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ごめんね異世界遊ばせて?  作者: 雲川ぬーぬー


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お前に合い挽き肉の気持ちが分かるかァッ!?

 スーパーは戦場だ。

 特にタイムセールの始まる時間帯、かつ今日のような休日は参加者の数が爆発的に増える。

 今日の目玉は牛豚の合い挽き肉。価格にして、なんと破格の九十八円だ。


 逃す手はない。

 開始の鐘が鳴った瞬間に飛び込み、鍛え上げた動体視力と身のこなしで、鮮度の良さそうな三パックを手に取った。

 俺は、お団子のように群がる主婦たちの喧騒を背にして、次の戦場(特売コーナー)へと向かう。


「よし、次は卵一パック百三十八円だ!」




 スーパーでの戦果は上々だった。

 特売の合い挽き肉に、瑞々しい玉ねぎ、そして両親への報復用ピーマンもしっかり確保した。

 ピーマンは細かく刻んで練り込んでやる。野菜嫌いな子供舌には、隠して食べさせるのが一番だ。


(さて、帰ったらさっさとハンバーグの仕込みに入るか……)


 そんなことを考えながら、俺は馴染みの横断歩道を渡り始めた。

 信号は青、歩行者優先だ。至って平和な地方都市の昼下がり――のはずだった。


 ――キキィイイイイイッ!!!


 突如として、鼓膜を破るような摩擦音が響いた。

 視界の端から飛び込んできたのは、信号を無視して猛スピードで突っ込んできた大型トラック。


「あ――」


 避ける間もなかった。

 数トンの鉄の塊が、俺の横腹に容赦なく叩きつけられる。

 周囲の歩行者が悲鳴を上げ、俺の体は大きく宙を舞い――。


 ドォォォォンッ!!


 道路脇の電柱に激突して、俺は地面に転がった。


「……え?」


 痛みがない。

 それどころか、電柱の方がメキッと嫌な音を立ててひしゃげている。

 俺はゆっくりと立ち上がった。体を確認するが、洋服に少し土がついたくらいで、かすり傷一つない。


「だ、大丈夫か坊主!」


 青い顔をして駆け寄ってきた運転手が、俺の体を見て絶句した。

 トラックのフロント部分は、まるで巨大な岩にでもぶつかったかのように無残にひしゃげている。

 対して俺は、右手に持ったエコバッグの中身……特に卵が一個も割れていないことに感動していた。


「……あ、はい。……たぶん、大丈夫です……いやちょっと待って、全然大丈夫じゃないです!」


 幸い、周囲に他の通行人の姿はない。俺は運転手にとある残骸を突き出した。

 騒ぎになることはないから、すぐに清算させよう。


「見てください、これ」


「え、っと……なにこれ?」


「特売で買った合い挽き肉三パックのうちの一つです。中身がこぼれて台無しだ」


「あ、うん、そうだね。いやそれより、事故の状況的に君の体の方が……!」


「『それより』だと? お前に合い挽き肉の気持ちがわかるかァッ!?」


「わかるわけなくない!?」


 俺は詰め寄った。


「今日の我が家の晩御飯はハンバーグなんです! 一パック足りなきゃデミグラスソース用とトマトソース用の二種類が作れない! そうなれば、うちの父さんと母さんが満足できないだろうが! 二つ作れるはずが一つになったら、どうなると思ってるんだ!」


「そ、そうなんだ……いや、それより頭とか本当に大丈夫?」


「バカにしてるのかお前!? ウチの両親が拗ねるんですよ! 翌日までウジウジするくらい面倒くさいんだ! わかりますかこの苦労ッ!? どうしてくれるんだ! 特売価格の九十八円……いや、これから買い直すから通常価格の百五十八円だ! 今すぐ払え! 今ここで!」


「わ、わかりました。はい、百五十八円」


「よろしい。では、俺はこれで。安全運転を心がけるように」


「あ、はい……すみませんでした……」


 俺は呆然と立ちすくむ運転手を横目に走り出した。

 急いでスーパーに戻り、最後の一パックだった合い挽き肉を百五十八円で買い直して、自宅へと急ぐ。


 おかしい。普通に考えれば死んでいた。

 だが、トラックが俺に触れた瞬間――『あ、柔らかいものが当たったな』くらいの感覚しかなかったのだ。


 嫌な汗を流しながら帰宅し、玄関のドアを乱暴に開ける。


「ただいまッ! 父さん、母さん!!」


「おかえりソウタ。買い物は終わったか?」


 リビングでは、父さんが呑気にテレビを観ていた。

 俺は買い物袋の中身を冷蔵庫に入れてから、親父に詰め寄った。


「ハンバーグどころじゃない! 今、俺トラックに跳ねられたんだぞ!? フルスピードの大型トラックだ!!」


「その割には、冷蔵庫に入れるだけの余裕はあったんだな」


「当たり前でしょうがッ! 鮮度あっての食材だろ!」


「ちょっと待った、少し落ち着けソウタ。父さんの首締まってるから!」


「吐け、父さん。お前、何か知ってるな?」


「だから、首締まってるから!? とりあえず放してェ!」


 クソ親父の言う通り、襟を放して床に落とした。

 ゲホゲホ言う父親から目を離し、すぐに話してくれそうな母さんを探した。


「あらぁ、やっぱり。さすが私たちの息子ねぇ」


 キッチンから母さんがひょいと顔を出す。

 驚くどころか、まるで「今日の夕飯は何?」くらいのテンションだ。


「身体強化の魔法でも使ったのかしら? それも無意識なんて、やっぱり凄いわね~」


「……ほぇ?」


 全く話に付いて行けない。

 魔法? 頭大丈夫か?


「ソウタ。お前は俺たちの息子だ」


 父さんは息を整え、椅子に座った。

 母さんも隣に座ったので、俺も続いて座る。


「俺と母さん、つまり魔王を倒した勇者と聖女の遺伝子を継いでる。トラック一台分くらいの衝撃、小石が当たった程度にしか感じなかっただろ?」


「……え、何それ。俺、怖くない? どこの化け物ですか?」


 俺は自分の手を見た。

 この手は、ただ料理を作り、家計を管理するための手のはずだ。


「だから言っただろ? 『そろそろ異世界に行かないか?』ってな。お前はもう、この世界には収まりきらなくなってるんだよ。向こうに行けば、その力を正しく……いや、適当に楽しく使えるぜ?」


「ハ、ハハッ! 何の冗談だよクソ親父。剣と魔法のファンタジー? 勘弁してくれよ。俺はもう十五歳だぜ、いい加減厨二病は卒業したんだよ」


 冗談じゃない。こんな現実、認められない。




「トラックに思いっきり吹っ飛ばされて無傷な人間が、この世界にいると思うか?」


 父さんの言葉が、逃げ場を塞ぐ。

 確かに、普通の人間が車にぶつかって無事で済むとは思えない。


 色々考えた末に、俺は考えることがバカらしくなった。


「ソウタ、ちょっとお外走ってくる!!」


 俺は靴も履かずに家を飛び出す。


「あ、待て! ソウタ!」


 父さんは俺を追ってきたらしい。


「なんだ、クソ親父」


「ハンバーグの仕込みは?」


「テメェでやってろ、クソ野郎! 息子は、今それどころじゃないんだよォォォォッ!」


 俺は叫びながら走り出した。

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