第九章「疑念の種と掌握」
謁見の間は、かつてない喧騒と怒号に包まれていた。
真実を求める国王の怒り、飛び交う憶測、そして早足で出入りする側近たち。
そこには、事件の当事者である十三貴族の姿はなく、彼らに次ぐ地位の高位貴族や文官たちが、不安げな表情で立ち尽くしていた。
その混沌の中へ、王女セレスティアが静かに入室した。
「セレスティア!」
娘の姿を認め、国王テオバルトと王妃イザベラが玉座から身を乗り出す。
「もう大丈夫なのか? 顔色がまだ悪いぞ」
「ええ、お父様。もう何ともありませんわ」
セレスティアは気丈に振る舞い、首を振った。
「それよりも、今は私のことなど些細な問題です。兄のことが心配で、休んでなどいられません。……一体、どうなっているのですか?」
王女の問いに、王は苦々しく吐き捨てた。
「とりあえず、アレクシオスは地下牢に閉じ込めている。あやつは『自分は嵌められたのだ』『手紙をもらっただけだ』と喚き散らしておるよ」
王妃もヒステリックに扇を震わせる。
「あろうことか『公爵家と革命勢力が裏で繋がっている』などと……あそこに誘き出すために書かれた、あんなあからさまな偽の手紙を真に受けて叫んでいるのです。あれを外に出すのは危険すぎますわ。王家の恥を晒すようなもの」
その横で、捜査を担当する文官が進み出て報告した。
「只今、実行犯と思われる側仕えのメイドの行方を探しておりますが、依然として発見に至っておりません。現在、身辺を含め徹底的に洗っております」
文官は言葉を濁す。
「しかし……彼女が毒が入っていたワインに直接触れたという確証が得られておりません。他に共犯者がいる可能性も視野に入れております」
「メイドの部屋からは?」
とセレスティア。
「はっ。私室から、公爵家の関与を疑わせる手記が見つかりました。……しかし」
「あからさますぎる、とおっしゃりたいのでしょう?」
セレスティアが言葉を遮り、冷ややかに続けた。
「まるで、私たちに見つけて欲しいと言わんばかりの、あまりに都合よく用意された手がかりですわね」
文官は無言で肯定の礼をした。
セレスティアは広間を見渡した。
「それに、十三貴族の方々が、誰一人としてこの場にいらっしゃらない。……どうしてなのか、わかりましたわ」
王が重々しく頷く。
「うむ。今、それぞれの屋敷に留まるよう指示を出している。お前とアレクシオスの件、立て続けに王家が狙われたのだ。何者かの意思が働いているのは明らかだ」
「あれが偽装された証拠だとしても、公爵家への嫌疑が晴れるまでは動かすわけにはいかぬ」
セレスティアはゆっくりと階段を上り、両親のそばへと歩み寄った。
そして、下段に控える貴族たちを一瞥してから、扇で口元を隠して両親の耳元で囁いた。
「お父様、お母様。報告を聞いて、私、一つある恐ろしい可能性に行き当たりましたの」
「……なんだ?」
「犯人は、城の中の者ではなく……『外部犯』ではないかと」
王は眉をひそめる。
「馬鹿な。城内の警備は厳重だ。鼠一匹入る隙もないぞ」
「ええ。通常の手段ならば。ですが……たった一つだけ、誰にも見咎められずに侵入できる手段がございます」
王妃がハッと息を呑む。
「まさか……」
セレスティアは冷徹に頷いた。
「城内と王都の地下に張り巡らされた、王家専用の『隠し通路』。あれが使われたのではないでしょうか」
王の顔から血の気が引く。
「あれは王家における最高機密だ! 存在を知る者は限られている!」
「ええ。ですが、作られてから長い年月が経っています。その間に何らかの形で情報が漏洩していた可能性も、否定できないのでは?」
セレスティアは畳み掛ける。
「もし、敵があの通路の出入り口を把握しているとしたら……私たちは籠の中の鳥ですわ」
「う、うむ……」
王は恐怖に震え、考え込んだ。自分たちの唯一の逃走経路が、敵の侵入経路になっているかもしれないという恐怖。
「お父様。ご安心ください」
セレスティアは慈愛に満ちた声で提案する。
「通路の管理者である『墓守』たちに、最近、兄様以外に通路を使った者がいないか、そして今後使う者がいないか見張らせることを、この私が指示して参りましょう。お父様たちは、表の事態の収拾に専念なさってください」
「……そうか、頼めるか。お前だけが頼りだ」
セレスティアは深く一礼した。
そして顔を上げると、玉座の下に控える高位貴族や文官たちへと、氷のような視線を向けた。
「もし、通路に外部からの侵入の痕跡が発見できなかった場合は……」
彼女は言葉を切る。
王と王妃もまた、娘の視線を追い、疑いの眼差しを眼下の忠臣たちへと向けた。もし外部犯でなければーー
無言の圧力が、謁見の間を支配した。
◇
(回想――数日前の密会)
「……『墓守』?」
イリス・アッシュが怪訝そうに聞き返した。
「ええ。城内と王都に張り巡らされた王家用の脱出路、それを管理している一族よ」
セレスティアは、言葉を続ける。
「出口は誰も近づかない古い廃墟や教会、墓場などに多く設置されているの。だから彼らは表向き、代々それらの管理人を務めている。だから通称『墓守』。いざという時、彼らが案内人となって、王家を安全な出口へと導く手筈になっているわ」
「その通路の出口は、王都の中だけですか?」
「数は少ないけれど、王都の外にも繋がっているわ」
「……なるほど。王都が敵に囲まれる場合も考えられますから、当然の措置ですね」
イリスはそこで、何かに気づいたように指を止めた。
「ですが、通路から出た後に敵に発見される可能性もあります。その場合、どうなさるおつもりで?」
セレスティアは、イリスの鋭さに感心したように微笑んだ。
「その時は、墓守があらかじめ準備しておいた『偽りの身分』を証明する衣服や書類を使って、別人になりすまして逃げるのよ」
イリスの瞳が光った。
「つまり、彼らはそれらの偽造を行う職人とも繋がっている、と?」
「ええ。王家も墓守を通してしか接触できない形でね。政治からは完全に隔離・秘匿されているわ。おそらく職人たちも、自分たちが『誰の』『何を』作っているのか、わかっていないんじゃないかしら」
イリスの中で、点が線へと繋がった。
「……あの時、王子が公爵家を貶めるために準備した、銀鉱山の偽装書類」
彼女はセレスティアを見る。
「どんな書類を作るかは、私が王子に提案しました。ですが、文官が関わった様子もないのにあっさりと偽造書類を調達していました。王子がどうやったのか疑問でしたが……作ったのは、彼らだったのですね?」
「ご名答」
セレスティアは悪戯っぽく笑う。
「ならば」
イリスは確信を持って問いかける。
「今回、実行犯となるメイドの部屋に置く偽造証拠も?」
「ええ。彼らなら、筆跡すら真似て、あからさまな証拠も、完璧な証拠も、注文通りに簡単に準備できるわ」
セレスティアは楽しげに語った。




