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境界を呼ぶもの 後編 -認識災害-  作者: ミッチー


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6/7

最終話 【深淵】


————————。



サラが消えた空間には、不思議と静けさが残っていた。


悲鳴も、血の匂いもない。


——ただ「人が一人分、抜け落ちた」感覚だけ。


ミサキは、立ち尽くしていた。


泣くこともできない。


怒りも、湧かない。


それすら、もう“遅い反応”のような気がしていた。


「……サラ先輩」


名前を呼んだ瞬間、胸の奥が、すうっと冷える。


—— 呼んでも、返事はもうない、何も起きない。


それが、完全に消えた証拠だった。


「……やっぱりっすね」


背後で、タツヤが言った。


声は軽い。


でも、その軽さが、逆に不気味だった。


「サラさん」


「結構、深い理解まで行っちゃったっすからね」


ミサキは、ゆっくり振り返る。


「……あなたは」


喉が、乾く。


「最初から……」


「どこまで、分かってたの?」


タツヤは、少し考える素振りをした。


「分かってた、っていうのも」


「微妙っすね」


彼は、自分の手を見つめる。


「僕、自身……」

「どこからが“僕”なのか、曖昧なんで」


ミサキの背中を、冷たいものが這う。


「……どういう意味?」


タツヤは、笑った。


でもそれは、前までの“軽い笑顔”じゃない。


「例えば、サラさんがいた、って」


「本当に、証明できるっすか?」


ミサキは、息を呑む。


「……何、言って」


「この地下に」


「“サラ”って人の記録、あります?」


ミサキは、ノートを思い出す。


施設の記録。

観測対象。


——ない。


サラの名前は、最初から、どこにも残っていない。


「それ、この前も同じっすよ」


タツヤの声が、少し低くなる。


「ヒナ」

「リョウ」

「タマキ」

「レイコ」

「全員」


「“いた証拠”は、ミサキさんの記憶だけっす」


ミサキの視界が、揺れる。


「……そんな」


「じゃあ、俺は?」


タツヤは、自分の胸を、指で叩いた。


「俺がここにいるって」


「どうやって証明します?」


ミサキは、答えられない。


スマホは、圏外。


配信は、もう存在しない。


現実、日常の世界との接点は、完全に切れている。


「……タツヤくん」


声が、掠れる。


「あなたは、実在してる」


タツヤは、首を振った。


「それ」


「“信じたい”ってだけっすよね」


彼の輪郭が、わずかに、揺らいだ。


「僕は…」


「“呼ばれなくても成立する存在”」


「でも…」

 

「“観測者が壊れ始める”と」

「役目が、重なりすぎる」


ミサキは、理解しかける。


「……案内役は」


「そう」


タツヤは、静かに言った。


「境界に立つだけ」


「踏み込ませない」


「でも——」


地下空間が、はっきりと脈打った。


圧が、増す。


空気が、重い。


——もう、十分だね。


声は、空間全体から響いてきた。


姿は、ない。


だが今度は、“どこにいるか分からない”のではない。


どこにでもいる。


ミサキの視界が、歪む。


「……タケル」


名前を呼んでいないのに、喉が、形を作る。


タツヤが、苦しそうに眉を歪めた。


「……あー」


「やっぱ、来るっすよね」


彼の足元の影が、不自然に伸びる。


「ここから先は」


「俺が立ってる意味、ないっすね」


ミサキは、叫んだ。


「タツヤくん!」


「大丈夫っす」


タツヤは以前と同じ、あのマンションで見せたのと同じ、軽い笑顔を向けた。


「もともと」


「“最後まで一緒にいる予定”じゃないんで」


彼の輪郭が、地下空間の背景に溶け始める。


「…ミサキさん…最後に、一つだけ」


「本当の意味で、最初から存在しないものからの」


「忠告というか、アドバイスを……」


消えかける声。


「“忘れられてた”のは」


「記憶じゃないっす」


薄れるタツヤが見せた最初で最後の真剣な顔。


「役割だ‼︎」


タツヤの姿が、完全に消えた。


そこには、最初から誰もいなかったかのような空間。


ただ、視線だけが、残る。


————


——さあ。


——もう、独りだよ。


ミサキは、自分の手が震えていることに、今さら気づいた。


世界が、彼女を“観測者”として固定し始めている。


ここから先は、逃げ場はない。


残るのは、呼ぶか、壊れるか。


ただ以前とは違う。


選択肢を選択できない。


そう思考する以外に選択もできない。


—— 静寂


それは音がないという意味じゃない。


すべてが、待っている音だった。


ミサキは、地下の中央に立っていた。


サラも、タツヤも。


リョウも、ヒナも、タマキも、レイコも。


今はもう「誰だったか」を思い出そうとするだけで。


名前の手前で思考が滑る。


——存在していた。


——確かに。


でも、それ以上は、思い出せない。


「……ここまで、来たんだ」


自分の声が、自分のものじゃないみたいに聞こえる。


足元の床に、薄く、円状の溝が浮かび上がっている。


神社の結界。


病院の配管。


どちらにも見える。


——だが、どちらでもない。


「日本神話では」


「神を“役割”で定義する」


サラの声が、記憶の中で、再生される。


「生む神」

「治める神」

「壊す神」


ミサキは、笑ってしまった。


「……観測する神なんて」


「そりゃ、神話に書けないよね」


空間が、肯定するように脈打つ。


——やっと、そこに辿り着いた。


声は、優しかった。


懐かしくて、初めから、隣にいたような。


「……タケル」


呼んでいない。


でも、呼ばれているのは、分かる。


——姿は、まだ無理だよ。


——前に、少し急ぎすぎたからね。


以前のマンションでの事が脳裏に蘇る。


名前。真名。

呼んだ瞬間。

世界が、歪んだ。


「……不完全だったんだね」


——そう。


——でも、今回は違う。


ミサキは、自分の胸に手を当てる。


心臓が、誰かの視線のリズムで打っている。


「……私」


喉が、震える。


「最初から」


「“逃げる役”じゃなかった」


——うん。


——記録する者でもない。


——見る者でもない。


空間が、ゆっくりと、彼女に収束する。


———— 呼ぶ者。


ミサキは、完全に理解した。


今までに消えた友達たち。


今回、サラが辿り着いた真実。


タツヤの曖昧さ。


全部、“ここに至るための整合性”だった。


「……ひどいよ」


声が、笑いと泣きの中間になる。


「こんなの」


「選ばせてないじゃん」


——選ばせてない、から成立する。


——君が受け入れて、壊れる必要があった。


床の円が、淡く光る。


「……ねえ」


ミサキは、最後に残った理性で、問いかける。


「私が、完全に壊れたら」


「あなたは、タケルは」


「ここに来るの?」


少し、間があった。


——来る、というより。


——重なる。


ミサキは、目を閉じた。


もう、怖くない。


怖さを感じる“私”は、とっくに削られている。


「……じゃあ」


小さく、息を吸う。


「ちゃんと」


「終わらせようね」


ミサキは跪き、天を仰ぎ、手を強く合わせた。


その既視感のある姿勢は、自然にとっていた。


以前“呼んだ”時には無かった。


感情、概念、思考が今はある。


そして、———— 認識。


そう、観測するには認識がないと成立しない。


その当然の理解を拒否したからこその不完全だった。


涙はでない、そして、ゆっくりと息を吸う。




【  荒    覇    吐   】—————。




以前にも口にしたタケルの神名、真名。


ただ、認識が、意味ではなく、音だった。


今回は認識している、観測している、理解している。




その真名を、口に出した瞬間 —————————。




世界が、反転した ——————————————。




———————————————————————。



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