第七話というか、第三戦の三回表・マイナス伍対弐
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小石さんは次の日の夜まで泣いていて、何も話せなかったという。
僕はと言えば、識乃ちゃん、獏也とともに警察で一夜を過ごした。またしても崎波美風さん、浦安俊杜さんペアのお世話になってしまった。
『っはぁー、お前ら……、世話掛けやがって』
昨日駆けつけた時の浦安さんの第一声。
第一発見者が僕であったので、まぁ世間一般的の良心に則り、警察に連絡をした。
実際に遺体を発見した時刻は六時二十五分であり、その時の遺体の状態は実に酷いものだった。アパートの裏階段に倒れていた遺体は死後硬直で異様なポーズになっており、どす黒く固まった白砂さんのものと思しき血液が階段と白砂さんの白い肌を汚らしく染めていた。白目になりかけている虚ろな瞳には何かを追いかけた様子は無く、彼女が犯人に気付く間もなく殺害されたことを示していた。
そして出血口は喉元だった。
喉元を鋭い何かによって掻っ切られていた。
…………。
ピエロ。
まぁそんな感じで現場説明を終えて、現時刻へと戻ってくる。
「まさか椅子に座らせられたまま眠る事になるとは思いませんでしたよ~、腰痛い、腰痛い」
「寝ていいって言われてないんだけどね。実際、僕と獏也は寝てなかったし。獏也なんて偉いんだぞ、識乃ちゃん。こいつずっと黙ったまま僕と警察官との会話聞いて、一晩過ごしてたんだから」
「いや、俺は一晩目を開けたまま寝てたぞ」
……。
何となく想像してたけど。やっぱりそうだったか。
昨日浦安さんに渡されたFAXをポケットから取り出す。
「昨日からずっと見てますけど何が書かれてるんですか? それ」
「うん。ほら、書置きがあったでしょ? 『すぐに正式な捜査協力依頼がそっちに行く』って奴。これがそれを促す書類。ピエロとしては、おそらく獏也が殺されかけたあの日に届けたかったんだと思うよ、ホラここ、送信日があの日だ」
「じゃあ何で今更?」
「浦安さんがピエロの予想よりも早く飛び出しちゃったんだろうね、きっと。持たせ忘れたんだろうね。その後、連絡が来てもおかしくはなかったとは思うんだけれど、そこにどういう経緯があったのかは知らないし今となってはもう遅いんだけれど、まぁその経緯があって昨日やっと僕の手にこれが渡されたってわけなんだよ、きっと」
「長い道のりの上に、無駄足だったわけですね」
「ひっでー話だな、おい。人一人殺されちまったじゃねぇか。……はぁ」
「いや、ここにも書いてるけれど、おそらく彼女はどの道殺されてたんじゃないかな」
さて。
さぞかし気になっていることだろうと言うことで、お見せしよう。
このような内容だ。
『市警方々、ごきげんよう。ピエロという者でっす! さて、今回こちらにFAXさせていただいたのは他でもない。なんと! いえ、その前に前置きが必要ですね。最近、この地域界隈で起こっている連続殺人事件でありますが、アレ、犯人、私です\(^o^)/ ってなわけで本題です。これからもまた被害者が続々と出るとは思うのですが、おそらくこの地域の問題児、【笹本・朋見里・軒下】なる三人が事件の鍵をを握ってます。さっさと重要参考人としてしょっぴっちゃってください。言う事を聞かないなら、また一人犠牲者を出してしまいましょう。例のアパートの住人で。詳しいことは馬鹿三人に聞いてください。そうですね、期限をつけたほうが面白い。では下記の日付までに何とかしちゃってください』
その下に書かれていた日にちはちょうど昨日の日付になっていた。
ずいぶんとふざけた文章だ。文章が統一されていない。チグハグ感たっぷりである。警察を見下している風に見える。実際、見下しているのだろう。当然、警察は『イタズラ』の一言で片付けたに違いない。事が起きるまでこれが僕に届かなかったのも頷ける話である。
僕達には『警察に頼め』と言い、警察には『僕達に頼め』と言い、のらりくらりと上手く構成されている。結局僕達が警察としっかり協力できないように細工されているらしい。随分と頭の切れる人材が『ピエロ』には存在するらしい。もしかするとリーダー格なのかもしれない。それともどうだろう。複数人でこれを考えたのかもしれない。
だがまぁ、僕らを犯人に仕立て上げようとしたのは腹立たしい。おそらく彼らは僕ら三人が容疑者になるタイミングを見計らったのだろう。特に僕だ。獏也と識乃ちゃんは出掛けていたので、他の住人と同じような扱いなのだが、何せ僕は、当時白砂さんの肉親以外で現場にいた唯一の住人なのだ。正確にはあのアクの強い大家さんが居るのだが、彼女に容疑が掛かることは無いだろう。と言うわけで晴れて僕が第一容疑者になったのだった。
しかしまぁ、手口がアレなので流石にいきなり拘置所に行くようなことはなかった。なんだろう、ピエロの頭が切れるのか、抜けているのか、よく分からなくなってしまった。
それにしても。
《何かが起こるまで何もしない》
一昨日の自分の考えが恥ずかしい。いきなり事務所に押し入ってくるような輩なのだ。少し考えれば、簡単に人が死んでしまうことは安易に想像できたはずなのだ。
小石白砂さん。
本当に美しい方だった。絶世の美女と言う言葉があれほど似合う女性もいない。
小石飛礫さん。
今回の事件は完全に僕の責任である。そもそも彼女はウチのアパートの住人でないのに。
…………。
「帰ろうか、二人とも」
「へ? でも小石さんは? ってかいいんですか、調書とか。分厚い紙の束渡されてませんでした? ……、あれ! 今気付きました。あれどこやったんですか?」
「全部書き終えたよ。取り敢えず帰って良いってことになったから。小石さんは……、僕達が触れるのは失礼だ。僕らが関与しているかどうかは別として、あの兄妹には僕らみたいなのが触れるべきじゃない」
「んなもんかね、……んなもんか。そんじゃシキノン、友、うちに帰っか」
締めを括ったのは以外にも獏也だった。
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帰宅して、僕は取り敢えず一眠りした。そして獏也と識乃ちゃんはと言うと、やっぱり一眠りした。目が覚めるとちょうどお昼時だったので、二人を叩き起こして外食することにした。どこへ行こうか? と問うと、識乃ちゃんが目を擦りながら「お寿司」と答えた。
かくして、例の大通り沿いの寿司屋に席を移した僕らはあまり騒ぐこともなく淡々と寿司を喰らった。食事中の会話についてこだわりを持たぬ僕としては「静かでいいな」程度にしか考えなかったのだが、そう言えば識乃ちゃんが喋らないとは珍しい。加えて、獏也の無言も珍しい。僕は俯き、寿司を絶え間なく口に運びながら物珍しさで目だけは二人に向けた。どうやら、二人とも気まずそうにしているようだ。識乃ちゃんは眉間を皺くちゃにし、思案顔である。当然僕は彼女ではないので、今彼女が何を考え、何に思い悩んでいるのか僕には分からない。それでも今回のピエロの件で小さなおつむをフル回転させているのではないかと予想できた。続く獏也だが、……この顔はなんなのだろう? 「どうでもいい」といった顔をしているのだが、何が「どうでもいい」のかは定かでない。しかし脱力的な顔をしている。だらしない顔と言い換えてもいい。それでいて、どこか達成感に満ちたような笑みにも見える。なんと言うのだろうか、あの、夏休み最終日に宿題をやり終えたその直後のような顔をしている。残念ながら、僕は夏休みに入る前に課題を終えるタイプだったのでそんな経験はないのだが。きっと、獏也も今回の件で思うところがあったのだろう。
――う~ん。どうしたらいいのかな。声を掛けてみるか否か。
まずいことになった。うるさい二人に慣れすぎて、時間が経つにつれて静かに食事をしているこの時間をどうにかしたいと思ってしまい始めている。
自分を押さえ込むために、ふと店の外の大通りに目を向けると知った顔が通り過ぎて行った。
それは、ピエロの一人、最悪の道化師。
矢崎那子、その人だった。