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笹本カウンセリング事務所  作者: 和風露カルタ
笹本カウンセリング事務所 第二部
14/18

第六話というか、第三戦の二回裏・マイナス弐対弐

@×10 @@@@@@



 識乃ちゃんを一旦起こそうかとも思ったが、彼女のその惚れ惚れする程気持ちの悪い寝顔を見ていると、起こすに起こせなかった。仕方なく、静かに彼女の体を持ち上げおんぶする。やはり起きそうにない。一度深々と溜息をついてから、玄関をくぐった。後ろ手にドアを閉めようとして、事務所の鍵がどこにあるのか分からないことに気が付いた。ピエロが消えた後、僕は事務所の鍵を掛けていない。さりとて、開けっ放しと言うことも無いだろう。

――だとすると……。

 だとすると。真に残念ながら、僕の背中に居るこの謎の生命体の衣服のどこかに鍵が隠されているということになる。仕方あるまい。手を掛けていたドアを勢い良く閉めることで気合を入れ直した。

 識乃ちゃんを下ろし、閉めたドアにもたれ掛かるように座らせた。恐る恐る手を伸ばし、識乃ちゃんがビクッと動いたので引っ込める。

――いやいやいや、これは違う。決して卑猥な行為ではない。大丈夫だ、問題ない。彼女の衣服に付いたポケット数箇所に手を入れるだけだ。しかし周りから見るとどうなのだろう。この状態はあまり好ましくないのではないか? いやそもそも、僕らは付き合っているのだからこんな考えを巡らせること自体がおかしいんだ。スッと入れて、スッと出すだけ。スッと入れて、スッと出すだけ。スッと入れて、スッと出すだけ。スッと入れて、スッと出すだけ……。

 静かに、本当に静かに彼女の体へと手を伸ばす。起きてしまわないかと、識乃ちゃんの顔を窺う。

 体が固まった。

 識乃ちゃんの目が半開きになっており、その目はしっかりと僕を見据えていた。口角も吊り上り、どこか期待しているような、挑発しているような、そんな表情だった。

 何故そんな事をしてしまったのかは永久の謎だが、その顔を見た瞬間、識乃ちゃんへと伸びかけていた手はグーに変わり、極々自然な動きで彼女にボディブローを喰らわせてしまった。

「くぁはあっ!」

 ともすれば吐血するのでは? と思しき声を上げて識乃ちゃんは上半身をワンテンポ遅らせて背面へ仰け反らせた。そして、頭を鉄製の扉にぶつけた。シンバルを打ち鳴らしたような音がしたのだが、果たして人間の頭を鉄に打ち付けるとこんな音がするのであったか。……いや、決してしなかったはずだ。

「ちょっと、大丈夫? 君の頭はどんな構造になってるの?」

 僕は、右手で頭を押さえて左手でお腹を支える識乃ちゃんに紳士的に声を掛けた。

「だ、だいじょ……げほ……、ぶ、です。……う、はい」

 識乃ちゃんは咳き込みながらも淑女的に対応した。自分の内臓にダメージを与えた人物に向けて、一切の怒号を浴びせないとは随分と容量の大きい心を持っているものだ。

「ってか、何やってんですか、トモさん! 自分の彼女に」

「……過大評価だったようだね。やっぱり怒るよね、普通ね」

 ふと、先刻の怒りが何処かへ飛んでいってしまっていることに気が付いた。

「痛いです! 痛いです、トモさん! あっ、ちょっと待ってください。今ちょっと確認してみますから……っ! やっぱ痛いです!」

「分かった、分かった。そう何度も言わなくても分かるよ。どこか痛いの? この黄金の右手でさすってあげよう」

「本当ですか!? マジですか! ここです、ここ。ここ、ここ」

 識乃ちゃんは鶏のような声を上げながら、自らの後頭部を指差した。なんとも、辛そうな姿勢である。そこまでして黄金の右手にあやかりたいのであろうか。『僕の右手は黄金の右手なんかじゃないよ?』と言ってあげたほうがいいのだろうか。

 僕はスッと手を伸ばし、識乃ちゃんの頭を撫でるように触った。

「ちょっ! どこ触ってるんですか!?」

「……頭だよ……」

「そですか」

「そだよ」

 この後も一しきり惚気ていたのだが、そんな会話、何も面白くはなかろうと思うので章変え。



@×10 @@@@@@@



 翌日。

 午前十時。

 一〇五号室前。

 できれば。住人の仕事の都合もあったりするのでもう少し早く挨拶回りに行きたかったのだが、獏也の睡眠時間を考えれば致し方無い。今日が休日であることを記すれば、国民は全員休みだと考える方も多いであろうが、『休日不定』という不安定な職種も存在する。実際、僕の両親もその手の仕事についていた。そして確か、達さんの仕事もその手のものだったはずなのだが、何故か達さんはそこに居た。

「あ。おはようございます。笹本さん。軒下ちゃん。……と」

 達さんは獏也へと目を向け、『誰だこいつ』と窺っている。対して獏也も自身の本名を名乗ってもよいものなのかどうなのか迷っていた。

「おはようございます、達さん。こいつは今僕の部屋に住んでいる朋見里獏也です」

 僕は言い、識乃ちゃんも後ろで「おひさしぶりです」と頭を下げていた。僕の言葉に獏也が凍り付き、その後僕に「いいのかよ」と言う様な目を向けてきた。

「獏也・朋見里。獏也。あぁ。あの死刑囚ですか」

 獏也の心配を他所に、達さんは一人で納得していた。

「今、こいつの紹介回りに出てるんですよ。さっき大家さんの家に行って来た所でして。それより、達さん。インテリアデザイナーの朝はこんなに遅いんでしたっけ?」

 以前達さんの説明をした時に、彼女の博打好きについて記したと思うが、決してそれが彼女の職種ではない。

 少なくとも、以前最後に会った時にはその類稀なる才能を十分に謳歌させて『インテリアデザイナー』という格好良い名を持つ仕事を実に楽しんでいた。

 それがなんと。

「ああ。クビを切られました」

 だそうだ。

 あまり聞いていいものではないとは思うがどうしても気になって問うてしまう。

「それは……、またなんで?」

「えっと。『あの、達さんの才能には、本当に、いや、ほんっとうに頭が上がらないのですが、そのですね。ほら、達さんって人付き合いとか苦手じゃないですか。もっと良い会社紹介しますので、ここは今月いっぱいで辞めてもらうことになるのですが』と、言われました」

 達さんの普段の無愛想ぶりからは想像することもできないほどの抑揚の付いた演技で、彼女の……上司? いや、敬語だから上司が誰かに代弁させたのか。まぁ、その人を演じていた。見れば識乃ちゃんも彼女の演技にとても驚いていた。

「後輩に?」

「社長に。です」

「……」

 社長だった。恐るべし達真美。社長に敬語を使わせるとは。もう、なんか、危ない橋を渡り続けているとしか思えないではないか。

「しかし。人付き合いの悪さで解雇されるとは思っていませんでした」

「いや。多分それは口実で、本当の所は経営がしんどくなって人員を削らなきゃならなくなっただけだと思いますよ」

「……っ! 本当ですか?」

「お。若干表情が変わりましたね、珍しい」

「そうですか? わたし感情がすぐ顔に出るタイプだと思うんですが。ご近所さんからもよく『真美ちゃん、感情を隠せないタイプだよね~』って言われますし」

「……僕もご近所さんのはずですが、そのような話は一切聞きませんよ?」

「それはホラ、ね? 達さん」

 急に識乃ちゃんが声を上げた。振り向くと、獏也も力強く頷いている。

「なんだよ、『ホラ』って。おい、獏也」

「おいおい、俺にそんなこと言わすなよ。聞かなくていい事だってあるんだぜ? 一度聞いたことを一生忘れられないお前なら尚更な。」

 なんだかとても重く辛い話のようだ。確かに体質的にも聞かないほうがいいのかもしれない。うんうんと自らに言い聞かせながら、達さんに向き直る。

 どうやら達さんは、後ろの馬鹿二人の掛け合いはよく分からないようで手を顎に当てて首を傾げていた。肩に掛かるほどの長さの髪が右に揺れる。

 そして暫くして、アニメのように手をポンと打った。

「あぁ、笹本さんがご近所さんに嫌われてるから、そういう話を聞かないだけって話ですか?」

「「「「……」」」」

――……。

「僕嫌われてるんですか!?」

 沈黙に耐えかねて、声を出してしまった。

 すると識乃ちゃんが笑いながら達さんに声を掛けた。

「まっさか、それ冗談ですよね? そんな世界の常識今更言われてもって感じですよ。違います違います、もっとほら、声に出しづらい事があるでしょう? トモさんについて」

「今のも十分すぎるほどに声に出しづらい衝撃の事実だと思うよ!?」

 僕のツッコミ(もとい、心からの悲痛な叫び)は軽やかにスルーされ、識乃ちゃんと達さんの会話は続く。僕のことは無視と決め込んでいるようだ。

「すると。あと笹本さんについて可哀想な事と言えば……」

「あ~あ、達さん。もう『可哀想な事』って言っちゃったっ! 識乃ちゃんが僕の心を抉る様にはぐらかしてたあの部分を思いっきり声に出して言っちゃったっ!」

「ほらー、あるじゃないですか。生……」

「もう言うな! やめてくれよ、もういいでしょ、二人とも? 何よ、識乃ちゃん、『生』って。何を言おうとしたんだよ。……やめろ、口を動かすな。答えなくていい」

 必死に掌を識乃ちゃんに見せて、制止を呼びかける僕。

――何故僕は女性二人にフルボッコにされているんだろうか。と言うか、やっぱり『生』が気になる。何なのだろう、僕に関連する可哀想な『生』……。生……卵? 麦? 米? ……、ごみ……?

 どんどんブルーになっていく僕がさすがに気に掛かったのか、獏也が僕の肩をポン、ポン、と二度叩いた。

 …………。

 涙が出た。

 その後、達さんに軽く別れの挨拶をして一階の住人を訪ねて回ったが、どうやら皆出掛けているようだった。考えてみれば当然である。休日なら家にいる、という考え自体が少し甘かった。休日なのだ、当然遊びにも行くであろう。先程衝撃の事実を突きつけられた僕としては若干ありがたい気がした。

 途中、こんな会話をした。

『おい友。大家のばあさんと言い、さっきの超美人、俺のドストライクゾーンど真ん中の女性と言い、なんで俺が【月見里獏也】だと気付いても何の反応も無いの? 何ここ、山篭りの達人の集まりなのか?』

『まぁ、僕の知る限りでは山篭りの達人はこのアパートに住んでないよ。あと、お前が年上好きなのは知っているけれど、わざわざ達さんが好きです! とは言わなくてよかったと思うよ?』

『なら、なんで皆黙ってんだよ』

『獏也だけが辛い人生送ってると思うなよな? ここは若干特殊だから、死刑を執行された人間が目の前に出てきたところで今更驚かないんだよ。ついでにここに住んでいる人達はおそらくお前には殺せないからな。怯える、うろたえる、怯む理由が無いんだよ』

『んあ? 俺に殺せないってのはなんだ? 人間的なそういう面を言ってんのか? それともただ単に力関係とか実力差とかそういう話か?』

『さあ、どっちだろうな。もしかするともっと次元の違う第三の理由があるのかもな』

 その後も獏也は『んだよそれ』とか『俺に殺せないような人間が集まってるアパート? 宇宙要塞か何かか?』とかぶつぶつぶつぶつ言っていたが、基本的に無視した。

 そして。

 仕方が無いので錆付いた階段を利用して二階に上がり、僕の隣人の家を訪ねる。

「小石さん? 小石さんは居ますよね? 引っ込み思案な上に愛しの妹さんが来てるんじゃしょうがないですよね? 妹さん紹介してくださいよ。つか早く出て来い、寒いだろうが」

 大きくドアをノック……というか、殴打しながら、大声で呼びかける。獏也は僕の性格を理解しているようで口調の変化に特に反応しなかったが、識乃ちゃんは小石さん専用口調に動揺しているようだ。何だろう、おばあちゃんだと信じていた人が実は狼だった事にやっと気付いた赤頭巾ちゃんの驚きぶりを思わせた。

 そんな無理矢理なたとえ話を考えていると小石さん宅の部屋の扉がギコーと怒りの声を荒げて、その中身をあらわにした。そしてその中から出てきたのは予想通り小石飛礫こいしつぶて、その人であった。

「うっせーよ、なんだよ阿呆面ぶら下げて。……あぁ、後ろの二人はとても賢そうですよ? なぁ、こらお前は時間の感覚が抜け落ちてんのかよ、今何時だと思ってんだよ」

――あれ? 確か現時間は、普通に人類が活動する時間で間違いがなかったはずなんだけど。……よし、じゃあこの左手首に巻かれた腕時計を確認してみるとしよう。実は、明るいだけで今現在真夜中だという可能性もあるからな。

 自分があるいは間違っているかもしれないという忌忌しき可能性を鑑みて、小石さんに悟られぬように極めて自然な動きで左手を上げ、時計を確認する。

 そして、凄まじいスピードで先程に邪念を払拭した。

「あの、小石さん? あなたは……なんですか、太陰暦で暦を数えてるんですか? それとも何年か前からサマータイムでも導入しているんですか?」

 たとえ先述のような物が導入されていたとしても、昼夜が逆転するわけではないのでこの場合一切関係無いのだが。

「ん? 馬鹿かお前は。おーい、我が可愛い妹よ、この世間知らずのお兄さんに今何時か言ってやれ」

 唐突に小石さんが振り向いて叫びだしたので、なんだ? 一人暮らしが寂しすぎてついに空想上の妹を見出し始めてしまったのか、と少し心配してしまったが、そう言えば愛妹が家に来ているのだったと思い直した。というか、今さっき僕が大声で『紹介しろ』とかなんとか言っていたのだった。

 すると奥から、可憐な淑女……もとい少女が登場した。

「お兄ちゃん、今午前十時半ですよ?」

「……へ? 本当か……。おう、すまなかったな」

 小石さんはバツが悪そうに僕に謝ったが、正直なところそれどころではない。人間のDNAは両親が同じであればある程度合致する点が出てくるはずなのだが。いや、そっち方面の本を手につけたことが無いのであまり知ったようなことは言えないのだが、それでも今ここにある現実がどれほどにありえないものなのか、それを判断することは可能である。振り向けば識乃ちゃんと獏也も僕と同じ表情をしていた。

 形も違う、色も違う、笑う顔はいっしょ

 である。

 まぁ、笑ってはいなかったが。

「こここ、小石さん? いたいけな少女を家に連れ込むのは犯罪ですよ? 法律で硬く禁じられています。細かく言えば……、失礼ですが年齢などお聞かせ願ってよろしいでしょうか?」

 可憐な美少女に声を掛ける。

 そう言えば『美少女』と言う単語は広辞苑第五版まではなっかたらしい。何でも『美少年』の項目はそれまでにもあったらしいのだが、『少年』は成人未満を指すので広い意味で『少女』も『少年』に含まれるであろうという解釈があったためらしい。しかし、それはおかしいだろう! 美少年と美少女を同じにするな! 美男、美女の区別があって、美少年と美少女の区別がないのはおかしいだろう! という切なる僕の思いが届き、晴れて第六版では『美少女』の項目ができたのである。

 さて、返ってきた答えは「十九ですが」と言うものだった。このお方が識乃ちゃんと同い年である事実は少し傍に置いといて。

「十九ですか。それはもう重罪ですよ、小石さん。本当に残念です、あなたがこんな事をするなんて。スカウターネタで遊びあった仲なのに。刑法ニニ四条、未成年者略取及び誘拐罪が適用されます。法定刑は三月以上七年以下の懲役ですね。自首すれば、懲役三年程になるんではないでしょうか? ですがそうですね、小石さんは誘拐したその娘さんに『おにいちゃん』と呼ばせていたり、洗脳しているようですし、異常性癖的部分が垣間見られるのでやはり懲役五年は硬いですかね。時にこの法律は被害者側の同意の下であったとしても適用されますので、今からどんな入れ知恵をしたところで手遅れですよ、観念なさい」

「……熱弁のところ悪いんだが、カウンセラーさんよ。こいつ実の妹だからな?」

「嘘だ……」

「嘘じゃねえよ……」

「…………」

「……なんで涙浮かべてんだよ」

「い、妹さんが不憫で……」

 そんな会話をしつつ、小石飛礫の妹――小石白砂こいしはくしゃさんの温かいお言葉に甘えて小石宅に上がらせていただく事にした。

 白砂さんはその名の通りと言うのはどうかと思うが、色白で小顔で優しさが滲み出るような容姿をしていた。基本的に笑顔ではあるが、笑顔が解けた無表情の時でも自然とその人柄を受け取る事ができる。

 短い廊下を歩きながら、前を行く白砂さんの長い黒髪が左右に揺れるのを眺める。

 さて。

 テーブルを囲むように座ってはみたものの、特に用があったわけでもないので何となく気まずい。挨拶をしに来ただけです、とも言えず、何を話せばよいものかと考えていたところ、白砂さんの目線がチラチラと獏也に向いている事に気がついた。

「あぁ、えっと。白砂さん? この馬鹿面が気になりますか?」

「いえ、そんな。……あの、月見里獏也さんではありませんか?」

 …………。

 まぁ確かに。全国民一億三千万人全員がこいつの顔を覚えていないなどとは思っていなかったが、これには多少なりとも驚いた。この人はなかなかの記憶力の持ち主のようだ。

「ああ、そうだけど。俺が月見里獏也だ」

 先程の会話からなのだろうか。何故か偉そうな口を叩く馬鹿を軽く無視しつつ、白砂さんへと声を掛ける。

「知っているんですか? 元同級生だったとか?」

「いえ、そういう訳ではないのですけれど。ほら、あの、ニュースで、死刑だとか、なんとか」

 触れていいのか分からなかったのだろう、単語単語が途切れ途切れになり、語尾が徐々に小さくなっていった。

「獏也、お前の武勇伝を語ってやれよ」

「おうよ。いやな、これ本当、マジな話なんだけど。日本ではな? 死刑を執行すればそこで刑終了なんだよ。なのに俺、死ななかったんだよね。呼吸不可能状態で気絶した俺を死んだと思い込んじゃって警察の方々、下ろしちゃったんだよね。んで、死体の様に扱われていた俺は、担架の上で息を吹き返したって訳よ。ぎゃはははは、マジウける」

「…………」

――何で以前と全く同じ語りなんだよ!

 手抜きをしていると思われてしまうではないか。

「んん、まぁ。そういう事なんですよ、白砂さん」

「そうだったんですか、よかった」

 意味深長なことを口走る白砂さんになんと声を掛ければよいのか、小心者の僕には分からない。すると獏也が単刀直入に言った。

「『よかった』ってなんだよ、どういう意味だ?」

「おいこら、獏也! 略して馬鹿」

「俺の名前をどう略そうがお前の勝手だが、どう略したとしても『ばくや』は『ばか』にはならないからな? なんだよいいじゃねぇかよ、友だって気になっただろ?」

 そこで、白砂さんが割って入った。

「あの! 別に変な意味とかじゃなくて、その、テレビに顔が映っているときから『この人は悪い人じゃない』って思ってたんです。この人が悪い事をしたのには何か理由があったんじゃないかしらって」

 なるほど。

 もしかすると国民全員が白砂さんのような人だったら、獏也の人生はもう少し輝いていたのではないかと、そう思える。

 しかしどうだろう。

 この話をすることには是非も無いが、結構時間が掛かってしまうだろう。さっきから置いてきぼりをくらっている小石さんと識乃ちゃんが可哀想だ。

「識乃ちゃん、先に家に帰ってお……」

 隣どうしに座っていたのが幸いしたようで、識乃ちゃんと小石さんは二人で楽しそうだった。耳元で何かを囁き合っている。なんの話をしているのだろうか。

 まぁ。

 まぁ、いいや。

「こいつはですね、白砂さん。自らの命を僕との友情の為に簡単に投げ捨てたんですよ」

 ……、我ながら格好いい台詞を吐いたつもりだったのだが、白砂さんはポカン顔だった。

「あー、えっとですね。つまり……、文字通りなんですが、僕が訳あって警察に殺されそうになった時に、こいつ関係無いのに僕を庇って警察に喧嘩を売ったんですよ。殺人って方法を使って。『ここは任せて先に行け!』って感じですね、あはは、はは……はは」

「あまり……、笑えないですね」

「ですよね~」

「ですよ~」

「…………」

 まぁ、この話をしたところでこんな雰囲気になることは想像していたし、目の前に居る人間が二人とも犯罪者だと分かってしまえば白砂さんの心中も穏やかではないだろう。

「でも、やっぱりそうですよね」

 不意に白砂さんが納得したような事を言い、僕を戸惑わせた。

「な、何がです?」

「あ、すいません。彼、仕事よりも自分よりも恋人よりも『友情』を優先する方に見えましたので」

「…………」

 この方の趣味は『人間観察』か何かなのだろうか?

 その『友情』が僕という存在を指しているというそれ自体はありがたいのだが、『恋人よりも』と言うのはどうだろう? 複雑な気持ちになるな。僕としては、『恋人』を超えてしまっている時点でそれはもう『友達』の範疇では無い気がするのだが。……もう、それは、恋人なのではなかろうか。

 まぁそんな感じでその後も意味の無い会話をし、特筆するようなことは何も無い、つまらない別れの挨拶を交わし、十歩も歩かず帰宅した。今思えば、もう少しちゃんとした会話をしていればよかったと思う。そして、もっとちゃんと丁寧にさようならをしていればよかったと思う。

 その後三人が各々の用事でバラけ、僕は自宅に居たのだが、まぁ兎に角。

 識乃ちゃんが、午後四時に帰ってきて。

 獏也が、午後五時頃に帰ってきて。

 そして、おやつ時に白砂さんが我がアパートの影で他界していた。

 後に聞いた話だが、その時間達真美さんはお出かけをしていたそうだ。






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