第三話というか、第二幕の暗転
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多町幸甚、三十八歳。身長一六五センチ、七十八キロ。AOのA型。五月生まれの雄牛座。幸甚という変わった名前で虐められた過去を持ち、人ごみに居ると孤独感を覚えるそうだ。一昨日、家に居ると見覚えの無いダンボール箱が二箱届いた。聞き覚えの無い化粧品メーカーから届いていたそれはあまりに重く、不自然に思ったため開けてみると、それぞれに女性の遺体が入っていたそうだ。
そこで、うちの事務所の噂を知っていた多町さんは、予約を取った。らしい。
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多町さん宅。時計を見ると、十時過ぎであった。三十分歩くだけで着くような距離ではあったのだが、あまり僕の使わない道ばかりを通ったので、見ればそこは全然知らない街だった。
「う~、寒いね」
「十一月にもなると、もう冬なんですかね?」
と声を掛け合いながら、上着を脱ぐ僕と識乃ちゃん。
識乃ちゃんには黒いダウンジャケットを貸していたので、識乃ちゃんは勿論それを脱いでいた。だがしかし、ダウンジャケットがショートパンツを隠し切っていてエロティックな風貌になっていたので、もう少し見ていたかったと言うのも本音であった。
「……、変態」
「変態言うな! というか、心を読むな!」
「お二方、こちらです」
上着を片付ける、と言って一度奥に行っていた多町さんが戻ってきて言った。
「では、失礼します」
と頭を下げて言う僕。
「おじゃましまーす」
と言いながらピョンと玄関にあがる識乃ちゃん。
案内されて、玄関左側にある部屋へと入った。そこはリビングだった。あらかじめ言っておくが、これは推理小説であり、間取りやら家具の位置などが後々の伏線へとなっている可能性があるので扉の位置から見て説明しよう。
押しの扉を開けると、左側に空間が広がっており、そこは幅四メートル、奥行き七メートル程の部屋であった。僕の今いる扉が北側であり、向かって左に、部屋の中心を向いた四二型のテレビがある。西側の壁全てが横開きの扉になっており、南側と東側の壁には窓が付いていて、それぞれの窓の前に二人掛け用のソファがあった。そして部屋の中心に四角いテーブルがあって、その下には卸したてなのだろう、ふわふわな冬用の絨毯が広がっていた。
「では、こちらに座ってくださいです」
と僕と識乃ちゃんは東側のソファに座らされた。そして、多町さんは西側の絨毯へと腰を下ろした。
「ソファに座らないんですか?」
と聞くと、結構です、と返された。
「早速ですが、見ていただきたいものがあるです」
「その前に! この家の間取りを教えていただいてよろしいですか?」
余りにも早く本題に入ろうとしたので、遮って確認しておきたい事項を問うた。
「時間が無いのです。が、少しだけならいいです」
「お願いします。まず、その後ろの部屋は?」
と多町さんの向こうを指差した。
「あぁ、ここはダイニングとキッチンです。お客が来るという事でリビングにあったものを押し込んであるので余り見せたくないのですが。」
「そうですか。では、玄関の右側の部屋は?」
「応接間です。というか、お客様用の部屋になってますです。布団とか、お泊まり用の物も押入れに入ってますです」
「成程。では二階は?」
「二階は……、そうですね。ちょっと上がった事が無いので分からないです」
「なぜ?」
何故か、識乃ちゃんが聞いた。置いてけぼりが嫌だったのだろうか。
「ルームシェアって言うんですか? 二階はもう一人の居住スペースになってるんですよ」
「はぁ、そうなんですか。その方は?」
「この時間には居ないですよ。仕事が忙しいようで」
「そうですか、玄関正面には廊下が伸びていましたが?」
「お風呂やトイレがあって、奥で左に折れていてここに繋がってますです」
「そうですか」
と、少し押し黙っていると、そろそろいいですか? と多町さんが言った。
「あ、はい。ありがとうございました」
「では、こちらを」
と多町さんは南側のソファを軽く動かし、その下からダンボール箱を取り出した。この部屋に入った時から気になっていた代物だ。
「これが言っていた例の……」
「もしかしたら……だから、識乃ちゃんはちょっと待ってて」
「あ、はい」
識乃ちゃんの返事を聞いてからダンボールへと向かい、多町さんに声を掛け、ダンボールを開けてもらった。
女性が入っていた。しかしそれは、ライトノベルなんかに出てくるような『郵送物を開けると美少女が』なんて物では決してなく。それでいて、『ドラム缶の中にコンクリート詰めにされた変死体』のような残酷な物でもなかった。
ポリエステル系合成樹脂でできた透明な袋に入った女性だった。
先述の背骨から二つ折りにされた、優麗な全裸女性だった。
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十二時十分前に多町さん宅から追い出されるように出てきた僕らは事務所への帰路についていた。識乃ちゃんは直接家に帰ってもよかったのが、何せ彼女の衣服が僕の家にあるのだから仕方ない。
直接事務所に帰り、衣服を識乃ちゃんに返し、今日の日記を付け読書をしつつ静かに僕を襲う睡魔に体を委ねるのも悪くない。と、午後からの予定を練っている所を隣からの声に遮られた。
「あ、お寿司屋さんだ! 行きましょう、お寿司食べたいです!」
前方右側に回転寿司屋を見つけ、テンションがアップする識乃ちゃん。
「なんで、んな元気なの?」
「何がですか?」
「言っておくけど、もし寿司を食べに行ったとしても僕はお金払わないよ?」
「えっ! 本当ですか?」
識乃ちゃんは口に手を当てた。
「意外に思う意味が分からないんだけれども」
「嫌です! 嫌です! 払ってもらえないと行かないですよ?」
「いや、僕別に行きたくないし」
「なんですか! この、ちりめん白衣め!」
と意味不明な罵倒を浴びせるだけ浴びせて、ぷいっと顔を左へ背けてしまった。そして、顔を向けた方向にあった電信柱に貼り付けてあった『体で愛を売ります。ラブドール輸送販売……』という内容のチラシを見つけ、瞬間的に顔を赤く染めた後、卑猥だ、だとか、いかがわしい、などど一人でぶつぶつ言っていた。
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――僕が触れた、あの女性には確かに脈は無く、弾力のある人肌は凍えるような冷たさになっていた。軽く、多町さんにばれぬ様にダンボールを蹴ったりしてみたが、その重量は間違いなく人間のそれであった。しかし人間の体内には内臓があり、更には骨があり、あんな携帯が如く二つ折りになるわけが無いのだ。死体臭もしなかった。袋に入っていたからかもしれないが、それはそれで、体内のガスが六穴から抜け出てその袋が膨れ上がるものなのだ。切開して体内の処理をしたかとも思ったが、彼女の腹にそんな傷跡は見出せなかった。体が後ろ向きに、顔を上向けに折られていたというのも気になる。背中に何か隠されているのだろうか。
そもそも、彼女はいつ頃殺されたのだろうか? いや、言い方が悪かったか。
彼女はいつ頃亡くなったのだろうか? ずっと前に亡くなったと言われても納得できるが、昨日命を落としたようにも見える。そもそも亡くなっているのかどうかも怪しいような容姿であった。目は閉じていたが、その表情は無であり、無表情であった。特に苦しんだ後に亡くなったようではなかった。毒殺だったのだろうか? 絞殺では無さそうだが。
だめだ、だめだ。何故だか、他殺の線ばかりを考えてしまう。もっと他の可能性、この状況になり得るプロパブリティーは何なのだろうか。
時に、多町さんが怪しい。怪しすぎる。一応、名刺を貰って帰路に付いたのだが、何か隠している気がする。遺体を一体しか見せてこなかったことにも何かあるのだろう。それよりまず、化粧品メーカーから送られてきたというあのダンボール、しっかり調べてみたわけではないが、何か臭い。事件の匂いでは無く、もっとこう、簡単な問題のような……。二階へと続く階段も見つける事はできなかったし、見つけさせようとしていなかった気がする。いや、見つけさせないようにしていた気がする。二階に何かあるのだろうか。
ともあれ、あと幾度か事務所に足を向けるように釘を刺したし、名刺も貰った。後の事は後々考えさせていただこうか。だが帰り際、『昼は忙しいので、電話は真夜中から時計の短針が一周するまででお願いします』と言った彼のその真意は何だったんだろう。それも後々本人に聞こうかな。今は目の前の門題に頭を使うとしよう。
「何皿食べる気?」
「さぁ」
「『さぁ』って。よく食べられるね、あんなの見た後で」
結局この少女は、好奇心に負け、ダンボールの中身を覗いたのだった。
結局僕は、回転寿司屋で十八枚の空皿を前に微笑んでいる少女と対峙させられていた。
「しっかし、綺麗でしたね。あの死体」
「まぁ、あり得ないわけじゃなよ。古代ミイラは鼻から脳みそをかき出して、内臓だって体の穴から抜き取った末にあの形になるんだから。遺体に傷つけず中身を処理する事自体はそこまで難しいものではないんだよ」
「食事中ですよ、トモさん」
「君が振ったんだよ」
なんだか居酒屋のような寿司屋だった。こじんまりとした店の中にカウンター席とテーブル席が『所、狭し』と声を上げている。店の片隅には地デシ対応済みのテレビがあり、店主のこだわりであることが一瞬にして分かった。そのテレビ画面では、アイドルの様に美しいニュースキャスターが月見里獏也の死刑が決定した、と報じていた。そのニュースに僕はハッとしたが、何の気まぐれなのか店主がチャンネルを変えてしまった。
そして映し出されたのは、今売れているアイドル、白河真琴。猫目と太めの眉が大人っぽさを演出していて、少し低い鼻と丸っこい輪郭とが、あどけない幼さを残していた。そして、それらを可愛らしい栗毛が覆い、全体のバランスを繕っていた。ポップな音楽に合わせて踊る女子高校生に心躍らせるような趣味を持っているわけではないが、それでも彼女の可愛さに少し見蕩れてしまった。
――しかし謎だ。
彼女の色と言っても過言ではない程似合うパステルピンクのミニスカートを纏い、彼女は派手に踊り、時には側転を披露し、『むしろダンスがメインなのでは?』と思わせるような激しい動きを見せた。いや、魅せた。しかし、何故だろう。スカートが捲れる事が一切ない。別に期待している訳ではない。むしろ逆に心配をしているぐらいなのだが、その心配をことごとく振り払うように、そのスカートの中が危ぶまれるような事はなかった。
――きっと、これをコマ送りで見たりする高校生が居るんだろうな。
「出倒してますね、真琴ちゃん。ファンとしては誇らしい限りです」
やっとお腹がいっぱいになったのだろう、識乃ちゃんが顔を上げた。
「君が育てたわけじゃないでしょ?」
「あ、そうだ。知ってますか? 真琴ちゃん、最近、彼氏ができたらしいですよ?」
「そうなんだ」
「いや、噂程度なんですけどね? 屋上近くの階段で男子にお弁当を渡している姿を、真琴ちゃんの先輩アイドルが写メったんですって」
「ふうん。アイドルも大変だね」
ここで僕が宣伝する必要は一切無いとは思うけど、もしかしたら興味のある人が居るかもしれない。彼女、白河真琴のことが気になるのであれば、これを読み終えた上で『小説家になろう』内で探してみるといい。
メタ視点は置いといて。
「注文したのに、来るのが遅いです」
と、声を荒げる識乃ちゃんをなだめることにしよう。
「それが戦略なんだよ。わざと流すのを遅くして、その間にその他の商品を食べてもらおうってね。回転寿司なんて、一皿でそんなに利益なんて出ないから、数で勝負したいんだよ」
全部、聞こえてるぞ。と言わんばかりに店主に睨まれた気がしたが、そんな事は無いだろう。
「はぁ、成程」
「世界にはたくさんの仕事があるけれど、それらがそれぞれ独自のチートを使って利益を生んでいるんだよ」
「いやな事聞いた気がします。ところでトモさん」
「何?」
「なんで、多町さんからカウンセリング代しか取ってないんですか?」
「うぅん、今回は探偵の部類に入らない気がするんだよね。多町さんからも依頼受けたわけじゃないしね」
「私への当て付けですか?」
「うん、人の話を聞こうか識乃ちゃん」
「ふはぁ、食べました食べました」
僕の返事も一切聞かず、満足そうに微笑む識乃ちゃん。彼女の前に積まれた皿は…二十二枚。
「食べすぎだよ! 太るよ!」
「あぁ大丈夫です。私、食べても太らない体質なんで」
識乃ちゃんは立ち上がり、レジスターを通りすぎて店頭にて立ちどまった。
――僕も財布に一切の傷を負うことなくそっち側に行きたいよ。
識乃ちゃんに僕の心の声が届くはずも無く、目を合わせると微笑んでくる始末。
――何で、百円均一じゃないんだよ。百二十円均一ってなんだよ。
私営の店だから仕方ないのかもしれないが、そういう僕の前には十枚前後の皿が積み重なり、計、四千三十二円の出費となった。そして、店主に一瞥した後、店を出た。
しかしこのお店の名誉にかけて一つ言っておこう。この店のネタはただ高いだけの店などではなく、寧ろ百二十円じゃ安いかもしれない、と思えるほど美味であり無類であった。