことなんです」
識乃ちゃんの声色は怒りと哀れみが入り混じっていたように思えた。
「トモさん、あなたはそれがどんなに辛い選択であったとしても、それが最善であると判断したら、何の迷いも無くそれを実行するでしょう?」
「そりゃあ、それが最善なんでしょ?」
たとえば。
たとえば、と識乃ちゃんは言った。
「たとえば。私と自分、どちらかを殺さなければならない場合どうします?」
「君を殺して、自首するよ」
即答したのがいけなかったのだろうか? 識乃ちゃんは無言になってしまった。答えた僕がここで発言するのも不自然に思え、僕もまた無言になった。
…………。
暫くして、識乃ちゃんが上半身を起こし、僕の瞳をしっかり見つめて口を開いた。僕はホッとした。
「世離れ」
――ん?
「トモさん以前『僕よく世離れしてるって言われるんだよね』って言ってましたけど。それは、別にテレビや新聞を確認してないかったからではないんじゃないかと、そう思いました。たった今」
「何の話?」
僕は若干勘付いてはいたが、少し認めなくなかったのかも知れない。
「今までトモさんの言動で『アレ?』と思うところは多々ありました。でも今のやり取りで確信しました」
何を? 僕はそんなことを口にした。
しかし、識乃ちゃんははっきりと言った。
やはり、識乃ちゃんはしっかりと言った。
「あなたはサヴァン症候群の代償として感情を欠落しているんじゃないですか?」
そんなこと、
そんなこと。
鋭い直球のような識乃ちゃんの言葉に。
僕は。
「そんなことないよ」
そう答えて、はははっ、と笑うことしかできなかった。
これからもよろしくおねがいします!!