表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
炎へ堕ちる〜王女と男爵令嬢の国崩し〜  作者: ゆりんちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

17/20

第十七章「聖域からの絶縁状」

 王城、国王執務室。この国の宗教的頂点に立つ大司教が、付き従うシスターを一人連れて、王と対峙していた。


 アポイントメントなしの突然の来訪に、国王テオバルトは不快感を隠そうともせずに尋ねた。

「突然訪れて面会したいとは、何事か」


 大司教は、静かだが力強い声で切り出した。

「我々は政治には干渉しない。国は我々を政治に巻き込まない。……これは我々とあなた方の、長きにわたる暗黙の了解です。しかし、貧民といえど信徒が苦しむ姿を、これ以上看過することはできません」


 彼女は王を射抜くように見つめる。

「再三申し上げておりますが、一向に貧民街での薬物の蔓延が治まりません。王家として、対策は本気でなさっているのですか?」


(今さら、この話か……)

 王は内心で舌打ちをしつつ、表面上は重々しく答えた。

「無論、対策はしている。が、薬物がどこから流れてくるか調査はさせているが、依然としてルートは不明のままなのだ」


「……それが、あなたの答えですか」

 大司教は冷ややかに言い放つと、横に控えるシスターへ手を差し出した。わずかな動作が合図となり、シスターが一通の手紙を大司教の手のひらにすっと乗せる。


 大司教は、王の執務机の上に、ばさりとその手紙を広げた。

「実は数日前、教団にある告発が届きまして」

「告発だと?」

「ええ。『薬物は十三貴族のうちの一家が流しており、王家がそれを黙認している』という内容です」


「なっ……!?」

 王は激昂し、机を叩いた。

「とんでもない! そんなことがあり得るか! 一体誰がそんな妄言を!」


「あなた方王家の主治医、ハインリヒです」

 大司教は淡々と告げる。

「実は彼、ご存知でしょうが、遺体として見つかっておりましてね」


「……っ」

 王は言葉に詰まる。

「……その報告は受けている。だが、死人が書いたかどうかもわからん手紙で、何が言いたいのだ」


「実は、彼の告発はこれだけではないのです」

 大司教はさらに畳み掛ける。

「ここ最近、王家と貴族を騒がしている一連の騒動……あれの黒幕が、あなたの娘であるセレスティア王女であるというのです」


「馬鹿な!」

 王は吐き捨てた。娘にそんなことができるはずがない。


「王女に買収され、毒殺未遂の時に偽りの診断を行った。その後、王女は王家の秘密通路を使って色々と工作を行ったと、ここに書かれています」


「秘密通路だと? そんなものは存在しない!」

 王は反射的に反論した。心の中で、(大体、管理者の墓守からは異常はないと報告を受けている)と付け加えようとして――ハッと思い至る。

(……待て。墓守に命令し、通路を調べさせたのは確か……セレスティアだった……)


 王の顔から血の気が引き、みるみる表情が蒼白に変わっていく。


 大司教は沈黙する王を見て、冷徹に告げた。

「心当たりがおありのようですね」

「……」

「我々も、ただの政争ならば何も言うつもりはありませんでした。しかし、その陰謀の拠点に……放置されていたとはいえ、神の家たる我らの教会が戦場にされているとなれば話は別です」


「教会だと……?」

「これに関しては、関わった司祭を審問した結果、事実だという裏が取れております。彼は欲に目がくらみ、王女の要求――偽りのシスターを置くことや、何が起きても黙っていることなどを飲んだと自白しました」


 大司教は一歩、王に詰め寄る。

「これらの事態に対し、早急な対応を願います」


 そして、王の耳元に顔を近づけると、死の宣告にも等しい言葉を、吐息のように囁いた。

「――公爵家が、すでに動いていますよ」


 動揺のあまり目を見開いたまま、体が凍りついたように動けなくなる王。

 大司教はそれ以上何も言わず、「神の御心の下に我らあり」と祈りの言葉を残し、静かに、しかし確かに退席した。


 ◇


 王の執務室を出た後。長い廊下を歩きながら、シスターが不安げに大司教へ問いかけた。

「よろしかったのですか、大司教様。あのような、国の分裂を直接煽るようなことをして」


 それに大司教は、前を見据えたまま答える。

「我々が多くの国に信仰を広められたのは、政教分離を徹底してきたからです。なのに、国を分けるような陰謀に我らの教会が利用されたというのは、教団にとって看過できない醜聞なのですよ」


「ならば、それを秘密にする代わりに、王家と公爵家の間を取り持つこともできたでしょう? それも一つの手では……」


 大司教は足を止め、生徒に教える教師のような眼差しでシスターを見た。

「あの告発状……本当は誰が書いたと思いますか?」


 シスターは戸惑う。

「え? 主治医ではないのは確かですが……では、誰かと問われると……」


「おそらく、王女自身。もしくはそれに極めて近い者の仕業でしょう」

「王女が、ですか?」

 シスターは驚愕の表情を浮かべる。

「なぜ? 自分から手の内を晒すような真似を?」


「これまでの工作で全てに種を撒き終え、次の段階に進んだということでしょう」

 大司教の声は重い。

「もはや真実を知られても手遅れ……いや、むしろ、真実が露見することすら、この国を燃え上がらせる最高のまきにできる段階だということです」


「目的はわかりません。しかし、診療所での騒動と合わせれば、何を引き起こそうとしているかは予想できます。おそらく王家、貴族、平民に亀裂を作り、我々教団すら巻き込んだ上での『内乱』です」


 大司教はシスターに向かい、予言するように告げた。

「私の信仰心を賭けてもいい。近々王女は、我々を利用して、この亀裂を内乱に発展させるための『決定的な火種』を必ず引き起こします。我々にできるのは、教団への影響を最低限に抑えることくらいでしょう」


「……」

「場合によっては、薬物の件を公爵家に『密告』という形で知らせる必要も出てくるかもしれませんね」

「そこまで、なさるのですか」

「ええ。我が身と教団を守るためなら」


 大司教は再び歩き出す。

「帰ったら早速、教団上層部と他国の大司教たちに手紙を書かなければ。『あくまで内乱は王家と貴族の決裂、そして圧政に耐えられなくなった平民たちが原因であり、我らは無関係である』と。 情報操作の協力を要請しなければなりません」


 その背中からは、信仰者としての慈悲ではなく、組織の長としての非情なまでの冷徹な覚悟が漂っていた。


 そして大司教は遠くを見つめ呟いた。

「この謀略は、もはや人のそれではない。悪魔の所業です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ