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境界を呼ぶもの 後編 -認識災害-  作者: ミッチー


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第四話 【真実】


地下へと続く、コンクリートの階段。


古い。

狭い。

でも、確かに“使われていた”痕跡がある。


「公式記録には無いんだよね」


サラが、半ば独り言のように言う。


「……あるじゃん、地下」


ミサキは、階段を見下ろしていた。


胸の奥が、奇妙に落ち着いている。


怖いはずなのに。


拒否するはずなのに。


——帰ってきた。


そんな感覚すらあった。


階段の壁には読めそうで読めない文字のようなものが書かれている。

「前は……」


「ここ、誰かが説明してた」


言葉が、ぽろりと零れる。


サラが息を呑む。


「誰?」


ミサキは、首を振った。


「分からない」


「でも……」


喉に、強い違和感が走る。


—— 思い出せない名前 —— 呼びそうになる。


それを、必死で飲み込む。


タツヤは、階段の途中で立ち止まり、振り返った。


「行くっすか?」


その問いに、ミサキはすぐ答えた。


「……行きます」


呼ばない。


でも、進む。


その選択が、何を意味するのか分からないまま。


三人は、地下への階段を降る。


—— 存在しないはずの場所へ。


ミサキは、最後にもう一度だけ、一階を振り返った。


そこには、何もいない。


それが、一番おかしかった。


そして、その感覚に目を瞑る、ただ、進む、地下へ。


—— あの場所へ。


地下への階段は、数段下りただけで空気が変わった。


湿っていて、冷たい。


そして、どこか、懐かしい匂いがする。


「……っ」


ミサキの足が止まる。


「どうした?」


サラが振り返る。


「いえ……今」


言葉にしようとした瞬間、視界の端が、ぶれた。


タツヤの背中。


—— 違う。


そこに立っていたのは。


ビデオカメラを構えたタマキだった。


「……回ってるぞ」


低い声。


ミサキは息を呑む。


次の瞬間、タツヤが振り返る。


「どうしたっすか?」


同じ位置。

同じ角度。

同じ“軽さ”


重なる。


——重なって、剥がれない。


「ミサキ?」


サラの声。


だが、聞こえたのは別の声だった。


「大丈夫か?」


黒髪で髭を生やした、眼鏡をかけた男。


懐中電灯を握る手。


——リョウ。


サラの姿が、一瞬だけ別の誰かに塗り替わる。


ミサキは、思わず喉を押さえた。


「……違う……」


「え?」


「みんなは……もう……」


言葉が、歪む。


階段の壁に、見覚えのある落書きがある。


チョークのようなもので書かれた記号。


大きな白い矢印。


それを指でなぞった感覚まで、思い出せる。


「……あ」


—— 視界が、暗転する。


—— 足音が聞こえる。


配信画面。


コメント欄。


笑ってる声。


「やめろって言ってるだろー」


カメラを持った赤髪の男が笑いながら話す。


「ウケるからいいじゃんよ」


ピンクの爪が、スマホを操作しながら話す。


レイコ。


「……静かにして」


ハスキーで、落ち着いた声。


ショートボブの女。


——私だ。


「ミサキ‼︎」


肩を強く掴まれ、現実に戻る。


サラだった。


「顔色が真っ青」


「無理してない?」


「……平気です」


平気なわけがない。


階段の先を照らす懐中電灯が、二つに見えた。


一つはヒナ。

一つはサラ。


笑っているヒナの口元が、サラの真面目な表情に重なる。


「ライト、ちゃんと照らしてねー」


そんな声が、確かに聞こえた。


「……忘れてた」


ミサキは、震える声で呟いた。


「私……ここに来たこと、忘れてたんだ」


「でも、思い出してるじゃない」


サラは、落ち着いた声で言う。


「断片だけ、だけど」


違う。


——思い出しているんじゃない。


“戻されている”


「……なんで」


喉が、ひりつく。


「なんで、忘れてたんだろう」


「こんなに……」


——大事なことを。


その瞬間。


階段の下から、微かに、紙の擦れる音がした。


ミサキの心臓が、跳ねる。


「……ノート」


声に出す前に、名前が浮かびかける。


ノートに書かれていた名前。


記憶が津波のように押し寄せる。


鮮明にではない、断片のような。


パズルのピースを一斉に脳にばら撒いたように。


——思い出す。

 

——思い出した。


——呼んではいけない。


【 タケル 】


いや。


【 ア— バ— キ——  】


それを、前は、呼んでしまった。


ハッキリとは思い出せないのに、確信だけがある。


とめどなく溢れだす感情、記憶に冷たい汗が吹きだす。


立っていられない、膝から体勢が崩れそうになる。


その時、タツヤが、下を見つめたまま言った。


「……ここから先っすけど」


声は軽い。


ただ、その軽さで我に帰れた、意識が保てた。


「多分」


「“もう戻れない”場所っす」


ミサキは、汗を拭ってから一段、下りた。


もう、足は、震えない。


覚悟とは違う、勇気でもない、諦めに近い、ような。


ただ、その感情が、一番、怖かった。


ヒナ、リョウ、タマキ、レイコ。


あの日の仲間たちが背後に立っている気がする。


そして、誰かが、いない。


——金髪の男。


ノートを持った、“いなかったはずの存在”


名前は心でも呼ばない、考えない。


思い出すのと、考えてしまう事は違う。


ミサキは、自分の唇を噛みしめた。


「……今回は」


声が、かすれる。


「今回は、呼ばない」


地下の闇が、静かに、それを待っていた。


地下への階段を下り切った先は、記憶していたよりも広く感じた。


あの日は、周りを見る余裕がなかった。


いや、見ないようにしていたのかもしれない。


岩肌のような天井、コンクリートの床。

古くて太い木の柱、剥き出しの配管。

古い病院特有の、薬品と湿気に土が混じった匂い。

ところどころに原形が無い注連縄の痕跡。


だが——


「……変ね」


サラが、周囲を見渡しながら言った。


「廃病院って聞いてたけど、ここ……」


「整理されすぎてる」


確かに。


特殊な形をしているが、崩落している様子も、荒らされた痕跡もない。


むしろ、誰かが最近まで使っていたような気配がある。


通路の壁際に、金属製の棚がまばらに並んでいる。


カルテ。

ファイル。

ラベルはすべて剥がされている。


「これ……」


ミサキは、一冊のノートに目を留めた。


棚の一番下。


埃を被っているのに、なぜかそこだけ触れた跡がある。


——手帳サイズ。

——小さい。


喉が、ひくりと鳴る。


「あ、そのノート、同じっすね」


「何冊もあるの変すよねー」


タツヤが周囲を探索しながら小声で話す。

 

「……ミサキ?」


サラの声が遠い。


無心でノートを、開く。


最初のページは、空白。


次のページも、その次も。


だが、途中から文字が現れる。


● 観測対象①

・集団行動時、認識が安定

・単独になると、記憶に欠損が生じる


ミサキの呼吸が、浅くなる。



 

 

● 観測対象②

・論理的思考が強い

・“理解しようとする”ため、崩壊が早い


——リョウ。




名前は書かれていない。


なのに、分かる。




● 観測対象③

・感情の起伏が激しい

・映像記録との親和性が高い


——タマキ。




ページをめくる指が、止まらない。


考えたくないのに、逆に思考が深くなる。



● 観測対象④

・自己像が不安定

・他者評価に依存

・最初に“見る”


——レイコ。


● 観測対象⑤

・無垢

・光に寄る

・最も早く壊れる


——ヒナ。


ミサキは、自分と重なる文字列を探していた。


だが、どこにもない。


代わりに、最後のページ。


● 観測対象⑥

・記録者

・呼ぶ者

・最後まで残る


ペンの跡が、そこで止まっている。


「……記録者?」


声に出した瞬間、背後で、声がした。


—— 気がした。


振り返る。


誰もいない。


タツヤは少し離れた場所で、周囲を眺めている。


「前に話したのに似てるっすね、都市伝説の…」


「“名前のない観測者”ってポジションのやつ」


サラが、ノートを覗き込んで、独り言のように話す。


「これ……誰が書いたのかな」


ミサキは、答えられなかった。


——知っている。


——でも、また考え出したら終わりそうで。


そのとき。


サラが、別のファイルを開いた。


「……これは、この廃病院の、記録?」


日付は、昭和二十年代。


ありえない。


観測記録

担当:——(空欄)


・被験者は“彼”を認識できない

・しかし、全員が説明を受けたと感じている

・名前を尋ねると、強い拒否反応を示す


ミサキの脳裏に、金髪の男が浮かぶ。


笑っていた。


自然に、そこにいた。


——最初から。


「……ねえ、サラ先輩」


声が、震える。


「私たち……」


「誰から、この廃病院の話を聞きましたか?」


サラは、即答できなかった。


タツヤが、代わりに言う。


「僕っすよね」


「で、僕はネットっすよ」


「消えた動画配信事件の、まとめ」


——違う。


その“まとめ”を、誰が最初に広めた?


答えは、喉の奥で止まる。


呼べば、終わる。


ノートの最後のページの、余白に、小さく書かれていた。


《名前を持たないものは、呼ばれた瞬間に“在る”》


ミサキは、ノートを強く閉じた。


頭が、痛い。


吐き気が、込み上げる。


——前にも、ここで。


——似たものを、読んだ、気がする。


「……忘れてたんじゃない」


唇から、零れる。


「忘れさせられてたんだ」


地下の奥で、何かが、応えた気がした。


地下の空気は、時間の感覚を曖昧にする。


時計を見ても、針は動いているはずなのに、進んでいる気がしない。


ミサキは、ノートを抱えたまま、その場にしゃがみ込んでいた。


「……サラ先輩」


声を出すと、少しだけ現実に戻れる気がした。


「前に言ってましたよね」


「古事記とか神話に詳しいって」


サラは、すぐには答えなかった。


懐中電灯を強く握り、壁に刻まれた、意味の分からない文字を見つめている。


「……詳しい、っていうか」


少し、言葉を選ぶ間がある。


「“書かれてない部分”が好きなんだよね」


ミサキは、顔を上げた。


「書かれてない……?」


「うん」


サラは、静かに話し始めた。


「古事記も、日本書記も、最初から完璧な神話じゃないの」


「矛盾も多いし、途中で消える神も沢山いる」


指で、空中になぞる。


「生まれたのに、その後一切出てこない神」


「名前だけあって、役割がない神」


「それって……」


ミサキの喉が、乾く。


「意図的に、消されたんですか?」


サラは、頷いた。


「可能性は高い、と思う」


「特に“天津”でも“国津”でも分類できない神、存在」


懐中電灯が、壁の奥を照らす。


そこに描かれていたのは、人の形に似ていて、似ていないもの。


腕の数が曖昧で、顔が、ない、ように見えた。


「古事記は、“秩序の神話”だから」


「世界を説明できない存在は、残せない」


サラの声が、少し低くなる。


「でもね、ミサキ」


「消されたってことは——」


「……存在してた?」


サラは、こちらを見る。


「そう」


「しかも、“最初からいた”」


地下が、軋む感覚がする。


遠くで、金属音が聞こえる。


ミサキの脳裏に、あの笑顔が浮かぶ。


自然で、説明がいらなくて、最初から輪の中にいた存在。


「日本神話にも、“外”はある」


サラは、続ける。


「人や国津神がいる、葦原の中つ国でもない」


「創造神や太陽神がいる、高天原でもない」


「死者や亡者がいる、黄泉の国、根の国でもない」


「人が行き来できない“外側”」


「そんなの……」


「本来は、語られない」


サラは、言い切った。


「語ると、境界が曖昧になるから」


ミサキは、ノートを思い出す。


——記録者。

——呼ぶ者。


「……じゃあ」


声が、震える。


「この廃病院は?」


サラは、少しだけ、困ったように笑った。


「たしかに変だけど、まだ神話に結びつけるには早いかな」


「うん、でも、そう仮定して例えるならね…」


サラは眼鏡のブリッジを人差し指で持ち上げて話す。


「“境界”なんだと思う」


「現代に作られた、仮の社」


「社……?」


「神社って、神を“祀る”場所でしょ」


「でも、これは違う」


サラは、床を見下ろす。


「閉じ込めるための場所、に感じる」


「それも、“完全に呼ばせないため”の」


その瞬間。


ミサキの頭の中で、何かが噛み合った。


——だから、地下は存在しないことになっている。

——だから、記録が残らない。

——だから、死体も、階段も。


「……でも」


ミサキは、絞り出す。


「呼ばれて、しまったんですよね」


サラは、答えない。


代わりに、ノートを指差した。


「それを、見つけた時点でね」


遠くで、足音がした。


一人分。


軽い。


——タツヤ?


ミサキは、顔を上げる。


そのとき、壁に描かれたものが、一瞬だけ、笑った気がした。


「ミサキ、あなたを見てて、私もさすがに察した」


サラが、真剣な眼差しで低く言う。


「もし、ここで“名前”を思い出しても」


「絶対に、口に出しちゃだめ」


「……どうして?」


サラは眉間に力を入れる。


「世界の神話でも宗教でも」


「名前は…… いや、真名は——」


言葉が、途中で途切れた。


懐中電灯が、消える。


暗闇の中で、誰かが、すぐ近くで囁いた。





——思い出してるよ。





その声は、懐かしかった。


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