第四話というか、雨天により試合中断
@×10 @
「何故、崎波を生かしている?」
「仰っている意味が分かりません。彼女、崎波って言うんですか?」
相手を興奮させないように笑顔で対応したのだが、かえって逆効果だったようだ。浦安と呼ばれた大男は拳銃の安全装置を外し、引き金に指を掛け直した。そして、言った。
「ここでくたばりたいか、『ピエロ』」
――え?
僕の中の時間が一瞬止まり、思わず頭を振ってしまった。反射的に浦安さんが引き金を引いていくのがスローモーションで見えた。その時、再びあの声が聞こえた。
「待ってください! 多分ですが、この人達は『ピエロ』じゃないです!」
これほど助け舟と言う物を身に感じた事は無い。大船に乗った心地にはさすがになれなかったが、九死に一生を得たぐらいには思えた。
確かに僕らからすれば、『いやいやいや、あなたがピエロでしょう。僕らがピエロなわけないでしょうが』と言う感じではあったが、殺されてしまうのは少し困るので、まぁいいだろう。
どういう? と浦安さんは言い、僕は、よければ上がりますか? と言った。
@×10 @@
取り敢えず。
識乃ちゃんと獏也は居心地悪そうにしていた。
「このピエロのマスク、あなた方のではないのですね?」
崎波美風刑事の問い。
「おい、獏也」
僕の怒った声。
「知らねぇって、寝ぼけてたし。俺のではないし、そこの女の物でも無いんなら俺は本当に知らない」
獏也の投げやりな声。
「お二人、本当に警察なんですか?」
識乃ちゃんのふて腐れたような声。
「警察手帳をもう一度見せましょうか?」
浦安俊杜刑事の嫌味な声。
「でも、美風さんは警察手帳持ってませんよね?」
僕の確認をとる声。
狭い。
狭すぎる。
まぁ、致し方ないから仕方ないが。
それより、美風さんは確かにそんなものを持っていなかった。気絶している間に彼女の持ち物を調べたが、そんなもの出てこなかった。そもそも服装に無理がある。普通に女の子がオシャレしているような格好だった。『ピエロ』ならあり得ないことも無いが、警察と言うとさすがに無理がある。
僕が疑問を頭の中でリピートしていると、本人が説明した。
「今日はわたし、お休みだったんです」
「成程。普通捜査時は二人ペアでないと行動してはいけないと言う義務があるのに、一人ずつ順に訪れたその理由もそれですか?」
僕の確認に、今度は浦安さんが、鋭いですねと、答えた。
「識乃ちゃんと獏也は今後口を開かないでね」
忠告をして、刑事二人と改めて向かい合う。
「さて、整理しましょうか」
@×10 @@@
どこから話せばいいのだろうか。
ではまず、今日の二時十五分頃。僕の家にピエロが訪ねてきたのと同時刻。
市警に一報が入った。
《ピエロを目撃しました。ピエロのマスクとナイフを携えた男がアパートに入っていきました》
と。
詳しく聞けばそれは『月見里獏也』、その人である可能性があるとか。
現場に最寄の警官に現場確保に向かうように無線を使って連絡が回ったことは言うまでもない。
時はほんの少し遡り。
崎波美風は、久々の休暇を満喫しかねていた。いくら休暇と言っても、連続殺人が起こっているこの街のだから仕方あるまい。もっと言えば彼女の職業は警察官である。この状況を心から楽しめるような精神は存在していなかった。
友達二人と歩いていた美風であったが、道の向こうにただならぬ雰囲気をした警官を見つけ、友達に別れを告げた後警官に駆け寄った。
見ればその警官は顔見知りであったこともあり、気軽に話しかけた。そして、本部からピエロ目撃情報の連絡があったことを聞いた。その現場は美風の位置からすぐ近くであった。
警官は近くの駐車場のパトカー内にパートナーを待たせていたこともあり、美風に別れを告げかけた。
美風はそれに待ったを掛け、もう一度現場の位置の確認を取った。ヒールに慣れていなかったのだろうか、一度警官に寄りかかるように倒れた。
警官が駐車場に向かう途中、腰に違和感を感じ触れてみると警棒が無かった。
そして、市警本部。
浦安俊斗に個人的な連絡が入った。
「崎波さんに警棒を盗まれたっぽいです。多分、例の現場に向かったかと思います」
と。
通話は長話にならぬほどに終了し、浦安は怒りから大きな溜息をついた。
浦安俊斗は上司に叫んだ。
「係長、崎波の馬鹿がまた無茶やったみたいです! 拳銃携帯許可をお願いします!」
準備を済ませ、浦安は署を飛び出した。現場まで、三十分ほど掛かりそうだった。
その頃美風は現場に到着し、通報のあったニ〇五号室に向かった。警棒を構えなおし、ドアノブに触れた。鍵は掛かっていなかった。物音がしなかったことからすでに逃げられたかと思い、奥に進むと、男がベッドで寝ており、床にはピエロのマスクがあった。
状況判断に迷い部屋の様子を確認していると、いきなり気を失った。
「あれ?」
という声が聞こえたことだけ覚えていた。
…………。
考えてみれば、ここまでが全て『ピエロ』の計画であったのだろう。居候が獏也である事はバレていないと高をくくっていたが、やはりそこまで甘くなかった様だ。
敵を捕まえたと大盛り上がりしていたが、敵どころか国家権力を敵に回してしまうようなマネをしていたわけだ。
おそらく、『ピエロ』は僕、もしくは獏也が警察官に撃たれる所まで予想に入れていたのだろう。【とりあえず、頑張ってくれ】とは、そういう意味だったのだ。
しかし、僕は生き残った。これは、僕の運が良かったと言っていいのだろうか。それともやはり、獏也の運がずば抜けてよかった結果かもしれない。
いずれにせよ、『ピエロ』とはそうとうにキレる連中のようだ。警察任せにはしておけないのかもしれない。