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境界を呼ぶもの 後編 -認識災害-  作者: ミッチー


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第三話 【再来】



—— 夜勤明けの朝。



更衣室で着替えながら、ミサキはサラに声をかけた。


「サラ先輩……ちょっと、聞いてもいいですか」


「なに?」


「……タツヤさんのこと、なんですけど」


サラは手を止め、ミサキの方を見た。


「うん、あの胡散臭い大学生ね」


ミサキは言葉を選びながら続ける。


「初対面のはずなのに、前にも会ったことがある気がして」


「でも、思い出そうとすると、何も浮かばなくて」


自分でも、変な相談だと思った。


サラは少し考えてから、静かに言った。


「デジャヴみたいなものじゃない?」


「……そうかもしれないですけど」


ミサキは首を振った。


「もっと、こう……」


「“忘れた”って感じがして」


サラの表情が、わずかに引き締まった。


「忘れた、か」


「はい。忘れたはずなのに、引っかかってる」


しばらく沈黙が落ちたあと、サラはため息をついた。


「……正直に言うね」

 

「その違和感、無視しないほうがいいと思う」


ミサキは顔を上げた。


「記憶って、心を守るために欠けることもある」

 

「でも、“引っかかる”ってことは、完全には消えてない」


サラは、いつものテキパキした口調に戻る。


「話してくれた廃病院、行くんでしょ、私も行く」


「ごめんね、休憩の時に後ろから見えてた」


「地図アプリで同じ場所を何度も調べてるところ」


サラは、ミサキの正面に立って肩に手を添える。


「一人で抱える話じゃないでしょ」


ミサキの胸が、少しだけ軽くなった。


サラと話し合った結果、渋々ながらタツヤに連絡することが決まった。


この件に詳しいという事と、廃墟に行くのに

一応は男性が同行した方が安心という理由だった。


タツヤに連絡を入れ、事情を説明すると返事は早かった。


《行くっす! てか、むしろ俺も一緒じゃないと意味ないっすよね》


その軽さが、逆に不安を煽る。


集合は、昼過ぎ。


リョウのハイエースではない、レンタカーのワンボックス。


運転はサラ。


助手席にミサキ、後部座席にタツヤ。


「夜じゃないんすね」


タツヤが言った。


「今回は、確認が目的だから」


「肝試しじゃないし」


「なるほどっすね」


サラの即答に、タツヤは笑った。


車が走り出すと、窓の外の景色が少しずつ変わっていく。


人通りが減り、店が減り、道が広くなる。


ミサキの心拍が、徐々に速くなる。


——この感じ。


「……前も、こんな感じだった」


思わず呟くと、サラがミラー越しに視線を送ってきた。


「思い出してきた?」


「断片的に」


「でも、それが怖いです」


なぜ、忘れていたのか。


なぜ、忘れられていたのか。


「覚えてなかったほうが、楽だったのにって思う?」


サラの問いに、ミサキは答えられなかった。


—— 数十分後


廃病院が見えてきた瞬間、ミサキの中で何かが弾けた。


——ここだ。


汚れた外壁。

割れた窓。


視界が、歪む。


懐中電灯の光。

誰かの笑い声。

配信中の、軽いテンション。


「……あ」


喉が、ひくりと鳴った。


「ミサキ?」


「大丈夫です……ただ」


頭の奥に、映像が流れ込んでくる。


ヒナの声。タマキの背中。リョウの表情。レイコの足音。


そして、もう一人——

——いた。


確かに、みんな、いた。


「なんで……」


忘れていたことが、不自然に思えてくる。


こんなに鮮明なのに。


こんなに、感情が残っているのに。


「なんで、私……」


言葉にしようとすると、喉が詰まる。


サラが、そっとミサキの肩に手を置いた。


「無理に思い出さなくていい」


「今、感じてることだけでいいから」


タツヤは、少し離れた場所から建物を見上げていた。


「……変わってないっすねー」


その声に、ミサキは違和感を覚えた。


「前も、来たことあるみたいな言い方ですね」


タツヤは一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに笑った。


「都市伝説、結構調べてるんでね」


その笑顔が、なぜか信用できなかった。


そして。


ゆっくりと、ただ確実に、あの廃病院へ歩みを進める。


敷地内に足を踏み入れた瞬間、空気が、明らかに変わった。


静かすぎる。


音が、吸い込まれる。


「近づいて分かるけど、雰囲気は病院じゃなくて、まるで神社みたいね」


ミサキは、サラの何気ない言葉にも強い感情が波のように押し寄せる。


ミサキの頭の中で、フラッシュバックが加速する。


階段。

暗転。

誰かの名前。


「……呼んでない」


思わず口にすると、サラが振り返る。


「なにを?」


「前……私、誰も呼ばなかった」


「なのに、全部始まった」


忘れていた理由が、少しずつ形を持ち始める。


——思い出したら、また始まる。


そう感じた瞬間、背後で、微かに気配が揺れた。


振り返っても、誰もいない。


でも、確信だけが残る。


ここは、終わった場所じゃない。


思い出されることで、続いてしまう場所だ。


ミサキは、廃病院を見上げたまま、一歩、前に進んだ。


廃病院の中は、思っていたよりも明るかった。


昼間の光が、割れた窓から斜めに差し込んでいる。


埃が舞い、床に落ちた影が、ゆっくりと動く。


「……前は、こんなに見えてたっけ」


ミサキの呟きは、誰に向けたものでもなかった。


サラが先に立ち、慎重に足元を確かめながら進む。


タツヤは少し遅れて、周囲をきょろきょろと見回していた。


「静かっすね」


「逆に怖いっす」


誰も返事をしなかった。


一階の構造は、曖昧だが記憶とほぼ一致していた。


受付カウンター。

待合室。

剥がれかけた案内板。


「……ここ」


ミサキの足が止まる。


「最初に、集まった場所」


サラが振り返る。


「何かあった?」


「はい……動画の撮影、ここから始まって」


言いながら、違和感に気づいた。


——撮影、そして配信。


ライトを構え、冗談を言って、場を回していた人物。


「…………」


誰だった?


喉の奥が、ひくりと動く。


「ミサキ?」


「……一人、いたはずなんです」


「すごく、自然に」


サラは眉をひそめた。


「リーダー的な人?」


「……たぶん」


でも、顔が思い出せない。


声も、仕草も、性格も。


ただ、“いた”という感覚だけが残っている。


しばらく一階フロアを探索していると


タツヤが、壁に貼られた古い掲示物を指差した。


「これ、面白いっすよ」


近づくと、色褪せた紙に、手書きで数枚、残っていた。


《夜間は立入禁止》

《地下には入るな》


そして、新しめの紙にハッキリとした字で。


《名前を確認のこと》


サラが首を傾げる。


「普通すぎない?」


「そうっすか?」


「でも、名前を“確認”って書き方、変じゃないっす?」


ミサキは、その文字を見つめていた。


これには見覚えがまるでない。


そして——名前。


また、喉に違和感が走る。


「……確認、できなかった人がいたんだと思います」


二人がミサキを見る。


「確認できない、って?」


「名簿にいないとか……」


「でも、そこにいた」


自分の言葉なのに、背筋が寒くなった。


タツヤは首を傾げながらサラを見る。

 

「それに、警察や報道でも地下はないって話しなんすよね?」


「たしかに、変ね……」


「地下には入るな、か…」


いつも凛々しいサラも緊張した顔をしている。


奥の通路に進むにつれて、ミサキのフラッシュバックは

より鮮明になっていく。


誰かが笑っていた。

誰かが説明していた。

誰かが、知っているふりをしていた。


「……おかしい」


足を止め、ミサキは呟いた。


「思い出せない人が、一番、はっきりしてる」


サラは、少し間を置いてから言った。


「“思い出せない”っていうより」


「“思い出させない”感じ、するね」


タツヤが、何気なく口を挟む。


「そういう存在、都市伝説とか怪談でありがちっすね」


「場を繋ぐ役割の人」


「繋ぐ?」


「空気を和らげたり、知識出したり」


「いないと成立しないけど、主役じゃない人」


ミサキの胸が、微かに痛んだ。


——それだ。


「……でも、その人がいないと」


「どうして、ここまで来れたんだろう」


その問いに、誰も答えなかった。


—— 廃病院に入り、数十分後。


気づくと、三人は円を描くように立っていた。


中心には、何もない。


床も、壁も、ただの空間。


なのに。


「……いる」


ミサキは、はっきりとそう思った。


視線を向けても、何もない。


耳を澄ましても、音はない。


でも……


——“いなかったら不自然”


そんな感覚だけが、確かに存在している。


サラが、小さく息を吐いた。


「ミサキ」


「ここ、長居しないほうがいい」


タツヤは、なぜか少し楽しそうに笑っていた。


「でも……」


「核心に近づいてる気、しません?」


その言葉に、ミサキは答えなかった。


代わりに、胸の奥で、静かに確信する。


——まだ、名前は思い出していない。


それなのに。


ここはもう、“彼がいた前提”で、成り立っている。


ミサキは、何もない空間から目を逸らし、無意識に喉を押さえた。


呼んではいけないものが、すぐそこまで来ている気がして。


廃病院の一階は、ほとんど探索し尽くしていた。


受付、待合、診察室。


どれも記憶と大きくは違わない。


違わないからこそ、安心できない。


「……ないね」


サラが、静かに言った。


「地下に繋がる階段とか」


「それらしいもの、全部」


タツヤは壁にもたれ、軽く肩をすくめる。


「そりゃそうっすよ」


「公式には“地下は存在しない”んで」


その言い方が、どこか含みを持って聞こえた。


ミサキは、無言で廊下の奥を見ていた。


——違う。


理屈ではなく、感覚がそう告げている。


「……こっちです」


自分でも驚くほど、はっきりした声だった。


サラが振り返る。


「何かある?」


「分からないです」


「でも……前も、ここを通った気がする」


それは、記憶というより、身体のほうが覚えている感覚だった。


通路の突き当たりにある、小さな物置。


扉は半開きで、中は暗い。


「ここ、最初からこんなでしたっけ?」


タツヤが言う。


「……覚えてない」


ミサキは、懐中電灯を点けて中を照らした。


清掃用具。

古い段ボール。

壁際に積まれた、壊れた車椅子。


そして。


部屋の奥、天井に沿って掠れた字で書かれている。


《非常階段 出口》


「……これ」


サラが一歩近づく。


積まれた段ボールをどけると、壁面に四角い切れ目が現れた。


錆びた金属製の、簡素な扉。


「……非常階段の……出口?」


「出口なの? 入り口じゃなくて?」


サラの声が低くなる。


ミサキの喉が、きゅっと締まった。


——見覚えがある。


「開けないほうがいい」


そう言おうとした。


でも、言葉が出なかった。


タツヤが、ドアノブに手をかける。


「鍵、壊れてますね」


「無理すれば開くっす」


「待って」


サラが止める。


「ここまで来たら、慎重に——」


その時。


——コト。


微かな音がした。


扉の向こうから。


何かが、触れたような音。


ミサキの視界が、一瞬揺れた。


息が、浅くなる。


感情が蘇る。


——暗転。


階段。

混乱。

孤独。


「……やめて」


誰に向けた言葉か、自分でも分からない。


「ミサキ?」


サラの声で、現実に引き戻される。


「……大丈夫です」


嘘だった。


ミサキは、はっきりと理解していた。


——これは、思い出してはいけない場所だ。


それでも。


タツヤが、ゆっくりと扉を開く。


ぎ、ぎぎ、と金属が擦れる音。


中から、冷たい空気が流れ出した。


「……下りの階段、ありますよ」


その一言で、すべてが決まった 。


下へ——。


下へ——。


それは出口ではなく、入り口な気がしていた。



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